長篇ドラゴンクエストⅢ ASTEL・SAGA   作:ちこちろん

61 / 100
宝珠《オーブ》

 

 

 「大丈夫かぁ? 二人とも」

 

 まだひゃくりあげる幼馴染み二人の背中をポンポンと叩きつつ、シェリルはその泣き顔を覗き込む。

 

 「ん、ごめん」

 

 アステルはハンカチで目元を押さえながら、恥ずかしそうに顔を上げた。

 

 「一体全体どないしたんや? 突然泣き出して。にしてもウチ、マァムのマジ泣き初めてみたわ」

 「むぅぅぅっ」

 

 その涙を拭ってやりつつからかうシェリルに、マァムは目蓋を腫らしながらも膨れっ面になる。こちらも羞恥心に襲われる程度には落ち着いたようだ。

 

 「アステル、お前ルビスとラーミアをどこで知ったんだ?」

 「し、知らないの。本当に知らないの」

 

 スレイが尋ねると、アステルは頭をぶんぶんと横に振った。

 

 「なのに口が勝手に、」

 

 ……あれは本当に自分の意思で起こした行動なのだろうか。自分の感情が伴っていたのだろうか。

 

 それは違うとアステルには確信出来た。

 

 まるで別の誰かが自分の体に入り込んで体を動かしたような……違う。それも違う。

 元々別の誰かが自分の中に存在していて、それが起きだしたような……。

 

 そこまで想像してアステルはぞくりとする。

 駄目だ。嫌だ。気持ち悪い。もう考えたくない。

 

 「アステル?」

 

 突然アステルは自分で自分を抱き締めるようにして俯き黙りこくった。スレイが異変を感じて、その肩に手を置くと震えているのがはっきりと伝わった。

 

 「アステル」

 

 もう一度、今度は強めに名前を呼ぶ。アステルはハッとしてスレイを見た。強ばっていた顔が泣き出す一歩手前のような表情へとなり、スレイは目を張る。

 

 「……大丈夫か?」

 「う、うん。ごめ、説明が難しくて。……ごめんなさい」

 

 ぐっと堪えるようにして、それでも笑顔を作ろうとするアステルに、スレイはこれ以上追及など出来なかった。

 膝の上で固く握り閉めている小さな拳を、覆うようにして手を重ねる。常時よりも冷たいその手にスレイは眉を顰める。

 

 「あたしもぅ、いきなりぐわぁーーーってなってぇ、ブワぁ~~~って噴き出してきてぇ、今はしゅんってしてるぅ」

 「はぁ?」

 

 あの時の変化をマァムなりに身振り手振りで伝えようとするが、シェリルには全然理解出来ない。

 

 (……まあ、こちらは元々語彙力が足りてないが)

 

 日頃の恨みからか、スレイは彼女に対しては辛辣になってしまう。傍目からは不思議な踊りをしているとしか思えないマァムを半眼で見る。

 

 

 「───まあまあ。わからぬのなら仕方なかろう。あまり責めてやるでない」

 

 ナディルはスレイとシェリルの二人を宥めるように言った。

 

 (……?)

 

 スレイは違和感を感じてタイガを見た。

 彼は特に動揺する事なくこの事態を静観している。スレイの怪訝な視線にタイガは気付くも、特に取り繕うような真似をせず『何だ?』とばかりに柔和な表情でスレイを見返した。

 

 「タ「スレイ」

 

 タイガに声を掛けようとしたスレイだが、ナディルに遮られる。長い眉毛から覗く鋭い眼光にスレイは口を閉ざすしかない。

 

 (詮索は許さない……か。だが、)

 

 この二人はなにかを知っている。知っていて隠してる。

 

 「アステル、マァムよ。話の続きを始めても大丈夫かの?」

 「あ、はい! すみません!」

 「もう大丈夫ぅ~~!」

 

 アステルは表情を引き締め、マァムも元気に返事する。ナディルはうんうんと頷く。それを見てシェリルは二人から離れて元の席へと戻った。

 

 「スレイ、あの、もう大丈夫だから」

 「ん? ああ、悪い」

 

 その声にスレイはアステルの手を握ったままだと気付き、ぱっと離す。冷たかった手はいつの間にかぬくもりを取り戻していた。

 

 「ううん、……ありがとう」

 

 さっきまで握られていた手にもう片方の手を添えてはにかむアステルに、スレイは思わず目を逸らす。

 

 「…ふむ。何処まで話したかのぅ? スレイ?」

 

 さっきとは打って変わって、ニヤニヤとこちらを見るナディルにイラっとする。

 

 「魔王の張った結界を打ち破る為にラーミアが必要だと言った所までだ」

 「うむ。ではついでにラーミア復活への説明をしてもらおうかの」

 「なんでオレが」

 「お前の中の悟りの書の理解度を知る為じゃ。ほれ、さっさとせい」

 「ラーミア……復活?」

 

 アステルに尋ねられ、仕方ないとばかりにスレイが口を開いた。

 

 「ラーミアは今、眠りの中にいる」

 「眠り……?」

 「神話時代、一つの世界が破壊を司る邪神の力によって滅びの危機に瀕していた時、全能神は新たな世界を創造し、人々を含めた多くの生き物を移り住まわせた。

 新たな世界とはオレ達が今いるこの世界。そしてラーミアはその異空を越える力を駆使して、全能神が取り零してしまった生命を巨大な翼で運んだとされている。

 ラーミアはその時、力を使い果たし、深き眠りについたと言われている」

 

 「死んでしもうたんか?」

 

 シェリルの言葉にスレイは首を振る。

 

 「神は死なない。深い眠りについただけだ。全能神は神鳥を労い、その安らかな眠りを邪魔されないよう、神鳥の体から魂を抜き取り、六つの宝珠(オーブ)に変えて、守り人と呼ばれる一族に託した。いつか神鳥に選ばれし者の手により、復活するその日まで……大丈夫か? アステル」

 

 「ごめん、大丈夫。続けて」

 

 再び表情が曇り始めたアステルに気付いてスレイは話を中断する。マァムを見ると、こちらも不機嫌にむっすりとしていた。

 

 「ほんま大丈夫かいな……」

 「うぅぅ……平気ぃ~~っ!」

 

 と、マァムの頭を隣に座るタイガがポンポンと軽く叩く。

 

 「要はバラモスに近付く為に神鳥ラーミアが必要で、ラーミアを復活させる為にはその六つの宝珠(オーブ)が必要なんだな。

 ……で、その宝珠の場所は目星ついているのか?」

 

 「───黃の宝珠(イエローオーブ)は希望を求め人から人へと渡り歩き、紫の宝珠(パープルオーブ)は汚れなき乙女の祈りに憩う。銀の宝珠(シルバーオーブ)は聖なる山の頂きから世界を見守り、赤の宝珠(レッドオーブ)は義の戦士の血潮にて受け継がれる。緑の宝珠(グリーンオーブ)は愛深き賢き森の民の魂に護られ、青の宝珠(ブルーオーブ)は世界の中心にて勇気ある者を待つ。

 聖なる旋律に導かれ、六つの宝珠(オーブ)揃いし刻、極寒の地に封じられし、神の翼ラーミア蘇らん」

 

 突然ナンナが吟うように朗唱したので、暗く陰った表情のアステルとマァムは驚き目を上げた。

 

 「ババア……なんで守り人の一族にのみ伝わる歌を当たり前みたいに歌ってんだ」

 「どっかの誰かさんが惚れた女捕まえるってのに、わざわざうちの神殿まで来て練習してたからねぇ。耳タコだよ」

 「秘匿じゃなかったのかよ? ジジイ……」

 「あの頃は儂も若かったからのぅ。その娘は儂の嫁さんになったんじゃから問題ないわい」

 

 じとりと見るスレイに、ナディルはホッホッホッと長く伸びた髭先を捻りながら笑う。

 

 「あれ? という事は、ナディル様はもしかして……」

 

 はたっとしてアステルは声をあげる。

 

 「そうじゃ。儂は緑の宝珠(グリーンオーブ)の守り人……テドンの民じゃ。テドンは賢者の一族の隠れ里なんじゃよ」

 「……って事は、緑の宝珠(グリーンオーブ)はナディル様が持っとんのかっ!?」

 「いや。悪いが儂はこの通りダーマの大神官となった身。宝珠(オーブ)の守り人ではもうない。もうなん十年も戻っとらんよ。………それになにより。テドンはもうこの世に存在せん」

 「え?」

 「滅んだんじゃ。十年前に魔王の配下に襲われ、焼き討ちに遭った。

 皆死んでしもうたよ。緑の守り人であった儂の娘婿もな」

 

 アステル達は言葉を失くす。

 どんな言葉をかければいいのかわからず、心痛な面持ちで狼狽える優しい娘達にナディルはふと笑った。

 

 「じゃがの。孫は生きておる。お主のように、父に代わり緑の宝珠(グリーンオーブ)を守る使命を果たさんと今も必死に生きて、戦っておる。……儂の誇りじゃ。宝珠(オーブ)を集めていればいずれ会う時が来よう。その時はどうか仲良くしてやってくれ」

 「………はい!」

 

 しっかり頷くアステルにナディルは目を細める。タイガはそっとマァムを見た。

 マァムはぼんやりとナディルの話を聞いているが、彼女の中にいるもう一人のマァムはきっとそうではないだろう。

 

 「その孫は一体何処にいるんだ?」と、スレイ。

 

 「スレイは会った事ないの?」

 

 アステルは意外そうに尋ねる。それにナディルはフフッと笑い、茶目っ気たっぷりにこう言った。

 

 「お主達のすぐ傍におる……と、だけ言っておこうかの」

 

 その言葉に、アステル達は顔を見合わせた。

 

  

 

 「───取り敢えず、緑の宝珠(グリーンオーブ)は保留として、次の候補は青の宝珠(ブルーオーブ)だな」

 「何処にあるか検討がついてるの?」

 

 スレイは机上の地図を指差す。そこはここから遥か南。故郷アリアハンの隣、西に位置する小さな島だった。

 

 「世界の中心といわれている聖地ランシール。ここにはダーマ程じゃないが、大神殿がある。オレが行った時には固く閉ざされていたが、ここは勇気を試される試練の場ともいわれている」

 「青の宝珠(ブルーオーブ)は世界の中心にて勇気ある者を待つ……」

 

 伝承歌を復唱するアステルに、スレイが頷く。

 

 「ここに向かう為にも、まずはポルトガへ戻って船を手に入れないとな」

 「ポルトガに戻んのはええけど、親父帰ってきてたら面倒やな……」

 

 シェリルが愚痴を漏らし、アステルはそんな事言っちゃ駄目だよと嗜める。ふと気が付くとマァムが皆の分のおまんじゅうまで食べしまい、シェリルはかんかんになって彼女を追いかけ回した。

 

 いつも通りの三人娘にタイガは目を細めるも、隣に腰掛けてきたスレイがこちらを睨んでくるので、軽く息を吐いた。

 

 「───悪いな。だが、俺の独断で話す訳にはいかないんだ」

 「それは今回のアステルとマァムのあの反応にも関係してくる事なのか?」

 

 声に僅かに怒りを滲ませてスレイは問う。それにタイガの表情も固く強ばる。彼女達のあの怯えよう、嘆きようはあまりに痛々しく、見ている此方まで胸が痛くなった。……しかし。

 

 「悪い。それに関しては本当にわからない」

 

 茶化す事のない真面目な声にスレイはただ一言「そうか」と、納得した。

 

 「だが。俺はスレイには知って欲しいと思っている。今まではどうにかなったが、ここから先は正直俺一人じゃ荷が重い。それに同じ賢者になったスレイに隠し通せるとは思えないしな」

 

 「同じだと?」

 

 気色ばむスレイに、タイガは苦笑する。

 

 「本当にすまん。話すにはまず許可を得ないと」

 「……誰の許可が必要なんだ。ジジイか?」

 「いや。その孫」

 「は?」

 

 間の抜けた声を出したスレイに堪えきれず、タイガは吹き出した。

 

 

* * * * * * 

 

 

 方針が決まった七日後。アステル達はダーマを発つ日を迎えた。

 旅立つのに七日かかったのは、スレイの魔法訓練と、宝物庫にあったみかわしの生地を使って独自に仕立ててもらった服の完成を待っていたからだ。万全の状態で新しい服を纏ったアステル達の前にはナディルとナンナがいた。

 

 「こんな早朝にお見送りして頂いて申し訳ありません」

 

 薄暗く霧がかった森を背景に、申し訳なさそうする礼儀正しい娘に、ナディルはホホッと笑い、ナンナはフンと鼻を鳴らした。

 

 「なぁに気にする事はない。老人は朝が早い。朝日が昇ってしまえば、儂は見送りする暇などないからのう」

 「あたしは暇だから昼でも良かったんだかね」

 「意地悪言うな。儂だって見送りしたいわい」

 

 老人達の言い合いに、アステル達はははっと笑う。

 

 「ナディル様、ナンナ様、本当に色々とありがとうございました」

 「うむ。道中気をつけてな。何かあれば、遠慮なく訪ねてくるがいい」

 「はい!」

 

 深々と下げた頭を戻しつつ、隣に立つスレイを見上げた。周りの生暖かい視線に苦虫を噛み潰したような顔になりつつも、スレイは前に出る。

 

 「ジジイ、ババア。今回は世話になった。…………………助かった」

 「そこで素直にありがとうと言えん所が、ガキなんだよ」

 「まあまあ。奥手で照れ屋なスレイにはこれが精一杯じゃろて。なあ?」

 「……あんた達は逐一オレをからかわなければ気が済まないのか?」

 

 ぎりぃっと睨み付けるスレイをホッホッホッヒーヒヒヒッと嗤う。

 

 「……それでは」

 「ちょっと待っておくれ」

 

 ナディルに呼び止められ、ルーラ体勢に入っていたアステル達は動きを止めた。

 

 「マァム、ちょっとこっちに来てくれんかの」

 「ほえ?」

 

 マァムがアステルから手を離し、ナディルの前に立つ。

 

 「お前さんには強い聖力が秘められとると言った話は覚えとるかの?」

 「? ………そうだっけぇ?」

 「マァム! 昨日マァムの力の事、みてもらったでしょ!」

 

 首を傾げるマァムに、アステルは慌てて言う。

 バハラタの町のシスターに言われた事。マァムの聖力の高いという話をナディルに聞いてもらったのだ。多忙な中みてもらったのに忘れたとあっちゃ、失礼過ぎる。

 詫びるアステルに、しかしナディルはよいよいと手を振る。

 

 「あの時も言ったが、お主はあるがままで良い。その力をお主の大切な者を守る為に使いなさい。

 ………そしてマァムよ。自分の力を信じなさい。お前に流れる血の連なりとその加護を信じなさい。それは決してお前を見捨てず、裏切らない。……お前は強くなれる」

 

 アステル達からはマァムの背中しか見えず、その表情は窺えないが。

 

 おそらく。と、タイガは思う。

 

 (あとの言葉は孫に向けてだな)

 

 最後にナディルはマァムの頭に手を置く。そしてアステル達に向かって十字を切った。

 

 「全能神と大地神の祝福があらんことを」

 

 豊かな髭で隠れた口の動きがわかるほどにっこりと微笑むナディルに、アステル達は頭を下げて礼を述べる。

 

 「ほれ、ナンナ! そなたも祝福を授けんか」

 

 黙って眺めていたナンナに、ナディルが声を上げた。

 

 「……ったく。あたしはあんたと違って命名神の神殿でちゃんと授けたってのに………」

 

 そう、しぶしぶと言いながらマァムの前に立つ。頭を傾げたままのマァムを暫く黙って見上げ、それから手にある杖を大きく振り上げる。

 虹色に輝く濡れない霧がマァムの、アステル達の頭上に降り注がれた。

 

 「おおっ!」

 「綺麗………」

 

 アステル達は手を伸ばし感嘆の息を漏らす。

 

 「ふわぁぁ~~っ!」

 

 マァムは降り注がれる虹に手を翳す。

 そしてそれが消えると、ナンナに向かって「ありがとう~っ!」と、とびきりの笑顔を浮かべた。

 そして、仲間達の元へ駆け出し、大好きな彼女彼等の手を固く繋ぐ。

 それを確認し、最後にナディル達に見向き、ポルトガに向けて瞬間移動呪文(ルーラ)を唱えた。

 

 「………お前は話さなくてよかったのか? ナンナ」

 

 空に描かれた移動魔法の光の軌跡を見上げながら、ナディルはポツリと呟いた。

 

 「今更何を話すんだい」

 「何でもいい。それこそ触れてやるだけでもな」

 

 その言葉にナンナはフンと鼻を鳴らし、背を向けた。

 

 「あたしは自分の娘にすら、ろくに顔を合わせず、抱いてやったことすらないんだよ。その子供に何をしてやれる。下手な事して出発前に動揺させてなんになるさね」

 

 強がる小さな背中にナディルはやれやれと息を吐く。

 

 「だが、セファーナは知っとったよ。知っていて何も言わなかった。産んでくれて、お前にとって特別な《名前》を付けてくれた。ただそれだけで構わないとな。

 ……お前が孫に与えた名前も喜んどった」

 

 「…………」

 

 本来、巫女姫に婚姻は認められない。子を成す事は許されない。なのに隣にいる男が最初で最後の特例を作ったのだ。

 

 「……あたしはただ祈るだけさ。命名神の加護と名前があの子達を護り導く事をね」

 

 ナンナはかぶっていたフードを外して、明け色の空を見上げた。眩しげに細められた白銀の瞳。

 冷たい風が頬を撫で、白の混じった淡く輝く金色の髪がふわりと揺らした。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。