長篇ドラゴンクエストⅢ ASTEL・SAGA   作:ちこちろん

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神の塔《心模様》

 

 

 

 ────時を約一刻ばかり遡る。

 

 ここはガルナの塔一階。ハクロウは薄目で隣で座禅するシェリルを見遣る。見様見真似とはいえ、様になっていた。基本が既に身に付いているようだ……と。

 

 ────ズズンッ!!!

 

 まるで塔全体が揺れたような振動と音にシェリルはパチリと目を見開き、腰を浮かした。

 

 「な、なんやっ!? 今のはっ!!」

 「……たわけが。これしきの事で心を乱すな」

 「せやけど! もしかしたらアステル達になんかあったんかも……!」

 「だろうな。………だが、今のお前が心配して駆けつけたとしてもどうにかなるものでもあるまい。それ以前にここから出る事も儘ならんのではな」

 

 「なんやとっ!」

 

 息巻くシェリルに見向きもせず、ハクロウは言葉を続けた。

 

 「塔に変化が起こったのは確かだ。邪悪な思念波が消え去り、操られていた塔の魔物達の殺気が一気に薄れた」

 

 シェリルはピタリと動きを止めた。

 

 「……それって良い事なんか?」

 「少なくとも悪い事には繋がるまい」

 

 ───ちなみに。先程の轟音の正体は呪文で鋼鉄化し、塔五階から落ちて来たアステルとスレイである。

 

 「……なあ。この修行もタイガが言ってた《氣》ってのを操るのに、必要な事なんか?」

 

 シェリルは腰を下ろし、横目でハクロウに問うた。

 

 「無論。初歩中の初歩じゃ。外部の音を遮断し、精神を静め、己と向き合い、初めて体内を巡る氣を感じ取る事が可能となる」

 「なあ。氣ってなんなん?」

 

 『今更なにを』と言わんばかりの蔑視した目を向けられたが、ハクロウは答えてくれた。

 

 「………氣とは万物を構成する要素。生命の活力。物質をその物質として存在させている根源。人の根底にある氣力のことじゃ」

 

 ……余計わからなくなった。

 シェリルは以前タイガが噛み砕いて説明したのを思い出す。

 

 「アステル達の理力と似とるけど異なるとかタイガは言っとったっけ……」

 「その通り。理力はいわば精神力。精神力が尽きようが死に至る事はない。だが氣力は生命力とも繋がる。生命力を使い果たせばどうなるかぐらい理解出来よう」

 

 シェリルは頷く。

 

 「まさに今のスレイがその状態らしいからな。……そういや爺さんはなんも聞かんでもスレイの状態に気ぃ付いっとたよな」

 「体内の氣の流れを見たらすぐ分かる。あの者の体内からは、穴が空いた桶のように氣力が流れ落ちとった。本来ならば立つ事すら辛かった筈じゃ。流石は賢者に選ばれるだけの事はある大した忍耐力よ」

 

 (……そんなに酷かったんか)

 

 そんなのを(おくび)にも出さなかったスレイに対して自分はなんて情けない。《旅の扉》なんかで足止めを食らって。シェリルは悔しげに拳を握りしめた。

 

 「───カーーーーーッ!」

 

 突然、声を張り上げたハクロウにシェリルは肩をおもいっきり跳ね上げた。

 

 「愚か者がっ! 今この時に怒りという邪念はいらんっ! 例え不甲斐ない自分自身に対してであろうとなっ!」

 「爺さん」

 「悔しければ今この時を無駄にするでない。仲間達が戻ってくるまで時間はそうないぞ。なにも身に付けぬまま仲間との再会を果たすか!?

 瞑想すらまともに出来ぬ者に無駄な事を教えるつもりなぞ儂にはないぞ!」

 

 言い終えるとハクロウは完全に周囲の音を遮断した。深い呼吸音だけが辺りを支配する。そんな彼を見てシェリルも一つ息を吐くと、座禅を組み直し、肩の力を抜き、呼吸する事のみに集中した。

 

 

* * * * * * 

 

 

 ────そして今現在。

 

 ガルナの塔最上階。眠るマァムに膝を貸しながら、タイガは溜め息を吐く。彼女の手にはしっかりと銀の髪飾りが握られている。

 あの時。箱の蓋が勝手に開き、中の髪飾りを目にしたマァムは動きを止めた。

 ぼんやりとしていたが、途中表情を変えぬまま、突然彼女は一筋の涙を溢した。

 思わずその肩に手を置こうとしたが、髪飾りがふわりと浮いて彼女の手の中に入った。彼女がそれを握り締めた途端、眠るように倒れた。

 慌ててその体を受け止めると、暫くして彼女は目覚めた。もう大丈夫だと言って。

 

 そうしてまた眠ってしまったのだ。

 

 「……ん」

 「気が付いたか?」

 「……うん」

 

 今度こそ目が覚めたのか、起き上がり目を擦ってこちらに見向く。彼女の瞳の色はまだ深紅のまま……マァム=ノーランの方だ。

 

 「何があったか、説明して貰ってもいいか?」

 

 タイガの質問に少しだけ間を置いて、マァムは頷いた。

 

 「思い出した。わたしの、事。本来の、わたしを。……《あたし》の事、も」

 

 (内に在る別人格を自覚したという事か)

 

 いつも通り、タイガは口を挟まずにまず彼女の話を聞いた。

 

 彼女自身、在った筈の過去の記憶が日々抜け落ちていた事に気付いてなかったらしい。ナディルの言う通り、あのまま放っておけば彼女は消えていたかもしれない。

 髪飾りを見て母親の事、幼かった自分の事、本来の自分がどんな性格だったかを改めてマァム=ノーランは思い出した。その上で魔王とその配下に故郷の村を滅ぼされ、その際に賢者の父親の魔法によってアリアハンへと飛ばされた事。アステルと出会った事でもう一人のマァムが目覚め、彼女は影に隠れるに至った事を思い出したという。

 

 ……あの時。突然泣き出したのは、両親の死に際を思い出したからだろう。彼女は泣いたと自覚してないようだが。

 タイガはゆっくりと話すマァムを急かす事はしなかった。

 幼い頃から感情の起伏が乏しく、引きこもりがちだった上に、マァム=ノーランという人格が面に出る事もなくなってしまった。たどたどしい口調も人と触れ合い、話す機会に恵まれなかったのなら納得も出来る。

 彼女がこんなに話したのは出会ってから、初めての事かもしれない。一通り話終えたのか、疲れたように彼女が息を吐いたタイミングで、タイガが口を開いた。

 

 「マァム=ノーラン。君は今目覚めた。これからどうする? 面に出てこれまでの事をアステル達に説明するか? 説明し辛いなら俺が手伝うが……」

 

 タイガの言葉にマァムは自分の胸に手を当て、暫し俯き、そして首を横に振った。

 

 「……まだ、駄目。《あたし》は、わたしの、記憶を元に、人格が、形成されて、るから。今、わたしが出たら、きっと、混乱する。わたしの時と、同じ。間違えれば、消滅、しかねない」

 「……もう一人の君を守るにはどうすればいいか、検討は付いてるのか?」

 

 そこでマァムは再び俯いた。

 

 「………六つの、宝珠(オーブ)を、探す」

 「おーぶ?」

 「わたしの、時と、同じ。《あたし》に自覚、させる以外、方法はない」

 

 ───正しき己の姿を。

 

 「君の時がその髪飾りだったように、もう一人の君にその《オーブ》ってのが、必要なんだな?」

 

 マァムは手の中の髪飾りを眺めて、深く頷く。

 

 「スレイ、が」

 

 マァムはゆっくりと目を上げた。

 

 「スレイが、《悟りの書》を、得たのなら。きっとみんなに、アステルに、話す。六つの、オーブの事。……ラーミアの伝説を」

 「らーみあ? もしかしてそれが彼女の本来の名前なのか?」

 

 聞き返すタイガにマァムは頷く。

 

 「ラーミアは、バラモスへと辿り着く、唯一の手、だから」

 「どういう事だ?」

 

 しかし、マァムは首を横に振った。少し表情が曇ってる気がする。

 

 「上手く、説明出来ない。スレイなら、きっと出来る」

 「……取りあえずは。君は今まで通り影に徹するって事だな? だが君はそれで本当に大丈夫なのか? また今回のような事には……」

 

 気遣わしげな表情のタイガにマァムはほんの少しだけ、口元をほころばせた。

 

 「今度は、大丈夫。タイガも、お祖父様も、いるから。わたしの事、知ってる人がいるって、わかってる、から」

 

 そう言ってマァムは手に在る髪飾りを差し出した。

 

 「タイガに、持ってて欲しい。《あたし》にとって、これは、ない方がいい。《あたし》の母様は、違うから」

 

 マァム=ヴェルゼムの母はアリアハンにいるルイーダ唯一人だから。

 言外にそう言うマァム=ノーランに、タイガは眉を顰める。

 

 「そんな事を言うんじゃない。マダムはマァム=ノーランの事だって娘だと言ってたぞ」

 

 強めの口調で嗜めるタイガに、マァムは僅かに目を張った。そしてそろりと目を反らし、声小さく呟く。

 

 「……でも。きっと、嫌われ、てる」

 「なんでだ?」

 「話し、かけられたら、隠れてた、し」

 

 無表情だがばつが悪そうな空気は感じ取れて、タイガは思わず破顔する。

 

 「それはいつか謝った方がいいかもな」

 

 そう言って俯くマァムの頭をわしわしっと掻き撫でた。

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 ───同刻。所変わってここはガルナの塔、二階大広間。

 

 泣き過ぎて目を赤くするアステルを前に、スレイは苦笑した。

 

 「目を擦り過ぎるから赤くなるし、腫れるんだよ」

 

 言ってるそばから目元に手をやってるアステルに呆れるように言う。そんな顔で膨れっ面になるものだから、スレイは軽く吹き出した。

 

 (───あの時もすぐに赤く腫れ上がってたな)

 

 薪小屋の暗がりの中、小さな肩を震わせて。泣いた痕跡を隠そうと無意識でやってるのだろうが、むしろ逆効果だ。

 スレイは俯いて隠そうとするその顔を此方に向かせた。慌ててそっぽを向こうとするアステルの両頬を素早く両手で挟み込み、逃げられないよう正面に固定し、真っ赤な目と少し腫れ始めた目蓋をみた。

 

 (これも摩擦による外傷と同じ扱いになるのなら………効果があるんじゃないか?)

 

 「ちょっ! やだっ」

 「ホイミ」

 

 彼の手から発せられた白い癒しの光が、アステルの赤く腫れた目蓋や目元を涼やかに癒す。まさかスレイが治癒呪文を使うとは思わず、アステルは驚き固まった。目とその周りの熱と痛みが徐々に引いていく。此方を覗き込むスレイの琥珀の瞳の中の目を真ん丸くした自分と目が合う。

 

 ───瞬間。アステルは今更ながらにあの時の出来事を思い出してしまった。

 

 忘れてたのなら、そのまま綺麗さっぱり忘れ去ってしまいたかった。

 あの時はああするしか……! と、アステルは自分で自分に言い訳をする。

 スレイを必要としている事をちゃんと伝えたくて。わかって欲しくて。今にも壊れ崩れそうな彼を守り支えたくて。

 

 後悔はしてない。してはいないが。

 

 (額にとはいえ、きっ、キスを……っ!)

 

 勿論、家族以外の異性にキスをするのは生まれて初めての事である。

 恥ずかしさのあまり折角治まっていた熱がぶり返す。目が潤み始める。

 

 「───よし。もう大丈夫……」

 

 触れられてるのに耐えきれず、アステルは強く目を閉じていた。閉ざされた視界で感覚だけが鋭敏になる。火照った頬を大きな手が優しく撫でる。その指先が唇に触れた瞬間、思わずびくりと震えた。

 すると顔を引き寄せられ、自分のとは違う熱い吐息が重なった気がした。

 

 「スレイ?」

 

 躊躇いがちに声をかけたら、ぴたりとその動きは止まった。不自然な沈黙と間に、アステルがそっと目蓋を上げると、何故かスレイは片手で顔を覆う様にして俯いていた。

 

 「………」

 

 スレイは掠れた声で何か呟いたが、アステルには聞き取れなかった。片頬に残っていたもう一方の手もすごすごと離れていく。

 

 「何か言った?」

 「なんでもない。気にするな」

 

 まだ顔を覆ったまま早口でそう言うスレイに、アステルは瞳を瞬く。隠せてない耳が赤くなっていた。

 

 「スレイ、もしかして顔赤くない?」

 「気のせいだ」

 

 そう言いつつ自身の顔を覆う手に、冷気が込もってるのもアステルにはしっかり見えた。

 

 (……冷やしてる。あれ絶対に冷やしてる)

 

 何故顔を冷やしているのかも気になるが、ついさっき賢者の素養を開花させたばかりなのに、それをもう器用に使い熟している彼に驚きを隠せない。

 暫くしてから長い溜め息を吐いて、スレイは顔から手を離し、何故か渋い顔で此方を見た。

 

 「……アステル」

 「なに?」

 「今後無用心に他人の前で目を閉じるなよ」

 「え?」

 「い・い・な?」

 

 声低く念押しするスレイに、アステルは理不尽だと思いつつも「はい」としか答えられなかった。

 

 「……取りあえず、移動しよう」

 

 咳払いをしてから、そう言って立ち上がるスレイ。アステルも釣られて立ち上がり部屋を見回す。下へ降りる階段は抜け落ちた床の向こう側。二階から一階とはいえ、高さはなかなかのもので飛び降りる事は不可能だ。

 

 「脱出呪文(リレミト)使うね?」

 「ああ。頼む」

 

 アステルはいつも通りスレイの手を取り、彼もその手を握り返した。……が。

 アステルがまた、ぼんっ! と湯気が出そうなくらい真っ赤になった。スレイは驚き目を見開く。

 

 「───は?」

 「りっ、り、り、リレミトっ!?」

 

 ひっくり返った声が大広間に大きく響き渡ると、二人の姿は消えた。

 

 

 

 「───ぐっ!」

 「きゃあっ!」

 

 集中力の欠いた呪文行使により、二人は受け身も取れぬ姿で宙に投げ出され、ガルナの塔の入り口へと落とされた。

 スレイがまず地面に叩き落とされ、その腹の上にアステルが突然現れる様にして落ちてきた。

 

 「……げほっ! げほっ! ア、ステルっ! なにやって……」

 

 咳き込み顔をしかめるスレイだったが。

 自分の上で瞳を潤ませ、これでもかというぐらい顔を真っ赤に染めて見下ろすアステルに、スレイは言葉を失った。

 

 さっき見えた顔は気のせいではなかったらしい。

 

 手を繋いだだけで平常心を失ったというのか? 今までずっと瞬間移動呪文(ルーラ)を使う度、平然と当たり前のようにアステルから手を繋いできてたというのに?

 

 混乱する二人のすぐ隣にヒュンっ!と、降り立つもう二つの影。

 

 「「「「あ」」」」

 

 それはタイガとマァムの二人だった。

 

 

 

 

 

 

 (───まずい)

 

 タイガは内心汗だくでどう説明しようかと頭を捻らせていた。

 マァム=ノーランのリレミトで一旦外へ出て、なに食わぬ顔でアステル達と合流を果たすつもりだったのだが、運悪くアステル達とかち合ってしまった。

 どういう状況かわからないが、スレイとその上に股がってるアステルとばっちり目が合う。二人から『?』という疑問符がありありと見える。

 まだ暫くはマァム=ノーランの存在を隠しておこうと、そう決めたばかりだというのに。と。

 

 「ああぁ~~っ!! スレイがぁアステルにぃエッチぃ事してるぅ~~~っ!!」

 

 マァムが明るい朱色の瞳を釣り上げ、二人を指差して叫んだ。

 

 「「は?」」

 「マァム?」

 

 タイガは呆気に取られる。

 マァム=ノーランが意図的に入れ替わったのか、それとも仲良くしている? 二人にもう一人のマァムが怒り心頭で飛び出してきたのか。

 

 「ば、馬鹿な事を言うなっ!!」

 「マァムっ! ち、違うからっ! ちょっと魔法を失敗しただけでっ!!」

 「説明は後にしろっ! 早くどけっ!」

 「は、はいっ!!」

 

 アステルが狼狽えながらスレイから飛び退いた。

 

 (それにスレイよりもむしろ私の方が………っ)

 

 顔が熱くなるのが治まらない。密着したせいで、思い出さなくてもいい事をまた思い出してしまった。

 

 (あの時のは別に深い意味はなくて! ただ必死で、なんとなくあんな事……って、なんとなくあんな事しちゃった私の方がエ……っ!)

 

 恥ずかしさのあまり卒倒しそうなアステルの腕にマァムが抱き付き、スレイを()め付ける。

 

 「まぁたスレイのぉラッキーすけべですかぁ? もぉしかしてぇソレ狙ってますかぁ?」

 

 「なっ!」

 

 カッとしてスレイが立ち上がる。

 

 「やっぱぁスレイはぁムッツリスケベよぅ。アステルぅ大丈夫ぅ? なにもぉされなかったぁ?」

 

 「……ムッツリ」

 

 自分が言われた訳じゃないのに、その言葉は今のアステルの胸にグッサリと刺さった。マァムはアステルを抱き締め、項垂れる頭をよしよしと撫でる。

 

 「駄目だよぅ? スレイはぁ触るな危険だよぅ? アステルをぉぱくってぇ食べちゃうよぉ?」

 「ふざけるなっ! いつオレがそんな事っ!」

 「あ~や~し~い~っ! ムキになってるぅ! やぁましい事あるんでしょお~~っ!!」

 「そんっ、あるわけないだろうっ!」

 「どもったぁ~~っ! ずぇ~ったいっ、あ~や~し~い~~っ!!」

 

 (いき)り立つスレイから、アステルを守るように更に距離を取るマァム。

 

 「ハハハ……」

 

 放心状態のアステルを挟んでのスレイとマァムの言い争いに、タイガは口の端をひくつかせながら笑った。

 

 

 

* * * * * *

 

 

 「───つまり。《悟りの書》は無事入手出来て、スレイはもう大丈夫なわけだな?」

 

 シェリルの元へと行く道すがら、互いに起こった事柄を話し終え、タイガは再確認する。先程の《マァム=ノーランのリレミトかち合いの件》は「なんかしらんが移動してた」で誤魔化し通した。

 《旅の扉》だってある神の塔なのだ。そんな事が起こってもおかしくはない。

 

 「……ああ」

 

 隣を歩くスレイが疲れきった顔で短く返す。これは《悟りの書》を得るまでの苦労のせいではなく、つい先程のやり取りのせいだろう。その後ろで同じく疲れた表情のアステルと、彼女の腕を抱き締めたマァムがスレイに対して警戒心を露に距離を置いて付いてきている。

 

 「だが、あの竜がここで現れた女達だったとはな」

 

 そう言ってスレイは塔の守護者が初めて現れた空間を見渡した。

 

 「ああ。あの時俺を襲ったのはスレイ達を《悟りの書》がある場所へ導く為に必要な事だったらしい」

 「やっぱりあの二人は塔の守り神だったんだね」

 

 納得したように頷くアステルに、スレイが振り返る。

 

 「アステル、何か気付いてたのか?」

 「ううん。二人が竜だとは流石に思わなかったけど、邪悪な感じはしなかったし、むしろ神秘的な……感じが、して」

 

 スレイと目が合った途端、アステルの語尾が萎んでいく。

 タイガがおや? と、首を傾げて二人を確認する。

 アステルは頬を僅かに染めてスレイから視線を反らし、そんな彼女にスレイもばつが悪そうに目を逸らす。そしてマァムはスレイに怒った猫の如く「シャーっ!」と威嚇していた。

 マァムの過剰反応ではなくて、二人の間に何かあったらしい。

 

 最近の二人は以前の兄妹のような関係には当て嵌まらない気がする。

 変わりつつある二人の関係を微笑ましく思うと同時に、タイガの胸中に去来するのは故郷に残した妹分の凛とした後ろ姿。

 

 

 「───タイガ? どうかしたか?」

 

 スレイに声をかけられ、タイガは我に返った。どうもこの間からやたら昔の事が思い出されて調子が狂う。

 

 タイガは頭をがしがしと掻く。

 

 「すまんすまん。いつものガルナの塔に戻ったからつい気が緩んだ」

 「そういえば全然魔物が出てこないものね。とても静か……。これがいつものガルナの塔なんだね」

 

 アステルとそれをマネしたマァムも一緒になって辺りを見回した。

 

 

 その後も魔物と遭遇する事なく、シェリルが待つハクロウの瞑想の間へと繋がる《旅の扉》を潜り抜ける。

 到着したアステル達が見たのは、シェリルとハクロウが手合わせの場だった。

 ただの手合わせではない。布を巻き付け目隠しをしたシェリルを、ハクロウが攻撃する。シェリルは手にした魔法のそろばんで反撃せず、ハクロウの繰り出される拳や蹴りをひたすら避けているようだ。

 

 「ほう……!」

 

 タイガが顎を撫で、感嘆の声を漏らす。相手の動きをよく読み取れている。しかも師は極限まで気配を殺した状態で攻撃しているのだ。例えるなら今シェリルは空気や真空の刃を相手にしてるようなもの。

 

 (あの短時間でよくここまで身に付けたものだ………だが)

 

 「───あっ!?」

 

 シェリルの集中が途切れた。恐らくは急に現れた自分達の気配が邪魔したのだろう。ハクロウは構えた魔法のそろばんを掻い潜って彼女の懐に入り、腹に拳一撃を入れた。

 

 「うあっ!」

 「シェリルっ!」

 「シェリルぅっ!」

 

 壁まで吹っ飛ばされたシェリルにアステルとマァムが駆け寄った。

 

 「ててて……なんや、アステル達やったんか」

 

 目隠しを下ろして、シェリルが笑う。

 

 「ごめんなさい。邪魔しちゃったよね」

 「その程度の事で心を乱すこやつが弱いだけじゃ」

 

 フンッと鼻を鳴らすハクロウに、シェリルは悔しげに歯ぎしりする。

 

 「けどなかなかのもんでしょ? 彼女は」

 

 そう言って笑顔で歩み寄るタイガを、ハクロウは睨み付ける。

 

 「なにがじゃ。良き師に恵まれながら、基本中の基本を疎かにしておる愚か者じゃ」

 「そんな事言って、手合わせまでしてるじゃないですか。俺の時は入門さえなかなか認めてくれなかったくせに。……彼女の才能を伸ばさずにはいられなかったんでしょう?」

 

 にやりと笑う弟子をハクロウはじとりと見上げ、それからアステルとマァムに手を引かれて立ち上がるシェリルに見向いた。

 

 「……基礎は叩き付けた。後はお前が見てやるといい」

 「ありがとうございました。師匠」

 

 頭を下げるタイガにハクロウは眉根を寄せた。

 

 「……心にまた翳りが見えるぞ」

 

 周りに聞こえぬ程低く囁くハクロウの言葉に、頭を下げたタイガは目を見開いた。

 

 「……捨てきれぬ過去なら向き合え。でなければお前はそれ以上強くはなれん」

 

 『───逃げるな、マァム』

 

 不意に。最上階でマァムに同じ事を言った己を思い出し、タイガは顔を伏せたまま皮肉げに口の端を持ち上げる。

 

 「相変わらず……お手厳しい」

 

 顔を上げた時には、タイガはいつもと変わらない笑顔を張り付けていた。そんな彼にハクロウは渋面で深い溜め息を吐く。

 

 「───あのっ!」

 

 ハクロウとタイガが振り返ると、シェリルが此方に向かい背筋を伸ばし、その勝ち気な表情を引き締めていた。

 

 「ありがとうございましたっ!」

 

 束ねた珊瑚の髪を勢いよく振り、深く頭を下げる。その頭をちらりと見、ハクロウはぼそりと言った。

 

 「………今後も鍛練を怠るなよ」

 

 ばっと顔を上げて、シェリルはニカッと笑い「はいっ!」と良い返事をする。

 

 「……お前もあの娘の前向きさを少しは見習え」

 

 すれ違い様に言い捨てた師の言葉にタイガは苦い笑みを浮かべる。

 

 「用が済んだのならさっさと出ていけ。修行の邪魔じゃ」

 

 そう言ってハクロウは初めに座して居た場所に戻り、目蓋を閉じて座禅を組んだ。

 アステル達は感謝を込めて一礼する。

 

 そして振り返った目の前には旅の扉。アステルは緊張した面持ちのシェリルを見た。

 

 「シェリル、大丈夫?」

 「た、多分」

 「大丈夫だ。さっきの手合わせでちゃんと体内の《氣》の調整が出来てたぞ」

 

 タイガが苦笑しながら、声をかける。

 

 「落ち着いて。旅の扉に入った瞬間纏わり付く《魔氣》の流れに囚われず、己の体内の氣の流れを正常にする事だけに集中するんだ」

 

 「おうっ!」

 

 両頬をパンと叩いて気合いを入れると、シェリルは大きく深呼吸する。

 

 そして旅の扉へと入った。

 

 彼女の後を追って、残りの面々も次々に旅の扉へと飛び込む。

 

 静かになった瞑想の間。

 

 珊瑚の髪の娘の乱れのない《氣》が遠ざかるのに、ハクロウは僅かに口元を綻ばして。

 

 

 その精神は今度こそ無の海へと潜っていった。

 

 

 

 








ハクロウの名前が間違っていたので修正しました。ご報告ありがとうございます。
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