長篇ドラゴンクエストⅢ ASTEL・SAGA 作:ちこちろん
愛娘を抱え先導する王と、その脇と背後を守るように進む衛兵と大臣家臣。その間にアステル一行、その後ろにも衛兵が数十人でぞろぞろと進む。
王宮の一番奥まった区画に、地下へと下る幅の狭い階段があった。
「ここからは余と王女、大臣と勇者達、衛兵は……そうだな、腕力に自信がある者四人で構わん。残りはここで待機せよ」
「はっ!」
一人の衛兵が
アステルは階段に一歩足を踏み込んだ途端、奇妙な胸騒ぎに襲われた。
この感覚はもう何度か経験している。
エルフの森、イシス宮殿、マリナンの神域。つまりは、誰かしらの力の及ぶ領域内に入った感覚だった。
(エルフの森やイシス宮殿の時みたいな、敵意とは違うみたいだけど………)
同時に。彼女の後ろを歩くマァムもそわそわキョロキョロとしだす。
「……どうした? マァム」
「なんかココぉ、変な感じがするぅ」
タイガが小声で尋ねるも、マァムは大きな声で答えるものだから、大臣や衛兵達が胡乱な目を向ける。
しかし、エジンベア王は目を細めた。
「ほほう。流石は勇者の供と言ったところか。よくぞ気付いた」
「……どういう事ですか?」と、アステル。
「ここは元々宝物庫へと続く階段なのだが、本来の姿を変えたのだ」
「姿を変えた……?」
丁度階段が終わり、扉の前へと立つ。
王は王女を下ろし、懐から黄金の鍵を取り出すと差し込んだ。
扉が開き、中に入るとアステル達は目を丸くさせた。
石造りの地下室にも関わらず、灯りがなくとも明るい。まるでこの部屋自体が光を発しているかのようだった。
まず部屋の入り口すぐの場所は演台のように高く、部屋全体を見渡せた。その演台の左右は緩やかな坂になっていて、降りるとそこは小さな迷路が広がっている。
迷路の奥には小部屋があり、中には魔方陣が刻まれた蒼白い大きな石板が三枚、横一列に床に嵌め込まれている。
しかしそこまで行かせまいと、細い通路の所々に青く鮮やかに輝く池が幾つも配置され、更には三つの大人の背丈程の石球が道を阻んでいた。
「わぁ! ここに来るのは初めてですわっ!」
マーゴッドが歓声を上げた。
「ここは………何かの仕掛けですか?」
アステルが問うと、「おそらくな」とエジンベア王は曖昧な返事を返すものだから、アステルは首を傾げた。
「この部屋は元々なんの変哲もない宝物庫だったのだ。しかし、お前達の言う《渇きの壺》がその能力を示した明くる日、壺を仕舞っていた宝物庫はこのような仕掛け部屋に変化し、壺は封じられてしまった。困った事に宝物庫に納められた他の宝共々な。……お前達」
王は衛兵四人に見向く。
「一番端の石球を押して池に落とすのだ」
「はっ!」
衛兵達は迷路へと降り、四人並んで石球を池に向かって押す。しかし。
皆顔を真っ赤にして必死に押すも、なかなか動かない。
石球は磨かれたように滑らかなのに、余程重量があるのかボールのようには転がらない。
それを見て「……やはり奴等には無理か」と、王のぼやく声がアステルの耳に届いた。
見ていてじれったくなったのか、「代わろう」と、タイガが下へと降りる。
しかし代わると言っているのに、なかなか石球から離れない衛兵達にタイガは眉を顰める。
この狭い通路に五人並んで石球を押すのは危険だ。何かの拍子に転ばれて、壁と石球に挟まれでもしたら。
「すまないが退いてくれ。危ないから」
「なんだとっ!!」
「愚かなっ! 自分の力量も測れんのかっ!」
「そんなに一人で手柄が欲しいのかっ!」
「なんと強欲なっ! これだから田舎者はっ!!」
親切心で言ったつもりなのに、何故か逆上されてタイガは困り顔で頭を掻いた。
(タイガなら楽勝よね・やろ・だろう)
と、アステル、シェリル、スレイは心の中で声を揃えた。
何故なら。
旅立ったばかりの頃の話で、タイガはとある村で今対峙している石球以上の大きさの岩を、一人で動かして見せたのだ。
それに加え、今の彼はあの頃以上の力を身に付けている。
「お前達は下がっておれ。勇者の供の力、是非とも見せて貰おうではないか」
敢えてアステル達に対して挑発的に言う王に、衛兵達は渋々と下がる。
大口叩いておいて動かせなければ、あの勇者共々嘲り罵ってやる。そんな悪念を抱きながら、彼等は岩の前に立つ男を睨み付けた。
「よっ、と……」
タイガは石球に両手を着く。力を込めてそれを押す。
「あっ!」
───ゴロゴロゴロ……バシャーーーンッ!!
石球はタイガが思っていた以上に軽かった。
力加減を誤って押した石球は勢い良く転がり、すぽんっと池へと嵌まってしまった。タイガは慌てて池に駆け寄り覗き込む。石球は底へ底へと吸い込まれる様に沈み、やがて消えた。
この池は思っていた以上に底が深いようだ。
口の端を引き釣らせながら、タイガが振り返る。
「………落として、良かったんだよな?」
衛兵達は瞠目して言葉を失っていた。
王は
「うむ。見事だ。大した豪腕よ!」
「……あの。石球は池に落とすモノなのですか?」
アステルは王に問う。しかしそれに答えたのは王ではなく、顰めっ面のスレイだった。
「違うな。多分あの三個の石球は、奥に見える三枚の板の上に乗せるんだろう」
「恐らくはそうであろうな」
「「なっ!」」
いけしゃあしゃあと
タイガは再度池を覗き込んだが、最早水中に石球の影すら見えない。石球を引き上げるのは不可能そうだ。
これでは永遠に仕掛けが解けないではないか。
彼女達は批難の目を王に向けるが、当の本人は何処吹く風。
「よし。皆の者、一旦この部屋から出るぞ」
王女を連れて踵を返す王に、一同頭に疑問符を浮かべるも、大人しく部屋の外へと出た。全員が出ると王は部屋の扉をきっちりと閉め、そして扉を開いて再び中へ入ると……。
「まあっ!」
王女の驚きの声が高く部屋に響く。
池に落ちて姿を消した筈の石球は何事もなかったように、元の位置へ戻っていた。
「愉快ですわ! 不思議ですわ! お父様、ここは一体どうなっておりますの!?」
「わからん。先々代はこの部屋を破壊し、宝を取り戻そうとしたそうだが、壊したしりから元に戻ったらしい。その後すぐ先々代は原因不明の熱病に冒され、儚くなられた。
それを間近で見ていた先代……余の父王は呪いだと恐れて、この場の立ち入りを一切禁じた」
「こっ、怖いですわ」
「石球を動かしたり、池に落とす分にはなんともない。余が証人だ。安心するがいい」
怯える王女の背中を、王は優しく撫でる。
「大地を干上がらせ、甦らせる力を持つ、
それを渡さんとばかりに人知を越えた仕掛け部屋を施したのは神の御意志か、悪魔の所業か。
これが呪われし壺といわれる由縁だ」
エジンベア王は改めてアステル達に見向いた。
「勇者とその供よ。この部屋の仕掛けを解いてみせよ。見事成し遂げたなら《渇きの壺》はお前達にくれてやろう」
「陛下っ! よろしいのですか!?」
「構わん。余は壺以外の宝さえ取り戻せれば十分だ」
慌てふためく大臣を王は軽くいなす。
アステルは再度王に問うた。
「……陛下は仕掛け部屋の解き方を既にご存知のようですが?」
「これはパズルのようなモノだ。少し考えれば子供でも解けよう。だが、そのパズルを解く為の豪腕の持ち主は我が国におらぬのだよ」
芝居がかった仕草で王は嘆いた。
しかし。王は何らかの方法で一度はここの石球を動かし、池に落としているのだ。でないと部屋が元に戻る事を知りえない。
実は自分達の力がなくとも仕掛けを解く事が出来たのでは?
もしかして呪いが自身に降りかかるのを恐れて放置したのか?
そう考え付くも、アステルはすぐ取り消した。
この王が呪いを恐れるとは何故か思えなかった。
やはり。《敢えて実行しなかった》というのが、正解ではないだろうか。
アステルはエジンベア王の真意を探るように、じっと見上げる。
するとエジンベア王は悪い笑みを浮かべ、彼女に手を伸ばした。持ち上げるようにしてその顎に触れる。
「勇者よ。
「は?」
アステルには言っている意味が理解出来ない。しかし王の指が唇に触れそうになり、不快感に顔を歪めた。
と、腕を取られ強く後ろに引かれる。
ぽすんっと後ろ頭が背後にいる人物の胸に当たる。思わずほっと息が洩れた。
「………スレ」
背後を振り返ろうとしたが、横から現れたマァムに掻っ攫われるようにして、アステルは彼等から引き離された。
エジンベア王は愉快愉快と笑うも、スレイは王を鋭く睨み続けていた。
本作では謎解きがゲームよりも複雑な設定で書いてます。