長篇ドラゴンクエストⅢ ASTEL・SAGA 作:ちこちろん
城門を潜り抜けてすぐ左右に衛兵の詰所のような大きな建物があった。
高く分厚い城壁の上へと上がる階段は、詰所と繋がっており、見廻りの衛兵が行き来している。城門の開閉装置も城壁の上にあるのだろう。
詰所を通り過ぎたタイミングで消え去り草の効果が切れ、アステル達の姿が浮かび上がる。
幸い誰にも見られなかったので、そのままなに食わぬ顔で一行は進んだ。
初めて見る珍しい様式の町並みに、アステルはほうっと白い息を漏らす。
丘陵の地を利用して築かれたこの城は、上層部に王が住まう王宮、下層部に国民の居住区と分かれていた。
城門から真っ直ぐ長く伸びる石畳の大通り。その道の両端には砂岩の切り石を積み上げた数多の建物がぴっちりと建ち並んでいた。
小さな塔程の高さの建物には複数の所帯が住んでいるようで、建物の
大通りを跨ぐように架けらた美しい彫りが施された石橋にも、人が行き来している。
舞い降りる雪が灰色の石の町をうっすら白く染めあげ、なんとも風情ある景色となっていた。
アステルがキョロキョロと見回していると、スレイに頭を小突かれた。
「おのぼりさん丸出しだぞ。あまり隙を見せるな」
「あ……」
二人の婦人が通り過ぎる際、此方を見てクスクスと嘲るように笑う。「田舎者がなにしに……」「あの服装見ました? なんて品がない……」そんな囁き声と共に。
そんなに変だろうか? と、アステルは自身を見下ろす。ポルトガで安値で購入した防寒着とはいえ、品質も見た目も全く悪くないのだが。それにこれを選んでくれたのはマァムとシェリルだ。笑われるのはあまり気分が良くなかった。
意識すれば複数の目が、じろじろと不躾に此方を見ているのがわかった。好奇と嘲弄と侮蔑の視線を容赦なくぶつけてくる。
(………この人達、とにかく難癖をつけて私達の反応を楽しみたいんだ)
それに気付くとアステルは呆れて溜め息が溢れそうになった。その時。
全く別の種類の視線を感じた。と、同時にスレイに肩を抱かれて引き寄せられた。
「気付いたな?」
囁くスレイにアステルは言葉なく頷く。目だけ動かしそちらを確認すると、家と家の間の細道から誰かが此方を覗き見ていた。
まるで獲物を見定めるかのような、薄気味悪い目線にアステルは
(………あの人と同じ目だ)
あまり思い出したくないそれは、バハラタの人攫い騒動。主犯格の男がアステルに向けた、
上品な国かと思えば、そうでもない。
やはりここは異邦人にとって安心できる国ではないのか。
スレイがそちらに向かって鋭く睨みを利かせると、彼女を狙った存在は逃げるように路地へと入って消えた。
「相変わらず疲れる国やわ」
眉を顰めてシェリルは唾棄するように呟いた。
「ここに来た時期が冬で逆に良かったかもな。出歩く人間はまだ少ない」と、タイガ。
いつもと変わらぬ口調のタイガだったが、マァムを自分の
《春》を堂々と売り買いしていた交易都市アッサラームとはまた違った、面倒な危険が潜む国に、タイガも内心辟易としていた。
中のマァムは珍しく空気を読んで大人しくしているのか、それとも単に暖かいからか寝こけてるのか。
「こらマァム。寝るんじゃない。ちゃんと立つんだ」
どうやら後者のようだ。
ふと。スレイの腕の中にいたままだった事にアステルは今更ながらに気付く。
『───お前は可愛いよ』
ついでに抱き上げられて囁かれたあの言葉を思い出してしまう。
冬で本当に良かった。
赤くなる頬をどうとでも誤魔化せる。
『───あいつ、遂に女捨てやがった』
『───みっともない髪を堂々と晒しおって』
いつもならなにを言われようと、受け流してみせた。
あの時はたまたま昔の事を思い出した直後に、同じような事を言われて動揺してしまい、それをスレイに見られてしまった。
(……だから。あれは落ち込んだ私を励ましてくれただけ)
スレイの優しさを勘違いしないように、アステルは自分にそう言い聞かせる。
囲う腕を軽くぱしぱしと叩くと、すぐ解放された。
「ありがとう。スレイ」
「毛色の珍しい奴だけじゃない。外国の娘を狙ってる奴らもいるからな。気をつけろ」
気遣うように見下ろす瞳の色は琥珀ではなく黒水晶。フードから溢れた黒髪がさらりと靡いた。
スレイだとわかっているのに、どうしても別の人物の姿を重ね見てしまい、後ろめたさが拭えない。
「た、たまたまだよ」
目を逸らすアステルに、スレイは柳眉を
「ほら、剣も鎧も身に付けてるし、遠目なら男の子に見えなくないかな?」
慌ててそう言い募るアステルは、背後のシェリルに振り返った。
今の彼女は長い珊瑚色の髪を、耳当て付きの帽子の中に隠している。武器を背負い、背丈もあり、厚着と毛皮のコートで身体の線が隠れているので、遠目なら男性に見えなくもない。実際本人もそう見せてるのだろう。
自分だって大人の男性に見えずとも、少年剣士ぐらいになら見えるのではと、アステルは思っているのだが。
「見えない。さっきの奴は明らかにお前を狙ってただろ。女だってバレバレだ」
「だからたまたまだって! それに私マァムみたいに綺麗でも可愛いわけでもないから、狙われるわけないよっ!」
「は?」
「え?」
呆れとも怒りとも取れる声を出すスレイに、アステルはたじろぐ。
今感じている寒気すら生ぬるい、凍てつくような怒気を感じて、アステルは僅かに後ずさる。
(なんで急に怒り出すの?)
「……お前本気で言ってるのか?」
「……ほ、本気、ですけど」
特に間違った事を言ったつもりはない。冷冷たる視線に負けじと、今度は目を逸らさずアステルは見上げる。
と。
スレイは盛大に舌打ちすると
「わっ!? わっ!」
顔を隠されて狼狽えるアステルの手を引き、スレイは歩き出す。
「今のはアステルが悪い」
「そうだなぁ」
その後を追うシェリルが嘆息を洩らし、タイガも困ったように笑って同意した。
「アステルって昔っから、ああやねんなぁ。アリアハンでも一、二を争う有名美人の
因みに。アリアハンのもう一人の有名美人は、旅人ギルド兼酒場の
「アステルはぁ~めちゃんこかわいいんだからぁ~っ!」
「マァム、それは正しいけど今は大人しゅうしとき」
タイガの外套の中で両手を上げるマァム。うごうごと不気味に動くタイガの腹に、シェリルが裏手で突っ込む。「ぷぎゅっ!」と、変な声がした。
スレイは憤りを隠す事なく、前方を睨み付けるように歩く。鈍感な者にさえ伝わる威圧感に周囲は恐れおののき、彼を避けて通った。
アステルは自分の外見を過小評価し過ぎだと、スレイは前々から感じていた。
あれだけ周りから「愛らしい」だの「可愛い」だの褒められているというのに、本人は見え透いたお世辞だと空笑う。
マァムの『かわいい』はマァムだからこそ言ってくれていると思っている。
謙遜しているわけでもない。
本気で自分には男を惹き付ける魅力がないと思っているのだ。
(過去に見た目で自信を無くすような事でもあったのか……?)
門番の暴言に色を失ったアステルの顔、自分の胸に顔を押し隠し、声を殺して泣いていた様は、幼い頃のアステルの姿を彷彿とさせた。
初めて出会った時のアステルは、今よりももっと髪が短かった。
少年が着るような服を纏い、肌は陽に焼け赤くなり、華奢な手足には傷を幾つも拵え、腰には剣を下げて。
けれどその面立ちは優しげでとても可愛かった。
介抱の手際の良さや些細な気遣い、あげたリボンに喜ぶ姿は女の子らしく、そして微笑ましかった。
十七になって少し背が伸び、頬の丸みが取れ始め、逆に身体に丸みを帯び始めた。最近は鎧を身に付けるようになり、それが隠されたので密かに安堵している。
ふとした表情が少女から女のものへと変わる。それを此方に向けられる度、馬鹿みたいに過剰反応してしまう。
遠くない未来、周りの男も放っておけないくらい綺麗になるだろう。
なのに本人にはその手の危機感が全くない。
だからこそ心配なのだ。
そこでふと、アステルの初恋相手の話を思い出す。
黒髪に黒い目と言っていたが、それはアリアハンではよく見かける色だった。
(アリアハンにいた時はそんな男は現れなかったな)
誕生日の日や旅立ちの場にもいなかった所を察すると、あまり親しい相手ではなかったのだろうが?
………いつ、どんな風に出会ったのだろう。どんな奴だったのだろう。
既に昇華した恋心なのだろうか。
それとも。
(───今でもそいつの事が好きなのか)
胸が締め付けられた気がして、スレイは顔を
アステルの手を握る手に力が籠る。びくりとしてアステルは真っ赤に染めた顔を上げた。
「す、スレイ、あの、あの」
「王宮まで我慢しろ」
そう言い捨てて前を向いて歩くスレイに、アステルは目を白黒させる。
寒い筈なのに熱い。手袋をしていて良かった。なかったら確実に手汗を気にして、いてもたってもいられなかったろう。
いや、今でも十分いてもたってもいられない状態なのだが。
俯き様に足を動かす。身長差がある筈なのに遅れない。スレイが歩幅を合わせてくれているのに気付くと、擽ったくてほんの少しだけ、嬉しくて………と、アステルはその場に
長い街路をひたすら歩いて行き着いた先には、大きな噴水広場と二股に分かれて伸びる上層階へ続く石の階段があった。
階段前に辿り着くと、スレイはアステルを離す。途端アステルは逃げるように距離を取るものだから、スレイは渋い顔になった。
「……お前、その態度は流石に傷付くぞ」
「だっ、だって……」
「やぁ~~い♪ ザマァ~~♪」
マァムがタイガの外套から顔だけ出して、ケタケタと嗤う。
「ここまで来たら大丈夫やろ。マァムも出て来てええで」
シェリルの言葉に「きゃほうっ! さむっ!!」と、マァムはタイガの外套から飛び出し、外の寒さに大袈裟に震え上がった。
「王宮でもやっぱり姿を消さなきゃ入れないのか?」
外套を整えながらタイガが問う。
「うんにゃ。ポルトガ王の紹介状出せば通れる筈や。ポルトガは唯一の貿易相手やからな。書状が本もんか偽もんかぐらいすぐ検討つくやろ………まあ、すんなりとはいかんやろうけど」
シェリルはうんざり顔で答えた。
* * * *
シェリルの『すんなりとはいかない』という言葉の意味は、王宮に入ってすぐ理解できた。
対の獅子の石像が挟む
書簡を見せ、謁見を申し込むと、門番の時と違い、ここの衛兵はちゃんと受け取って確認した。衛兵は特に咎めるような真似はしないが、此方を見下す目と皮肉げな笑みは
書簡を衛兵が持って行き、王の返答待ちでアステル達は鮮やかな紅の壁と絨毯が敷き詰められた豪華な部屋に案内された。暖かな炎が揺れる暖炉の上には、黄金の燭台が置かれ、天井には水晶の雫を垂らす豪奢なシャンデリアが下がっていた。
真紅のソファーに腰を掛ける。腰が深く沈み込み、なんとなく落ち着かなかった。
待っているその間、噂を聞き付けた王宮の者達が代わる代わる顔を出しにやって来る。
「まるで珍獣扱いだな」
「暇人か」
苦笑うタイガに、シェリルは据わった目で吐き捨てるように言った。
そして遂には神父までやって来て「こんにちは! 田舎の人!」とにこやかに挨拶された。一同呆れ顔になってしまったのは仕方ない事だと思う。
殆どがアステル達を薄ら笑い田舎者と小馬鹿にして去る中、他国からここに永住した者も数人いて、自分も昔は苦労したとか、
その中の一人、商人風の男からは興味深い昔話が聞けた。
二代前のエジンベア国王は領土拡大を目論み、軍を率いて海を渡り、手付かずの新大陸を侵略しようとした。
しかしその企みは、東大陸の軍事国家サマンオサの介入によって阻止される。
圧倒的戦力を前に大敗に喫したエジンベア軍は撤退の最中、原住民の集落を見つけた。軍は食糧や物資の強奪を目論み、夜襲をかけた。だが原住民の戦闘能力は彼等の想像を遥かに越え、逆に返り討ちにされてしまう。されどエジンベア軍は転んでもただでは起きぬとばかりに、原住民が守る宝を奪って、命辛々逃げ延びたという。
「今でもその宝がこの王宮の地下に眠っているそうですよ」
と、こそっと耳打ちされてその話は締め括られた。
「───今の話……」
商人が立ち去ると、アステルは口を開く。
「恐らく、その奪った宝ってのが《渇きの壺》だな」
スレイも頷いた。
待たされる事、約半刻(約一時間)。ようやく現れた衛兵は高慢な態度のまま、王が謁見に応じる旨を伝えに来た。
「───陛下は心の広い御方だ。お前達のような薄汚い田舎者でも、お会い下さる事を光栄に思うがいい」
横柄な態度と物言いはともかく。謁見できるのならそれに越した事はない。