長篇ドラゴンクエストⅢ ASTEL・SAGA   作:ちこちろん

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奇妙な伝承者

 

 

 

 誰がそう語り伝えたのかは定かではない。『世界の中心』と呼ばれた聖地ランシールには古の時代に建てられた神殿があった。証を持った選ばれし者だけが、中へ入る事が出来るという。

 

 海上からも見えた赤みを帯びた巨大な岩山は、この大陸の中央を取り囲むように連なっているらしい。その山の麓に位置する場所にあるランシールはアステルが思っていた以上に小さく静かな村だった。

 大きな神殿を構えた村なら年明けの祭事などで賑やかになるものだが、特に催し物などもしてもいない。

 スレイの話ではこの岩山は朝、昼、晩と天候や時間帯によって色を変えるという。雄大で美しいその景色を観る為に、以前は神殿参拝者だけでなく、観光客も多かったらしいが。

 村に一つしかない食事処を兼ねた宿屋で一行は部屋を確保し、ついでに昼食も頼んだ。

 

 「海の魔物が増えるわ強くなるわで、定期船が少なくなって、参拝客もめっきり減ってしまったんだよ」

 

 そう言いながら宿屋の女将はアステル達のテーブルにてきぱきと大皿に盛られた料理を並べていく。

 白身魚と薄く切ったじゃが芋を油で揚げたものや、海で釣ったマスや羊肉の焼き料理。それらに添えられた蒸かし芋を潰した料理。デザートはラミントンと呼ばれる、チョコレートというソースのかかったとても甘いケーキ。

 久し振りの上陸、新年という事で奮発した。どの料理も珍しく、食欲をそそる芳しい薫りを放っていた。

 

 「ここに食べにくるのも、村のもんばっかだったからね。久し振りの外からのお客さんだ。料理しがいあるってもんさ。ランシール名物料理をしっかり味わっておくれ」

 

 タイガとマァムが瞳を輝かせて、まずは骨付き羊肉を取ってかぶりつく。アステルは揚げた魚を口に運ぶとさくっとした衣と、ふわっとした白身の歯応えに瞳を見開いた。

 

 「久し振りの肉は旨いなぁ!」

 「うまかぁ~~っ!!」

 「さくさく……! おいし……!」

 「この揚げ料理、酒に合うわぁ」

 

 頬に手を当ててもぐもぐとするアステルの隣では、昼間だがシェリルが麦酒の入ったジョッキを傾けていた。各々料理に手を伸ばし、舌鼓を打つ様子に、女将は腰に手を当て満足げに笑みを深めた。

 出された料理を残さず平らげたアステル達は、カンダタ達の分の料理の作り置きを女将に頼んでおいて、村の散策に宿屋を出た。

 

 

 向かいにある武具屋に倒した魔物の宝石を売りに中を覗くと、シェリルが「おっ!」と声を上げた。

 

 「〈魔法の鎧〉があるやん」

 

 彼女が目をつけたのは、カウンター近くに飾られた神秘的な青銀に輝く鎧だった。久々の客に店主は、人懐っこい笑みを浮かべながら擦り寄ってくる。

 

 「これはこれは! お嬢さんお目が高いねぇ! こいつは魔法の鉱石ミスリル銀で出来ててね。軽い、丈夫、その上攻撃呪文からも守ってくれる鎧だよ! ……そうだな。そこの剣士のお嬢さんと魔導士の兄さんにいかがかな?」

 

 「え? 私達?」

 

 アステルとスレイが呼ばれて振り返る。

 

 「試しに持ってみるといい」

 

 店員は鎧の上部分だけアステルに手渡す。構えて持ってみたが、装甲は厚めなのにも関わらず、見た目以上にずっと軽かった。

 

 「わ、ホントだ。凄く軽い」

 「だろう? 見たところ二人とも、鎧とか苦手そうな感じだか、こいつはそんな前衛戦士にぴったりの鎧なんだ! 兄さんもその革の鎧、だいぶ年期が入ってるんじゃないか? ここらの海の魔物の攻撃によくそれでやってこれたよ。

 けど、そろそろ買い換えた方がいいと思うぞ」

 

 指摘されてスレイは暫し考え、顔を上げた。

 

 「………肩当てと腰当てはいらない。極力装飾を外して、籠手一つと脛当、胸当てを貰う事は出来るか?」

 「出来るっちゃ出来るが、その分本来備わった守備力より劣る事になるよ?」

 「構わない。アステルはどうする?」

 「え、えっと……私は」

 

 アステルはわてわてとシェリルを見た。シェリルは共同財布を掲げて笑う。

 

 「必要経費や。暫く武具新調しとらんし、アステルもそろそろ鎧くらい着慣れんとな」

 「じゃあ、……私はこのままで調整をお願いします」

 「下には鎖帷子を着込むかい?」

 「二人の着てる服は〈みかわしの服〉の素材なんや。この上に鎧が装備出来るようにしてやってくれへんか?」

 「〈みかわし〉か。そりゃ鎖帷子より上等だな。じゃあ、お二人はこっちで試着してみてくれるか? サイズ調整するから」

 

 早々に試着室に連れてかれるアステルとスレイに、シェリルは店主の絶対に買わせるという固い意志を感じて薄ら笑う。

 

 「タイガとマァムはなんか欲しいもんあったか?」

 「んん~~っ、コレェ!」

 

 と、指差したのは魔法の鎧。シェリルは苦笑しながら「それは無理」と、すっぱり却下する。

 

 「ええぇ~~~っ!」

 「マァムに装備出来ひんから」

 「むぅぅぅぅ!」

 「……タイガはなんかあったかぁ?」

 

 アステルとスレイが(そういうつもりではないのだが)お揃いなのが、気に食わないのだろう。膨れっ面のマァムから逃げるように、シェリルは棚にある商品ををまじまじと眺めるタイガに声を掛けた。

 

 「ああ。これなんだが……」

 

 タイガは五つの突起の付いた鋼鉄製の手甲のようなものを、手に取って彼女に見せる。武闘家の武器らしき事はわかるが、使い方がわからないらしい。

 

 「ん? ああ、〈パワーナックル〉やないか。こうやって四つ穴に指通して手に嵌めて殴るんや。鉄の爪と違うのは斬るより、突くに特化しとるとこかな。

 鋼鉄製な分、威力と耐久性は鉄の爪より上やで。あと鉄の爪よりも持ち運びやすくて、手早く装着出来るんも利点やな」

 「確かに楽だな」

 「タイガの鉄の爪もそろそろ寿命やろ。これを機に買い換えん?」

 

 シェリルはタイガの腰に下げる鉄の爪を見ながら言う。手入れは怠っていないものの、海での戦で刃にも限界がきていた。

 

 「そうだなぁ。じゃあ、これも頼めるか?」

 

 

 購入した武具の調整も終え、買い物を終えた一行が武具店を出ると、隣の道具屋の呼び子をしていた女性が此方をじっと見ていた。

 売り子が笑顔を浮かべたので、アステルもなんとなく会釈すると、売り子は笑顔のまま猛牛の如く走り寄って来た。

 

 「そこ行くお兄さんお姉さんがた! ランシール名物〈消え去り草〉はいかが? 一包み三百ゴールドとお買い得よ!」

 

 「え? 消え去り……?」

 

 その迫力に思わず後ずさるアステル。しかし売り子の女性は退いた分だけ寄ってきた。

 

 「あら、ご存知でない?」

 

 女性は下げていた藤籠に手を突っ込んで、麻布に包まれたそれを取り出した。ギザギザの葉に、根っこが二股状から根先の方でまた一つになっているという、見た目も珍しい草だ。

 

 「消え去り草はあなたの姿を見えなくしちゃう、不思議な草よ。このランシールでしか買えない貴重な草なのよぉ?」

 「消え去り草は貴重っちゃ貴重やけど、使いどころがわからん草やな」

 「持続効果もあまりないし、何より三百ゴールドは高い」

 

 シェリルが首を捻り、スレイもぼそりと付け足す。

 

 「どうやって使うの?」と、アステル。

 

 「乾燥させて、すり鉢で粉末状にしたのを身体に振りかけるんや」

 

 「ふ~ん」と、アステルは消え去り草に視線を戻すと、おもむろに腰ポーチから自分用の財布を取り出した。

 

 「それ一つください」

 「まいどぉ~っ!」

 「買うんか!?」

 「うん。何かの役に立つかもしれないし。私のお小遣いから買うから、許して、ね?」

 

 三百ゴールドを手渡し、消え去り草を受け取る。無駄遣いしてと言いたげな顔をするシェリルに、アステルは笑顔で「袋に入れといて」と、シェリルに手渡した。

 その後、売り子が「サービスするから!」と引っ張った彼女の実家の道具屋で旅の必須消耗品の買い物を終え(本当にサービスしてくれた)、食料品を買い込み、飲料水と一緒に船まで運んで貰うよう手配する。一通りの買い物を済ませたアステル達は、お目当ての神殿へと足を運んだ。

 

 

 

 

* * * * * * 

 

 

 

 

 神殿は村の外れ、ヘタをすれば見落としかねない林の奥の奥にひっそりと佇んでいた。人気のない静寂に包まれた神殿は、ダーマの神殿程ではないにしても、広大で村の敷地半分以上を占めていた。

 白大理石を同じ大きさで切り、積み重ねて建てられた神殿の入り口は左右中央とあったが、どれも固く閉ざされ、開く事は叶わない。

 ダメ元で盗賊の鍵、魔法の鍵を使ってみたりしたが、やはり開かなかった。

 

 「やっぱり証? が、必要なのかな?」

 「その証が何なのか、検討もつかないが……」

 

 眉を八の字にして鍵を仕舞うアステルに、スレイはこめかみに指を当てて目蓋を閉じ《悟りの書》の智識を覗く。

 

 「〈最後の鍵〉………」

 

 目蓋を上げたスレイがぽつりと言う。

 

 「え?」

 「この世のありとあらゆる扉を開くという〈マネマネ金〉という金属で造られた鍵だ。……それがあれば」

 

 『そうだよ。さすが賢者! その鍵がなきゃ、〈大地のへそ〉への扉は開かない』

 

 アステル達は互いの顔を見合せた。誰の声だ?

 

 『こっちだよ。こっち。下向いてよ』

 

 子供のような高く可愛らしい声に釣られ、皆一斉に足元に目線を遣ると、その者はぷるぷると半透明な青い雫型の身体を揺らして、円らな瞳で此方を見上げていた。

 

 『………やあ!』

 

 故郷アリアハン以来、ご無沙汰していた魔物のスライム……の、手のひらサイズ。

 

 「スライムがなんでここに!?」

 「しかも喋ったっ!」

 「きゃはっ!!!」

 

 アステルが驚き声を上げ、シェリルは武器を握るが、マァムは瞳を輝かせてそのスライムを持ち上げた。

 

 「かぁ~~わいぃ~~~っ!!!」

 

 そう言って頬擦りするマァムに、スライムもデレ~っとしてその愛撫を甘んじて受けている。

 

 「ちょ、マァムっ! やめとき!」

 「いや、大丈夫だ。このスライムからは悪い気を感じない」

 「ああ」

 

 慌ててスライムを払い落とそうとするシェリルの手をタイガが遮り、スレイも同意する。

 

 「そもそも魔物ならこの聖域にはいられない………こいつは魔王の魔力に操られていない、原始のスライムだ」

 「原始のスライム……?」

 

 『その通り!』

 

 スライムはマァムの手から離れ、ぽよんと地面に降り立ち、前面を少し膨らませている。……胸を張ってるのだろうか。

 

 『ボクはスラりん。君達が生まれる、ずうっと、ずうっと、ずぅ~~っと前に神様からお役目を授かって、ここにいるスライムなのさっ! そんじょそこらのスライムと一緒にしてもらっちゃあ、困るなっ!』

 「ごめんなさい」

 『わかればよろしっ!』

 

 アステルはスラりんの前にしゃがみこんで、素直に頭を下げると彼(?)はドヤ顔で許してくれた。

 スライムといえば無機質な笑みを浮かべて人を襲う。それが不気味だったのだが、このスライムは表情豊かに物を言う。

 

 (………かわいい、かも)

 

 アステルは頬を染めて、おずおずとスラりんに尋ねる。

 

 「あの、持ち上げてもいい?」

 『いいよ! 君達大きくて話辛いしね! かわいい女の子の手の中なら大歓迎さっ!』

 

 ぴょんっとアステルの手の平に乗り、ぷるんとゼリー状の身体を震わせて此方を見上げる。

 

 (………やっぱりかわいい)

 

 思わずマァムと同じように頬擦りする。

 

 (………かわいいし、冷たくて気持ちいい)

 

 一方のスラりんもアステルの暖かい柔肌に触れてデレ~っとしてる。と。

 

 「アステル」

 

 スレイに声低く名を呼ばれて、ハッと我に返った。

 

 「ご、ごめんなさい! ……つい」

 『いいよ! ってか、もっとしてもいいよ!』

 「調子に乗るな」

 

 スレイがアステルの手の平に乗るスラりんの額辺りを中指で弾くと、ぷよんと変形する。スラりんはへこんだ額をぐぐっと元に戻すと、ちぇっちぇっ! と舌打ちした。

 

 『今回の賢者は心が狭いなぁ』

 「仕事しろ。《伝承者》」

 「「えっっっ!!?」」

 「あなたが伝承者……さん?」

 

 『そうだよ。はじめまして《天の愛し子》ちゃん』

 

 驚くアステルに、スラりんはにっこりと微笑んだ。

 

 

 

 

 

* * * * * * 

 

 

 

 

 『ここの神殿は〈地球のへそ〉って呼ばれる試練の洞窟に繋がっているの。

 青の宝珠(ブルーオーブ)はそこに眠っているんだけど、入る為には、そこの賢者が言った最後の鍵が必要なんだ。……ってな、わけで。キミ達は消え去り草を持ってるかな? この村の道具屋さんに売ってるから「もう買ってあるけど……」

 

 その言葉にスラりんは『わおっ!』と、嬉しそうにぴょんっと跳ねた。

 

 『さっすが《天の愛し子》! 導かれてるねぇ!』

 

 (またその言葉……)

 

 《天の愛し子》。度々、自分に向かって投げられる言葉。

 

 (一体何なんだろう?)

 

 

 「ここで使うの?」

 『ダメダメ! 違う違う! ここじゃなくてね、エジンベアってお城で使うの。ボクにはよくわかんないけど、絶対必要になるらしいから! ちゃんと使えるようにして、持って行くのを忘れずにね!』

 

 「エジンベア?」

 

 その名前が出た途端、何故かシェリルとスレイが嫌悪感(あらわ)に顔を顰めたので、タイガは頭を傾げた。

 しかし、スラりんの話は続く。

 

 『そこにはね。最後の鍵が隠された祠の封印を解く力のある《渇きの壺》があるの。昔、ある一族が大事にしていた神様の宝物だったんだけど、その国の人達が奪っちゃったんだって。

 それを手に入れたら、今度はエジンベアから海を西に渡った大陸、ジャングル……蒸し暑い大きな森の事ね。と、たくさんの川が流れる場所に、渇きの壺の持ち主の村があるから、後はそこにいる《伝承者》に使い方とか聞くといいよ!』

 

 「うん、わかった」

 

 アステルが頷くと、スラりんは満足げに身体を震わせる。

 

 「あ……っ!」

 

 アステルの手の中のスラりんの身体が淡く輝き、薄れていく。

 

 「スラりん!?」

 

 慌てるアステルに、スラりんは大丈夫、大丈夫!と笑った。

 

 『試練が終わったから、次の試練に移るだけ。

  ボク達スライム族はねぇ、純粋で弱い生き物なんだ。だから今の時代のように魔王様のような邪悪な魔力を受けたら、すぐ充てられてしまう。

 けどスライム族は可能性をたくさん秘めていて、神様からも期待されてる種族でもあるんだよ?

 ほら、ボク達ってその環境によって色んな容に変化進化して存在してるでしょ?

 例えば海に、例えば山に、毒の濃い地に。魔法に特化したり、防御に特化したりしてね?』

 

 「あー……確かに」

 

 シェリルの頭に浮かぶのはバブルスライムやホイミスライム、最近では海に現れたマリンスライム。しびれくらげは見た目はホイミスライムの色違いだが、奴もスライム族なのだろうか。

 

 

 『けど、ボクはもっと別の存在になりたいって願ったんだ。そしたら神様が与える試練を乗り越えたら、叶えてくれるって』

 「試練……?」

 『今回の試練は《神の翼を甦らせる者》を神の遺産へと導く事。その為にボクは二百年もここでキミ達が来るのを待ってたの』

 「にひゃく……!?」

 『スライムってね。案外長生きなんだよね。二十年くらい前に魔王様の波動を感じた時は、さすがにマズイってヒヤヒヤしたけど、この聖域に籠ってたら、なんとか自我を保てたよ!』

 

 スラりんはえっへんとお腹の部分を膨らます。

 

 『今回やっと試練が果たされたから、神様がボクを次の試練の世界に連れてくだけ。だから心配しないで!』

 

 アステルは薄れゆくスラりんの頭を、優しく撫でた。

 

 「今まで待たせてごめんなさい。ありがとう。スラりん」

 『ううん。ボクが神様に願って受けた試練だから、平気だよ!」

 「あなたは何になりたいの?」

 

 『───人間っ!』

 

 アステルは瞳を大きく見開いた。

 

 『スライムも素敵だけど、ボクは人間になりたいの! まだまだ試練は続くけど、願い続けたら夢は叶うって、ある人に言われたから、がんばるっ!』

 

 「私もそう思うよ。頑張ってね、スラりん」

 『うん! ありがとっ!』

 

 微笑むアステルに、スラりんもにっこりと笑った。

 

 『やっぱり、キミはオルテガに似てるね』

 

 「え? スラりん……」

 

 

 オルテガを知っているのと、アステルが尋ねるその前に、スラりんは光の泡となって天に昇った。

 

 

 

 ───人となる為の次なる試練を受ける為に。

 

 

 

 

 

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