長篇ドラゴンクエストⅢ ASTEL・SAGA   作:ちこちろん

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幽幻の里

 

 

 

 船着き場から僅かに残る道らしき痕跡を辿り、鬱蒼とした森の中に(とも)る光を目指して、アステル達は松明片手に進む。岬から見えた明かりの大きさからして、里はすぐ近くかと思っていたのだが、実際にはまだまだ奥の方らしい。

 

 「ななななあ、あの明かり、どんどん遠ざかっとらへん?」

 

 ガタガタと震えるシェリルが、タイガの背中に隠れながら言う。

 

 「気のせいだよ」

 

 言いつつも、アステルもそう思わないでもない。まるで森の奥へと誘き寄せられている気がするが、カンダタに対する負けん気で動けている彼女に言えやしない。

 

 ───そういえば。

 

 「ねぇ、スレイ?」

 「なんだ?」

 

 アステルに声をかけられ、前を歩いていたスレイが振り返る。

 

 「カンダタさんに言ってた『エルフの血が教えてくれる』って、あれはなんの事?」

 「……ああ。カンダタはエルフの血を引くけど、魔法を扱える魔力は低い。その代わりなのか、力や体力が桁外れに強い。そして霊感が並外れて高いんだ」

 

 「れ、霊感って?」

 

 怖さを紛らわせようと、シェリルが問う。

 

 「霊感ってのは、直感力や感応能力。僧侶や神官は『神の声を聞く能力』って言ってるな。カンダタは子供の頃から、この能力に助けられてきた。………オレも助けられた」

 

 ぽつりと付け足された言葉に、アステルは首を傾げる。

 

 「……まあ、そのカンダタが大丈夫だって、送り出したんだ。危険はないとは思いたいけどな」

 

 「あいつの言葉通りになるんはしゃくやけど、ほんまなんも起こらんで欲しい……!」

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 一刻程歩き続けて、やっと里の入り口の篝火らしきものが見えた。

 

 「人がいるな」

 

 声低くスレイが呟き、アステルも唾を飲み込んで頷く。

 

 本当にテドンの村里の亡霊か、はたまた他所から来た者が里の跡地に住み着いただけか。

 

 行くなとばかりに背後で服が引っ張られる。シェリルの無駄な抵抗を感じつつ、タイガは隣を歩くマァムを見た。彼女の瞳は朱色のままだが、どこかぼんやりしているような気がする。

 

 篝火の影からふらっと若い男が現れ、皆、思わず竦み上がる。男もこちらに気付いて目を大きく見開いた。

 

 「───ようこそ。テドンへ!」

 

 笑顔で歓迎されて、アステル達は思わず固まった。

 

 「………テドン?」

 「はい。皆さんは船でお越しに? だったらこんな所に人が住んでて、さぞ驚かれたでしょう」

 「は、はあ……」

 「霧が出て大変だったんじゃないですか? 僕達は村から滅多にでないから知り得ませんが、ここらの海は濃い霧がでやすいらしくて、潮の流れの悪戯(いたずら)か近くの岬によく船が辿り着くんですよ」

 「そ、そうなんですか?」

 「朝になれば、霧は晴れるかもしれません。それまででよろしければ、滞在なさってください」

 「ありがとうございます。……あの!」

 

 「はい?」

 

 里の中へと入ろうとした男が振り返る。

 

 「あなたはいつからここにお住まいに?」

 

 アステルの質問に、男は不思議そうに首を傾げる。

 

 「いつからって……僕は生まれてこのかた、里を出た事はありませんよ?」

 

 飄々と。ごく自然に。ごく当たり前に。

 

 「この道をまっすぐ行ったら、小さいですが宿屋があります。あ、その前に里長に顔を出しておいてくださいね」

 「は、はい! ありがとうございます!」

 

 

 頭を下げながら、自分はちゃんと笑えていただろうか、とアステルは思う。

 

 「スレイ……テドンが滅んだのはいつの事だったっけ?」

 

 頭を下げたままぼそりと問うと、スレイは眉根を寄せて、アステルの外套(マント)を引っ張り上げるようにして上半身を起こさせた。

 

 「……十年前だ。あの男はどう見ても二十代ぐらいだろう。だとしたらバラモスの配下に里を襲われた時は、十歳ぐらいとなるな」

 

 しかし先程の男の言動は不可解そのもので。この里がバラモスに襲われた過去がある事に、触れなかった。

 覚えていないと言う事は流石にないと思うが。

 

 「大神官様が嘘言っとったって訳………あるわけないやんな」

 

 そんな嘘を吐いてどうする。と、皆に一斉に目で言われたシェリルは、「わーんっ!」とアステルにすがり付く。

 

 「そんな目で見んといてーなっ! だって、せやったら、あん人……」

 

 涙目のシェリルが事実を否定したい気持ちもわかるので、アステルは彼女の背中を叩いて宥める。

 

 シェリルが離れたその隙に、タイガは先程から静かなマァムに目を遣ると、彼女の見開く瞳が深紅に染まり、乳白の肌が青白くなっているのに気が付いた。

 彼女の姿を己の背に隠すと、マァム=ノーランはタイガの服を震える手で握り締める。

 

 「ば、……バトゥーダ、さん」

 「え?」

 「じゅ、十年前、ま、魔族が、襲って、来た時、一番に、殺された」

 「………!」

 「こんな、風に、彼は、あの日、もっ、入り口を、見回ってて、……だからっ、」

 

 いつも以上に言葉が(つたな)(ふるえ)る声に、タイガは焦燥に駆られる。

 

 「……マァム=ノーラン。無理を言ってるのはわかってる。だけど落ち着くんだ。……もう一人のマァムと変われるか?」

 

 マァム=ノーランはタイガの背中にしがみついたまま、頭を横に振った。

 

 「テドンに、着いた途端、隠れて、出てこない、の……っ、」

 

 タイガはアステル達を見た。里の様子の方に気を取られて、マァムの異変には気付いてない。

 

 「……このまま出来るだけ俺の後ろにいるんだ。いいな?」

 

 頷く気配を感じながら、タイガは里の中へと進むアステル達をゆっくり追う。

 所々に篝火が焚かれ、里の中を照らす。そろそろ床に着く時間にも関わらず、出歩く人間が多く、木造の家々の戸口のランプは灯り、煉瓦造りの煙突から煙が昇り、家の窓の隙間から微かに団欒(だんらん)の声が聞こえる。

 里の長の家を探して小道を歩くと、壮年の男性二人がアステル達を不審げに呼び止めた。

 アステルが先程同様、船でここに辿り着いた事を説明すると、「またか」と男は頭を掻いた。

 

 「俺達はその霧は魔王の吐息なんじゃないかと、思ってるんですよ」

 

 「魔王の吐息?」と、スレイ。

 

 「魔王は北の山奥……今ではネクロゴンドと呼ばれる地にいるそうです。近いせいか、ここまで邪悪な気が漂っている。その気が船を、ここらに誘き寄せてるんじゃないかってね」

 「ここからもネクロゴンドへと渡る道が在るのか?」

 「いや。……以前は王都グランディーノへ続く道が存在したが、魔王出現による地殻変動ですっかり閉ざされてしまった」

 「もしかして、あんた達は魔王に立ち向かおうとする者達か?」

 

 アステル達が頷くと、もう一人の男は年若い彼女彼等を案じるように、表情を暗くさせる。

 

 「テドンの岬を東にまわり陸沿いに更に川を上ると左手に火山が見えるだろう。

 その火山こそが今唯一残されたネクロゴンドへ入る鍵。しかし余程の強者でもない限り火口には近づかぬ方が、身の為だろう」

 

 「若いのだから、無闇矢鱈(むやみやたら)に命を粗末にするんじゃないぞ」と、男達は言い残して立ち去った。

 

 「な、なんや生きてるようにしか、見えんな……」

 

 アステルの手を握ったまま、シェリルが呟く。

 

 「……それに《影》があるのも珍しいな」

 「影?」

 

 ポツリと漏らしたスレイの言葉にアステルが反応する。

 

 「幽体は物体ではないから、影が無い事が多い。けど、この里の人間には影がある」

 

 と、道行く人が篝火に照された際に生じる影をスレイが訝しげに見詰めた。

 

 「……人の想いが成せる(わざ)を越えている。星降る腕輪を上回る、広範囲に効果を(もたら)す魔法具を利用して、この現象を実現させているのか?」

 

 タイガは己の左上腕に嵌まっている星降る腕輪に目を遣る。

 

 「……グラトス、さん、ローグ、さん」

 

 マァム=ノーランの呟きにタイガは目線を彼女に移した。

 

 「……彼等も?」

 「グラトスさん、は、魔王の、魔力で、お、奥さんが魔女に、されて……、攻撃出来ずに、殺された。ローグさん、は、屍人に、生きたまま、「すまん、もういい」

 

 俯く頭にぽんっと手を置いて、彼女の言葉を遮った。

 マァム=ノーランは生来の性格と人見知りから、里の者とあまり関わりを持たなかったらしいが、こんな小さな里ならば、ある程度は人の名や顔を覚えているだろう。

 

 ───だがそれは残酷な事この上ない。

 

 

 

 「───偉いっ!」

 「ひぎゃっ!!!」

 

 背後から突然大きな声で話し掛けられて、シェリルが大袈裟な程跳び跳ねた。

 

 「……なんじゃ、気概がないのぅ。魔王打倒を志しとると聞こえたのに」

 

 アステルの背に咄嗟に隠れるシェリルを、腰の曲がった老人が残念そうな目で見上げる。

 

 「お主らが今回の来訪者か」

 「こ、こんばんは」

 「うむ。それで魔王打倒を目指しておるのは本当か!? お主らはどこから来なさった!!」

 「アリアハンです」

 

 興奮気味な老人に気圧(けお)されながら、アステルが答えると「アリアハンかっ!」と、目を輝かせた。

 

 「アリアハンといえば、勇猛と馳せた勇者オルテガの故国じゃな! ついこの間旅立ったばかりというに、彼の者の噂はこんな田舎にも届いとるよ」

 

 「つい、この間……」

 

 アステルは愕然として呟き返す。アステルの父、オルテガが旅立ったのはアステルが生まれて間もない十六年前。決してこの間というほど最近ではない。

 

 それになにより。

 

 (この反応……このお爺さんは父さんが死んだ事を知らない)

 

 「儂らとて負けてられん。こう見えて儂はその昔、世に名を轟かせた魔法使いなんじゃ。たとえ魔王がせめて来ようとも儂らは自分達の村を守るぞい!」

 「……けど、ここは昔魔王に襲われて滅んだって……」

 

 胸を叩きふんぞり返る老人に、シェリルが思わず口にしてしまう。

 

 「シェリル!」

 

 スレイの鋭い叱責の声に、シェリルは肩を竦ませた。

 

 「なに? この村は既に滅ぼされているのではないかと?」

 「ひっ!!!」

 

 ずずいっと、顰めっ面を寄せてくるので、シェリルは隠れる範囲の広いスレイの背後へと移る。

 

 「ならここで話しとる儂はなんなのじゃ。冗談も程々にせい!」

 

 肩を怒らせて去っていく老人に、スレイはホッと息を吐き、アステル達は呆然とする。

 

 「シェリル、言葉に気を付けろ。彼等が亡霊だとして、それを自覚したらどうなるか見当もつかないんだからな」

 「自覚したら、どうなるの?」

 「……見当もつかないって言ったろ。自覚して空に還るのならまだ良いとして、万が一、悪霊と化してこの世に留まってしまったら……後味が悪すぎる」

 

 問うアステルに、スレイは不機嫌なまま答える。

 

 「悪霊に転じたのなら、浄化魔法(ニフラム)でどうにかならないの?」

 「……ニフラムには《浄霊》と《除霊》の二つの効果がある。

 《除霊》は悪霊と化してしまい、どうしようもならない魂をこの世から有無も言わさず排除するもの。

 《浄霊》はこの世に未練や死した事すら自覚していない魂を浄め天へと導くもの。ただし。魂が納得し、天へと還る意志があってこそ、初めて成り立つんだ」

 「じゃあ、もしあのお爺さんが悪霊に転じれば……」

 「……魔王は恨み辛みを抱えた悪霊を魔物へと作り変えたがる。奴の配下に下る前にニフラムで除霊した方が、あの爺さんにとっては幸せだろうな」

 

 アステルは思案顔で老人が去った道の先を見た。

 

 「あのお爺さん、大丈夫かな?」

 「恐らく大丈夫だろう。邪悪な気配に転じた様子はなかった。シェリルの言葉を信じてないんだろうな」

 

 「ご、ごめん……ウチ、」

 

 青ざめた顔で胸を押さえるシェリルの肩を、アステルは軽く叩く。

 

 「怖かったし、知らなかったんだもん。仕方ないよ。……スレイだって、そんな大切な事、前もって教えてくれてれば良かったのに」

 

 アステルがわざと膨れてみせると、スレイはぐっと言葉に詰まり、それから溜め息を吐いた。

 

 「オレだって多少なり動揺してるんだ。……シェリル、悪かった」

 「ここからは言動に気をつけよう? 出来るだけ里の人達の会話に合わせていこう」

 

 アステルの言葉にシェリルは力なく頷いた。

 

 

 

 更に奥へと進む。今度は三日月が映る池を眺めていたうら若い女性と目が合った。アステルが会釈すると女性もそれに応じた。

 

 「こんばんは。旅の方ですよね?」

 「はい」

 「女性の旅の方なんて、珍しいわ。勿論船で、ですよね? 海の魔物は恐ろしくはないのですか?」

 「怖くないって言ったら嘘になりますが、それを含めての旅ですので……」

 「心が強いのですね。……わたしもそうありたかった」

 

 儚げに微笑む女性は、夜空を仰いで天へと手を翳した。

 

 「……ああ、空を飛べたらどんなに素敵かしら! そうすれば魔物に怯える事もなく、行きたい所へ行けるのでしょうね」

 「…………」

 「ふふ。ごめんなさい。急におかしな事を言って」

 

 「……いいえ」

 

 彼女から里長の家を教えてもらうとアステル達はその場を離れる。アステルがそっと振り返ると、女性は再び池の中の月を覗いていた。

 

 彼女は自分がもう、この世の人間ではない事に気付いているのかもしれない。

 

 何故かアステルにはそう思えた。

 

 

 

 道が二つに別れており、すぐそこに宿屋が見えた。という事はもう一方が里長の家へと続く道だろうか。

 アステル達がそちらへと進もうとする。タイガもそれに続こうとしたが、後ろのマァムが不意に立ち止まった。

 

 「マァム?」

 

 タイガは呼び掛けたが、まるで聞こえていないかのように、彼女は明かり一つない漆黒の森をじっと眺めていた。

 

 そして───突然、駆け出した。

 

 「待て! マァムっ!!」

 

 タイガの声にアステル達が振り返ると、マァムは一人、道外れを駆け出していた。

 

 「マァム! どこに行くのっ!?」

 

 アステルも叫んだが、彼女はそれさえも無視し、森の中へと消えた。

 

 「突然どないしたんや!? マァムは!!」

 「とにかく追うぞ」

 

 彼女を追って既に駆け出していたタイガを追って、三人も森の中へと駆け出した。

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 ───マァムは走っていた。

 

 炎で明々とした森を。爆ぜる火の粉を浴びながら。燃やされる木々の悲鳴、人々の悲鳴を聞きながら。

 強く手を引かれて。足が縺れて、転びそうになる度、腕を引き上げられ。ほぼ引きずられながら。

 

 止まれば───それは死を意味していたから。

 

 走って、走って、走った、その先は。

 

 「………あっ!?」

 

 木の根に足を取られ、マァム=ノーランは盛大に転んだ。

 さっきまで感じていたマァムの手を引く、大きな手はなくなっていた。

 激しく息を切らし、少し咳き込む。擦りむいて血が滲む掌を握りこんで。ややあって身体を起こす。

 

 そしてマァム=ノーランは深紅の瞳を見開いた。

 

 緑暗の森の中にポツリと、冷たく、寂しげに、浮かび上がる灰色の箱。

 

 四角の石造りの───半壊した牢獄。

 

 マァム=ノーランは立ち上がって、牢獄へと近付く。

 

 「……いるの? そこに、まだ、いるの?」

 

 一歩、また一歩と、踏み締めるよう近付く度に、あの時の赤い記憶が蘇る。

 

 「ずっと、待ってて、くれたの? 父、様───」

 

 真っ赤に濡れた、けれど柔らかくて暖かい微笑み。

 牢獄の鉄扉へ手を伸ばす。

 

 そして触れた途端、凄まじい衝撃がマァム=ノーランの身体を駆け巡った。

 

 「───きゃああああっ!!!」

 「マァム=ノーランっ!!」

 

 扉に弾き飛ばされるようにして倒れたマァム=ノーランを、タイガが抱き起こした。

 マァム=ノーランは深紅の瞳を悲しげに歪めて、扉を見た。

 

 「な、んで? 父様、なんで、」

 「マァム=ノーラン?」

 「怒って、るの? わたしが、ちゃんと、出来てないから……?」

 「マァム=ノーラン!」

 「緑の宝珠(グリーンオーブ)を、ちゃんと、守れ、なかったから……?」

 

 宝珠(あたし)に守られて、ここまで来たから……?

 

 

 「───マァムっ!」

 

 アステルが、シェリルが、スレイが辿り着いた。各々が彼女を心配げに見詰めている。

 

 (違う……わたしじゃない)

 

 みんなが心配しているのは、わたしの中にいる〈あたし〉。

 

 明るくて元気なわたしには出来ない事が、出来る〈あたし〉。

 

 その影に隠れて、みんなを騙して、〈あたし〉を騙して。

 

 ───それが、わたし。

 

 なのにわたしは。そんな彼女を、羨んでいる。

 

 ───なんて、姑息で、卑怯な。

 

 

 「マァム、あなたその目の色……」

 

 アステルはハッとして、マァムの虚ろな瞳を見る。

 

 「……ごめん、なさい」

 「え? マァムっ!?」

 

 力なく顎をのけ反らして、マァムは意識を失った。タイガは眉を寄せて、眠るマァムを抱え直した。

 

 

 ……転んだのだろうか。マァムの膝や掌には血が滲んで滴っていた。

 アステルは直ぐ様、彼女に治癒呪文(ホイミ)をかけてやる。

 

 (さっきの深い紅色の目……。あれは)

 

 エルフの森の地底湖の洞窟で初めて見た。二度目は命名神マリナンの神殿で。

 

 (……『ごめんなさい』って、どういう事なの?)

 

 ───何故、謝るの?

 

 「………貴女は、誰なの?」

 

 アステルの独りごちたその声に、タイガは思わず目を上げた。

 

 

 スレイは皆から離れ、牢獄へと一人近付く。半壊になっており、そこから中を窺おうとしたが、闇に覆われている。

 夜だから。明かりがないから。……ではない。文字通り、闇に覆われているのだ。

 鉄扉の前に立ち、それに触れようとした。

 

 「───っ!!」

 

 触れた所から稲妻が身体を迸って焼いた。大きく弾かれ身体が傾いだが、地面に杖を突き、踏ん張ってなんとか堪える。

 離れていたアステル達の元まではっきりと届いた衝撃音に、アステルとシェリルは驚き、彼の元へ駆け寄った。

 

 「スレイ!?」

 「大丈夫か!?」

 「……っ、ああ。二人ともこれ以上近付くな」

 

 そう言って、スレイは自身に治癒呪文(ホイミ)をかけた。それだけの衝撃だった。

 

 「……結界……か? マァムはこれにやられたのか」

 

 

 「───旅の御方、ここは牢獄。立ち去られよ」

 

 振り返れば、初老の男が厳しい目を此方に向けて立っていた。

 

 「ここには何が、……誰がいるのですか?」

 「言ったであろう。そこは牢獄だと。居るのは罪人のみだ」

 

 里の人間の言葉を否定してはいけない。

 彼等の言葉はそのままこの世に留まる理由であり、存在意義なのだろう。しかし。

 

 アステルは一歩前に出た。

 

 「……本当に、ここに居るのは罪人なのですか?」

 

 目の前の少女の、こちらを見据える鮮やかに輝く青き瞳に捉えられ、男は戦慄した。

 

 「そなたは……そなた等は一体……」

 

 男は一行を見渡した。そして一人の娘の姿に目が留まった。

 

 「……セファーナ!」

 

 「セファーナ……? この子はマァムっていうやけど」

 

 シェリルは言ってしまってから、

 (しもうた! またやってもうたっ!)

 と、口を押さえる。

 

 「マァム? マァムだと……っ!」

 

 驚愕を露にし、男が声を荒げる。シェリルとアステルは思わず、マァムを守るように立ちはだかる。

 

 しかし次の瞬間、男はその黒い瞳から滂沱の涙を流した。

 

 「生きて、……生きておったか……!」

 

 男はよろよろと眠る彼女を抱えるタイガの元へと進む。アステルとシェリルは顔を見合せ、たじろぎつつも道を開く。

 マァムの目の前に来ると男は地面に膝をついた。

 

 「おお、おお。大きく、綺麗になって……っ、セファーナにそっくりだ。地母神よ! 感謝致します!」

 

 嗚咽をもらしながら、手を組み合わせ神に祈る。

 

 「エルの願いは届いていた……!」

 「セファーナに、エル………?」

 

 シェリルの声が耳に届き、男は鼻を啜り涙を拭って、顔を上げた。

 

 「……いや。年甲斐もなく取り乱してしまい、申し訳なかった。

 私はディムドという。賢者の隠れ里テドンの……、

 魔王バラモスによって滅ぼされた、このテドンの里の長を務める者だ」

 

 

 

 

 







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