長篇ドラゴンクエストⅢ ASTEL・SAGA   作:ちこちろん

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古疵

 

 

 

 ───エジンベア王国。西の大国ロマリアで王位簒奪を目論んだとして、遥か北西の、小さな未開拓の孤島へと追放された王族の血縁者が、辺境民を従え築き上げたとされる王国である。エジンベア国王は自分こそが正統なロマリア……ひいては西大陸を統べる王なのだと、長らくロマリアへ戦を仕掛けていた。

 主要国間での停戦協定が結ばれ、大戦が終結した後もエジンベアのその主張は変わらず、対応を誤れば再び戦時下へと逆戻りとなる危険性を孕んでいた。

 東の軍事国家サマンオサに並ぶロマリアの軍事力の成長は、エジンベアへの対抗策に他ならない。

 しかし、魔王バラモスと強力な魔物達の出現により、エジンベアはロマリアを侵略する余裕など失くしてしまった。

 そして今代の王は歴代の王と比べ、温和な性格だった事が幸いし、二国間の仮初めの平穏は保たれていた。

 

 

 

 エジンベア王国唯一の港に入る。大きな港だが停泊する船は少なく、船乗り達の姿も見掛けない。……と、警戒心を露にして槍を携えた兵士が此方へと近付いてきた。

 「この場はこいつと俺に任せろ」と、カンダタはタイガを親指で差した。

 

 「舐められる方が後々面倒だからな」

 「え?」

 「だな。アステル、紹介状を貸してくれ」

 

 タイガも了承し、アステルは証書筒を託す。屈強な体格の彼等が前に出て来て兵士は怯むも、紹介状を見せ、寄港料に普段より多めのゴールドを握らせると、兵士はニヤリとして投錨(とうびょう)を許可した。

 

 「ここでの買い出しは必要ねぇからな。用事済ましたら、とっとと戻ってこい」

 

 カンダタの言葉にアステル達は頷く。

 《渇きの壺》を手に入れ次第《船ごとルーラ》でまたポルトガへ戻り物資の補給、渇きの壺の所有者と伝承者を尋ねに、遥か西の未開の大陸を目指す予定だ。

 

 船を降りて、港を出て王都までの広く大きな一本道を行く。

 雪はちらちらと降ったり止んだりで、辺りを見渡しても積もっている様子はない。

 寂しげな港と同じく街道を歩く人の姿も足跡も殆どない。

 アステルは前を歩くスレイの背中を、揺れる黒髪を、見た。

 先程のドタバタ騒ぎの後、恥ずかしくて彼とまともに顔を合わせられない。

 

 (───初恋、だったのだろうか)

 

 カンダタにそう指摘されて以降、アステルは悶々としていた。

 『お兄さん』との出逢いはアステルにとって、掛け替えのないものだった事だけは間違いない。

 

 大切な人だとも、思う。

 

 けれどそれが恋だったのかは、経験が無さすぎて判断出来なかった。

 アステルはオルテガの後を継ぐ事を決めてから、同じ年頃の少年と遊ぶような事もなくなった。

 

 どうしてだったか。………そうだ。

 

 (女の癖に生意気だって言われたんだ)

 

 父オルテガに憧れる少年達にとって、その子供とはいえ、女のアステルが勇者(かれ)を継ぐ事を認めるのが癪だったのであろう。

 姑息な嫌がらせがあったと思うが、アステルは全て無視し、いなしてきた。

 暫くして親にバレたのであろう、少年達はあからさまな嫌がらせを止め、アステルから距離を置くようになった。

 

 

 魔力暴走を起こしてからはより一層。

 

 (勇者サマを怒らせたら、燃やされるぞって)

 

 男の子みたいに短くなった髪を、遠巻きで嗤って(ののし)ってた。

 

 

 (あいつ、遂に女捨てやがったって……)

 

 

 

 「───アステル?」

 

 スレイに声掛けられて、意識が過去から現在へ引き戻される。

 

 「足が止まってるぞ。どうかしたのか?」

 「え?」

 

 気が付けば最後尾に立っていた。皆の訝しげな視線を浴びて、アステルは慌てた。

 何故かとてつもなく考えが逸れて、勝手に落ち込んでしまった。

 

 「ごめんなさい! 何でもないの!」

 

 (───何やってるんだろ)

 

 頬を指で掻きながら笑って誤魔化すアステルの額に、シェリルが神妙な顔つきで手を伸ばした。

 

 「………熱は、あらへんな」

 「そんなんじゃないから。ちょっと考え事に夢中になっちゃっただけだから」

 

 ずらされた額飾り(サークレット)を直し、張り切って歩き出したアステルに、シェリルとマァムは不思議そうに顔を見合せる。

 張り切り過ぎて目下悩みの原因であるような、そうでないようなスレイと並んでしまい、頭を抱えたくなった。

 

 隣で溜め息が聞こえて、アステルは少し悲しくなる。

 

 「……雪は積もってないが所々凍結してる。ぼんやりしてると滑るぞ」

 

 そう言ってスレイはアステルの頭を軽く小突いた。

 

 

* * * * * * 

 

 

 エジンベア王都は、城と町全てが堅牢な城壁に完全に囲われた、巨大な砦のようにも見えた。更に城門の外側にもう一重の高い城壁が設けられており、防備は厳重を極めた。高い城壁の上で時折、見廻りの衛兵が復数人歩く姿が見られるが、唯一の城門に立つ門番は何故か一人のみだった。

 アステル達はすぐにそこに向かわず、城壁に隠れて取り敢えず観察する。

 門番の顔を見てシェリルが「げっ」とまさに苦虫を噛み潰したような顔をした。

 

 「あいつや」

 「あいつ……って、もしかして」

 「せや。昔、(おのれ)らが注文した武器届けに行ったのに、門前払いしよった時の衛兵や。いつまで門番やっとんねん」

 

 シェリルがジト目でそう言うと、向こうで衛兵がタイミング良く豪快なくしゃみをした。

 

 「あいつ絶対出世出来ん憂さ晴らしを、ウチらみたいな旅人にしとるんやで」

 「そんな好き勝手して、あの門番は処罰を受けないのか?」

 「受けんから今もあーやって立っとるんや」

 

 タイガの疑問にシェリルがにべも無く答え、「成る程」とタイガは頷く。

 

 「……じゃあ、これを使うか」

 

 スレイが鞄から麻袋を取り出した。中身はランシールで購入した《消え去り草》だ。スラりんの指示した通り、乾燥させて粉末状にしてある。

 

 「───待って。やっぱり一応話してみない?」

 

 アステルの進言にスレイとシェリルは眉を顰める。

 

 「シェリルの話しを聞いてただろ? 正攻法は通用しない。やるだけ無駄だ」

 「()な思いしかせえへんで」

 

 スレイの言葉にシェリルはうんうんと頷き、タイガも二人に同意しているのか、眉を下げて何も言わない。マァムは頭を傾げていた。

 

 「行ってみて駄目だったら諦めるから。ね?」

 

 意志の変わらないアステルに二人は深く溜め息を吐いた。

 

 

 

 「なんだ貴様らは!」

 

 国の顔とも言うべき門番は、来訪者に対し居丈高(いたけだか)に叫んだ。この門番に通じるかどうかわからないが、アステルは頭巾(フード)を取り、勇者の証である額飾り(サークレット)を見せた。

 そして四か国の王家の紋章を各々刻む四本の証書筒を差し出す。

 

 「私達はアリアハン王の命を受け、魔王打倒を目指し旅をする者です。我が国の王と、協力して下さる各国の王が宛てた我々の紹介状はここに」

 「魔王打倒だと?」

 「エジンベア王にお目通りしたく……」

 

 しかし、話の途中で門番は彼女の差し出した証書筒を叩き落とした。四本の筒は音をたてて濡れた地面に転がる。

 各王の想いが籠められたそれをアステルは慌てて拾い集め、門番を睨んだ。

 

 「なにをするのですかっ!」

 

 しかし門番は彼女を見下すように嗤った。

 

 「ハッ! そんな戯言(たわごと)誰が信じる! それらもどうせ贋物(がんぶつ)であろう。我が国に入り込んで善からぬ事を企んでおるのだろうが、そうはさせんぞ!

 とっと立ち去れっ! 田舎者の余所者めがっ!」

 

 突然の失礼極まりない対応に、アステルは呆れて言葉をなくす。代わりにスレイが前に出て声低く言う。

 

 「せめてこの紹介状が本物かどうか確かめるべきでは? もしくは(しか)るべき御方にお見せするべきだろう」

 「しつこいぞっ! 小娘が、なにが魔王打倒だ。みっともない髪を堂々と晒しおって、恥を知れっ!」

 

 「…………は?」

 

 突然、何故かアステルの髪型を指摘した。アステルは固まり、仲間達も皆渋面を浮かべる。

 

 「我が国では髪の短い女は罪人と奴隷のみとされておる。端女(はしため)や遊女であってもそんなみすぼらしい髪をしておらぬわっ」

 

 鼻で嗤う門番に、アステルはサアッと全身の血の気が引く音を聞いた気がした。これ程の悪意と嘲笑を身に受けたのは久し振りで、頭が真っ白になる。

 

 

 「でえぇぇ~~~いっ!!!」

 

 マァムの怒声にアステルは我に返る。目の前で跳躍したマァムが、愛用の魔封じの杖を門番の顔を目掛けて振り下ろしていた。

 

 「ぎゃっ!?」

 

 小気味良い打撲音と共に、魔封じの杖の先端の骸骨が紫の霧を吐き出し、辺りを霧で覆い隠す。

 「一旦退くぞ」というスレイの声と共に、ひょいっと身体が持ち上げられた。

 

 「………へ?」

 

 アステルは一瞬自分の身に何が起きたか解らなかったが、横抱きにされて運ばれている事を理解すると顔が熱くなった。

 

 (厚着なのに! 鎧だって着込んでいるのに……!)

 

 「ちょ、スレイ、私重い……っ!」

 「軽い」

 

 即座に言い返されて、アステルの顔は更に熱くなる。

 

 

 「みっともなくない」

 

 怒りを圧し殺しているような低い声に、アステルはハッと目を上げた。紫の霧でスレイの表情は窺え知れない。霧を抜けて目の前が晴れた筈なのに、今度は視界が滲んで揺れてアステルは困惑する。

 

 先を走るシェリルとぷりぷりと怒るマァムを抱えて走るタイガを追いながら、スレイは静かになったアステルを見下ろし、目を見開く。

 

 自分の胸に顔を埋めるようにしてしがみつくアステルに、スレイはそっと囁いた。

 

 

 「お前は可愛いよ」

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 「ようやった。マァム」

 

 王都と港のちょうど中間の街道の大木の影に身を隠して、シェリルはマァムを褒める。マァムはフンスと鼻を鳴らした。

 

 「アステル、大丈夫か?」

 「え? う、うん、大、丈夫」

 

 タイガがしゃがみ込み気遣わしげにアステルの顔を覗くと、彼女は顔を真っ赤に染めたまま、ぎこちなく返事をする。

 

 「自国の風習を威張りくさって声高に言っとるだけや。気にせんとき」

 「アステルはぁ、とぉ~~ってもかわいぃぃんだからぁ!」

 「……ありがとう、みんな」

 

 抱き付くマァムの背中をぽんぽんとしながら、アステルはちらりとスレイを盗み見ると彼は此方に背を向けていた。

 

 「しっかし、この魔封じの杖は目眩ましにも使えんなぁ」

 「ね~っ! お利口さぁ~~んっ!」

 

 シェリルとマァムに応えるように、魔封じの杖の先端、赤い法衣を纏った骸骨はカッカッカッと顎を得意気に鳴らす。

 

 灰色の空から羽毛のような雪が舞い降りてきた。

 

 

 

* * * * * 

 

 

 

 ───半刻後。薄く積もった雪に足跡がサクリ、サクリと付く。

 しかし辺りには人っ子一人見当たらない。姿無き足跡は城門に向けてサクリ、サクリと進む。

 

 門番は忌々しそうに目元の青あざに触れ、走った痛みに顔を歪める。

 直ぐ様伝令を出して恥知らずな不届き者共を捕らえ罰したかったが、小娘に遅れを取るという不名誉を同僚に知られたくはなかった。

 

 「クソッ! 忌々しい無礼な田舎者どもめ」

 

 愚痴を吐く門番は、近付いてくる足跡にまだ気付かない。一人の足跡が先頭だって門番の傍らに近付き、妖しくも可愛らしい声でそっと囁いた。

 

 「………て・ん・ちゅ・う」

 

 「ん? ───ごっ!?」

 

 突然聞こえた声に門番が顔を上げたその時、左頬を見えない拳で殴られた。

 

 「ぶっ!?」

 

 続け様に右頬に衝撃が走る。

 

 「な、なん!? ───がっ!?」

 

 門番は目だけで周りを見回すも何も見えない。と、今度は顎を抉り込むように殴り上げられた。

 よろける足元をとどめとばかりに何かが払い、地面にゴンっ! と頭を打ち付け、門番は気を失った。

 

 

 

 「………さっきの騒ぎのせいで警備が厳重になってないか心配したけど」

 「言った通りやろ? こういう偏屈な奴は絶対自分の失敗を言い振らさんって」

 

 のびている門番以外誰もいない景色の中、少女の声がホッと息を吐き、快活な娘の声がかかっと嗤う。

 

 「この人屋根のある所まで運ばなきゃ」

 「だな」

 

 少女の声に、笑いを堪えてるような男の声が応えた。

 門番の身体はひとりでにずるずると引き摺られ、屋根のある篝火が近い場所に横たえられる。

 門番に白い癒しの光が灯ると、殴られた場所が癒されていく。暫くすれば気が付くだろう。

 

 「ほっときゃええのに」

 「むううう~~っ!」

 「さすがに寒い中、傷だらけで放置は出来ないよ。

 始めっからみんなの言う通りにしていれば、この人もこんな目に合わなかっただろうし、お詫びも兼ねて、ね?」

 

 ブーブーと文句を言う二人の娘の声に対して少女の声は苦笑する。

 

 「それにこれなら目が覚めた時、居眠りしたんだって勝手に勘違いしてくれるでしょ?」

 

 背後から頭をぽんぽんとされた。顔が見えずとも誰の手かわかる。

 

 何故だかそれが(くすぐ)ったくてふふっと少女は笑った。

 

 

 こうして。五人分の姿無き足跡は城門を潜り抜けた。

 

 

 







※天誅※殴った順番。マァム→シェリル→アステル→とどめスレイ(足払い)。タイガは重傷となってしまうので自粛。
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