長篇ドラゴンクエストⅢ ASTEL・SAGA   作:ちこちろん

54 / 100
神の塔《導引》

 

 

 

 「アステルっ!」

 「す、スレイ……っ!」

 

 落下しながら、スレイはアステルへと必死に手を伸ばした。アステルも手を伸ばすが、もう少し、あと少しの所で、風や空気の悪戯(いたずら)()い、その度に彼女の軽い体は遠退き、掴み損ねる。

 錐揉(きりも)み状態の中、黒装束の懐の奥に仕舞っていた筈の白い毛玉の飾りが飛び出した。

 アステルから預かった《幸運のお守り》。お守りの空色のリボンが虹色に輝き、ほどけて伸びる。端と端で己の手首と彼女の手首に絡まり、結び付いた。

 不可思議な現象にスレイは瞳を見開くも、直ぐ様リボンを手繰(たぐ)り寄せ、彼女の体を引き寄せ、強く抱き締めた。

 アステルも彼の背中に手を回し、ぎゅっとしがみつく。

 ふと。

 自分達を纏う風の動きに変化が生じた。柔らかい膜を通り抜けたような感覚にスレイはハッとして下を見ると、何故か先程まで見えなかったガルナの塔の中央棟が見えた。蓋のない吹き出し部分に吸い込まれるようにして二人は入る。ゴーーッと、筒状の空間を風を切りながら落下し続ける。ろくな身動きが取れぬまま、ついに御影石(グラニット)の床が近付いてきた。

 このままでは激突して───ぺしゃんこだ。

 

 「───あ、あ、アストロンっ!!」

 

 咄嗟に先程閃いた、効果がわからない呪文をアステルは叫んでいた。

 

 

 

 一方その頃。

 

 ガルナの塔から遥か西北にある、オリビア岬と呼ばれる地。

 ガルナの塔を任せていた〈(あや)しい(かげ)〉という名の、実体を持たぬ影の魔物の目を通して、この状況を見ていた黒の修道服の神父は顔を上げた。

 アステル達が塔に入ってから、魔物は影であるその特性を生かし、気配を完全に断ち、付かず離れず、神父の目として一行をずっと眺めていたのだ。

 スレイが塔から飛び降りたその時、魔物は素早く彼の影に潜り込んだのだが、彼がアステルを抱き締めた刹那、神聖で強力な結界が発生し、それによって妖しい影は掻き消されてしまった。

 

 「全能神の仕業……いいや。恐らくは、おっとっ!」

 

 突如、北から吹く冷たく強い風に神父は慌てて円帽子(カミラフカ)を押さえる。首に掛けた白の(ストラ)を飛ばさんばかりの風。疎ましげに神父は黄金の瞳を眇る。

 

 「そうですか。貴女が《器》と繋がりますか………命知らずな老神よ」

 

 喉奥でくつくつと笑う神父の身体を、何処からともなく現れた紅蓮のローブが包んだ。

 それを翻し、デビルウィザードは吹き付ける風を払いのけた。

 

 「……良いでしょう。残り僅かなその命、我が王の贄として、捧げて頂きましょうか」

 

 

* * * * * *

 

 

 「アステルっ! スレイっ!!」

 

 自分の失態でアステル達を危機に追いやってしまった。

 タイガは悔恨で強く歯を食い縛る。マァム=ノーランは一時言葉を失い真っ青になるも、(まなじり)をあげ、立ち上がった。

 足元からふわりと巻き起こる風の魔法を纏って。

 

 「……追う。タイガも、来て……!」

 

 黄金の髪を靡かせながら手を差し出すマァム=ノーランに、タイガもまた頷いて彼女の手を握った。その時。

 

 『───待ちなさい。人の子と大地(ガイア)の娘よ』

 

 女性の声が、タイガとマァム=ノーランの頭の中で響いた。アステルを落とした空 竜(スカイドラゴン)が二人の元へとゆっくり飛翔する。先程の様な気迫は感じられず、(むし)ろ慈愛に満ちた雰囲気を醸し出している。

 驚く二人の元に鼻先を差し出し、敵意がない事を示した。

 

 『手荒な真似をしてしまいましたね』

 

 そう語りかけて、竜はタイガの焼けただれた背中に視線を遣る。すると真白き光が何処からともなく現れ、タイガの背中を包み込む。光が消えた時には火傷(やけど)は完治し、焼け焦げた武闘着まで綺麗に再生した。

 ……と。天空から更にもう一匹の空 竜(スカイドラゴン)が舞い降りてくる。

 

 『彼の者達は無事《天啓の間》へと導かれました』

 「天啓の……間?」

 

 タイガの声に竜は鷹揚に肯いた。

 

 『今のガルナの塔は本来のガルナの塔ならず。悪しき者から《悟りの書》を護る為、その(かたち)を変えています。入り口となる場所もまた、空間を曲げ、変じているのです』

 「空間を曲げる……」

 

 その言葉にマァム=ノーランはハッとして、アステル達が消えた空中に視線を移した。先程は焦って視えていなかったが、極微量に。魔力の渦がうっすらと彼女の視界に捉えることができた。

 

 あれは。

 

 「《旅の扉》……!」

 

 マァム=ノーランの解答に、竜は肯く。

 先程から聞き覚えのあるその声に、タイガは「あっ」と声を上げた。

 

 「……お前達はもしかして、塔の入り口で俺達に話し掛けた巫女達か?」

 

 竜達に返答はなかったが、否定もしなかった。

 

 「なら、こんな回りくどい真似をしなくても、前以て説明してくれれば良かったんじゃないのか?」

 

 タイガの咎めるような口調に、竜達は目を細め、微苦笑を浮かべた、ような気がした。

 

 『《監視者》がいました』

 「監視者……? 魔族の事か?」

 

 竜達は揃って肯いた。

 

 『此度の選ばれし者は、魔に(あま)りにも近く、そして魅いられています。監視者は常に彼の動向を覗き見ているのです』

 

 選ばれし者とはスレイの事だろう。魔に近いとは彼に掛けられた呪いの事だろうか。

 しかし、何故彼が付け狙われる?

 

 二匹の竜は交互に話し続けた。

 

 『《天啓の間》はいわばガルナの塔の心臓部。魔の者が塔の外側をどんなに破壊尽くそうが、《天啓の間》さえ無事ならば、自らの力で復活しましょう。しかし《天啓の間》そのものが破壊されれば、ガルナの塔はこの世から消滅してしまう』

 『万が一にも監視者の手によって、彼が《天啓の間》にて魔力暴走など起こさぬよう、監視者の目から完全に彼を引き離す必要があったのです。

 ……その為には彼女の協力も不可欠だった』

 

 「彼女? アステルの事か?」と、タイガ。

 

 『彼女がその気になれば、神の力は通用しない』

 『人間は勿論の事、魔王さえ退ける結界も彼女の行く足を遮る事は出来ない』

 

 『『その力が必要だったのです』』

 

 (アステルにそんな力が……!?)

 

 マァム=ノーランがタイガの服を引っ張った。タイガが見下ろすと、表情の乏しい彼女がはっきりと怒りを(あらわ)にしている。

 

 「つまり。《天啓の間》に張られた、神の結界を、スレイや、魔族は、通り抜け、られない。けれど。アステルと一緒なら、スレイは、神の結界の、干渉を受けずに、通り抜けられる。

 だから。窮地に、陥れる事で、アステルを、その気に、させた」

 

 その為にわざとタイガを襲い負傷させ、アステルを誘き寄せて落下させたのだ。

 マァム=ノーランは深紅の瞳で竜達を睨み付けた。

 

 語るべきを終えた竜達はゆっくりと天に向かって浮上した。

 

 『人の子よ。貴方が求める物はこの先にあります』

 

 『大地の娘よ。貴女が貴女である為に。課せられたその天命を、今一度思い出しなさい』

 

 

 『『もう一人の選ばれし者よ』』

 

 

 

* * * * * *

 

 

 ガルナの塔一階を、殺気(みなぎ)らせて徘徊していた魔物達は、突然響き渡った振動と天井が破壊されるかのような爆音に、大きく飛び上がった。

 その直後、魔物達は憑き物が落ちたように(まなこ)をぱちくりとさせて、互いに顔を見合わせる。すると本来の臆病さをみせて、同族で固まって、塔の中に築いた各々の隠れ家へと脱兎の如く走り去った。

 

 音と振動の発生源であるその二階では。

 青黒く輝く鋼鉄の像が、御影石(グラニット)の床に大きな亀裂(きれつ)を走らせ、めり込む形で横たわっていた。

 像は固く抱き合う男女の形をしていた。精巧な造りの像はまるで生きているかのようだった。

 

 暫しの時間をおいて。

 

 鋼鉄の男像の頭髪が黒から銀色へ空気に触れて靡き、女像の瞳は、鮮やかな青に輝き瞬く。

 着衣も色付き柔らかく微かな動きに皺より、肌は暖かな血の通ったものへと徐々に変化……いや、元に。戻っていく。

 

 像の正体は、なんとアステルとスレイだった。

 

 「ぐ……っ」

 

 体の(きし)みにスレイが顔を歪めて呻きながら、寄り添うアステルの体ごと上体を起こすと、

 

 「た、助かった……」

 

 アステルは彼にしがみついたまま、安堵の息を漏らした。

 はたっ、と。

 目が合った二人は、無言で、密着した体をそろりと剥がし、完全に離れると、どっと疲れたように互いに長く大きな溜め息を吐いた。

 

 「───アステル」

 

 低く轟くような声にアステルはびくりとする。

 

 「は、はい」

 

 と、返事するものの腰を下ろしたまま、ズリズリと彼から距離を開ける。彼がすうっと息を吸うのを見て、アステルは身構えた。

 

 「なんでっ! おまえはっ!! 唐突に考え無しになるんだっ!!!」

 「ご、ごめんなさいっ!!」

 

 今までで一番の怒鳴り声に、アステルは「ひえっ!」と、体を(かが)めた。

 

 「それに効果のわからない呪文は使うなと言っただろうっ!!」

 「だっ、だって。良い方法が思い浮かばなくて。なんとなく……これを使ったら、なんとかなる……かなぁって気がして……」

 「そんな危ない賭けをあんな場面でするなっ!! もしあれが敵を永遠に鋼鉄の塊にする呪文だったらどうするっ!! 元に戻れなかったらどうするんだっ!!」

 「ごめんなさいっ!!」

 

 身を守る呪文だとばかり考え、その可能性は全く考えていなかった。青くなったアステルはおもいっきり頭を下げた。

 縮こまったアステルに、スレイは米神を押さえ、深く深く溜め息を吐く。

 

 「ああいう時は、さっき一緒に覚えた離脱呪文(リレミト)を使えば良かっただろう」

 「だっ、だって。リレミト使ったら、塔の外に出ちゃうと思ったから……っ」

 

 外に出てはタイガとマァムを助けられないと、言外にそう滲ますアステルに、スレイは舌打ちをする。

 しかし。結局はタイガとマァムを上に置き去りにしてしまった。

 アステルもそれに気づいているだろう。肩を落とし項垂れる彼女に、スレイはそれ以上咎めるような事はしなかった。

 

 「……タイガは、マァムも。あいつらは強い。だから大丈夫だ」

 「………うん。そうだよね。本当に私、駄目だなぁ」

 

 スレイの言葉にアステルは頷くと同時に、仲間を信じきれずに突っ走った浅はかな自分に恥じ入った。と、こつんとスレイに頭を小突かれた。

 

 「スレイ?」

 「お前はあいつらを信用しなかった訳じゃない。ただ心配で思わず出てしまっただけだ」

 

 呆れ顔でそう言われて、アステルは瞳を大きく見開く。小突かれた頭に手を遣ろうとして、ふわりとした感触に当たった。

 

 「ん?」

 

 アステルが手元に視線を落とすと、そこには《うさぎのしっぽ》と《幸運のリボン》……合わせて《幸運のお守り》が自分の手に寄り添うようにして在った。

 

 「……あれ?」

 「どうした?」

 「これ……」

 

 アステルがスレイに《幸運のお守り》を手に乗せて見せる。

 

 「あの時リボンが解けてた筈なのに……ほら」

 

 あの時、リボンがうさぎのしっぽから解けて、アステルとスレイの手首に巻き付いたのだ。しかし今は。元通りうさぎのしっぽに結ばれた状態でここにある。

 二人はあの不思議な現象に首を傾げつつ《お守り》を眺めていたが、その後の状況もまざまざと思い出され、お互いなんとなく気まずくなって顔を反らした。

 鋼鉄になってる間、不思議と意識と視界は開けていた。互いの背中に手を回し、抱き合っていたのをしっかりと覚えていた。しかしその間、体の感触やぬくもり、息遣いも心音もなにも全く感じなかったのだが。

 

 「───はい」

 

 先に沈黙を破ったのはアステルだった。

 大切なお守りを両手でスレイへ差し出す。

 

 「まだ終った訳じゃないから。引き続き守って貰おう?」

 

 僅かに視線を反らしたアステルの頬が、紅く染まっているのに気付くと、スレイは更に落ち着かない気分に駆られた。

 

 「……ああ」

 

 出来るだけ彼女の手に触れぬように、慎重に受け取ったお守りを、再び黒装束の懐へと大事に仕舞い込む。

 

 気持ちを切り替えようと殊更明るく「よいしょっ」と立ち上がったアステルは、今いる場所を見回した。天井に外へと通じる吹き抜けがあるだけで、特に何かあるわけでもない小部屋だ。

 

 「それにしても、ここは何処なんだろう……」

 「恐らく、ガルナの塔二階だろうな」

 

 スレイも立ち上がり、先程通って落ちた吹き抜けを見上げた。高く遠すぎて空は見えない。

 

 「戻ってきちゃったの?」

 

 眉尻を下げるアステルに、スレイは首を横に振った。

 

 「いや………多分、ここは」

 

 そう言って、スレイは吹き抜けの下から移動する。アステルも慌ててその後を追った。さほど長くはない通路を通り抜けると、ぼんやりとした輝きが辺りを照らす。

 

 「……あっ!」

 

 アステルが思わず声をあげた。そこはあの美しい光の幕がかかった大部屋。

 しかもここは。

 

 「………スレイ?」

 「ああ。ここはあの破壊された部屋の反対側だろうな」

 

 アステルとスレイは光の幕へと近付く。オーロラの輝きはやはり美しく、アステルは魅いられるままに、それに手を伸ばした。

 

 ………柔らかい。柔らかい、が。

 

 「あ、あれ?」

 

 アステルの手は柔らかく弾力のあるものに跳ね返る。

 

 「タイガが言ってた通りだね……」

 

 そう言って、隣に立つスレイを見た。

 今度はスレイが手を伸ばす。

 

 「………!」

 

 スレイの手がすっと、光の幕の中へと入り込んだ。スレイは息を飲むも、意を決して前へと一歩進む。……が、後ろへと引かれた。

 

 「………アステル?」

 「え? ───わっ!?」

 

 本当に無意識だったのだろう。彼の服を引っ張っていたアステルは、慌てて離した。

 

 「…………」

 

 行き場を失くしたその手を見詰めていたスレイは、おもむろに取って握った。

 驚きこちらを見上げるアステルの顔は茹でダコのように真っ赤に染まっており、スレイはつい失笑する。

 

 「スレイ!?」

 「……わ、悪い」

 

 からかわれたと思い、いきり立つアステルに、肩を震わせてひとしきり笑ったスレイは息を吐く。

 緊張が解れた表情でアステルを見下ろした。

 

 「一緒に来てくれないか?」

 

 その言葉に一瞬アステルはぽかんとするも、捕まれた手を握り返し、ほころぶように笑った。

 

 手を繋ぎ、頷き合うと二人は光の幕へと入って行った。

 

 

* * * * * * 

 

 

 竜達が消え、マァム=ノーランは苛立ちを隠さぬまま、タイガに向き直った。

 

 「───タイガの、探し物って、何?」

 「え、あーー……」

 

 マァム=ノーランの追及にタイガは、頭を掻きながら、言葉を濁す。

 

 「……もしかして。わたしが、関係してる?」

 

 察しの良い彼女に、タイガは一つ息を吐くと、彼女を真っ正面から見下ろして頷いた。

 

 「ナディル大神官がここに、マァムに譲りたい大切な物が在ると言っていた。俺はそれを探していたんだ」

 「《あたし》に……?」

 

 首を傾げる彼女に、はっとしてタイガは「すまない」と謝る。

 

 「?」

 「マァムにじゃない。……君にだ。マァム=ノーラン」

 

 マァム=ノーランの深紅の瞳が僅かに大きくなる。

 

 「マァム=ノーラン。今眠かったりするか? まだこのまま君のままでいられるか?」

 

 タイガの言葉にマァム=ノーランが頷くと、タイガは安堵の息を吐く。

 

 (……思えば。初めて会った時よりも、マァム=ノーランが出てこられる時間が短くなっている気がする)

 

 以前はそういうものなのだろう、自分の意思でそうしているのだろうと思い込んでいた。ナディルの話を聞くまでは。

 

 しかし。それも《彼女》が消滅する兆しだとしたら。

 

 「大切な物は、この塔の頂上にあると言っていた。………行こう」

 

 表情を引き締め、タイガはマァム=ノーランの手を引いて、最上階へと通じる階段を登った。

 

 

 









スカイドラゴンはモンスターですが、ここでは神の遣いとして登場しております。
この物語の全能神とはゲームクリア後に登場する()()()です。
そういう理由で竜族はエルフ族と同等に神聖な一族ですので、ドラゴン系モンスターの中には魔王に洗脳されてないドラゴンもいたりします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。