長篇ドラゴンクエストⅢ ASTEL・SAGA 作:ちこちろん
衛兵は玉座の間まで一行を先導する。
王宮内の通路の壁は真白に塗られ、床には
入り組んだ通路を進むと、中庭に出た。大きな屋内池の中央には、腰を下ろし、
その
綺麗に巻かれた亜麻色の髪に黄金のティアラを戴くその姿から、この国の王女だとわかった。
歳は六つか七つくらいか。
此方の視線に気付き、茶に金色が混じった
控える侍女が止めようとしているのがわかるが、彼女はそれを無視し、半ば駆けるようして此方までやって来た。
アステル達はその場に片膝を着き、頭を垂れる。
「面を上げなさい」
幼くも凛とした声に従い顔を上げると、王女は興味津々といった感でアステル達を見回した。
「わたくしはエジンベア第一王女マーゴッドです。あなた達が皆の言う、イナカから来たイナカモノ達なの?」
そう話す彼女からは悪意は全く感じない。恐らく彼女は周りの人間の言葉を鵜呑みにし、田舎という言葉をどこかの地名か国名と勘違いしているのだろう。
「王女殿下。名乗る事をお許し下さい」
「許します」
慌てておすまし顔になる王女がとても可愛らしくて、アステルは思わず頬が緩んでしまった。
「私はイナカのイナカモノではなく、アリアハンのアステルと申します」
「ありあはん?」
王女はこてんと小首を傾げた。そんな仕草も愛らしい。
「ここから海を越え、遥か南にある国にございます。祖国であるかの地より、ここまで旅をして参りました」
「世界を旅しているのね!」
王女の瞳がきらきらと輝く。王女はアステルに近寄ろうとしたが衛兵に阻まれた。むっとして王女は衛兵を見上げる。
「どきなさい。わたくしはもっとアステルの話が聞きたいわ」
「なりません。下賤な田舎者の戯れ言など、聞けば御身が穢れます」
衛兵が控えている侍女に目配せすると、心得顔で侍女が王女に近寄る。
「姫様。まもなくダンスの御時間にございますよ」
だから正装姿だったのね。と、アステルは納得した。
公式の場は別として、王女も常にティアラを被り、豪華なドレスを身に纏っているわけではない。幼いならば尚の事。
アステルもこのくらいの頃にアリアハン国王ステファンから、英雄の娘たるもの淑女の教養も必要だと、娘である王女と共に勉強させられていた。ダンスもその一つだ。
その時、王女もアステルも舞踏会当日さながらの姿で練習した。動きやすい格好で練習しても意味がないからだ。
しかしそれも勇者の訓練が始まったと同時に終わった。
ロマリアで久々にドレスを着せられたが、やはり苦手だと再認識した。似合わないし苦しいし動き辛い上に一人で脱ぐ事も儘ならない。
(それにダンスなんて、今じゃまともに踊れるかも怪しいなぁ)
相手の足を踏む自信ならある。そんな事を思いつつ、侍女と幼い王女を眺めた。
「まだ少しぐらいいいでしょ?」
「なりません」
ぴしゃりと王女の希望をはね除けた侍女は、その小さな肩に手を掛ける。王女はまだ何か言いたげに口を開こうとしたが、結局は音とならず項垂れる。やんわりと背を押されてこの場を去っていく。
途中名残惜しそうに何度も振り返る王女に、アステルも残念とばかりに眉を下げて見送った。
「でしゃばった真似をするな。あの御方はエジンベアの至宝。お前のような輩が、
衛兵が忌々しげに放つ言葉を聞き流す。短い時間であったものの純粋無垢な王女との出会いに、アステルはこの国に来て初めて癒された気がした。
* * *
中庭を抜けた区画から、長く伸びる赤絨毯が敷かれていた。それに従い歩を進めると、幅広の階段が見えた。
白大理石の柱や階段の手摺には、薔薇の花が巻き付いた繊細な彫刻がされている。
階段を登りきると、玉座の間へと出た。
先導していた衛兵は脇へと下がり、アステル達に目で『進め』と言う。
正直にいうと、今まで訪れた国の中で一番小さい玉座の間だった。
しかし。壁や高天井一面に描かれた絵の壮大で、絢爛たる事。エジンベアの大地と、空と、そこに御座す神々と、それを崇める人々。その絵はまるで浮き出てるように、鮮やかで生き生きとしていた。
一瞬間目を奪われはしたものの、アステルはすぐ顔を引き締める。
黄金の玉座の手摺に頬杖を突いて、だらしなく腰掛ける王は若かった。
恐らくタイガやカンダタと同じくらいの年齢ではなかろうか。そしてとても整った顔立ちをしている。
五段差のある玉座から見下ろす好奇に満ちた目は、あの小さな王女様との血の繋がりを感じさせた。王女のそれは純粋な興味からくるものだったが、此方ははたして。
アステル達は御前まで歩を進めると、跪いて顔を伏せた。
「苦しゅうない、面を上げよ。余は心の広い王様だ。どんな田舎者であろうと、偏見など持たぬ」
軽い口調でそう騙るその言葉こそ、偏見そのものなのだが。
そう思いつつも「有り難き幸せにございます」と、アステル達は顔を上げた。
王は顎を撫でながら彼女の事をまじまじと眺める。
この寒さだ。防寒着はそのまま羽織る事を許されたものの、
ここはそういう国なのだと。
やはりこの王も短い髪を嫌悪するだろうか。
(どう思われても別に構わないけど、交渉に支障が出るのは困るなぁ)
表情には出さず、内心では唸るアステルだったが。
「……ふむ。そなたがかの有名な猛者オルテガの娘とな。なんとも可憐な娘ではないか。勇者などでなければ、余の妃に召し上げたいところだ」
「は?」
思わず素の声が出てしまった。まさか侮蔑ではなく関心を持たれるとは。大臣や家臣達もざわめき立つ。
「お
「戯れなどではないぞ? 顔立ちも美しいが、なによりもその青い目が気に入った。亡き妃も美しい青の瞳をしておってな。どうだ? 勇者など辞めて余の妃とならぬか?」
目が青いのが妃を娶る基準なのか。
あまりの事にアステルは呆気に取られるも、背後から感じた刺すような冷気にぞくっとして我に返った。
(……なに今の。どこか窓でも開いてるの?)
いやいや、そんな事よりも。と、後ろを振り返りたくなる衝動を抑えて、アステルは口を開いた。
「誠に恐縮ながら。私は父の遺志を継ぎ、魔王を倒す使命と共に勇者の称号を戴いております。道
「無礼なっ! 王に楯突くとはっ!」
目を反らさずはっきりと述べるアステルに、王はその金茶の瞳を細め、傍らに立つ大臣が怒鳴った。
控える衛兵が槍を構え、剣の束に手を伸ばす。不穏な空気が謁見の間に漂い始める。
『───閉鎖されたあの国は目新しい物や珍しい物に目が無い。それは物でも動物でも人間でもな。特に貴族なんかは手段を選ばず手に入れたがる───』
カンダタの言葉がアステルの脳裏に甦る。
まさかそれが自身に適用されるとは。
戦う訳にはいかないが、抗わない訳にもいかない。
謁見中のアステル達の武器は全てシェリルが持つ《大きな袋》の中だ。膝を着いた状態のまま、シェリルは袋をすぐに開けられるようにし、タイガは飛び出し兼ねないマァムを押さえ、アステルとスレイはすぐに呪文が発動出来るよう臨戦体勢を取る。
が。
「はははっ! ならば仕方ないな! 諦めるとしよう」
王自らが、その空気を一瞬で払拭した。からりと笑う王に一同、言葉をなくす。
アステルは肩透かしを食らった気分になった。
「…………ご期待に添えず、申し訳ございません」
建前上アステルは頭を下げるが、
そんな彼女の心中を知ってか知らずか、笑みを浮かべたままエジンベア王は
「構わん構わん。それで? 勇者殿は何用で我が国に参られた?」
「はい。先に申し上げた通り、我々は魔王の元へと辿り着く、その為に必要となる品を求めて参りました」
アステルの言葉に王は笑みを収めた。
「………そのような物がここにあると?」
「はい。それは《渇きの壺》という名でございます」
「渇き?」
「陛下。もしやあの品の事では」
眉を顰める王に、家臣の一人がおずおずと進言する。
「先々代の王の時代に献上された宝の中に紛れていた、あの呪われし壺です」
「おお。アレの事か」
(……呪われた壺?)
アステルの疑問を読み取ったエジンベア王はニヤリとして、こちらに向き直った。
「その昔、戰場から持ち帰った戦利品の中に奇妙な壺があったらしい。
嘘か誠か知らぬが、その壺はここら一帯の水脈を一瞬で枯れ果てさせ、そして一瞬で元に戻したと聞く」
「水を枯れさせ……元に戻す?」
アステルが呟き、王は頷く。
「壺が呪われているといわれる由縁の一つなのだが……」
(一つ?)
まだ何かあるのか?
訝しげな顔を隠さないアステルに、エジンベア王の口の端が持ち上がる。
「もう一つは実際、己の目で見た方が早かろう」
そう言って王は玉座から立ち上がり、段差を下りると、アステルの前に立て膝をつき、手を差しのべた。
まるで姫君を相手にする騎士のように。
またしても周囲がざわめく。
アステルは躊躇いながら、その手と王の綺麗な笑みを交互に見る。
「壺が必要なのだろう?」
王が甘さを帯びた声で囁く。
だったらこの手を取れという圧力も感じた。
駄目だと思いつつも、態度も表情筋も、いう事をもう聞いてくれない。
自分は我慢強い方だと思っていたのだが。
げんなりとしてその手を借りてアステルが立ち上がると、王はその態度をさも愉快そうに笑った。
この手の平の上で転がされる感じ。
(この王様……ロマリアの王様と同類だ)
ロマリアの国王を狸と例えるならば、このエジンベアの国王は狐だろう。
なんか似てるし。と、アステルはエジンベア国王の赤みのある金髪と糸目を、据わった目で見た。
王に手を引かれたまま、アステル達は玉座の間を出る。
どこかを目指す途中、小走りの王女マーゴッドとそれを追う侍女が現れた。
「あーーっ! お父様っ!!」
「おお、マーゴッドではないか」
父王に気付き、王女はぱっと顔をほころばすも、アステル達の存在に気付くとむすっと頬を膨らませた。
「お父様ばかりずるいですわっ! わたくしもアステルとお話がしとうございます!」
「申し訳ございません。姫様がどうしても、そちらの旅人ともう一度会いたいとおっしゃって……」
頭を深く下げるお付きの侍女によいよいと、王はアステルから手を離し、駆け寄る王女を抱え上げた。
「このような事は滅多にないからな。お前も一緒に来るか?」
「喜んでっ!」
微笑ましく父娘が触れ合う隙に、アステルは仲間達の傍に寄る。
ほっとしたら今度は背中にぞくりと悪寒が走った。
マァムが怒ってる理由はなんとなくわかるが………彼は?
「あの、スレイ?」
なんで怒ってるの? と言外に尋ねると、スレイは無愛想な顔で、胸に貯まった全てのものを吐き出すような、大きな大きな溜め息を吐いた。
「お前にもあのくっそ不味い薬を飲ませておけばよかった」
苛立ちを滲ませた声で、ぼそりとそう呟いた。