長篇ドラゴンクエストⅢ ASTEL・SAGA   作:ちこちろん

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刹那の邂逅

 

 

 

 一行は一旦森の牢獄から離れ、里長ディムドの家宅へと向かった。

 気を失ったまま意識を取り戻さないマァムをベッドに横たわらせると、ディムドは愛おしげに目を細め、その頭を撫でた。

 

 「ディムドさん……あの、」

 

 どこまで触れていいのか、尋ねていいのか、アステルが思い(あぐ)ねていると、ディムドはふと笑った。

 

 「大丈夫。私はバラモスの配下によって殺されたのは自覚しておる。何を尋ねられても、今更悪霊化はせんよ」

 

 アステルは眉を下げたが、すぐに切り替えて表情を引き締めた。

 

 「私達はダーマの大神官ナディル様に、ここテドンが賢者の血族の隠れ里である事、神鳥ラーミアの魂の欠片緑の宝珠(グリーンオーブ)を守る一族が住んでいた事を伺いました。

 そして、魔王の配下によって滅ぼされてしまった事も。

 教えて頂けませんか? 何故ディムドさん達はこの世に留まってしまったのか。

 あと……マァムとディムドさんはどういう関係なのか。

 マァムは何も覚えていない。……記憶喪失なんです」

 

 その言葉にディムドは眼を見開き、それから頭を振った。

 

 「……記憶を……そうか。無理もあるまい。あの当時マァムは九歳の幼子。子供の心にあの惨劇は耐えられんだろう……」

 

 (……いいや。マァム=ノーランはその惨劇を覚えている。ずっと覚えているんだ)

 

 ずっと独りで背負い続けた。父親に託された緑の宝珠(グリーンオーブ)に宿る魂を守り続けていた。神鳥(ラーミア)の魂の欠片に自身の身体を明け渡し、十年もの間、己は他人と一切関わらずに。そのせいで自分自身が消えそうにもなった。

 

 なのにマァムは、使命を果たせていないと自分を責め、父親に詫びていた。

 

 沸き上がるぶつけどころの見付からない憤りに、タイガは常に保っていた笑顔を装う事も忘れていた。

 そんな彼を訝しげ見る、スレイの視線にも気づかないくらいに。

 

 タイガは今、静かに怒っていた。

 

 「じゃあ、マァムはやっぱり……」

 「この子はここテドンで生まれ育った。私の息子エルドアンの娘だ」

 

 ディムドは目を細めてマァムを見下ろす。

 

 「本当に大きくなった。世界の(ことわり)から分断されたこの地にいて、再び時の流れを痛感する日がこようとはな」

 

 「世界の理から、分断……?」と、シェリル。

 

 ディムドは深く頷き、そして重い口を開いた。

 

 ───あの日。災厄は紅蓮のローブを纏った一人の男の姿を成して、里に訪れた。

 気さくに話しかけた若者に対して男は手を翳し、巨大な火球を放った。若者は避ける事叶わず、炎に飲み込まれ、更にはその奥にあった家屋を焼いた。

 

 昇った火柱と煙は開戦の狼煙。虐殺の始まりだった。

 

 男の足元を中心に拡がる魔方陣が里を覆い描かれると、そこから(おびただ)しい魔物が現れた。

 ただの里一つを滅ぼす戦力ではなかった。男は知っていたのだろう。

 この里に住む者は皆、魔法戦に特化した者達だと。

 里の民一人一人が神の翼を守る使命を帯びていた事を。

 

 その証拠に男が呼び出した魔物は、魔法を通しにくい甲冑を纏った〈地獄の鎧〉の大軍、邪神を崇める〈邪教徒(シャーマン)〉達は呼び出した〈腐った死体〉を放って数で押しきろうとし、その中にいた〈屍人の王(ゾンビマスター)〉は我等の理力を吸収して、此方が倒した魔物を無限に復活させた。

 それだけでない。里の女達はその魔方陣に触れた途端、心を魔に犯され〈魔女〉へ……魔物へと変じ、同胞を襲った。

 緑美しかった里はあっという間に灼熱の炎に包まれ、澄んだ池は泥と血で濁り、地に伏し果てた民の骸を魔物達が貪り喰う。

 

 まさにテドンは阿鼻叫喚の地獄そのものと化した。

 

 ディムドの語る想像を絶する過去に、シェリルは自身の二の腕を掴む手に力が籠る。アステルもまた潤みそうになる瞳を必死に開く。

 

 「緑の守り人であり、賢者であったエルドアンもローブの男に立ち向かった。

 だが男の魔力は強大、爆裂呪文と火炎呪文を駆使し続ける理力は無尽蔵。与えた創傷は蓄積される事なく、治癒呪文で直ぐ様癒されてしまう。

 息子が倒れるのは時間の問題だった。

 私は息子と守り人の後継であるマァムを逃がす為、囮となり紅蓮のローブの男と戦った。

 ……しかし実際に私が稼げた時間は、ほんの数分、いや、数秒かもしれん」

 

 そこでディムドは目を手で覆い隠した。

 蘇った辛酸を嘗めさせられた記憶と、悔恨の念をぐっと歯を食い縛って堪える。

 

 ふー……っと、深く息を吐き、ディムドは顔から手を離した。

 

 「……薄れゆく意識の中で、凄まじい爆音と衝撃を感じ、目を開いた。

 森の奥から立ち昇る炎と煙を突き破り、天へと昇る真白い光を見た。

 それが私が今生で見た最後の光景になる……筈だった」 

 

 「はず、だった……?」

 

 「意識は暗い闇の底に沈み、そのまま消えて失くなるかに思えた。

 しかし、まるで掬い上げられるかのように、意識は浮上し、私は目を開いた。

 闇夜に包まれたこの部屋で、私は意識を取り戻した。

 戦いの最中、燃やされた筈の我が家は以前のまま、破壊の痕跡何一つなく。

 閉まっていた窓のカーテンを開けると、闇の帳が降りた里を篝火が照らし、家々には明かりが灯っていた。

 夜道を歩く者を捕まえ問い掛けると、夢でも見ていたんじゃないかと笑われた。

 ならばと、エルドアンとマァムの住む家へと向かった。

 しかしそこに誰もおらん。里の中を駆け回ったが、息子と孫は何処にもおらんかった。

 ふと森の奥で見えた真白い光の事を思い出し、そこに向かった。森の中にある、あの牢獄へと。

 牢獄だけは強襲前の姿と異なり、半壊しておった。その上、強い結界に覆われ、どうやっても入る事が叶わなかった。

 中に息子がいる事がなんとなくわかった私は夜通し声をかけ続けたが、返事が返ってくる事はなかった。やがて空が暁の薄紫に染まり始めた。

 

 すると私の意識は再び闇へと閉ざされた。

 

 そして次に目覚めた時は、やはり闇夜の家宅の中だった。幾度となくそれが繰り返され、ある日確信した。

 我々テドンの民は闇夜の中でのみ復活するのだと」

 

 「……それに気付いているのはあんただけか?」

 

 スレイの問いにディムドは首を横に振った。

 

 「一部の民はそれに気付いておる。

 だが、大半の者は強襲自体が初めからなかった事になっていた。

 繰り返される無意味な生に気が狂いそうになった者は、その瞬間に里が強襲された記憶がごっそり抜け落ちた」

 

 「……一体、何がそんな超常を引き起こしているんだ」

 

 スレイは低く呟くように言った。それにディムドは直ぐ様答えた。

 

 「《闇の灯火(ランプ)》」

 

 「闇の灯火(ランプ)?」と、アステル。

 

 「あの牢獄にはその昔、テドンの民が闇を司る神から授かった闇の灯火(ランプ)という神具が隠されておった。真実は定かではないが、そのランプに闇色の炎が灯った時、この世界に突如として夜を齎すといわれておる。

 恐らくはエルドアンが何らかの理由で闇の灯火(ランプ)の力を使い、夜にのみあの世とこの世を繋いでおるのやもしれん。

 そうまでしてエルドアンがこの世に残り、守ろうとするものは唯一つ───緑の宝珠(グリーンオーブ)

 

 タイガは目を張る。

 

 「だからこそ私は狂う事も、忘れる事もできんかった。いずれ訪れるであろう『神の翼を甦らせる者』が現れるまで。この事を伝えるまでは」

 

 そしてディムドはアステルを見据えた。

 

 「そして今日そなた達が現れた。同胞ナディルが認めた、そして孫娘マァムを連れたそなた達が現れたのだ。

 よいか、旅の御方。神の翼の復活を望むならば、まず《青の宝珠(ブルーオーブ)》に認められよ。バハラタより南にある島、ランシールへ向かうがよい」

 

 「《青の宝珠(ブルーオーブ)》……ですか?」

 

 「あれこそが始まりの宝珠。《青の宝珠(ブルーオーブ)》が目覚めれば、自ずと他の宝珠(オーブ)も目覚めよう。エルドアンが持っているであろう《緑の宝珠(グリーンオーブ)》も(しか)り。

 そなたが真実『神の翼を甦らせる者』ならば、かの地にいる『伝承者』がそなた等を導くだろう」

 

 

 

 

* * * * * * 

  

 

 

 

 (……………懐かしい、匂い)

 

 閉じていた瞼がゆっくりと上がり、深紅の瞳が現れる。木目の天井が見えた。目だけで辺りを見回す。

 マァム=ノーランが眠るベッドに凭れるようにして並んで座って眠るアステルとシェリル。壁に凭れて胡座をかいて眠るスレイとタイガ。

 一つしかないベッドの、傍にある台の上に置かれた角灯(ランタン)が暗く燃える。

 年季の入った箪笥、筆立てと数冊の本が立てられた机、椅子。今使っているベッドも、全て見覚えがある。ここに遊びに来て眠ってしまった時に、父に、母に、あるいは祖父に。度々こうして寝かされていた。

 

 あまりにも懐かしい。……ここは。

 

 皆を起こさないように注意しながら、マァム=ノーランはそっとベッドから出る。

 寝室から出て、続きの居間を見回す。暖炉の火は微かに燃えていた。奥に見える流し台と竈。椅子が四つ並んだ四角の食卓。

 母が作ったミートパイを、祖父に優しく見詰められながら、父の膝の上に座って頬張る幼い自分の幻影を見た。

 誕生日を迎える度、孫娘の成長を刻んだ柱の横線にマァム=ノーランは指を滑らす。線は九歳の誕生日までで止まっていた。

 

 (………やっぱり。ここは、お祖父様の、家)

 

 しかし、肝心の祖父の姿は見当たらない。

 マァム=ノーランは家の外に出た。所々に焚かれた篝火が今にも消えそうになっている。外を歩く人影はなく、彼女は我知らずほっと息を吐く。

 見上げた空は夜明け前の藍色。マァム=ノーランはふらりと、森の中へと歩き出した。

 

 

 

 マァム=ノーランが牢獄の前に辿り着くと、そこには一人の男が立っていた。風に靡く空色の髪は父と同じ。けれどその長さは父よりも短く、襟足で切り整えられていた。

 男もマァム=ノーランの気配に気付いて振り返る。

 父と同じ黒曜石のような黒い瞳は、彼女の姿を捉えると、大きく見開いた。

 

 「マ、……ああ、いや。目が覚めたのか」

 

 名前を呼ぼうとして、記憶がないと言っていた事を思い出し、ディムドは当たり障りのない言葉をかける。しかし。

 

 「………お祖父様」

 

 彼女がはっきりとそう呼び掛け、頭を掻いていた手が止まる。

 

 「な、に……?」

 

 次の瞬間には抱き付かれていた。

 あの頃と同じように。孫は感情を面に出さぬ代わりに、こうやって行動で示していた。

 

 「私が、わかるのか? ……マァム」

 

 己の胸に顔を埋め頷く彼女を、ディムドはしかと抱き締めた。

 

 「あい、たかった……!」

 「……私もだ。会いたかったよ。マァム」

 

 このまま抱き締めたままでいたかったが、夜明けまで時間がない。

 そっとマァム=ノーランを剥がすと、彼女は明らかに不服そうに見上げてくるので、ディムドは苦笑した。

 随分と情緒が育ったらしい。

 

 「記憶がないと聞いたから、てっきり私の事がわからないと思っていた」

 「わたしは、覚えてる」

 「わたし、は?」

 

 マァム=ノーランは拙いながらも、これまでの事を必死に話した。孫のこれまでの苦労を知り、ディムドは瞳を潤ますも、健気に父の跡を継いで宝珠を守ってきた事を知ると、彼女を労い、その頭を優しく撫でた。

 

 「そうか……緑の宝珠(グリーンオーブ)はマァムに受け継がれ、既に半覚醒していたのか」

 「わたしが、しっかり、してなかったから……」

 

 マァム=ノーランはしゅんと項垂れる。

 

 「それは違う。緑の宝珠(グリーンオーブ)青の宝珠(ブルーオーブ)より早く目覚めるとは伝承されていない、有り得ない事なのだ。決してお前のせいではない」

 

 ディムドは牢獄を見上げた。

 

 「エルドアンが闇の灯火(ランプ)の神力を以てテドンを存続させている事も、何か関係しておるのかもしれんな」

 

 マァム=ノーランもおずおずと牢獄を見上げる。

 

 「父様は、わたしの事、怒ってない?」

 「誇る事はあっても、怒る事はない」

 

 父そっくりな祖父の笑顔に、マァム=ノーランの口元も自然と綻ぶ。……と。

 気が付けば、空が白み始めた。同時に周りの風景も歪み、色褪せ始める。

 マァム=ノーランは深紅の瞳を大きく見開く。祖父の身体の輪郭がぼやけ始めた。

 

 「……久方振りの感覚だ。有意義な時間は本当に短いものだな」

 

 孫を撫でていた己の手が霞むのを見て、ディムドは寂しげに笑う。

 

 「……や、いや、……行かないで……!」

 

 薄れゆく姿に、マァム=ノーランは頭をぶんぶんと振り、その胸にすがり付いた。

 

 「また会おうマァム。その時はエルドアンも一緒にな」

 「お、お祖父さ、……っ!」

 

 「愛しておるぞ……マァム……」

 

 ディムドは笑みを浮かべたまま曙光(しょこう)に溶けるように消えた。すがり付いていた手は空を掻き、行き場を失くす。

 

 白々とした光が照らしだすのは、半壊した牢獄と、炭のように焼き焦げた木々が立ち並ぶ黒と灰色と静寂と、色濃い死の世界。

 草一本生えていない焦土の上に、マァム=ノーランは(くずお)れる。黒い土を握るとヒリヒリとした刺激が伝わる。

 あの惨事から十年という時が経過したというのに、今だ瘴気漂う大地に緑が甦る気配がない。

 

 これが───テドンの現実。

 

 

 「………っ、~~~~っっっ、!!!」

 

 泥と瘴気で汚れた両手を顔に持っていこうとして、止められた。

 両手を捕まれたまま、背後から包み込むように抱き込まれる。

 

 「顔や目を痛めるぞ」

 

 優しく嗜めるその声に。熱い程のぬくもりに。

 強張っていた身体の力が抜ける。目が熱く潤み、ひっと喉が鳴った。

 

 この人はどうして、何時も傍にいて欲しいと思った時に、いてくれるのだろう。

 初めは父や祖父と同じ瞳の色に、惹かれた。

 用もなにもないのに、傍に居る事を邪険にせず、感情を表情で表せない自分を、気味悪がらずに。

 上手く話せない自分の言葉を、急かさず聞いてくれたのは、家族以外ではこの人が初めてで。

 

 

 「………タイガ、」

 

 〈あたし〉、ではなく、ありのままの〈わたし〉を、認めて、受け止めて、くれた人。

 

 

 

 

* * * * * * 

 

 

 

 

 「───起きろ、アステル、シェリル」

 

 肩を揺すられ、アステルがのろのろと瞼を上げる。肩を掴むスレイを見て一気に覚醒した。

 

 「………これっ、」

 「ん~~っ、なんや、……って、おわっ!?」

 

 アステルとシェリルは朽ちた家の残骸の中で、地べたに転がっていた。

 木で出来た屋根も壁も喪失し、冷たい風が通り抜け、空が覗いていた。残っていたのは役割を失った焼き焦げた支柱と、煤黒い煉瓦積みの暖炉と竈のみ。

 

 「ま、マァムは!?」

 

 アステルは慌てて辺りを見回す。もちろん昨夜あったベッドも失くなっており、マァムの姿もなかった。

 

 「……多分、外だ。タイガの姿も見当たらない」

 

 

 

 中心部に出ると、昨夜見た里の風景の面影はなかった。

 辛うじて残っていたのは石造りの家ぐらい。それすらもほぼ瓦礫同然。木造の家は土台だけ残すのみとなっていた。

 昨夜、女性が覗き込んでいた、月の映り込んでいた池は、腐臭と瘴気漂う毒々しい沼と化していた。

 

 「………酷い」

 

 魔物達の残虐な行為に、アステルは口を手で覆って呻き、シェリルは言葉を失くす。スレイは険しい面持ちで注意深く辺りを見渡した。

 

 (遺骸が、白骨が見当たらないのは、魔物に喰らわれたからなのか……それとも)

 

 里を囲んでいた緑美しい森は焼失しており、枯死した木々が立ち並んでいた。

 奥からタイガとマァムが此方に向かって歩いて来る。

 

 「───タイガ、マァムっ!」

 

 アステル達が駆け寄ると、マァムは頭を傾げた。

 

 「アステルぅ、どぉ~したのぉ~?」

 「どうしたって……大丈夫なの?」

 「何がぁ~?」

 「何がって、昨日倒れたんやろっ! それに……、」

 

 ここがマァムの故郷と触れかけて、シェリルは言葉に詰まる。うが~~っ!と髪を掻き乱した。

 

 「……つまり、みんなマァムの事を心配してたって事だ」

 

 頭をポンッと軽く叩いたタイガをマァムが見上げる。

 マァムは朱色の瞳をしきりに瞬き、それからアステル達に見向いた。

 

 

 「───わたし(・・・)はぁ、大丈夫だよぉ!」

 

 

 雲間に差し込む朝日に照らされながら、マァムは満面の笑みを浮かべた。 

 

 

 

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