長篇ドラゴンクエストⅢ ASTEL・SAGA   作:ちこちろん

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神の塔《資格ある者》

 

 

 

 ダーマの神殿と同じような青白い御影石(グラニット)で出来た恐るべき高さの塔は、やはり神殿と同じく表面は宝石のように磨き上げられている。

 あらゆる不可能を可能とする力と知識を持ち、現人神(あらひとがみ)とも呼ばれた初代賢者の名を冠する───ガルナの塔。

 人の技術で建てられたとは到底思えない塔は、天啓と神の加護を得るのに、これ以上相応しい場所はないだろう輝きを放っていた。

 聖竜が彫刻されたアーチを潜った先は、通路を挟む様にして建ち並ぶ女神像。喜怒哀楽の様々な表情を浮かべた彼女達は、試練を受けし者を見定める様に見下ろす。

 そこも通り抜けると今度は天井の高い広い空間に出た。そしてそこには二人の妙齢の女性が此方が来るのを知っていたかのように待ち構えていた。

 

 一行の……その中のスレイの姿を認めると、一人は淑やかに一人は嫋やかに会釈する。

 一人は清楚な白の長衣に身を包んだ修道女。

 もう一人は濃艶な紅の薄絹に身を包んだ舞人。

 

 「人生とは悟りと救いを求める巡礼の旅。ガルナの塔へようこそ」

 

 厳かにそう告げると修道女は胸元の銀のロザリオを握りしめ、祈りを捧げた。

 

 「この塔のどこかに悟りの書と呼ばれる物が眠っています。悟りの書があれば賢者にもなれましょう」

 

 吟うようにそう告げると、舞人は両腕輪に繋がったベールを蝶の(はね)のようにひらりと翻す。

 

 「あなた方は……」

 

 一体……と、そう続く筈だったアステルの言葉は虚しく宙に消えた。

 

 二人の女性の姿と共に。

 

 「な、なんや!? 今のっ!! ゆ、幽霊かっ!!?」

 「う~ら~め~し~……」

 「やめいっ!!」

 

 横髪を数本口の端に咥え、両手をだらりとさせて詰め寄るマァムの脳天に、すかさずシェリルがチョップを落とす。

 

 「……タイガ。今の人達は?」

 「いや。俺がここで修行してた頃は見た事も会った事もないな」

 

 幼馴染みのいつものじゃれ合いを尻目に、アステルはタイガに尋ねてみたが、彼もまた首を捻ってみせた。

 邪悪な何かには思えなかったけど。と、アステルは二人が消えた空間に再度視線を移す。

 

 (もしかして。塔を守護する精霊とか、かな?)

 

 「……にしても」と、タイガ。

 

 「塔の中の空気がだいぶ変わったなぁ」

 「空気がか?」

 

 目を眇めて尋ねるスレイに、タイガは頷いた。

 

 「魔物が妙に殺気立ってる。それに……数も増えてるな。以前はここまでじゃなかった」

 「……神の塔なのに魔物がいるのか?」

 「ここら辺には希少な魔物がいてな。その昔、人間に乱獲されるのを塔を造った古の賢者が哀れんだそうだ。

 で、人の目から逃れる為にここに住む事を許したらしいぞ」

 「希少……《メタルスライム》の事か?」

 

 「メタル……スライム?」

 

 メタルとは金属の事だ。スライムといえば柔らかくてゼリー状が殆どの筈。首を傾げるアステルにスレイは頷く。

 

 「この辺りに生息するスライムだ。見た目も生命力の低さもアリアハンに現れるスライムとそっくりだが、物凄く俊敏な上に、火球呪文(メラ)が使えて、銀色に輝く金属のような体はとにかく硬い。生半可な攻撃ではびくともしないし、攻撃呪文も通らない。

 ……だが、臆病な性質で遭遇すると大抵はあちらから逃げ出す」

 「なら危険はないのね」

 

 ホッとするアステルに、何故かスレイは微妙な顔をする。

 

 「ああ、危険はない。……ないんだが」

 「……ないんだが?」

 「逃げられたら。……とにかく悔しい」

 「は?」

 「こちらとしたら、あいつを見つけたらなにがなんでも狩らずにはいられないんだよなぁ」

 

 重々しい表情で頷き合うスレイとタイガに、アステルは怪訝な顔をする。

 

 「まあ運良く出会えたら、アステルにもわかるさ」

 「はあ……?」

 「ともかく。メタルスライムを代表とした〈人が乱獲して絶滅しそうになった魔物達〉がここに住みついてるって話だ。

 魔王が現れる以前の魔物達は臆病で大人しかったそうだからな」

 「今では考えられない事だがな」

 「神域だけあって魔物達もみんな大人しいもんだったんだが。……それが今じゃ殺気立ってる」

 「魔王の力が神域にまで及んでるの……?」

 

 ここでハッとしてアステルはスレイの表情を伺った。

 

 「スレイ、体は大丈夫?」

 「問題ない」

 

 特に変化はみられないが、アステルは彼の腕に触れて、その体温を確かめる。わかりづらかったので今度は頬に触れようとしたが避けられた。

 

 「大丈夫だって言ってるだろ」

 「だって前科あるでしょ」

 

 煩わし気に言うスレイにムッと膨れっ面になるアステル。二人のやり取りを微笑ましげに暫く眺めていたタイガだったが、表情を引き締め声をかける。

 

 「アステル。とりあえずは俺の師匠に会ってくれないか?」

 「タイガのお師匠様?」

 「すぐそこの小部屋に《旅の扉》がある。そこを潜った先にいる部屋が修業場なんだ」

 「旅の扉ぁぁっ?」

 「旅のぉ扉ぁ叩ぁいてぇ~♪」

 

 呻くシェリルの隣でマァムが陽気に歌いだす。

 

 「……あ。シェリルは旅の扉駄目だった……」

 

 はたっとしてアステルが呟いた。

 

 

 

 

 

 ───《旅の扉》とは。古代大戦より前の、この世界に国という概念がなかった時代に創られたという瞬間転移装置である。   

 世界各地に配置され、海を越えた遥か遠くの大陸に瞬く間に移動が出来るその装置の仕組みは、未だに解明されてはいない。

 見た目は青く光輝く、渦を巻いた水面のようなものだが、本物の水ではなく可視化された高密度の魔力の渦である。

 故に魔力を持たない、または慣れていない者がその中に入ると酷い頭痛や吐き気などを引き起こす《魔力酔い》に(かか)る場合がある。

 

 ちなみに。シェリルはアリアハンからロマリアへの移動の為《旅の扉》を使用した際、その《魔力酔い》を経験している。

 

 

 

 「なんでこんな塔ん中に旅の扉があるんや~!!」

 

 「一説では古代の賢者が旅の扉を創造した際、ここで試験運用したといわれている」

 「そんな解答(こたえ)、求めとらんわっ!」

 

 シェリルが漏らした愚痴に懇切丁寧に答えるスレイ。……いや、この場合は意地悪か。

 

 (スレイもたまにマァムみたいに楽しそうに意地悪するのよね……)

 

 しかし。そんな意地悪をするぐらいには余裕があるのかと、アステルは小さく息を吐く。

 

 「まあまあ」と、タイガ。

 

 「真面目な話、この先塔の中を移動する時に旅の扉を潜る必要があるかもしれない。とりあえずここの転移先は安全だし、試しに入ってみたらどうだ?

 もし駄目そうだったら、シェリルには悪いが今回の探索は諦めて、師匠の所で待つって事で」

 「ええ~~っ!」

 「でも最近は瞬間転移呪文(ルーラ)での移動を経験してるから、もしかしたら以前よりは酔いがないかもしれないから……ね?」

 

 嘆くシェリルに、アステルがフォローを入れる。

 

 

 「頑張ろう! シェリル!」

 

 

 

* * * * * * 

 

 

 

 「シェリルっ!」

 「ホォ~いミィ~」

  

 アステルが転移先で目にしたのは、突っ伏すシェリルにマァムが治癒呪文をかけ、タイガがスレイから借りた《妖精の地図》で彼女を扇ぐという、どこか懐かしくも感じる光景。

 先にマァムとタイガが入り、続いてシェリル、スレイ、最後にアステルが旅の扉に入ったのだが。

 

 やはり、今回も駄目だったようだ。

 

 シェリルは真っ青な顔で吐き気を堪えるように口を押さえている。前回は着地に失敗して頭をぶつけていたが、今回は先に入ったタイガが出てきた彼女をちゃんと受け止めたようだ。

 

 

 「───瞑想の邪魔をするでない!」

 

 怒声が狭い空間に大きく反響する。アステルがおっかなびっくりそちらに目を向けると、そこにいたのはタイガと同じ緑の武闘着を身に付けた細く小柄な老人。薄暗い部屋を照らす、壁に掛けられた二つの松明の灯りを背に、坐禅の格好のまま此方を睨んでいた。

 

 「あ、師匠。御無沙汰しております」

 「片手間で挨拶するでない。ばかもんが」

 

 シェリルを扇いだまま、軽く挨拶するタイガに老人は呆れたように嗜めた。

 

 「なんじゃ、おまえ。ロマリアに向かったのではなかったのか」

 「まあ、色々とありまして。今はアリアハンの新しい勇者と旅をしております」

 

 「……ほう?」

 

 老人は片眉を器用に上げた。

 

 「皆、こちらが俺に武道を教授して下さったハクロウ師だ。師匠、この子が勇者アステルです」

 「は、はじめまして」

 

 紹介されたアステルは慌てて頭を下げた。

 

 「ほう、勇者オルテガの子はおなごであったか」

 「父をご存知なのですか?」

 「名だけはな。……してタイガ。なに用だ。まさか修行しに戻ったわけではあるまい」

 

 煙たがるように要件を急かす師に、タイガは相変わらずだなと苦笑しつつ答える。

 

 「実は悟りの書を求めてここに来たんです」

 

 「……悟りの書、とな」

 

 またピクリと片眉を上げて、ハクロウは一同をゆっくりと見渡す。

 

 「……なるほど。資格を有する者が現れたか。道理で塔がざわついておる」

 「わかるんですか」

 

 身を乗り出すアステルに、ハクロウは頷く。

 

 「───ひと月程前にな。巨大で邪悪な魔力を持つ者がこの塔を訪れた」

 

 「え……?」

 

 タイガの地図を扇ぐ手が止まる。シェリルも体を起こそうとし、マァムがそれを支えた。

 

 「途端に、塔に住まう魔物達が凶暴化し、数を増やし、塔内部を破壊し始めた。

 そちらの探し求める悟りの書のある間へと続く路も魔物達が破壊した」

 「じゃあ悟りの書はもう……!」

 「案ずるな。悟りの書は無事じゃ」

 

 アステルはホッと息を吐く。

 

 「資格無き者の前にあれは決して現れぬし、触れられぬ。……じゃが。神は悟りの書の間に結界を張り、上の階へと続く道を隠された」

 「師匠、そこへと続く道は?」

 「知らん。地道に探せ」

 

 つれない返答に、一同肩を落とす。

 

 「で、でも。奪われてないんだから」

 

 最悪な状況は免れたのだから、とアステルは笑顔を浮かべ気持ちを奮い立たせた。

 

 「……にしても。何者なんや? やっぱしバラモスの手のもんか……っ」

 

 うぷっと、シェリルが口を押さえ、タイガは再び地図で彼女を扇ぎ始める。スレイは顎に手をやり思索する。

 

 「師匠?」

 

 答えを求めハクロウに視線が集まった。が。

 

 「わしはここを一歩たりとも動いとらんからな。姿は見とらんし、その後そやつはこの地を去ったようじゃからな」

 「……じい様は戦おうとか、思わんかったんか?」

 「なにゆえ? わしに魔物をけしかけたわけでも、襲い掛かって来たわけでもないというに」

 「………そやけど」

 

 ジト目を向けるシェリルに、ハクロウはふんっと鼻を鳴らす。

 

 「……まあ。今のそちらでは到底敵わん相手……と、だけは言っておこうかの」

 

 鋭く見据えるハクロウに、シェリルは息を飲んだ。

 

 「だからさっさと用事を済ませた方がええ。気が変わって引き返してこんとも限らんしの。……なによりお前さんにはあまり時間がなさそうじゃからな」

 

 そう言って顎でスレイを指す。

 

 「悟りの書を消滅させずとも、資格有る者が消えれば同じ事だからの」

 

 表情を引き締め頷くアステルにハクロウも頷き返し、再び瞑想に耽ようと目蓋を閉じた。……が。

 

 「あ、師匠、ちょっと待った」

 

 そこにタイガが割り込む。

 

 「なんじゃ」

 「暫くこの子をここに居させて下さいませんか? どうも旅の扉との相性が悪くて」

 

 そう言ってタイガはまだ具合が悪そうなシェリルに目を遣り、次いでハクロウもそちらを向くと大きな溜め息を吐いた。

 

 「惰弱(だじゃく)な」

 「……悪かったな。こちとら魔力無しで耐性ないんや」

 

 やさぐれるシェリルに、ハクロウはハッと憫笑(びんしょう)する。

 

 「甘えるな。わしとて魔力は持ち合わせておらん。魔力なぞなくとも、気合いでどうとでもなるわ」

 「……そうだ! シェリル、ここで待ってる間に《氣》について師匠に教わるといい」

 

 タイガが思い付いたように声をあげた。

 

 「キ?」

 「忘れたか? この間、盗賊のアジトの洞窟で魔物が擬態した宝箱を見分けるのに《氣》で判断したって話を」

 「……ああ。あん時の……」

 「体内の《氣》の調整が自力で出来れば、《旅の扉》みたいに体内の神経を狂わされた時に早く回復させる事や、それ自体を防ぐ事だって可能になる」

 「……ふん。この様な惰弱な娘っ子に習得出来るとは思えんがの」

 「なにをっ!?」

 「シェリル!」

 

 立ち上がり、ふらつきながらもシェリルは坐禅しているハクロウに近付く。慌ててアステルが手を伸ばすが、タイガがそれを止めた。

 

 「大丈夫、大丈夫」

 「だけど……」

 「シェリルには才能がある。師匠だってちゃんとそれを見抜いてるだろう。きっと習得出来るさ。シェリルの負けず嫌いな性格はアステルだって知ってるだろう?」

 

 アステルの肩から手を離し、笑みを浮かべたままタイガが前を見遣る。アステルも同じように視線を移すと、シェリルは既にハクロウの隣で見様見真似で坐禅を組み、目蓋を閉じていた。

 その様子にアステルは微苦笑を浮かべて「そうだね」と頷き、シェリルを除いた一行は静かにその場を後にした。

 

 

* * * * * *

 

 

 再び旅の扉を潜り、ガルナの塔入り口付近へと戻る。塔内部は意外と入り組んでおり、行き止まりも多くあった。

 更に奥へと進むと、元は入り口と同じく艶やかに磨かれていたであろう床や天井は、魔物の爪痕や炎により焦がされ破壊された痕跡があった。

 塔に詳しいタイガを先頭にスレイ、マァム、殿にアステルという隊列で探索を開始する。更に奥へと進むと、アステルにも魔物達の発する殺気を肌で感じ取れた。

 角を曲がった次の瞬間、背中に背負う剣を鞘から素早く引き抜く。飛び出し様に襲ってきた巨大な嘴を、剣で受け流す様にして避ける。

 

 「ひっ!?」

 

 その異様な姿の魔物にアステルは思わず短い悲鳴をあげた。

 パッと見、人の背丈程ある鷲の頭だけが動いてるかのように錯覚するが、本来首のある部分に2本の大きな鉤爪の足が生えている。

 〈大嘴(おおくちばし)〉という名の魔物が猛禽類特有の目玉をギョロリと動かし、己の攻撃を捌いたアステルを再び標的として襲いかかる。羽のない鳥はその強靭な足をバネにして飛び上がり、嘴を振り下ろす様にして襲いかかる。

 アステルはそれを横に飛んで避けるが、鋭い嘴は素早く追撃して彼女を逃がさない。

 

 「は、早っ……!」

 

 しかし。目前へと迫った嘴に竜の尾を模した鞭が絡まり動きを止めた。スレイのドラゴンテイルに捕らえられた大嘴は、振りほどこうと暴れる。アステルが剣を持ち直し、下から突き上げる様にして鷲の喉元辺りを貫くと魔物は息絶え宝石へと変化した。

 

 「こ、この魔物も乱獲の対象だったの?」

 

 見た目のおぞましさにアステルは何故と思わずにはいられない。そんな彼女にどこでそんな知識を得たのか、スレイが解説してくれる。

 

 「その昔こいつらはその俊敏さや小回りの良さから、馬みたいな移動手段として重用されていたそうだ。あと嘴や鉤爪も室内装飾品として貴族相手に高く売られたらしいぞ。

 今じゃ倒すと宝石になってしまうから、無理な話だけどな」

 

 と、彼は地面に転がった金茶に鈍く輝く石を拾った。

 

 「あれに、乗るの?」

 

 腰かけるとすれば頭の天辺部分か? 手綱や鞍なんて乗るのだろうか? それよりなによりも……。

 

 「カッコ悪いなぁ」

 

 アステルが思ってた事を、タイガが苦笑しながら代弁した。

 

 そうこう言ってる間に、次なる刺客が襲いかかる。大嘴の群れの中には、ダーマに辿り着くまでに何度も奇襲を掛けてきた闘牛羊(マッドオックス)紫の大猿(キラーエイプ)などもいた。

 成る程確かに。魔王の存在もなく、魔物が死んでも石とならず、弱体していた時代なら。彼らの立派な角や暖かそうな毛皮にはそれなりに高価な値が付いていたかもしれない。

 そんな事を思いながら、アステルは腰ベルトに差し込んだブーメランを取り出し、群れに投げつけた。

 

 

 

 「上に上がる階段はここ二つなんだが……」と、タイガは左右の部屋に繋がる通路の真ん中で足を止めた。

 

 左の部屋の奥には上に登る階段が見えたが、右の部屋は上の部屋の床が落ちたのか、大小の瓦礫が散乱している。

 

 「左側の階段は三階まで登れるが、特に何もない。右側は二階までなんだが……」

 

 言葉を濁しながら彼は右側の部屋へと進み、瓦礫で隠れていた階段を登った。アステル達もその後に続く。

 

 「……こういう訳だ。魔物達も侵入を諦めたようだな」

 「ぐっちゃぐちゃ~」

 「床は落ちてなかったんだがなぁ」

 

 マァムの言う通り、この大部屋の破壊され様は今までで一番酷かった。階段のすぐ手前で部屋半分程の床が大きく抜け落ちている。

 しかし。部屋破壊よりも目を引いたのは。その抜け落ちた床の先、大部屋を仕切るカーテンような光の幕。それはオーロラのようにゆらゆらと美しく色を変えていた。

 

 「あの光は……?」

 「キレイだねぇ~?」

 

 頬に手を当ててうっとりするマァムに、アステルは笑みを浮かべ「そうだね」と応える。

 

 「ああ。あれは俺が修行してた当時からあったものだ。触っても特に問題はなかったが、どうしても先には進めなかった」

 

 もしかして魔物達はあの光の幕を、その先にある《何か》を破壊したかったのではないのだろうか。……なら。

 

 「……で。ここからが問題だ」

 

 顎に手を当ててタイガが唸るように言う。

 

 「俺の知っている登り階段はこの二つだけだ。

 あの先が〈悟りの書〉がある場所だとしたら、スレイが(アレ)に触ったらなにかしら変化があったかもしれんが……」

 「……この大きさは流石に飛び越えられないよね」

 

 と、眼前の大穴にアステルも溜め息を漏らす。

 

 「……だが。じーさんは『上の階へと続く道を隠された』と言ってたからな。どこか他に路はある筈なんだろう?」

 

 スレイにタイガは頷く。取り敢えず、下の階へと戻った一行はスレイが作成した塔内部の見取り図を確認する。

 

 「今一階を西周りでまわってる。次は北通路から入り口へと戻る通路だ」

 「うん」

 

 歩き出した一行が突き当たって右にしかない通路を進もうとした、その時。

 

 「───待って!!」

 

 アステルが前にあるスレイの背中の服を引っ張って止めた。

 

 「なんだ」と振り返るも、アステルの真剣な眼差しに思わず口を噤む。数歩先に進んでいたタイガとマァムも首を傾げ、二人の元へと戻った。

 アステルはただの行き止まりの壁を、瞬きを一つせず見詰め続ける。

 

 おもむろに、しかし、どこか慎重に手を差し出し、そっと、壁に触れた。

 

 

 ─────カシャンっ!

 

 

 と、薄い硝子が割れたような音が鳴り響く。瞬く間に壁は失くなり、外界へと開かれた通路がそこにはあった。新鮮な風が吹き込み、一行の髪を服を揺らして通り抜けた。

 

 「………幻、か?」と、スレイ。

 

 辺りを警戒しながら外を窺う。中庭だろうか。すぐそこには塔の別棟と中に上へと登る階段が見えた。

 

 「エルフの森と同じ現象だな」

 

 感心したように呟くタイガに、スレイも頷く。

 

 「アステル、すっごぉ~いっ!!」

 

 腕に抱き付くマァムに、アステルは「あはは……」と少し引き攣った笑みを浮かべる。

 

 (それにあの時同様、今回も不可視の結界を破壊したようにも見えた)

 

 「あの時といい、どうしてわかるんだ? アステル」

 「どうして……って、言われても」

 

 スレイに問われてアステルは眉を下げて困った顔をする。

 

 

 「あの時も今も、視えた、としか……」

 

 

 『──彼女に我等の力は通用せぬからな』

 

 

 「……っ!」

 

 「スレイ?」

 

 ばっと片耳を押さえて突然辺りを大きく見回したスレイに、アステル達は目を丸くする。

 

 「どうかしたのか?」

 「………今、声が聞こえなかったか?」

 「声ぇ~?」

 「いいや、何も聞こえんかったが」

 

 訝しげな顔をする面々に、スレイは再び辺りを見回す。そして(かぶり)を振った。

 

 「………悪い。気のせいだ」

 「ろうかげんしょう~?」

 

 失礼な事を言う金髪の頭頂に、目にも止まらぬ速さでチョップを落とす。

 

 「タイガぁ~! スレイが叩いたぁ~!!」

 「そうかぁ。でもマァムが悪いぞぉ」

 

 泣き付くマァムに朗らかに笑いながらタイガはその頭をよしよしと撫でる。

 

 「スレイ……あの、」

 「悪い。気にするな」

 

 不安げな顔をするアステルにスレイは笑いかけるも、先程聞こえた声が耳から離れない。

 

 

 彼にだけ語りかけたその声は、涼やかで、優しく、どこか懐かしさも感じて。

 

 

 声の主を求め、思わず見上げた蒼穹は何処までも澄み渡っていた。

 

 

 

 

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