長篇ドラゴンクエストⅢ ASTEL・SAGA   作:ちこちろん

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蠱毒②

 

 

 

 四つある内の取り敢えず近くの階段から、一行は上ってみる事にした。

 

 「───わっ」

 

 二階へと着くとアステルは驚き、思わず声を上げてしまった。

 通路は高い壁で仕切られているが、上に天井はない。

 二階からの構造は吹き抜けとなっていた。塔内部ど真ん中にぽっかりと空いた吹き抜けは、三階と更にその上の四階も五階も同じ構造のようだ。

 目の前の細い一本通路を通って扉のない部屋に入る。

 部屋はだだっ(ぴろ)く、天井はあり、部屋奥の壁には外界が望める鉄格子付きの縦長の窓が並んで二つ、部屋の中心に二本の柱が並び建っていた。

 

 「あるぇ~~?」

 「マァム?」

 

 頭を傾げながら、マァムはとてとてと柱近くまで走る。何かを拾い上げて此方(こちら)に戻って来た。

 シェリルが受け取ると、それを眇め見た。

 

 「……これ宝石やん」

 

 アステルもシェリルの傍に寄って、彼女の手の中にあるものを確認する。

 確かに。倒れた魔物が落とすような灰色の宝石がそこにあった。

 

 「ここにもぉ~! たっくさん、あるよぉ~~っ!」

 

 マァムが嬉しそうに拾いあげて、どんどん持ってくる。タイガも胡乱な目で、その宝石を見詰める。

 

 意識しだすと気付かずにはいられない。

 

 物言わぬ無数の宝石に囲まれ、アステルはなんとも言えない悪寒に襲われた。

 と。やにわにスレイは宝石に向かって手を翳し、浄化呪文(ニフラム)を唱えた。

 聖なる光に吸い寄せられるように、宝石はどんどん消えて行く。

 

 「スレイ、なにしてんねん! 勿体無いやん!」

 「普通の魔物の宝石とはどこか違う。回収しない方がいい」

 

 シェリルが抗議の声を上げるが、スレイは眉間に皺を寄せてそう言う。

 

 「違う……って」

 「呪いじゃないから気付けないのか? コイツにはお前の苦手な霊的な、怨念のような……」

 

 シェリルは直ぐ様、拾った宝石を差し出した。

 

 「……アステル。取り敢えず先に進むぞ」

 

 聖水で手を浄めるシェリルとマァムを脇目に、声低く言うスレイにアステルも頷くと、一行は再び階下へと下りて今度は別の階段を上る。

 造りは殆ど先程と同じ。天井はなく、部屋へと続く一本通路があるのみ。

 四つあるうち三つの階段を登ったが、どれも行き止まり。そしてやはり部屋には無数の宝石が転がっていた。

 

 最後の一つの階段を上る。

 

 先にある部屋の確認をしようと、一歩足を踏み出して。

 

 ───ざわっと鳥肌立った。

 奥の部屋から放たれる強い殺気に、アステルは背負う剣を咄嗟に引き抜く。

 

 (敵が……いる。けど、この気配は……)

 

 目だけで仲間達を見ると、皆も既に臨戦態勢に入りアステルを見返した。

 タイガがアステルを庇うように前に進み出る。

 

 「……アステル。気付いてるな?」

 「……うん」

 

 普段あまり耳にしないタイガの固い声に、応えるアステルの顔色は青い。

 過去に感じた事のある気配。

 人ならぬ、けれど人にあまりにも近いその気配。

 

 「……なんなんや。こいつ、魔物、なんか?」

 

 ダーマにて《氣》の極意を身に付けたシェリルも、前回の戦いでは気付けなかった、その気配の異様さに眉を顰めた。

 

 一歩、また一歩と慎重に部屋の手前まで進んだ、……次の瞬間。

 

 ───ガアァァァァンッ!!!

 

 激しくぶつかった金属音が響き渡った。

 振り下ろされた巨大な斧を、タイガの風神の盾が受け止めた。生半可な盾では盾ごと叩き斬られただろう。

 

 「───剛力強化呪文(バイキルト)っ!」

 

 スレイが攻撃力を上げる呪文をタイガに掛ける。身体中に漲る力を、タイガはそのまま眼前の敵に向かってぶつけた。

 

 「───うおりゃあっ!!」

 

 掛け声と共に盾を押し上げて、敵の巨斧を突き飛ばした。

 敵は出て来た部屋から押し戻されるようにして、部屋の中心にある二本の柱に激突する。

 アステル達も部屋の中へと進む。

 部屋の構造は他の三つと同じ。だが二本の柱のその奥に、三階へ上る階段が見えた。

 敵は柱に豪快な音をたてて激突したにも関わらず、けろりとした様子で立ち上がる。階段の前に立ちはだかり、その行く手を阻んだ。

 

 屈強な巨体を持つその者は素顔を隠すように、目玉の部分だけ穴を開けた袋を被っていた。剥き出しの裸胸は人ではあり得ない灰色に染まっており、粗末な短袴を纏っている。

 出で立ちはまるで、罪人の首をその手に持つ巨斧で切り落とす、死刑執行人のようだった。目出しから覗く、ぎょろりと濁った目玉を一行に向ける。

 

 ……アステル達には知りようがないが、この人ならざる存在(モノ)は、創造主によって敵を殺戮、排除する兵器〈エリミネーター〉と名付けられていた。

 

 「バハラタの洞窟で見た人型の魔物?」

 

 (よく似てる……でも、どこか違う?)

 

 「なんでこんな所に………」

 

 エリミネーターは指先を驚愕するアステルに向けて、呪文を唱えた。

 

 「……マホ、トーン」

 「なっ!?」

 

 ───呪術封印呪文(マホトーン)。殺人鬼によく似たエリミネーターは、人語を用いてアステル達の呪文を封じ込めにかかる。

 耳鳴りのような不快な音が部屋に響き渡ると、アステルは紫の光の帯に縛られた。

 呪文を封じ込められた事よりも、彼が人の言葉を話した事にアステルは衝撃を受けた。

 彼女に向かって振り下ろされる斧をタイガが再び盾を構えて阻止し、スレイが硬直しているアステルの腕を強く引いて後ろに下がらせる。

 代わりにシェリルが飛び出す。

 それに気付いたタイガは、エリミネーターから離れる。シェリルはエリミネーターに魔法のそろばんで鋭い突きを繰り出し続け、敵を再び柱まで後退させた。

 

 

 「───死にたいのかっ! 今は戦いに集中しろっ!!」

 「っ! ……ごめんなさい!」

 

 間近でスレイに怒鳴られて、アステルはハッと我に返った。

 呪文を封じられなかったスレイは防禦強化呪文(スクルト)を唱える。身の守りを高める橙色の光がアステル達の身体を包み込んだ。

 エリミネーターはスレイを指差して、再度魔封じの呪文を唱えようとしている。

 

 「マァム、魔封じの杖をお願い!」

 「はぁ~~い!」

 

 アステルの声に、マァムが魔封じの杖を振り翳す。

 先端の骸骨が吐き出した紫の霧が、エリミネーターを包み込み、呪文を封じた。

 

 呪文が発動しない事を察したエリミネーターは、苛立たしげに斧を持つ手に力を込める。

 筋肉が風船のように大きく膨れ上がり、血管が浮き出て、身体が一回り大きく変化した。澱んで何処を見ているのかわからない目は、真っ赤に充血している。

 まるで夜中に出くわした獰猛な動物のように、獲物を狙って爛々と紅く光っていた。

 

 到底、人とは思えない。それなのに。

 

 「あー……、なんで、あん時タイガとアステルが戦い(やり)にくそうにしてたんか、やっとわかったわ」

 

 溜め息混じりにシェリルは言った。

 

 「……人間の《氣》が混じっとるんやな」

 「この短期間で、そこまでわかるようになるのは大したものだぞ」

 

 タイガは敵を睨んだまま、彼女の成長に感心する。

 敢えて口にはしないが、やはり彼女の武術の才能は、商人だけに留めておくには勿体無いと思ってしまう。

 

 「……けど、人間じゃない。手加減なんて考えるな」

 「わかっとる。あんなん人間に思えってのが無理やわ」

 

 ジリジリと距離を詰めて、双方相手の出方を窺う。

 先に動いたのはシェリルだった。

 巨体の脇を狙うように、魔法のそろばんを横に振りかぶる。

 エリミネーターは手に持つ巨斧で、それを受け止め、弾き返す。

 だが、エリミネーターの逆脇には既にタイガが立っていた。

 それに対して再度、斧を振るおうとしたが、遅い。

 タイガのパワーナックルが填まった右拳は、処刑人の鳩尾に抉り込むように、深々と突き刺さった。しかし。

 

 「ぐがああああっ!!」

 

 「うおっ!」

 「やばっ!!」

 

 エリミネーターはいきり立って、タイガとシェリルに猛烈に襲い掛かる。それだけでない。辺り構わず振り回した巨斧は、柱を倒し、壁を破壊し、床を抉る。

 ───柱が飾りで良かった。万が一、天井を支えるような柱ならば、この魔物諸共崩れた天井で押し潰されるところだった。

 

 「───睡気誘発呪文(ラリホー)っ!」

 

 アステルの放った眠りに誘う呪文が効いたのか、エリミネーターの巨体がぐらりと傾ぐ。

 

 (───今だっ!)

 

 アステルは剣を構え、敵に向かって走ろうとしたが、スレイに腕を掴まれ引き留められる。

 

 「えっ!?」

 

 アステルはなんで? とばかりに、スレイに振り返ると、彼は強い冷気と蒼白い輝きを纏っていた。

 琥珀の瞳は黄金に煌めいている。

 

 「タイガ、シェリル! 下がれっ!!」

 

 スレイの掛け声に二人が素早く後退すると、スレイはルーンスタッフに維持していた凍気を放つ。

 

 「───中等氷刃呪文(ヒャダルコ)っ!!」

 

 それは常時の氷の刃ではなかった。凍気は床を這い、エリミネーターに辿り着くと足元から氷が這い上がる。徐々にその巨体を凍てつかせる。

 それはスレイが魔力暴走を起こした際の魔力の顕現とも似ていると、アステルは瞳を見開いた。

 エリミネーターは唸り声をあげ、斧を振り回し暴れるも、顔まで氷が覆い、最終的には巨大な氷の像となった。

 

 「───初等爆裂呪文(イオ)

 

 止めにスレイが放った光弾が氷の像に直撃し、爆散した。

 氷の欠片は床に落ちる前に蒸発するように消えた。甲高い音をたてて、灰色の大きめの宝石が床に落ちて転がる。

 

 「……すごっ」

 

 此方まで凍える冷気に、シェリルがカチカチと歯を鳴らして感嘆する。

 タイガは訝しげにスレイを見たが、結局何も言わなかった。

 

 上の階からも、下の階からも新たな敵が近付く気配はない。

 アステル達は緊張を解き、武器を納める。珍しく息が上がってるスレイの背に、アステルは手を伸ばした。

 

 「スレイ。今のもしかして《魔力暴走》を起こしてた?」

 「ああ、意識下でな」

 「それってまさか、メガ「違うぞ」

 

 もしや、ダーマの大神官ナディルが言っていた自己犠牲呪文メガンテか。とアステルは思い当たり顔を青褪めさせるが、スレイが直ぐ様否定した。

 

 「さっきのは《魔力暴走》で威力を上乗せさせたヒャダルコだ。

 だからそんな顔するな。ちょっと疲れるだけで身体に害はない」

 

 本当なのだろうか。

 

 (こんなに身体が冷たくなってるのに)

 

 アステルはスレイの身体を暖めるつもりで背中を擦った。

 暫くして呼吸が整い始めたのか、スレイは「大丈夫だ」と彼女の手を下げさせて、前屈みになっていた背中を伸ばした。

 

 「ちょっと難しいが、コツさえ掴めればお前にだって使える術だ」

 「……そう、なの?」

 

 そんな事を言うくらいだ。アステルが思う程の危険はないのだろう。

 だが《魔力暴走》は彼女にとって嫌な思い出しかないので、アステルの表情は晴れない。

 スレイはアステルの黒髪をわしわしと掻きまぜた。

 

 「なあなあ、アステル!」

 

 シェリルの声にアステルとスレイがそちらを向く。

 

 やはりこの部屋にも彼方此方に宝石が散らばって落ちていた。先程倒した魔物と同じ灰色の宝石。

 それが意味するのは。

 アステルはぞくりとして身を竦ませた。

 

 「これ……」

 「ああ……だろうな。さっきの魔物が同士討ちをしていたんだろう。ここに残ってたのは最後に残った《最強》と言った所か」

 

 スレイの説明を聞いて「まるで蠱毒だな」と、タイガが珍しく嫌悪感を露にして吐き捨てるように言った。

 

「コドク……?」と、アステル。

 

 「俺の故郷で禁呪とされてる呪法だ。

 壺の中に大量の虫を詰めて、蓋をして数日間放置しておくと壺の中で共喰いが始まる。そうして最後に生き残った虫を、人を呪う道具として使用するんだ」

 

 想像したのか、アステルは顔を真っ青にし、シェリルとマァムはうげ~っと顔を歪めた。

 

 「やけに詳しいな」

 

 武闘派なタイガにとって、明らかに畑違いな分野だろう。

 スレイに特に詮索するような意思はない。ただ純粋に不思議に思ったのだ。

 

 「親がそういった類いに詳しかったんだ」

 

 指摘されたタイガは微苦笑を浮かべ、言葉(みじか)にそう返した。

 

 「それよりも。この階の下、階段のあった部屋に魔物が侵入しなかったのは、ここにいた魔物を恐れていたからだろう。

 ……バハラタの盗賊のアジトにいた人型の魔物と同じだ」

 

 タイガがあの時の事を思い出すように話す。

 盗賊がアジトにしていた洞窟でも、魔物達は殺人鬼を恐れて身を隠していた。

 

 「どういう理由かはわからんが、盗賊のアジトに現れた同系統の魔物である事は間違いないな」

 

 「………」

 

 エリミネーターとの戦いが始まってすぐ、スレイはバハラタでの殺人鬼達との戦いを思い出した。

 あり得ない生命を授かったあの手の魔物は、その時対処したカンダタのように一太刀で仕留めるか、強い聖力を秘めた武器……例えばアステルの持つ聖剣(ゾンビキラー)で対処するか、だ。

 今回ならば敵の動きを封じた上で、アステルにゾンビキラーで止めを刺して貰うのが、一番手っ取り早かった。

 

 ……だが。それはさせたくないとスレイは思ったのだ。

 

 バハラタでのあの時も、殺人鬼(あの魔物)の真相に気付けていたならば。

 

 スレイは歯を食い縛る。

 

 (───彼女に討たせなどしなかった)

 

 悟りの書が教えてくれた。

 魔族には人間を生かしたまま、魔物へと進化させる禁忌の術があると。

 

 そして再度《人ならざるもの》を目にして、スレイは確信した。

 

 (……《氣》を読めるタイガとシェリル、感覚の鋭いアステルが惑うのも無理ない。

 あの時のも、そして今回も。

 人ならざるものは元人間だ。しかも、生きたままの)

 

 死体を魔王や魔族の魔力が操っているのではなく。生きたまま、別の生物に、魔物に変えられたのだ。

 

 ……だが。スレイはこの事を、アステル達に知らせるつもりはない。

 

 知ればあの時とどめを刺したアステルが、傷付き嘆き悲しむとわかりきっていたからだ。

 

 己のエゴだと、スレイも理解していた。

 

 ……それでも。と。

 

 (魔王を倒す……そこに至るまでに、アステルに余計な重荷を背負わせはしない)

 

 憂いなど残させない。

 

 魔王を倒した後、彼女が普通の少女として幸せに暮らしていけるように。

 

 

 「……スレイ?」

 

 アステルに声掛けられて、スレイはハッとする。見下ろすとアステルの青い瞳が不安げに揺れていた。

 

 「悪い、大丈夫だ。

 ……やはりここもガルナの塔と同じように、魔族の手が回ってるとみて、間違いないだろ」

 

 「一刻も早く《山彦の笛》を見つけなきゃね」

 

 アステルの言葉に皆頷く。

 落ちていた大量の宝石と先程倒した人型の魔物の宝石に、アステルは浄化呪文(ニフラム)を唱えた。

 ニフラムの聖なる光の中に消えて行く宝石達を見送って、一行は三階へと続く階段を上った。

 

 

* * * * * 

 

 

 一行が立ち去った後、柱から伸びる影が悪魔の形へと変わり、ひとつ、またひとつと分裂していく。

 

 『……エリミネーターは失敗か。やはり呪文を使えるようにすると、狂暴性が落ちるな』

 『ここは呪文に頼らず、従来通り力を引き伸ばす方に重点を置いた方が良いか』

 『やはり生きたままの脆弱な人間では完璧な兵器になど………』

 

 複数の影は全く同じ声で、しかし、各々違う考えで話し合う。

 

 『あの侵入者達を材料に使ってはどうだ。成功の見込みがありそうだが』

 『あれらは駄目だ。あの御方が目を付けておられる』

 『焦る事はない。実験材料はサマンオサに行けばいくらでもある。

 取り敢えず今はあの御方の命令に従い、監視を続けようではないか』

 

 結論に至った影達は、その姿がひとつ、またひとつと重なり戻り、上の階へと上がる階段へと伸びて消えた。

 

 

 







*魔物の落とす宝石について*
今回初めて宝石を拾わないで浄化するという行動にでました。
だったら今回以外の倒した魔物の宝石に怨念は宿らないのか?となるかもしれませんが、結論から言うと宿りません。
魔物は魔王に凶暴化されていますが、根底は野生動物と同じです。狩る側であり、狩られる側でもある。そこに人間のような恨み辛みは基本的にない。
物質系の魔物にはそもそも心の概念がない。
ゾンビ系の魔物は寧ろ、倒されて天に還れる事を喜んですらいます。
ですので、与えられた魔王の力の影響が強くて宝石と化してますが、その宝石に未練等は宿っていません。
ただ、自我の強い(人語を喋ったり策を練ったりするような知識のある)魔物や下級中級魔族、タイガの言う《蠱毒》等の自然の摂理に反する惨い扱いをされて命を落とした場合は、この限りではありません。
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