長篇ドラゴンクエストⅢ ASTEL・SAGA 作:ちこちろん
地上に戻る前に宝探しも兼ねて、行きの時は探索しなかった、塔の水路の階を調べようというスレイの提案に、アステル達は乗った。
鍵が掛かってる扉を片っ端から開け、宝箱の中身を手に入れ、宿屋の主人から教わったアリアハンに通じている階段は取り合えず無視し、それ以外の通路を通ると地上へ上がる階段を見つけた。
昇ってみると草木が生い茂る場所に出た。スレイが周囲を見渡し、そして固まった。
「スレイ?」
スレイのすぐ隣にいるアステルが訝しげに彼を見上げると、
「……レーベの村がすぐそこだ……」
スレイが疲れた声で言った。
「「うそ(やん)っ!!」」
アステルとシェリルが叫ぶ。
彼の指差す先、木々の間のその先。微かだが、確かに、レーベの村が見えた。
つまり。わざわざ岬の洞窟まで足を運ばなくても良かったのだ。
* * * * * *
「おや、戻って来たんだね」
老婆は初めて出会った時と同じように、家の裏手の花壇に水やりしていた。
「はい。あの、扉を開ける手段を手にいれたので開けてもいいですか?」
岬の洞窟の事を教えてくれた老婆が悪くないのはわかってはいるのだが、顔が引き釣らずにはいられなかった。
この家の扉も無事〈盗賊の鍵〉で開ける事が出来た。二階に上がると頭がつるりと眩しい老人が、ブツブツと呟きながら熱心に机に向かっていた。
「あの~~……」
「ぬあっ!!!」
アステルが控えめに声をかけると、老人は大層驚き、胸に手を当て
「すみませんっ! 大丈夫ですか!!」
「しっ……心臓止まるかと思った……! なんじゃい、お前ら! どうやって入ってきたっ!!」
「ドアからだよぅ~~」
マァムが至極真っ当に答えた。
「───……成る程。それは苦労かけたな。勇者オルテガの娘よ」
〈魔法の玉〉作りの老人に今までの経緯を説明し終えると、老人は椅子を深く座り直し、改めてアステル達を見回した。
「いえ。あの塔で得られた事も大きかったので。あの、それで〈魔法の玉〉は……」
「む。完成しとるぞ。今度は落としても大丈夫じゃからな」
アステルは老人から〈魔法の玉〉を受け取った。手の平サイズで暗紫色に輝く玉。シェリルは興味深げにそれを眺めている。
「今は日常でも手軽に使えるのを考えておったんじゃ。ところで、この中にメラが使えるものはおるか?」
「あ、私が使えます」
手を上げるアステルに老人は頷く。
「ならば問題はない。誘いの洞窟の封印はな。分厚い石壁の上に呪術反射呪文マホカンタと、防禦強化呪文スカラが複雑に張られておるのじゃ。
〈魔法の玉〉はまず、それらの呪文の解除の小規模な爆発を起こす。その後、石壁を壊すための強力な爆発を起こす。
じゃからな? 出来るだけ遠く離れた場所から〈魔法の玉〉目掛けてメラを放て。その後は脇目も振らずに逃げろ。良いな?」
「はい……」
アステルはちょっと泣きたくなった。そんな彼女の肩をタイガが気の毒げに叩く。
「もう少し、安全な着火方法はないのか?」
スレイは眉を顰めた。
「うむ。初めはの、誰でも使えるように元から発火の魔法術式を玉にこめて、一定の衝撃を与えたら爆発する仕組みにしてたんじゃ。
しかし落としてしまうドジな者がおってのぉ。簡単に爆発せず、出来るかぎり安全な方法をと考えておったらやはり、発火の魔法術式を取り外すしかなかった」
「……以前のやつはないのか? オレならぶつけた後、素早く退避できる。なにより、落としたりしない」
「ない。そんな一朝一夕で何個でも作れるもんじゃないわい」
ふんぞり返る老人にスレイの眉間の皺が更に深くなる。そんな彼の袖を引っ張り、アステルは笑う。
「スレイ、大丈夫だから。ありがとうございます。お爺さん」
アステルは老人に頭を下げた。
「うむ。アリアハン大陸東端、誘いの洞窟付近の魔物は手強いぞ。気をつけて行きなされ」
* * * * * *
アステル達は宿で一泊し、道具屋で塔で拾った不要品を売り、薬草、毒消し草、あと夜営の為の食糧や燃料、聖水の補充を済ますとレーベを発った。
塔での戦闘経験が生かされ、平原の魔物はもはやアステルとマァムの敵じゃなくなっていた。そして東端の魔物も塔で戦った経験のある魔物達がほとんどだった。塔の魔物達は人という餌を求めて、ここからやって来て住み着いたのだろう。
ここまで辿り着くまでに、十日間の野営を必要とした。まだ開かぬ鬱蒼とした森の中、そろそろ今夜の野営場所をと考える一行。
ふいに先頭を歩くスレイが立ち止まり小さく呪文を唱え、目を眇めた。〈鷹の目〉と呼ばれる盗賊の技法。魔法とはまた違う、魔力を使わずに遠隔地を感知出来る能力……それを駆使する。
「……祠が見える。今夜は屋根のある場所で横になれそうだ」
スレイの言葉に、一同はわっと喜びに沸く。
祠に近づくと窓から光と湯気が漏れており、誰かが住んでいるのがわかった。一行は顔を見回し、タイガが先頭に立って扉をノックした。扉が用心深く開かれると杖を構えた老人が現れた。
タイガ達……〈勇者の証〉を額に飾るアステルの姿を捉えると目を細め「よう、参った」と招き入れた。
老人は体が暖まる薬湯をアステル達に振る舞った。
「よう、ここまで来なさった。勇者アステルよ。わしはアリアハン宮廷魔術師だった者だ。今はここで誘いの洞窟の監視をしながら暮らしておる」
「お一人でですか? こんなに魔物がいる場所で」
「人の世に
驚くアステルにホッホッホッと笑う魔術師。マァムまで一緒にホッホッホッと笑う。
ホーッホッホッホッ。
笑い続ける魔術師とマァムを眺めながら、シェリルは薬湯片手に溜め息。
「アステルの爺様といい、レーベといい、ナジミの塔といい、アリアハンのお年寄りはほんま元気ええなぁ」
「良い事じゃないか」
タイガは笑って薬湯を一気に呷った。
魔術師は快くアステル達を祠に泊めた。若い娘達が泥や埃で汚れてるのを気の毒に思い、体を拭う為のお湯を
体も心も温かく満たされた頃、再び魔術師と旅の話となった。
「ふむ。〈旅の扉〉を開放したら、一旦王に伝えに戻るとな。……勇者よ。そなた瞬間移動呪文ルーラは使えるのか?」
「いえ……それを扱えるだけの精神力と理力がまだ足りないみたいで……」
アステルはしょんぼりと俯く。しかし、魔術師はホッホッと笑い彼女の頭を撫でた。
「なに、恥じる事はない。経験値は実戦で培われるものだ。そなたは旅立ったばかりじゃからのう。……しかし、ここまで来て再び戻るのも骨が折れよう。
わしが洞窟まで同行し、封印解除を見届けてアリアハン王に報せようか? アリアハンまでなら
「いいんか!? せやったらめっちゃ助かるやん! なあ、アステル?」
「うん……だけど、これは任務だし、私たちが報告しなくていいのかな……」
シェリルは手を叩いて喜んだが、アステルはあまり乗り気でない。
「なら、爺さんのルーラで俺達全員をアリアハンに連れて行ってもらうとか?」
タイガの何気無い言葉にアステルが慌てて頭を振る。
「そっ……それの方がご迷惑だから!」
「なんでだ?」
「……ルーラは、連れて行く人数分だけ術者に負担をかけると聞いた事がある。そのせいだろう」
理解出来ず首を傾げるタイガに、スレイが説明する。
「なら、折角だから甘えたらどうだ? それともアリアハン王は、勇者自身の報告に拘る心の狭い王なのか?」
「そんな事ないけど……」
スレイの言葉に少したじろくアステル。魔術師はまたホッホッホッと笑う。
「責任感が強い事は良い事だが……言ったであろう? そなたの旅は始まったばかりだと。先は長い。頼れるものには頼っとけ。でないと、疲れてしまうぞ?」
「はい……」
また俯いてしまうアステル。
「……ルイーダの酒場で、オレを利用した時のアステルとは思えない殊勝さだな」
「なっ!!」
ぼそりと呟くスレイに、アステルがばっと顔を上げた。
「あー……あれな」
「あ~~あれなぁ~~」
タイガは思い当たり顎に手を当て含み笑いする。マァムもタイガの真似して笑う。
「おっ! なんや、なんや。初耳やで? なにしでかしたんや? アステル」
スレイに詰め寄るシェリル。スレイもいじわるな笑みを浮かべ、
「誕生日の日。酒場での勇者のお披露目で自分が注目されるのを避ける為にオレをスケープ・ゴートにした」
「あ~~アステルならやりそ。この子意外と子利口なとこあるさかい」
腕を組み、うんうんと頷くシェリル。
「あれは! そのっ! だって!!」
顔を真っ赤にして両手をバタバタさせるアステル。
「良いんじゃないか?子利口で」
「え」
穏やかな声音のスレイに、アステルは動きを止めた。
「なんでもかんでも、馬鹿正直に型通りやってたら、爺さんの言う通りいつかは爆発するぞ。手が抜ける所は抜いとけ」
「抜ぅいとけぇ~~」
マァムが背後からアステルに抱きつく。アステルはぽかんとした。
「焦らなくていい。なんの為にオレ達がいる」
「そうや。アステルがなんでも出来てもうたら、うちら用無しやん」
「俺なんかもっと用無しだぞ? 戦うぐらいしか能がないしな!」
「でもぅ魔法の玉はぁアステルにしかぁ使えないんだけどねぇ~~」
マァムの言葉に三人は固まる。
「なんであんたはここで水差すような事ぬかすかなぁ~~!」
「きゃあ~~っ!!」
シェリルはマァムを追っかけまわす。
「まあ、マァムは間違った事は言ってないしな」
ハハハと笑うタイガ。スレイは黙って米神を押さえる。
「……良い仲間だな?」
魔術師はホッホッホッと笑う。
「……はい。あの! 王様への報告、宜しくお願いします!」
頭を下げるアステルに魔術師はうんうんと頷いた。
* * * * * *
翌日。一行は魔術師を加え、祠を発つ。魔術師の案内で、誘いの洞窟へは、日が真上に昇る前に到着した。
アリアハン山脈と森に囲まれた、大きな泉。その奥地咲き乱れる花畑に隠れるように、洞窟へ降りる階段があった。
スレイが先頭、タイガが
「え~……と、どの辺に〈魔法の玉〉を置いたらいいかな……?」
アステルは〈魔法の玉〉を握り、空間を見渡す。アステル達は魔物が出てこないこの空間で、手分けして壁に触れたり耳を当てたりして探る。魔術師はただそれを眺めていた。
「アステル~~ぅ。ここぉなんかぁおかしいよぅ?」
「え?」
誰よりも早くマァムが周りと特に大差ない壁を指差す。
「ほう?」
魔術師が唸る。
「ビリビリするぅ~~」
スレイがその壁を触る。ビリビリ……は、しないが確かに周りの壁と違う異質な感触がした。
「確かに、おかしいな」
「でしょぉう?」
スレイとマァムが顔を見合わせる。アステルが触ると少しくすぐったい感触がした。
「本当だ。ピリピリする」
「でしょでしょぉう?」
アステルとマァムが顔を見合わせた。
「ウチにはわからんわ」
シェリルは壁を触り首を傾げる。
「俺はなにか、スライムを触った感じがするな……気持ち悪いかな」
岩なのになとタイガは苦笑する。
「ホッホッホッ! 違和感を感じた者達に共通する事はなんだ?」
魔術師が五人に近づき、問いを投げた。
「えっ……と、魔力がある……?」
アステルが答えた。
「正解じゃ。そなたらは壁に施された封印魔法に反応したんじゃな」
「せやけどタイガは魔法は使えへんで?」
シェリルがタイガを見た。彼も使えないと首を縦に振る。
「ふむ。興味深いな。そなたはおそらく血統で感じたんだろう。身に覚えはないか?」
「ん~~……、まあ、な。多分」
タイガは答えを濁した。
「しかし、マァムとやら。そなたの魔力感知能力は目を見張るものがあるな」
「へっへっへ~~!」
マァムは胸を張った。
アステルは壁の前に〈魔法の玉〉を置いて、メラが届く距離まで下がる。
他の面々は部屋の入口手前の通路で待機。一番素早く動けるスレイが手前ギリギリまで出て、不測の事態に備える。
アステルは仲間達を見た。仲間達は頷く。腰を低くし、飛び出しが出来るよう構える。
「───……メラ」
手から火の玉が放たれ、〈魔法の玉〉に当たる手前で通路にむかいアステルは走り出す。絶対振り返らない。ボンッと爆発音が後ろからした。
次の瞬間。
────────ドンッ!!!
閃光と共に大きな爆発音と振動と爆風。
「きゃ……っ!」
走っていたアステルも背後からの爆風に煽られる。吹き飛ばされる彼女の手首をスレイが掴み、引き寄せ、その体に覆い被さった。頭を低くし、体を縮め、振動が収まるのをひたすら待つ。
どれくらい経っただろうか。
マァムとシェリルを庇っていたタイガが体を起こす。続けてマァム、シェリル、魔術師が立ち上がる。
「────っ、アステル! スレイ!」
爆心に一番近かったスレイとアステルがまだ起き上がらない。皆が走り寄ると同時に二人はなんとか体を起こしたが、二人とも耳に異状を感じているのか、そこを押さえている。
「ホぉイミぃ~、ホぉイミぃ~~」
直ぐ様マァムが治癒呪文を二人にかけた。爆音で傷ついた鼓膜と、火傷が一瞬で癒された。
「……どこが安全な方法だっ……あのジジイっ……!」
スレイの暴言にアステルは何も言えない。
「ふむ……。爆裂呪文イオラ以上イオナズン未満の破壊力といったとこか。念の為防禦強化呪文スクルトの重ねがけをしてて、正解じゃったわい」
魔術師はほうっと息を吐く。
「私たちに魔法使いがいないので、本当に助かりました」
「爺ちゃん、ほんまおおきに」
「おじぃちゃん、あんがとねぇ~~」
三人娘に魔術師は頷いた。
六人が広間に戻ると壁は粉砕され、その奥の部屋には下へと降る階段が一つあった。
「ふむ。勇者アステルよ。〈旅の扉〉の封印が解かれたさま、確かに見届けたぞ。必ずアリアハン王に伝えるから、安心して旅を続けるといい」
「ご助力、本当にありがとうございました」
アステルはもう一度頭を下げた。
「ではな。アステルとその仲間達よ。旅の成功を祈っておるぞ。……リレミト!」
魔術師は密封空間から脱出する離脱呪文リレミトを唱えた。
「おじぃちゃ~~ん、バイバぁ~~イ」
マァムは魔術師の姿が消えるまで手を振り続けた。