長篇ドラゴンクエストⅢ ASTEL・SAGA   作:ちこちろん

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神の塔《目覚めし者》

 

 

 

 タイガとマァム=ノーランは最上階へと足を踏み入れた。

 そこは何も置かれていない、小さな小部屋だった。四方に窓があるだけで、特に変わった物は見当たらない。

 

 「………おかしいな。ここにあるって言ってたんだが」

 

 タイガは頭を掻いて辺りを見回し、それから後ろにいるマァム=ノーランを見た。

 

 「マァム=ノーラン……?」

 

 彼女はぼんやりと部屋を見ていた。そしていきなり部屋の奥へと走りだし、しゃがみこんで床を調べ始めた。

 

 「どうした? 何かわかるのか?」

 

 タイガの問に、マァム=ノーランは頷く。

 

 「わたし、ここ、知ってる」

 「え?」

 「ここだけ。この、部屋だけ、知ってる。覚えてる。多分、塔は、姿を変えたから」

 

 確かに。竜達も魔族から《悟りの書》を守る為にと、そう言っていた。

 

 「ここ、来た事、ある! わたし、は、ここ、に………っ!」

 

 

 ───いいかい? マァム。母さまの髪飾りはここに仕舞っておこう。

 

 ───マァムがしっかり勉強して、魔力と聖力を高めて、身体も大きくなったら。

 父さまなしでこの塔の最上階、この部屋に辿りつけたら。

 

 ───その時、お祝いとして、この髪飾りをマァムにあげよう。

 

 ───《賢者》として一人前になれた、そのお祝いにね。

 

 

 「父、様と……っ!」

 

 カコンッと。御影石(グラニット)の床が沈んだ。マァム=ノーランは瞳を見開き、体重をかけて沈んだ一角を更に押し込む。

 すると四方の窓の一つ、硝子向こうの外の風景が消え、飾り棚(ニッチ)へと変化した。

 マァム=ノーランは立ち上がり、棚の窓を開ける。

 そこには革張りの箱が一つ置かれていた。

 長らく置かれていた筈であろう、その箱に埃は一つも被ってはいなかった。

 マァム=ノーランは箱に手を伸ばそうとし、途中で止まる。先程まで迷い一つなかった行動と眼差しに、躊躇いの色が浮かぶ。

 

 これに自分が触れて良いのか。これに触れるべきは、もう一人の自分ではないか……と。

 

 マァム=ノーランが意識を閉ざそうとした、その時。

 

 彼女はその肩を、痛い程強く握られた。

 

 吃驚してマァム=ノーランは後ろを振り返った。そこには真摯な眼差しを向けるタイガがいた。

 

 「……逃げるな、マァム。言っただろう? これは《君に》宛てられた物だと」

 「わた、しに……」

 「君は君だ。君はマァムなんだ」

 「わたし、は、マァム?」

 

 問うように尋ねるマァムに、一瞬タイガは言葉を詰まらす。が、真っ直ぐに彼女を見詰め直し、はっきりと言った。

 

 「君が、マァムなんだ」

 

 

 ───パチンッ!と。

 

 箱の留め具が勝手に開く。二人は驚いて箱に視線を遣ると、箱の蓋は開いており、そこには八重の花を模した見事な造りの銀の髪飾りがあった。華心には丸い紅髄玉(カーネリアン)が填まっており、窓から差す光で銀華から垂れる短冊状の銀のビラがきらきらと輝いていた。

 

 「母、さま───」

 

 

 

 マァムの脳裏に唐突に浮かんだのは、この髪飾りで黄金の髪を結い上げた母の姿。

 見上げるマァムの視線に気付いて、柔らかく微笑み、手を差し伸ばす。マァムは母の腕の中に抱き上げられると、頬擦りされた。

 

 母からはいつも花の香りがした。

 

 マァムはこの香りが大好きで、とても安心出来た。

 

 

 

 次に浮かんだのは、棺に眠る母の姿。

 

 病魔に冒され、痩せ細った青白い肌。けれど、その表情はとても穏やかで。

 声をかければ。体を揺すれば起きるのではと、マァムは何度も繰り返しそうするが、しかし、母が目覚める事はなかった。

 葬儀は滞りなく行われ、やがて棺の蓋が閉まり、墓地へと運ばれ、掘られた穴の中へと棺が沈む。大地へと還されようとした、その時。

 マァムは世話人の手を振りほどき、参列者の人並みを掻き分け、母の棺へとすがり付いた。

 

 皆が驚いた。何故なら。

 

 マァムという娘は感情に起伏がない子だと、周囲に知れ渡っていたからだ。

 母親の死に目にも涙一つ浮かべない。そんな薄情な子だと、思われていたのだ。

 

 そんな彼女に、葬儀進行役の神官の一人が近付く。その男の発する香の香りで、マァムはそれが誰なのか振り返らずともわかった。

 

 神官の男はマァムの父親だった。

 

 男はマァムを棺から引き剥がすと、マァムもそれに抗いはしなかった。

 抗いはしなかったが、それがとても苦しくて。マァムは抱き上げる男の胸に顔を埋めた。声も上げず、涙も流さない。けれど体の酷い震えが彼女の慟哭を表していた。

 

 健気な我が子を父親は抱き締めた。

 

 マァムは感情の起伏がないのではない。

 

 感情の表し方がわからないだけの子なのだ。

 

 

 「わたし、は。そう。これが、わたし」

 

 わたしはマァムの足りない部分でない。マァムの影ではない。

 

 《わたし》は《わたし》だったのだ。

 

 

 

 また脳裏に浮かぶ景色が変わる。

 

 

 そこは炎の海だった。

 

 焼かれているのはマァムの生まれ育った村。

 魔王の思念波を直接浴び、魂を喰われた魔力の高い女達は魔女へと変じ、ベギラマの炎を撒き散らし、己の生家を、家族を襲い燃やし尽くす。

 そんな彼女達を……中には家族、恋人がいただろう、涙ながらに手を下す男達を邪魔するように現れたのは、大きな仮面を被った邪神を崇める邪教徒達。

 彼等は理力吸収呪文マホトラで、容赦なく男達の理力を奪い吸収する。

 理力が尽き、戦う術を失った術者達は邪教徒が呼び出した亡霊騎士や屍人に斬られ、喰われ、次々に蹂躙された。

 

 

 『───マァム』

 

 はっとして顔を上げると、そこは村外れの牢の中だった。

 

 何故そこにいるのか。どうやってここまで逃れたのか。わからないが、マァムは父とそこにいた。

 

 肩で息をする父の震える右手には世界樹の枝で出来た杖、左手はマァムの肩を強く抱いていた。賢者の証である額冠(サークレット)の赤い宝玉が、小窓の鉄格子越しから入り込む炎の光に照らされ、鮮烈に輝く。

 儀式の時にしか身に付けない、浅葱色のローブに赤黒い染みがどんどんと拡がる。

 

 どんどん。どんどん。

 

 マァムは慌てて、父に回復呪文をかける。

 だが平常心を保てない状態で放たれた治癒の光はあまりに弱々しくて。

 しかし。

 そんなマァムを父親はこの上なく愛おしげに見詰めていた。

 

 『マァム。これから父さまがする事を許しておくれ』

 

 父親は自らの胸に手を(かざ)すと、そこから緑の光が現れた。

 

 『これは……世界の希望の欠片。マァムにこれを託す。いつかこれを手にするに相応しい者が現れるまで、護っておくれ』

 

 そう言って、父親はマァムの胸に緑の光を押し当てた。光は吸い込まれるようにマァムの胸の中へと消えた。

 父はこの時初めて表情を歪め、マァムを強く抱き締めた。我が子の感触を魂に刻み付けるように。マァムの体に父から流れる鮮血が温かく染み渡る。

 

 牢の壁が爆音をたてて吹き飛ばされた。

 

 煙幕の中から燃えるような紅蓮のローブを身に纏った男が現れる。

 父親は血で濡れた指で地面に魔方陣を素早く描き、そこにマァムを乗せた。

 

 『大地の女神よ。我が最愛に祝福の加護を与えたまえ……っ!』

 

 父が祈るように両手を組んだ。

 ローブの男が此方へと手を翳す。

 

 『───強制転移呪文(バシルーラ)

 『───高等爆裂呪文(イオナズン)

 

 

 同時に放たれた呪文は一帯を真っ白な光で包んだ。

 

 

 

 暗転。

 

 

 

 

 「───はじめまして。私はアステル。あなたは?」

 

 再び脳裏に浮かんだ景色は変わる。それはアステルとの出会いだった。

 

 彼女の青い瞳に自分が映った瞬間、胸が高鳴った。

 

 懐かしくて、嬉しくて、涙が溢れそうになった。

 彼女の笑顔が好きだった。

 何故だかわからないが、彼女の事がとても好きだった。

 彼女と話がしたくて。

 彼女に笑って欲しくて。

 彼女に笑って貰える自分になりたくて。

 

 

 その瞬間。《わたし》の中で《あたし》が目覚めた。

 

 

 ─────そう。目覚めたんだ。

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 「────ムっ! マァム=ノーランっ!!」

 

 いつの間にか閉じられていた目蓋をマァム=ノーランが開けると、そこにはタイガがいた。

 

 倒れたのか横抱きされた状態で、タイガが此方を覗き込んでいる。

 憂いの色を浮かべた漆黒の瞳に己が映し出された瞬間、マァム=ノーランは。

 

 ……いや、マァムは。自我を確立した。

 

 「大、丈夫」

 

 疲れたのか、マァムはタイガの胸にポスンと頭を倒す。

 

 「思い、出した、から。《わたし》は、大丈夫」

 

 

 マァムは手の中にある銀の髪飾りをそっと、握り込んだ。

 

 

 

 

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