長篇ドラゴンクエストⅢ ASTEL・SAGA   作:ちこちろん

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第六章 幽幻の里
新たな仲間


 

 

 

 濃厚な潮の香りが鼻を擽る。三ヶ月ぶりの海運王国ポルトガはその名に相応しい活気に満ち溢れていた。

 船が入ってきた事を知らせる銅鑼が港から鳴り響く。乗船客が降りてまず向かう市場。以前は静かなものだったが、今は色取り取りのテント幕を張った露店が立ち並ぶ。新鮮な魚介や珍味、美しい珊瑚や真珠を使った装飾品、外国から取り寄せた染め織物を前に客寄せの声が飛び交う。

 港を慌ただしく往復する馬車や荷引き車を押す人々。出航を断念していた期間の稼ぎを取り戻すかのように、忙しなく動き回る売り子に商人、漁師や船乗り達。

 しかし誰も彼も疲れを感じさせない笑顔そのもので、城下は陽気な喧噪に包まれていた。

 ポルトガ城内もやはり初めてここを訪れた時より、張り詰めた空気は薄れていた。完全に払拭されないのは大元を絶てないでいる為であろう。今回はあくまで蜥蜴の尻尾を切り落としたに過ぎないから。

 しかし、すれ違う兵士達は深謝の念を込め最上級の敬礼で彼女達を迎えた。

 

 「皆の者、面を上げよ。勇者アステルとその仲間達よ。ここに来るまでに城下の様子を見ただろうが、そなた等の働きによってすっかり活気を取り戻した」

 

 ポルトガ王は笑顔でアステル達を迎え入れ、その功績を称えた。

 

 「大国が暗躍している裏で、魔族までもがそれを利用して悪事を働いていたと報告を受けた。危険な旅であったろう。礼を言うぞ。よくぞ成し遂げてくれた」

 「お褒めの御言葉を与り恐悦至極でございます」

 

 アステルが頭を下げる。一通り礼を述べポルトガ王はその笑顔を収めると、もうひとつの気掛かりな案件に触れた。

 

 「……して。騒動解決後、我が国の勇者の呪いを解く為、ダーマへと赴いたと聞いたが………成果はどうであった?」

 「はい。大賢者であり、ダーマの神殿を統括する大神官ナディル様のお知恵を拝借して原因究明に努めたのですが、その結果、魔王バラモス自らの手でかけた呪いだと判明しました」

 

 

 「なんと!」

 

 ポルトガ王は目を見張り、黙していた大臣が思わず声をあげる。控えていた臣下達にも動揺が走り、玉座の間が騒然となる。

 命名神とその巫女姫ナンナの存在について語るのはなんとなく憚れたので、アステルはナディルの名と権威を借りた。

 左後ろに控えるスレイにちらりと視線を送ると、それでいいと小さく頷かれる。

 

 「しかし、呪いを祓い元の姿に戻す(すべ)も授かりました」

 「それは真か!?」

 

 ポルトガ王が玉座から乗り出す。

 

 「太陽神ラーの御力を秘めた《ラーの鏡》をもってすれば、それは可能だろうと」

 「ラーの鏡……だと? それは……」

 「はい。イシスの国宝である失われた鏡です」

 

 その言葉にポルトガ王は玉座に力なくどかりと座る。

 

 「我々の祖先が奪い紛失した彼の国の宝。因果が巡り巡って帰ってきたと言うわけか」

 

 王は獅子の鬣のような髪をくしゃりと掴み、悔恨に歯を食い縛った。

 

 「……王様。イシスの女王様はもうポルトガを恨んではいないと仰りました。

 そしてここに女王様から与った太陽神の遺産があります」

 

 そう言ってシェリルに振り返ると、シェリルは《大きな袋》から一振の剣を取り出し、アステルに手渡す。

 

 「王の御前に刃を持ち出すとは「よい。赦す」

 

 叱責しようとする大臣をポルトガ王の声が素早く抑える。

 

 「ナディル様は仰ってました。この太陽神の遺産を手に世界を回れば、必ず同じ遺産である鏡と共鳴し、その場所へと導くだろうと」

 

 聖剣を王に差し出し、言葉を続ける。

 

 「必ず鏡を見付け出し、魔王の呪いを打ち破って御覧に見せます」

 

 強い意志を秘めて輝く青い瞳に、ポルトガ王は一瞬魅入られる。そして口の端を上げた。

 

 「そなたの決意、しかと聞き届けた。

 ならば我等はそなた等の船旅を万全なものとする為に支援を惜しまん。この国で一番頑丈で速く疾る船は既に用意してある。

 他に必要な物があれば、遠慮せず申し述べよ」

 「ありがとうございます。それでは船乗りを数名斡旋して頂けないでしょうか」

 

 「我が国の船乗りを?」

 

 訝しげな顔をするポルトガ王と傍らの大臣に、アステルは内心慌てる。

 

 「決して長い期間ではありません。せめて自分達の力で航海が出来るようになるまで指導という形で……」

 「いや。別に(いと)うているのではない。陸しか知らぬ素人に船を任せるつもりは毛頭ないし、此方でも航海士を用意するつもりであった。

 だが、そなた等の仲間の中に既に航海士が数名おるのではないのか?」

 

 「え?」

 

 アステルは声を上げ、後ろに控えていた仲間達も怪訝そうに顔を見合せる。一体誰の事だ?

 

 「うむ。数ヶ月前にエルトン殿が証人として申し出て、その者達は既にそなた達の乗る船の調整と荷運びを始めておるぞ」

 「親父……ンンッ! 父のですか!?」

 

 大臣の言葉にシェリルはつい場もわきまえずに叫んでしまう。

 という事は、シェリルの父エルトンが娘可愛さに手配した船乗り達なのだろうか。

 

 「確か航海士達の頭目は《カーダ》と名乗っておったぞ」

 「カーダ……!」

 「スレイ、知ってるのか?」

 

 タイガが小声で訪ねると、スレイは若干気の緩んだ面持ちで「ああ」と応えた。

 

 「安心していい。みんな知ってる奴だ」

 

 

 

* * * * * * 

 

 

 

 城の兵士に案内され、一行は造船ドックへと向かった。

 

 「わあ……」

 

 アステルは自分達に与えられた帆船を見上げた。黄金に輝く女神の舳先(へさき)飾りに、二本帆柱(マスト)、艶やかに磨かれた細みの船体。

 

 「我が国最新の小型外洋船です。縦揺れ横揺れに強く操舵性に優れております。小型とは言え、住居空間はしっかり確保しており……と、あちらに頭目が」

 

 説明途中で、丁度船から降りてきた目にも鮮やかな翠緑の髪の男を、兵士が笑顔で指し示す。

 アステル達に気付いた男が顔を上げたと同時に、シェリルが地面を蹴って駆け出した。

 

 「よう! 遅かったなっ!」

 「てりゃぁぁああっ!!」

 

 シェリルは跳躍して魔法のそろばんを、爽やかに手を上げた男の顔面目掛けて振り下ろす。

 しかし男は白羽取りの要領でそれを受け止めた。

 

 「はっ! 腕上げたじゃねぇか」

 「うっさい! なんでお前がおるんやっ!」

 「久し振りに会ったかと思えばご挨拶だね、お嬢様!」

 

 白羽取りの体勢でブンッと両腕を振り上げ、魔法のそろばんごとシェリルを後方へと投げ飛ばす。シェリルは空中で一回転して着地すると、そのまま地面を蹴って再度カンダタに飛び掛かる。

 

 「お嬢様言うなぁぁっ!」

 

 取っ組み合いを始めた二人に、兵士は目を白黒させ、アステル達は微苦笑を浮かべる。

 

 「………カンダタさん?」

 「カーダは町中で使用しているあいつの偽名だ」

 

 兵士の耳に届かぬよう小声で呟くアステルに、こちらも小声で答えるスレイ。

 

 案内してくれた兵士が立ち去るのを見送ってから、改めてカンダタに見向いた。

 

 

 「お久しぶりです! カンダタさん」

 「おう! 元気そうでなによりだ」

 

 と、返事し、それからアステルの隣に立つスレイを改めて見る。「ん?」と片眉を上げたかと思えば、顎に手を当て観察するように頭から足元までじっくりと眺める。

 

 「なんだ? その格好は。それに体を流れる魔力の質がえらく変わってんじゃねぇか。何があった?」

 「凄い! わかるんですね!」

 「まあな。エルフの血は伊達じゃねぇってとこか。………で、どうしたんだ?」

 

 自分で説明するかと思いきや、スレイは口を噤んで動かない。仕方なくアステルが前に出る。

 

 

 

 「───という訳で、スレイは賢者になりました」

 

 と、事の経緯と説明を締めくくると、カンダタは額に手を当てて「はぁああっ」と、深々と長い溜め息を吐いた。

 

 「……お前、本っっ当にっ! 昔っっからっ! 苦労が絶えねぇのなっ!!」

 「ほっとけ」

 

 弟分の運のなさを嘆きながら頭を撫でようと伸ばされた手を、スレイは素早く避ける。それを気にせず今度はアステル達に振り返った。

 

 「嬢ちゃん達、スレイを助けてくれてありがとよ」

 

 そう言って逃れたと油断したスレイの頭をがしっと掴み、強制的に下げさせた。

 

 「は、な、せ、っ!!」

 

 スレイはカンダタの腕を振りほどき、手にある杖をぶん回す。勿論カンダタはそれをかわす。

 

 「どうせ、ちゃんと礼を言ってねぇんだろ?」

 「言った!」

 「ええ~~っ! あたしはぁ言われてないよぉ~~っ!!」

 「アステルには言ったっ!」

 

 ブーブーと文句を言うマァムに、スレイはやけくそ気味に怒鳴る。

 

 「アステルにだけな」

 「ハハッ! 正直だなぁ」

 

 開き直るスレイに呆れるシェリルと楽しそうに笑うタイガ。アステルも小さく笑った。

 

 

 「………それで。お前はここでなにやってる?」

 

 杖をコンと地面に突くと、据わった目でスレイは兄弟子を見上げた。

 

 「いや? 嬢ちゃん達の旅に航海士として加えて貰おうかと思ってよ」

 「え」

 「はあ~~~~っ!!?」

 

 仰天するアステルとシェリルの脇で、「そう来ると思った……」とスレイがこぼす。

 

 「盗賊団はどうするんだ?」

 「ポルトガに到着したひと月前解散した。ここなら団員達が地元に帰るのに丁度いいからな」

 

 タイガの疑問にすっぱりと答えるカンダタに未練の影は見えない。

 

 「思い切りがいいな」

 「そろそろ潮時だったんだ。こちとら真面目に盗賊稼業してたってのによ。腕を買われるようになってから、人の名騙って散々悪さしやがる奴等が沸いてキリがねぇ。いくら俺でもいい加減疲れた」

 

 遠い目をするカンダタに、アステルは憐憫の情を抱いてしまう。

 

 『真面目な盗賊稼業とは』と突っ込んではいけない。盗賊は泥棒や強盗等と結び付けられやすい。言葉の意味は間違ってはいないし、哀しい哉実際にそういった行動をする輩もいるが。

 基本盗賊ギルドに所属している盗賊達の仕事は、国からギルドを通して要請を受けた未知の洞窟や遺跡の探索調査、王公貴族の悪事に対する偵察密偵や護衛などを熟す、歴とした職業なのだ。

 ……と、仲間入りして間もない頃、事ある毎にマァムに泥棒呼ばわりされ続け、堪忍袋の緒が切れたスレイが切々と説明した。

 ……無論、マァムは聞いちゃいなかったが。

 

 英雄ポカパマズに憧れるカンダタの性格上、《影の英雄》にもなりうる盗賊という職に、遣り甲斐を感じていたに違いない。

 

 「団員は親父の代から付き合ってくれた古参の奴の方が多かったからな。奴らもそろそろ腰を落ち着けたかっただろうし、若い奴らは盗賊を続けるにしても、足を洗うにしても、自分の道をちゃんと選べるだろう。そうなるように育て上げた」

 

 人として道を踏み外し、片腕を失った男の件があるからだろう。カンダタのその言葉には重みを感じられた。

 

 カンダタはアステルにニカッと笑う。

 

 「連れて行ってくれねぇか? 嬢ちゃん達に付いて行った方が面白そうだし、何よりオルテガさんへの恩返しにもなる」

 「え、えっと………」

 

 アステルとしてはカンダタが仲間になる事に特に問題ないが、突き刺すようなシェリルの視線が痛い。

 

 「お得だと思うけどな。雇い入れる訳じゃねぇから給金もいらねぇ。俺は操船は勿論の事、船の修繕だって出来る。海上での戦いの心得もある。ついでに他乗組員二名付き」

 

 「乗組員二名……?」

 

 頭を傾げるアステルに、カンダタは「お前らもこっち来て挨拶しろっ!」と甲板に向けて声をかける。

 すると今の今までこちらを覗いていたのであろうか、二つの影が小型とはいえ、それなりの大きさの船から身軽に飛び降りた。

 

 「はじめまして」

 「よろしくお願いします」

 

 と、十歳くらいの少年が二人、同時にペコリと頭を下げる。双子なのだろうか。表情を乗せぬ顔立ちと浅黒い肌は全く同じだが、髪の色、瞳の色が異なる。

 トエルと名乗った少年は黒髪に藍玉(アクアマリン)の瞳をしており、ノエルと名乗った少年は白髪に紫水晶(アメジスト)の瞳をしていた。

 

 「こいつらは最近盗賊団に入って来たばかりで、独り立ちさせるにはさすがに早すぎてな。手元に残したんだ。けど普通に戦えるし、仕事の覚えも早い。

 なんなら船乗りとしてはお前らの方が後輩だ」

 

 そう言ってカンダタは二人の背後から、彼らの切りっぱなしの髪をがしがしっと掻き撫でた。その時、少年達の無表情に嬉しそうな気恥ずかしそうな面差しが現れ、アステルはふっと微笑む。

 

 「オレはいいと思う」と、スレイ。

 「カンダタの操舵の腕はオレが保証する。それにお前達も今更コイツに対して遠慮なんてしないだろう?」

 

 「俺も別に構わないぞ」と、タイガ。

 「カンダタなら、慣れない海上での戦闘に他者を気にする必要がないからな。マァムはどうするんだ?」

 

 やけに静かだと思えば、マァムは船に乗り込み、船縁の上を歩いていた。

 

 「アステルとぉタイガがいいならぁ~どうでもいいぃ~っ!」

 

 この時点で既に三票。多数決ならもう勝負は付いているが、一行のリーダーであるアステルの票は三票に値する。

 ……と、シェリルが今勝手に決めた。

 ばっとシェリルはアステルに勢い良く振り返る。アステルは肩を跳ね上げらせる。目を反らしつつ、しかし、コホンと小さく咳払いをして、シェリルを真っ直ぐ見てにこりとする。

 

 「シェリルは旅費の無駄遣い……したくないよね? 経費は削減したいよね?」

 

 アステルはパーティー金庫番シェリルに痛恨の一言を与えた。

 

 

 

 

* * * * * * 

 

 

 

 スレイはカンダタに今後の目的と予定の説明をする為にドックに残り、アステル達はカルロスとサブリナに呪いを解く手掛かりを伝える為、彼等が滞在するマクバーン家の別荘へと向かった。

 肩を落としてげっそりとするシェリルを支えながら、立ち去るアステル達にカンダタは首を捻る。

 

 「俺、あいつにそこまで嫌われるような事やったかぁ?」

 「やたらからかうからだろ」

 「あそこまで過敏に反応されたら、構ってやらにゃ失礼ってもんだろ?」

 

 悪びれもせずにそう言うカンダタの楽しげな笑顔を見て、スレイは諌める事を直ぐ様諦めた。今の笑顔は余程心を許した奴に対してしか見せない。つまりカンダタはシェリルを相当気に入っている。

 カンダタは決して悪い奴ではないし、寧ろいい奴だ。しつこいし暑苦し過ぎるが、その前向きな思考にスレイは何度も救われてきた、が。

 

 (いなせるようになるまで常に神経を磨り減らされる)

 

 「……今までは距離があったしそれでよかったが、これからは程々にしてくれ」

 

 はぁっと溜め息を付きつつ、スレイは妖精の地図を鞄から取り出し、話を始めた。

 

 

 

 

 「───しかし、ガイアの剣に加えて、ラーの鏡の捜索に、神鳥ラーミア復活ねぇ……。ほんの二ヶ月そこらで話が伝説級に大きくなってやがるとはな」

 

 話を聞き終えたカンダタは鼻の頭を親指で擦り、翠緑の瞳を眇める。

 

 「……ところでよ。魔王に滅ぼされたテドンって隠れ里の事だけどよ。それはどの辺りにあるんだ?」

 

 不意にカンダタは目を上げて尋ねる。スレイは不思議に思いつつも地図上のその場所を指差した。

 

 「ここだ」

 

 砂漠の王国イシスから更に南にある森。こうやって見ると、ネクロゴンドのすぐ隣、険しい山々に阻まれているが魔王の足元のような場所だった。

 まだ行った事のない場所なので色付いていないが、ちゃんと里が在る事を印している。この地図はナジミの塔にいた賢者が造ったものだ。彼もテドンに行った事があるのだろうか。

 

 「やっぱ、そこか」

 「どうした?」

 

 カンダタの予感が的中したような声に、スレイは思考を中断して彼を見た。

 

 「お前達が戻る間、俺なりに情報を集めたんだよ。……で、ある怪談話を聞いた」

 

 「怪談……?」

 

 スレイも眉を顰める。

 カンダタは語った。

 ポルトガからランシールを目指し南下していたとある商船は、イシスを通り過ぎた海域で霧が濃くなり、誤って陸の河口側へと入ってしまったそうだ。船は風もないのに何かに導かれるように河を登った。そうして日が暮れた頃に辿り着いた岬付近に着岸すると陸地にぼんやりと灯りが見えた。

 魔物が見せる幻惑か罠かと船乗り達は警戒するものの、その光の正体は人が灯した篝火だった。ホッとして商人と船乗り達はその村里へと向かう。

 入り口の門番らしき男に呼び止められはしたものの、船で来た事、闇夜の中、霧のせいで動けない事を伝えると、快く中へと入れてくれた。

 夜も更けてきた頃だと言うのに、里の人々は昼間のように外に出てのびのびと過ごしていた。違和感を感じながらも、特に気味悪さのようなものは感じなかったらしい。

 里長に挨拶し、船乗り達と商人は里の中で思い思いに過ごす。その中にある武具店の商品は滅多にお目にかかれない珍しい物ばかりで、商人は店主に商談を持ち掛けるも、店主からは寂しげな表情で断られたという。

 

 『この里は本来、外の人間との交流を禁じられている。あなた達がここに来てしまったのは我々の先走りが招いた事だから』

 

 と。訝しげな顔をする商人に、店主は里にある一番の鎧を商人に譲った。

 宿屋に戻るとベッドの支度がされており、船乗り達は既に高いびきをかいていた。商人も枕に頭をつけて、目蓋を閉じた。

 朝一番に聞こえたのは、鳥のさえずりではなく、船乗り達の悲鳴だった。

 商人が体を起こすと、ベッドが悲鳴をあげて壊れた。周りを見ると昨夜は清掃が行き届いた清潔な宿屋の一室が、見る影もないほど、ぼろぼろに朽ちていた。

 木の床は抜け落ち、屋根は所々穴が空いており、曇天が覗いていた。煉瓦積みの壁は焼き焦げ、ぼろぼろに崩れている。

 転がるように外に出ると、殆どの家が破壊され朽ちかけていた。それはまるで軍隊か何かに襲撃を受けた後かのようだった。青々としていた筈の草木は枯れ腐って倒れ、所々に発生している毒の沼は腐臭と瘴気を放っている。

 教会の破壊が特に酷く、奥に安置されてい大地を司る神像の首が切り落とされ、地面に転がった女神の顔がこちらを見ていた。

 茫然自失の商人を船乗り達が引っ張り、早々にその場を立ち去った。

 這這(ほうほう)(てい)で船に乗り込み、船乗り達は船の錨を上げる。商人は放り込まれた客室で我を取り戻すと、荷袋を取り出して開けた。

 そこにはあの里で譲ってもらった魔法の鎧が、清らかな青銀の輝きを放っていたという。

 

 

 「───って、陳腐な怪談だ。だが商人が実際にその魔法の鎧をポルトガに持ち帰ったのはそこそこ有名な話らしい。

 ……船乗り達が辿り着いたって岬ってのは、まさにそのテドンって里の目と鼻の先だな」

 「…………」

 「どう思うよ。賢者サマ」

 

 揶揄うようにそう言ったものの、カンダタの目は好奇と確信でギラギラとしている。スレイはその目を見て、それから地図上のテドンに再度視線を落とす。

 

 「アステル達に話してみる」

 

 

 








誤字報告ありがとうございました!全然気付かなかったです………!
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