長篇ドラゴンクエストⅢ ASTEL・SAGA   作:ちこちろん

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船上での告白

 

 

 

『どんな時でも必ず食事はしっかり取る事』。

 

 それはアステルが母に散々言われ続けた教訓だったが、流石にこの日の朝は、この場で食事をするという気が起こらなかった。

 簡単な携帯食を口に入れて、準備が整うと一行は早々にテドンを発った。

 魔王の配下によって滅ぼされた、賢者の隠里テドン。神鳥ラーミアの魂の欠片を守護する民が住まう地。

 

 ───そして、マァムの故郷。

 

 思いがけない場所でマァムの凄惨な過去を知り、帰りは行き以上に言葉数が少なくなってしまった。

 マァム当人が笑顔だというのに、周りがいつまでも気落ちしたままでは駄目だとアステルは気を取り直して、船に戻ると朝の分まで腕を奮って豪華な昼食を作った。

 船は問題なく河を下り、海へと戻る。

 海は昨日とは打って変わって清々しいまでに晴れ上がっていた。

 

 

 

 

 「タイガ、話がある」

 

 その日の夜。アステル達女組と子供達が床に就き、カンダタは見張り台で見張り中。甲板で日課の鍛練を終え、部屋に戻ったタイガを待っていたのは、ベッドに腰を掛け、腕を組んだスレイだった。

 誤魔化しは許さないとばかりに睨み付けてくるので、タイガは失笑する。

 目付きが更に鋭くなったので「違う、違う。はぐらかすつもりはない」と、笑いながら扉を閉めた。

 

 「だってスレイはもう気づいてるんじゃないか?」

 「………あれだけ名前を出されればな」

 

 向かい側の己のベッドに腰を掛けて、タイガはスレイを見た。

 

 「セファーナはジジイの死んだ娘の名前だ。そして娘婿はテドンで魔族の強襲の際に亡くなっている。……その娘婿がテドンの里長の息子だろう? マァムはジジイの孫娘だ」

 「…………」

 「ジジイがマァムを自分の孫と明かさなかったのは引っ掛かるし、ジジイとテドンの里長の話が食い違っているのが気になるが……」

 

 そこでひたりとスレイはタイガを見据えた。

 

 「それについても、お前は何か知っているんだろ?」

 

 ふと、タイガはちらりと扉に視線を向け、それから肩を竦めた。その仕草にスレイは怪訝そうに眉を(ひそ)める。

 ……と、扉がノックなく静かに開いた。現れたのはマァムだった。寸前までその気配を感じ取れなかった事にも驚いたが、それよりも。

 

 「………? ………マァム、か?」

 

 姿形はマァムその人だったが、雰囲気があまりにも違う。けたたましく騒がしい、癇に障る言動や行動で常に自分を非常に苛つかせるあのマァムが、今は感情を乗せない顔で此方を探るように深紅の瞳で見ていた。

 黙っていれば整ったその容貌のせいで、美しく精巧な人形の様にも見える。

 

 (深紅………?)

 

 マァムの瞳の色は明るい朱色だった筈。それにこの瞳は、長年自分が世話になっていたダーマの大神官ナディルと同じ色。

 マァムは静かに扉を閉め、スレイの視線から逃れるように、スススッと音なく移動してタイガの背後へと回る。警戒する猫のように顔を少しだけ出して、此方を無言で見返してくる。

 

 「彼女もスレイが今夜辺りに探りを入れると思っていたようだ」

 

 タイガは苦笑混じりに、その金髪の上に手をぽんっと置くと、マァム(らしき者)はそれこそ猫のように瞳を細めた。

 あまりに自分の知っているマァム=ヴェルゼムと違う。

 

 「どういう事だ?」

 

 問掛けてくるスレイに、タイガはマァムを見下ろす。彼女は彼に深く頷き返した。

 

 「……実はな────」

 

 

 

 

* * * * * * 

 

 

 

 

 「───つまり。今、目の前にいるのが本来のマァム=ノーランという人格で、オレ達がこれまで接してきた方のマァム=ヴェルゼムは、彼女から身体を借りて表面に出ている半覚醒した緑の宝珠(グリーンオーブ)……つまりは神鳥ラーミアの魂の欠片という事か……?」

 

 話を聞き終えたスレイは、反芻(はんすう)するように呟く。

 

 「ああ」

 

 タイガが頷き、彼の背中にぴったりとくっつくマァム=ノーランもスレイの見解に頷く。

 

 「完全な覚醒を果たしていない状態で、自分がマァムでない別の存在だと気付かせるのは自我崩壊の危険があるから、黙っている必要がある……と」

 

 二人は再度頷いた。

 

 ……確かに。一つの魂が六つに分かたれた《欠片》という不安定な存在なのだ。些細な事で砕ける危険があっても不思議ではない。

 スレイはこめかみに指を当て、目蓋を閉じる。

 内に在る《悟りの書》でラーミアについて深く調べようとしたが、創世記以前にまで遡ると強い頭痛に襲われ、顔を顰める。その智識を覗くのは、今のスレイには負担が大き過ぎるらしい。早々に諦めて再び二人に見向いた。

 

 「思ってたより、冷静なんだな」

 

 意外そうに言うタイガに、スレイは眉間に皺を寄せる。

 

 「……正直、そこのマァムを見てなきゃ実感湧かない話だけどな。……アステル達には話さないのか?」

 

 その言葉に後ろのマァム=ノーランが激しく首を横に振った。

 

 「アステルとシェリルはもう一人のマァムと付き合いが古い。それこそ無駄に混乱させるだけだし、あの二人が事実を知って、それに知らん振りするなんて無理だろう。

 なにより三人の今の関係が壊れる事を彼女は望んでいない」

 

 タイガの言葉を肯定するように、マァム=ノーランは強く頭を上下に振った。

 そんな彼女の一連の動きを見て、スレイはタイガが慎重深く行動していた理由がよくわかった。ラーミアの欠片の件がなくとも、彼女自身があまりにも幼く、どこか危うい。

 

 (───あんな過去を背負ってるんだ。精神退行していたとしてもおかしくはないが)

 

 「……ずっと傍にいたアステル達が気付かず、ぽっと出のタイガがジジイの孫娘の存在に気付くとはな」

 

 

 『………貴女は、誰なの?』

 

 

 本当にそうだといいんだが。と、タイガはあの時漏らしたアステルの言葉を思い出す。

 彼女は驚くほど勘がいい。根拠を見出だす力がある。

 何かに気付いている気がするが、あちらは何も言ってこないしし、こちらも説明出来ない以上、現状見て見ぬ振りをするしかない。

 

 「……彼女は細心の注意を払ってアステル達を見守っていたからな。俺がマァム=ノーランに会ったのは偶然だ。きっかけがなかったら、今もこうしていたかどうか」

 

 そう言って、タイガは目を細めてマァム=ノーランを見下ろす。これまで見せてきたどの笑顔でもない、裏表のない笑みにスレイは目を丸くした。

 

 「けど、偶然でも出会えて良かったと思ってる」

 

 (……でなければあの時、再び(ひと)りになってしまった彼女を、支える事すら叶わなかった)

 

 死んだ森で独り、声なき声で泣いていた彼女を。

 

 タイガの表情を窺いつつ、スレイは目の前のマァム=ノーランに視線を遣る。目が合うと彼女はまた、スススッとタイガの背中に隠れてしまった。

 

 「……しかし、本当に喋らないな?」

 

 普段ピーチクパーチクと鳥のように(さえ)ずる分、その違いに戸惑わずにはいられない。

 

 ………いや、奴の本性は鳥だったのだ。

 

 「喋れない訳じゃないんだが、少々人見知りで口下手なんだ。許してやってくれ」

 

 別に怒っていたわけではないが、タイガの擁護する言葉に、スレイは軽く溜め息を溢す。

 

 「………取り敢えず、事情は理解した。そういう事なら、オレの方からはこの件に関しては口を出さない。里長の言う通り《青の宝珠(ブルーオーブ)》が目覚めれば、何かしら変化は起こる筈だからな」

 

 そう言ってスレイは傍らに立て掛けていた杖を手に立ち上がる。

 

 「どこに行くんだ?」

 

 首を傾げるタイガとマァム=ノーランに、スレイは半眼でぼそりと呟いた。

 

 「………馬に蹴られたくない」

 「は?」

 「カンダタも暇してるだろうから、鍛練に付き合ってもらう。……お前さんもゆっくりしてろ」

 

 お前さんとはマァム=ノーランを指しているのだろう。ドアノブに手を掛けて、不意にスレイはタイガに振り返る。

 

 「……あんたって案外、表情豊かだったんだな」

 

 そう含み笑いを浮かべて、部屋を出て行った。一瞬ぽかんとして、それからタイガはマァム=ノーランを見下ろす。

 

 「………俺の顔、どこか変だったか?」

 

 深刻な顔でそう確認するが、マァム=ノーランは不思議そうに首を傾げただけだった。

 

 

 

* * * * * * 

 

 

 

 

 イシスやネクロゴンドが在る南大陸を二十五日かけて抜けると、外海を東に進路を変え船は進む。

 ダーマと並ぶ聖地と名高きランシールの港へと辿り着いたのは、年が明けて三日後の事だった。

 

 「じゃあ、俺らはドックで船の整備してっから!」

 「はい! 終わったら宿屋に来て下さいね!」

 

 船縁からカンダタと双子達に見送られ、アステル達は船を降りた。

 照り付ける太陽を眩しげに、タイガは手で庇を作りながら苦笑う。

 

 「アリアハンでもそうだったが、新年が暑いってのは中々新鮮だよなぁ」

 「タイガの故郷は今頃は寒いの?」

 

 真夏が新年であるのが当たり前なアステルは、小首を傾げる。

 

 「ああ。俺の故郷じゃ今頃が冬だ。雪も積もってるかもしれん」

 「ポルトガはそれ程寒くはないけど、今頃は雨季やな」

 「…………無駄話は屋根のある所でやってくれ」

 

 機嫌悪げにそう言うのはスレイ。皆、通気性が良く涼しい《みかわしの服》を着ているものの、スレイの纏う黒は太陽の光を取り込み易いので、一人白の日除けの頭巾(フード)付き外套(マント)を羽織っている。暑いのが苦手な彼は、とにかく涼しい屋内へ避難したいらしい。

 アステル達を置いてく勢いで、迷いなく町へと向かう。そんな彼を慌てて追う。

 

 「待って待って! スレイ、道わかるの?」

 「………前に言ったろ。来た事あるって」

 

 「あ」

 

 うっかりしていた。

 ここランシールはスレイが過去に因縁をつけられ、危険な目にあった場所だった。

 青の宝珠(ブルーオーブ)の件で頭がいっぱいになっていたのもあるし、スレイがあまりにも気にした様子がなかったのでアステルはすっかり忘れていた。

 

 「あの、……」

 「ん?」

 

 遠慮がちに外套を引っ張るアステルに、スレイは眉間を寄せつつ見下ろす。

 

 「その、今さら……だけど、大丈夫?」

 

 その言葉にスレイは目を見開き、それから軽く吹き出した。

 

 「本当に、今更だな」

 「うっ、………ごめんなさい」

 

 くつくつと笑うスレイに、アステルは恥ずかしさに俯いた。

 

 「過ぎた事だ、気にするな。………それに」

 

 (ああいうのも《怪我の功名》って、いうのか?)

 

 ───そのおかげで出逢えた。

 

 

 「………それに?」

 

 見上げてくるアステルに答えず、癖のある黒髪をわしわしと掻き撫でた。……と。

 

 「どっせぇ~~いっ!!」

 

 マァムが突然スレイの背後から体当たりをかまして来た。転けはしなかったものの、油断と暑さも相まって膝が砕けた。

 

 「スレイっ!?」

 「触りすぎぃ! こんのぉ、むっつりスケベぇ~!!」

 

 マァムはアステルの腕に抱き付いて、スレイから遠ざける。

 

 「………………っ、」

 

 スレイは、右手に凍気を纏わせてゆらりと立ち上がる。それをタイガが素早く掴む。

 

 「ヒャ「……あー、落ち着けスレイ。魔法はやめろ。魔法は」

 「………離せ。これは頭を冷やす為だ」

 「本当か?」

 

 「もうぅ! アステルってば、無用心んんっ! スレイはぁ、人の顔したケダモノなんだからねぇ? カぁッコつけてて頭ん中じゃアステルにあ~んな事やこ~んな事をしてんだからねぇ!」

 

 「あんな事こんな事?」

 

 此方まで聞こえる大声で耳打ちの呈をするマァムに、アステルは小首を傾げる。

 

 「ヒャダル「待て待て待て。それはアステルにも当たるぞ」

 「……アステルには当てない」

 

 掴まれてる逆の手で杖を振り翳す。タイガはその手も素早く掴み上げた。

 

 「貴様は人の顔を借りた鳥だろうが」と、切れんばかりの鋭い目付きと冷たい声で呟くので、タイガは口の端をひくつかせた。

 最近わかった事なのだが、マァム=ノーランは特にスレイの事を悪くは思っていないらしい。こんな態度を取るのは、あくまで神鳥の欠片であるマァム=ヴェルゼムの人格の方なのだ。

 

 「スレイ、すっかりライバル視されとんなぁ。ウチも一時、同じような目におうとったわ」

 

 やれやれとばかりに溜め息を吐くシェリルに「そうなのか?」と、タイガは意外そうに声を上げた。三人あんなに仲が良いのに。

 

 「アステル達と出会って間もない頃は特にな。少し前もアステルがウチに構い過ぎっと、ようマァムが割って入ってきてな。妬いてしょっちゅうからかったりして、ケンカ売ってきたで。

 今は矛先が殆どスレイに向かっとるから、ウチは大助かりしとるけどな」

 

 「おい」

 

 スレイが物言いたげな目で睨むので、シェリルはニシシと嗤い、人指し指を彼に突きつける。

 

 「一番ええ方法は、アステルとある程度距離おく事やな。接触が減ったらマァムもちょっかい出さんやろ」

 

 「…………」

 

 そこでスレイは黙り込み、それからむすっとして、両腕を掴むタイガの手を振り解いた。

 

 「なんでオレがアイツの気分に合わせて行動しなきゃならない」

 

 と、前を歩くアステルとマァムを追うように歩き出す。タイガとシェリルは顔を見合わせ、吹き出した。

 

 

 

 

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