長篇ドラゴンクエストⅢ ASTEL・SAGA   作:ちこちろん

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封じられた宝物庫②

 

 

 

 王の言う通り、確かにこの仕掛け部屋はパズルそのものだった。

 三個の石球を出鱈目(でたらめ)に動かしても、壁や池、はたまた自身で動かした石球に阻まれ、終着点である三枚の石板の上にたどり着けない。

 スレイは演台から迷路を俯瞰(ふかん)して的確に指示を出し、それに従ってタイガが石球を動かす。スレイの隣に立つ小さな王女も、自分で答えを考え、その答え合わせをするようにパズルが解かれる様を見下ろしていた。

 一つの石球を少し動かしては、周り道をして別の石球の元へと移動し、動かす。また大きく周り道をしてもう一つの石球を動かし、また最初の石球の元へと戻る。その作業の繰り返しだ。

 

 

 「ウチこういうの苦手や。頭こんがらがる。ようやるわ、スレイ」

 「ねぇ。盗賊の血が騒ぐのかな。あんなに早く指示出してるし」

 

 「あ~~……」

 

 早すぎてタイガが大変そうだが。

 シェリルが溜め息を漏らす。実際一回だけ先程と同じく力加減を誤り、うっかり石球を池に落としてしまった。

 一からやり直しになった時のタイガを見下ろすスレイの目は、本気(マジ)で怖かった。

 

 哀れタイガ。

 

 (ほんま、とっととエジンベア(こっ)から出たいんやなぁ。………それはウチもやけど)

 

 それになにより。

 

 

 「ふむ。あの者もなかなかやるな」

 

 (油断ならんこの王様から、(はよ)ぅアステルを引き離したいんやな……)

 

 ちゃっかりとアステルの隣を陣取る王に、シェリルはジト目になる。隙あらばアステルの肩に手を回しそうだが、その辺はマァムがアステルに抱き付いて阻止している。

 多少失礼な態度を取っても、この王様は気にしないようなので、もう放置だ。

 

 というか、シェリルももう疲れていた。

 

 それにマァムがアステルを守っていると思ったら、スレイの苛々も少しぐらいは緩和するかもと、そう思う事にする。

 

 そんなこんなで。二枚の石板の上に石球が乗り、残る最後の一枚の石板の上にタイガは慎重にゆっくりと石球を乗せた。

 カチと軽い音がタイガの耳に入ったと同時に、部屋全体が地鳴りと共に揺れた。

 

 「おっ?」

 

 タイガのいる場所から隣に見える壁がせり上がる。揺れが治まるとそこに一本道の通路が現れた。

 

 

 「よし。行くとするか」

 「お待ちくだされ! 陛下っ!」

 

 王はわくわくとする王女を抱え上げるも、大臣に慌てて止められた。

 

 「罠かもしれませぬぞ。ここは奴等に任せて、我々はここで待機するか、部屋を出た方がよろしいのでは?」

 

 そう言って大臣はアステル達を一瞥する。しかし王はその提案を首を横に振って却下した。

 

 「大臣よ、お前は忘れておるぞ。

 中に人がおる状態で誰かが外に出ると、中にいた者達が忽然と消えたと、記録にあったではないか」

 

 「そ、それは」

 

 大臣が激しく目を泳がせたのに、シェリルは眉間に皺を寄せた。わかっててそう進言したのでは、と、疑ってしまうのは致し方無い事だろう。

 

 「それにせっかく解いた仕掛けも、外に出ればなかった事にされるのだぞ。

 とにかく付いて参れ。お前達もだ」

 

 尻込みする衛兵達に嘆息を漏らしながら、王は部屋の最奥へと進む。続いてアステル達。大臣と衛兵は顔を見合せながら、結局その後を付いて行く。

 

 「む? 灯りが失くなったな」

 

 王の言葉に衛兵が慌てて油燈(カンテラ)を灯して掲げる。

 暗く細長い通路に、複数の靴音だけが響き渡る。暫く歩くと、辺りがぼんやりと明るくなった。奥に見える金色の輝きを目指し、一行は進む。

 

 

 ───辿り着いたその場所は、宝という宝が所狭しと並ぶ、約百年前に封じられた宝物庫だった。

 

 金銀財貨が詰め込まれた宝箱はうず高く積まれ、硝子で出来た棚には黄金細工や磨きあげられた宝石細工が飾るようにして納められている。壁に掛けられた宝石をちりばめた黄金の宝剣、盾、甲冑。

 金糸で細やかな刺繍がびっしり成された真白い絹の祭典用ドレスに、金剛石がふんだんにあしらわれた純金のティアラ。銀製の美しい皿や杯にカラトリー。

 明らかにエジンベア近辺で作られたのではない、機織り物や装飾品。玻璃や陶磁の器や置き物。見た事もない動物の巨大な牙や角、毛皮、剥製なんかもある。

 宝物庫の壁に備え付けられた黄金の燭台は、つい今しがた灯したかのように明々と輝き、中に納められた財宝を照らし出していた。

 

 おっかなびっくりで宝物庫へと入る面々。最後の一人が部屋へと入った、次の瞬間。

 

 ズドンッ! と、何かが落ちたような大きな音が鳴り響き、一同肩を飛び上がらせた。

 皆が背後を振り返ると、そこに道はなく、あるのは一つの扉だった。

 

 

 (………あれ?)

 

 空気の変化に、アステルは思わず辺りを見回した。マァムも同様に頭を傾げている。

 

 「どうした?」

 

 スレイがアステルに尋ねる。

 

 「………ずっと感じていた不思議な感覚が消えたの」

 

 辺りを見回したまま、そう答えるアステルにスレイは眉を顰め、今しがた現れた扉へと向かう。そして開いた。

 

 「貴様っ! 勝手に何をしておるっ!!」

 

 誰か一人でも部屋の外に出れば、部屋の中にいる者達は消滅してしまう。

 王と王女を除く、エジンベア勢がぎょっとして、慌てて扉へと走る。

 唾を飛ばしながら怒鳴り、掴み掛かろうとした衛兵をスレイは難なく避け、扉を全開にしてその奥にあるものを皆に見せた。

 そこにあったのは上へと登る階段。

 

 つまりは。

 

 

 「仕掛け部屋が消滅した」

 

 端的にスレイは言った。

 

 「大臣よ。あのままあの場に残っておったら、消えたのは余やお前達であったかもな」

 

 唖然とする大臣や衛兵達に、王は目を狐のように細めた。

 

 

 

 

 

 「───しかし。これまた随分と貯め込んだものだ」

 

 エジンベア王は顎を撫でながら薄く笑う。

 黄金色に輝く品々。これこそがその昔エジンベアが辺境諸国や他民族を蹂躙し、侵略した歴史の証に他ならない。

 

 「で、勇者殿。《渇きの壺》とやらはどれかわかるか?」

 

 「え?」

 

 「ここにあるのは確かだが、何分宝物庫に入れて直ぐに封じられてしまったからな。絵として記録を残す時間すらなかったのだ」

 

 「えっと……」

 

 そんな事を言われても、アステルも名前を聞いただけで実物を見た事がない。宝の山を見渡すも、それがどれかなんてわかる筈もなかった。

 

 (ど、どうしよう……)

 

 思わず隣にいるスレイを見上げた。

 スレイは軽く息を吐き、こめかみに指を当て、目蓋を閉じる。

 内にある悟りの書の智識を覗き、渇きの壺の記録を探る。

 暫くしてからスレイが目蓋を開けた。

 

 「……なんとかなりそう?」

 「ああ」

 

 不安げに見上げるアステルの頭にスレイはポンっと手を置き、それから宝の山に向かって手を掲げ、呪文を唱えた。

 

 「───探知呪文(レミラーマ)

 

 すると宝の山の片隅で、星のような光が瞬いた。

 マァムがその輝きの元に小走りで向かい、それを拾い上げると、アステルの元へと駆け戻り手渡した。

 

 「ありがと。マァム」

 「うへへぇ~~♪」

 

 アステルが彼女の頭を撫でると、マァムはふにゃりと笑う。

 

 「スレイ、さっきのは盗賊の魔法?」

 「ああ。レミラーマは本来、隠された宝を探知する盗賊の技法だが、そのまま使うとここにある全ての宝に反応するからな。

 渇きの壺限定で反応するように、効果を改変させた」

 

 事もなげに言うスレイだが、呪文の効果を変える事は即ち、新たな呪文を創造する事と同位である。誰にでも出来る訳ではない。

 

 (スレイ、息するみたいに新しい呪文(つく)るなぁ)

  

 感心しながら、アステルは受け取った壺を改めて見た。

 それほど大きくはない、艶のある黄白(クリーム)色の壺だった。口が二つあるので、壺というよりも水差しの形に近い。

 それは二匹の大小の魚が重なり合う姿を模しており、大きな魚が尖らせた口から、中の水が零れる様になっている。大きな魚の背に乗る小さな魚は体を丸く反り返して、取っ手の役割りを果たしていた。

 壺の胴の部分には、舟に乗って曳き網をする漁師、波模様を海と見立てて、魚、貝、蟹が、ヘラ彫りや鮮やかな柑橘(オレンジ)色の釉薬(うわぐすり)で塗り描かれている。

 

 「ほう? それが渇きの壺とやらか」

 「あまり可愛らしくはありませんわね……」

 

 どれどれ? と覗き込む王。背伸びをして見上げた王女は期待はずれだったのか、むうっと唸った。

 と。エジンベア王が突然、わざとらしく大きな咳払いをする。

 

 「……勇者とそのお供達よ! よくぞ宝物庫の封印を解き明かした! 褒美として渇きの壺はお前達に授けよう!」

 

 王の朗々たる声が宝物庫に響き渡った。

 びっくりして目を見開くアステルに、王が片目を閉じ、悪戯っ子のような顔をして笑うものだから、ついアステルも吹き出して笑ってしまった。

 

 

* * * * 

 

 

 地下室から地上に戻ると、アステル達は王と王女の強い要望で、応接間へと案内され、そのまま話し相手として付き合わされた。

 ようやく解放された頃には、外は雪が止み、分厚い雲の切れ目に茜が差している。

 空の見える王宮の庭園に案内してもらい、一行はそこから港へ瞬間移動呪文(ルーラ)で飛ぶ事にした。

 

 「もう行ってしまいますの!? わたくし、アステルとまだまだお話がしたいですわっ!」

 「申し訳ございません。王女様」

 

 駄々をこねる王女に、困った様に笑うアステル。……だが、先程から大臣や家臣、衛兵の目が怪しい。

 王が下賜したとはいえ、不思議な力を秘めた壺を取り戻そうと企んでいる輩がいるかもしれないので、早々にこの国を立ち去りたかった。

 

 何より………疲れた。この一言に尽きる。

 

 「マーゴッドよ。勇者殿を困らせてはならん。

 この国が嫌いになって、もう二度と来なくなるかもしれんぞ?」

 「そ、それは嫌ですわっ! アステル、嫌いにならないでくださいましっ!」

 

 父王の言葉に王女はガンっ! と、ショックを受け、それからアステルに縋った。

 

 「王女様(・・・)を嫌いになんかなりませんよ」

 

 この国を好きとはとても言えないが。

 

 アステルは王女の前に跪き微笑むと、すっと王が横から手を差し出した。

 アステルはその手を今度は素直に取って立ち上がる。

 立ち上がったのに、エジンベア王は手を離してくれない。

 アステルが頭を傾げると、王は手の中にある小さな手に口付けを落とした。

 

 「アステルよ。お前を妃にと言った言葉に偽りはない。

 魔王を倒した暁には、勇者の称号を捨て、一人の女として余の元へ参れ」

 

 

 

 

 

 

 「…………」

 

 アステルは身体が硬直して動かない。頭が真っ白になって言葉が出てこない。

 茫然自失の彼女の手を、王から引ったくる様にして奪った者がいた。

 

 

 「瞬間移動呪文(ルーラ)

 

 

 アステルを強く抱き寄せると、その者は怒気を帯びた低い声で呪文を唱えた。

 

 「っ!? っ、───っ!? ───っ、───っ!!」

 

 (えっ!? ちょっ、いくらなんでもそれは王様に失礼……って、スレイ、ルーラ使えないって言ってたよねっ!? それに皆がまだ残って……っ!!)

 

 我を取り戻したものの、言葉が音で出てこない。口をぱくぱくとさせるアステルは、スレイと光の膜に包まれ、灰色と茜色が混じる空へと飛んで行った。

 

 「行ってしまいましたわ……」

 「スレイのばかぁ~~っ! アステル連れてくなぁ~~っ!!」

 

 王女は悲しげに項垂れ、割り込みが間に合わなかったマァムは、天高く登った光の軌跡に向かって、手を振り回して叫ぶ。

 

  

 「………え~と。ほなサイナラ」

 

 とても王に対する態度でない、気の抜けた挨拶を残して、シェリルは怒るマァムを抱え上げたタイガの腕を掴み、素早く袋から取り出した《キメラの翼》を空へと放り投げた。

 

 そして来訪者は全員いなくなり、嵐が去ったように辺りが静まり返った。

 

 

 「………くっ、あははははっ!!!」

 

 突然、腹を抱えて笑い出した王に、呆然としていた家臣一同はハッとする。

 

 「な、なんたる無礼なっ! ええいっ! 何をぼんやりとしておるっ! 兵を回せっ! 港を閉鎖せよっ!

 エジンベアの宝を取り戻すのだっ!!」

 

 声を張り上げる大臣に、王は待ったを掛ける。

 

 「おいおい大臣よ。何を勝手に命じておる。あのような物、余には必要ない」

 「しかしですな! あの壺さえあれば、ロマリアなど取るに足らず。世界征服すら夢では……」

 

 「……余の命が聞けぬと申すか?」

 

 王の声が温度をなくす。大臣は慌てて口を紡ぎ、佇まいを正した。

 

 「お前、何を見て、聞いて、体験しておったのだ? 選択を誤れば、直ぐ様命が奪われるあの場で。

 あの空間を造りし存在にとっては、余もお前の命も塵芥(ちりあくた)同然。

 あの壺は人間(ひと)の手に余るもの。手を出してはならぬ神代の産物だ。

 手元にあらば、必ずや余と余の愛するエジンベアの民に災禍を(もたら)す。

 一時奪われた水脈は、正しく警告だったのだろうよ。

 だが先々代はそれに気付かず、欲を出した。故に宝も、命さえも。取り上げられたのだ」 

 

 この寒い中、大臣は身体中から汗が噴き出るのを感じた。

 日頃あまりにも自然体で気儘な王を装うものだから、つい忘れがちになってしまう。

 決してこの王は怠惰なわけでも、ただ尊大なわけでもない。

 この若き王は歴代の王の中で誰よりも、頭が切れる。そしてその手腕は、建国の父初代エジンベア王に酷似しているのだ。

 

 前王の無謀な統治で荒れた町並みと基盤を整備し、ポルトガとの国交を再開させ、民の生活水準を上げたのもこの王の治世からだ。

 民も、そして己自身も。そんな王を敬愛し、畏敬し、誇っているのだ。

 

 「お許しを……! 私めの浅慮でございました……!」

 

 平伏さんばかりに頭を下げる大臣に、王はその覇気を弱めると、元の狐目に戻った。

 

 「あの者達は、封じられた宝を余の元へと返し、災いの種をわざわざ持ち去ってくれたのだ。感謝せねばな?」

 「はっ!」

 

 

 

 

 エジンベア王は思い出す。

 

 あの少女と同じ、青い目をした旅人の男の事を。

 王宮に姿を消して忍び込んだ男は、まだ王子であった生意気小僧に見つかり、ばらされたくなければ付き合えと、二人で王宮地下の仕掛け部屋に挑戦した、あの時の事を。

 力加減を間違い池に石球を落としては男を罵り、此方が謎解きを誤れば男は馬鹿にして嗤う。

 何度も間違って、やり直して。

 そうやってやっと三個の石球を石板の上に乗せ並べたのに、なにも起きなかった。

 

 『なにも起きぬではないか!』

 

 腹を立てる王子に、男は苦笑した。

 

 『だから始めに言っただろう? こいつは俺達には見向きもしてくれないってな』

 『なぜお前にそんな事がわかるっ!』

 『なんとなく……かな?』

 『答えになってない!』

 

 怒鳴る王子の頭髪を男は無礼にもかき混ぜて笑った。

 

 『でも、楽しかったな!』

 

 

 

 

 

 「お父様っ! 本日はとても楽しかったですわね!」

 

 見下ろせば、娘が此方を見上げて花咲くように笑っていた。

 それに王は柔らかく微笑んだ。

 

 

 「ああ。楽しかったな」 

 

 

 

 

 

 

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