長篇ドラゴンクエストⅢ ASTEL・SAGA   作:ちこちろん

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閑話 魔法と香り

 

 

 その昔、人は《魔法》の事を《魔術》《法術》と、それぞれの使い手を《魔術士》《法術士》と呼び分けていた。

 今でいう魔導士魔法使いが魔術士。神官僧侶が法術士に当てはまる。

 魔術士の魔術とは、知識を深める事で自然界の理の力を理解し、更に探求追究する事によって新たな(じゅつ)を創造する。法術士の法術とは、心身を浄め修練を重ねる事で、神の御心を知る霊感を高め、霊感によって知った宿命を果す為に与えられた(すべ)

 しかしいつしか魔術士の割合が大きくなり、法術士の使い手は逆に少なくなった。これは戦乱の世が招いた信仰の力の弱体が原因といわれている。

 時は流れ、戦乱の世は幕を閉じる事となる。そして大戦終結へと導いたのは一人の《賢者》だといわれている。

 賢者という言葉に馴染みがなかった頃、魔術法術を使い熟す彼の者を見て、畏敬の念の元《魔法使い》という言葉が生まれ民に浸透した。

 更に時が流れ、戦のない世の中となり魔術法術を扱う者が更に減った事により、その力は分け隔てなく総じて《魔法》と呼ばれるようになったという。

 

 「───スレイ?」

 

 薪割りをする為の空き地を借りてスレイは魔法の練習をしていた。

 近寄るアステルの気配に気付いてはいたが、特に危険な範囲には立ち入っていないので、スレイはそのまま手の中にあった呪文を発動させる。氷の刃が標的に並べた薪に次々と突き刺さる。

 

 「どうした?」

 「特に何も。スレイの手伝いでもと思ったけど、必要なかったね」

 

 見事全ての標的に的中している氷の刃を見て、アステルは肩を竦めた。

 

 「スレイ普通に魔法が使えてるね」

 「ん? ああ。盗賊にも二つしかないが魔法はあったし、魔法教本は過去に何冊か暇潰しに読んだ事があるからな」

 

 確かに。スレイは魔法が使えなかった時から、呪文に関して詳しくてよくタイガとシェリルに説明していた。

 

 「盗賊にもやっぱり開眼の儀式があるの?」

 「ああ。盗賊の技法はどちらかといえば、魔力開眼に近いな」

 

 魔法はその者の素質とその開眼により使用出来るようになる。

 魔法使いを目指すなら魔力開眼の為の儀式を受ける。僧侶なら法力開眼の儀式。儀式を受け開眼しなければ、いくら魔力や法力があろうが、素質が高かろうが呪文は覚えられないし、発動もしない。

 ちなみにアステルは両方の素質があった為、儀式はどちらとも受けている。

 そして儀式を終えると基本魔法も同時に身に付く。

 魔導士魔法使いなら《初等火球呪文メラ》。

 神官僧侶なら《初等治癒呪文ホイミ》。

 身に付けた初歩魔法を繰り返し行使し、経験を重ね、その上で教本による知識を深め、または神への信仰を深め、それら全てを積み重ねる事により、啓示のように新たな呪文が閃く。

 ただ、閃いた呪文がどのようなものなのかは、使ってみないとわからない。

 ここで手助けとなるのが、先にも出た教本の存在だ。

 《呪文》または《力ある言葉》ともいう、それらは個々種族の違いに関係なく共通しているのが現時点では判明している。言葉が通じない魔物も、魔物の言葉でメラと唱え火の玉を放っているのだ。

 先達は各々が発見した呪文とその効果を教本として遺してくれている。それらを前以て学び知る事により、咄嗟に閃いた呪文でも安全に行使する事が出来るのだ。

 話を戻す。

 恐らくスレイは《悟りの書》を受け入れた時点で、それらの儀式を終えた扱いとなっているのだろう。

 

 そこで『ん?』と、アステルは首を傾げた。

 

 「スレイ、さっきメラじゃなくてヒャドを使ってなかった?」

 「ん? 正確にはヒャダルコの練習だったけどな」

 「それ中等呪文!」

 

 そう言ってスレイは今度は氷刃呪文ヒャドを唱える。掌から放たれた冷気と鋭い氷の刃が地面に突き刺さり、青々と繁る草に真っ白な霜を落とす。

 

 (初歩呪文が氷刃魔法……それにもう中等呪文が使えるなんて……このままじゃ『追い越す』って言葉、冗談じゃなくなるかも……)

 

 「火炎系より、氷結系の方が扱いが難しいって聞いてたんだけど……」

 

 笑顔を浮かべつつ、心内では焦りながらアステルはメラを唱え、小さな火の玉を掌の上で転がす。と、スレイも同じ事を試みる、が。

 

 「───わっ!!」

 

 巨大な火の玉が現れたかと思えば、直ぐ様ちょろ火になり、シュンっと消えた。

 

 「メラよりもヒャドの方が使い易いな」

 

  渋面を浮かべるスレイに思わずアステルは吹き出した。

 

 「笑うな」

 「ご、ごめんなさい。でも、失敗するスレイってなんか新鮮で。スレイにも出来ない事あるんだなぁって安心した」

 「出来ない事がなんで安心に繋がるんだ」

 

 怪訝な顔をするスレイにアステルは変わらず笑顔を浮かべ、心の中ではガッツポーズを取っていた。

 

 (よしっ! まだまだ火炎魔法は私のが上!)

 

 そういえばとアステルは思い出す。スレイが魔力暴走した時も氷の特性が顕現されてたっけ。と。得意な属性の場合は基本例とは異なるのかもしれない。

 

 「……って。何気に凄い事してるし」

 

 アステルが考えに耽っている間にスレイは地面に腰を下ろして、遊ぶ様に掌の上で氷の花を作っていた。透明な花弁が太陽の光に照らされ、きらきらと耀く。

 

 「わぁ、綺麗……」

 

 繊細に模された氷の蓮の花に、アステルも腰を下ろし魅入った。もっと近くで見たくて身を乗り出す。乗り出し過ぎて、触れんばかりの位置にいる事に気付いてない。彼女からする仄かな甘い香りがスレイの鼻を擽った。

 

 「アステル、菓子でも作ったのか?」

 「? ううん。あ、もしかしてお腹空いた? 魔法使ってたら甘いもの欲しくなるよね?」

 「……ああ、いや、大丈夫」

 

 スレイは曖昧な返事で首を横に振る。アステルは頭を僅かに傾げるも、再び氷の花に釘付けになる。

 彼女は特に香水などはしてないし、石鹸は宿屋に常備してある同じ物を使っている筈なのに、どうしてこうも自分とは違うのか。と、ここでスレイはハッとする。

 

 (これが《魔力の匂い》……なのか?)

 

 魔法を操る数が増え、感覚が鋭敏になってきているのだろうか。魔力のある女性が魔族に狙われ襲われやすいのは、もしかしてこの香りが原因なのかもしれない。

 改めてスレイはアステルを見下ろす。

 彼女からは砂糖菓子の様な、花の様な、甘い香りがする。甘い香りはあまり好きではないが、この香りは嫌いじゃない。心が安らぎ満たされる。ずっと傍にいてこの香りを感じていたいと思わせる。

 だが、その一方で。まるで最高の獲物を目にした獰猛な獣にでもなったような、ほの暗い欲情が首をもたげる。

 

 ───あの時のように『美味そうだ』と。

 

 ガルナの塔で瞳を閉じた彼女を前にした時。己の身体にすっぽりと収まる華奢な肢体、熟れた林檎の様に染まった柔らかな頬、薄紅の甘そうな唇に指が触れ、噛み締められていたそれがうっすらと開かれた瞬間。

 アステルが声を出さなければ、生まれて初めて味わった衝動のままに自分は。

 

 突然スレイは立ち上がり、メラを唱えた。

 

 「あーーーっ!!」

 

 思わずアステルは悲鳴をあげる。掌の花は一瞬で湯気をたてて消えた。

 

 「お、今度はうまくいった」

 「綺麗だったのにもったいない……」

 

 眉を八の字にするアステルに、スレイは呆れたように溜め息を吐く。

 

 「魔法の基礎練に付き合ってくれるんだろう? さっき見せた火の玉のお手玉のやり方を教えてくれ」

 「……! うん!」

 

 不満顔から一転、満面の笑顔でアステルは立ち上がった。

 

 

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