長篇ドラゴンクエストⅢ ASTEL・SAGA   作:ちこちろん

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最上階で待つもの

 

 

 

 アープの塔三階。眼前に広がる風景に一行は唖然とした。

 三階の床らしき床は、四角い空間の四隅にある僅かな踊り場のみ。すぐ近くには上へと続く階段が在った。

 アステル達から見て、遠くにある残り三隅の踊り場にある階段は、上の階にのみ繋がっているようだが、特に何かが置いてあるわけでもない。

 

 しかしそれよりも気になるのは、広大な吹き抜けの空洞、そのど真ん中に浮いている四角い床だった。

 

 「……あそこに宝箱がある」

 

 アステルが指差す。

 宙に浮いている床の中央に、赤い宝箱が四つ並んで置かれているのが確認できた。

 

 と、上の階から背中に蝙蝠羽が生えた男……吸血鬼系の最終進化〈バーナバス〉が現れる。

 一行に気付いたバーナバスは獲物を見つけたとばかりに、此方(こちら)に向かって急下降してきた……が。

 宙に浮く床の上を滑空しようとして、見えない壁に激突する。

 気を失い敢えなく落下していくバーナバスを、マァムが「あ~らら」と見送る。

 

 「……結界か? 〈山彦の笛〉はあそこにあるようだな」

 

 間抜けなバーナバスを尻目にスレイは呟く。

 

 「……でもあれ、どうやって取るのかな?」

 

 アステルはぽつりと呟くも、既に嫌な予感がしており、背中に冷たい汗が流れるのを感じた。

 

 「ここで見てても仕方ない。さっさと上に上がるぞ」

 

 

 溜め息混じりのスレイの言葉に背中を押され、一行は四階へ。

 更に空洞の範囲が広まっていた。歩ける場所は壁沿いの人一人が通れる細長い通路のみ。こんな場所での戦闘は勘弁して欲しいと願いながら、遠くに見える階段を目指すもののその願いは虚しく。

 痺れ揚羽(あげは)や先程現れた吸血鬼(バーナバス)魔鳥(ヘルコンドル)といった飛行する魔物達が邪魔する。

 それらをなんとか蹴散らしながら進む。

 

 階段まであともう少しの所で、魔物達はぴたりと動き止め、慌てて逃げ出した。

 アステル達はきょとんとするも、次には重い威圧(プレッシャー)が頭上から一行を潰さんばかりに襲い掛かってきた。

 一行は慌てて階段へと走るも、凄まじい火炎が行く手を遮る。

 

 「(あつ)っ!?」

 

 アステルは炎の出所に視線を向けた。

 

 

 「───キシャアアアアッ!!」

 

 その鳴き声は塔全体に響き渡り、びりびりと振動を起こした。

 上階から舞い降りる蛇のような長い胴体に、黄金の鱗、鋭い鉤爪の手足。

 いつか見た澄んだ空色の(まなこ)は、今は曇天のように灰色に濁っている。

 二匹の空 竜(スカイドラゴン)がそこにいた。

 

 「……今度もまた俺達を導いてくれている……って、訳じゃなさそうだな!」

 

 聞く耳持たぬと吐き出された炎を、一行は床に臥せてギリギリ避ける。

 

 「こなくそっ!! いきなりなんやねんっ!!」

 

 起き上がったシェリルが、竜の鼻面目掛けて魔法のそろばんを振りかぶった。

 しかしスカイドラゴンはひょいっと飛翔して避け、逆に彼女の方が狭い通路から下階へと落ちそうになる。

 

 「うわったったったっ!!──と、危な……あんなんどうやって叩けばええねんっ!!」

 

 「降りてこいやぁっ!」と、ぶんぶんと魔法のそろばんをぶん回し、がなるシェリル。

 

 「ならならぁ~~! こいつならどうでぇ~~いっ!」

 

 マァムが雷の杖を振り翳す。

 

 「くらぇ~~いっ! ───ライドド~~ンっ!!」

 

 へんてこ呪文(実際にはそんな呪文はない筈)と共に放たれた凄まじい雷光が、スカイドラゴン達を包み込んだ。

 しかし。光が止んで姿を現した竜達は、パチパチと電気を身体に帯びつつも平然としている。

 

 ……いや、寧ろ、雷を吸収したかのように黄金の鱗は生き生きと輝いて見えた。

 

 「あ、あれれ~~?」

 「マ、マァム。なんか奴ら、元気になっとらんか?」

 

 たじろぐマァムとシェリル。彼女達に向かって口をぱかりと開くと、スカイドラゴンは盛大な燃え盛る炎を吐き出した。

 

 「「うひゃあーーーっ!」」

 

 「───中等氷刃呪文(ヒャダルコ)っ!!」

 

 スレイが放った氷の刃の群れが炎と空中でぶつかり、爆発を起こす。スカイドラゴン達は驚いたように鳴きながら、飛翔して離れた。

 

 「アステル、炎はオレがなんとかする。お前はその隙に竜に向かって浄化呪文(ニフラム)を唱えてくれ」

 

 「ニフラムを?」

 

 意外な呪文にアステルは思わず問い返してしまう。

 

 「空 竜(スカイドラゴン)は元々神の遣いで聖なる種族だ。本来はアープの塔の守護者だったんだろうが、塔に充満する邪気に充てられたんだろ。

 ニフラムの光は天へと通じている。(あっち)に還れば正気に戻る筈だ」

 

 「わかった……!」

 

 再び下降して来た竜達は一行に向けて、二匹同時に炎を吐き出す。

 スレイは再び中等氷刃呪文(ヒャダルコ)を唱えて空中で受け止める。

 彼の背後に身を隠していたアステルは、不意打ちのように現れてスカイドラゴンに向けて呪文を唱えた。

 

 「───浄化呪文(ニフラム)っ!!」

 

 スカイドラゴンの頭上に光の渦が現れる。竜達は炎を吐くのを止め、光に吸い込まれるのに抗うように暴れる。

 あまりの抵抗にアステルが呪文の重ね掛けをしようとしたが、不意に竜達は力を抜いた。自分から飛び込むようにして光の渦の中に消える。

 予想外の展開にアステルは目を瞬く。

 危険が去り、しんっと静まり返った空間に、一行の深い深い溜め息が落ちた。

 

 

 

* * * * * 

 

 

 

 スカイドラゴンに恐れて逃げていた魔物達が戻って来ないうちに、アステル達は階段を駆け上がった。

 そうして辿り着いた五階最上階。

 そこにはアステルにとって、無情と言わざる得ない光景が広がっていた。

 

 

 「……だから、なんで、」

 

 アステルは膝から崩れ落ちる。

 シェリルは目の前の光景に絶句し、スレイとタイガは見覚えあるこの光景と、アステルの反応にそれぞれ溜め息とから笑いが出てしまう。マァムだけが楽しげにキョロキョロと辺りを見回していた。

 ほぼ空洞の広大な空間に、五本の太い綱が今立つ足場と、奥壁の僅かな足場に渡され伸びていた。更にそこから所々で横と横に縄が結び渡されている。

 

 「なんで綱渡り!? 神様って綱渡りが好きなの!? ねえっ!!?」

 「落ち着け」

 

 取り乱して泣き付くアステルの頭に、呆れ顔のスレイがぽすんっと手刀を落とす。

 

 「は? 神様? どういう事? もしかしてこいつ渡るんか!?」

 「ガルナの塔でもあったんだよ。……綱渡り」

 

 ガルナの塔攻略に不参加だったシェリルは何も解らない。眉間に皺を寄せるシェリルに、タイガは困り顔で説明する。

 

 「さて。今回はどうする? スレイ」

 「……取り敢えず、オレ一人で見に行く。あんた達は待っててくれ」

 

 溜め息混じりにスレイは言って、綱を渡り始めた。

 

 

 この階は今までの階とは違って静かだ。

 恐らくは前の階のスカイドラゴンを恐れて、それより弱い魔物達は寄り付けなかったのであろう。

 アステル達が見守る中、スレイは簡単に向こう岸まで辿り着く。辺りを見回すと、宝箱が三個ある。手前にあるものから回収する。中身は小さなメダルだった。

 スレイから見て右側の岸にも宝箱がある。綱を渡り右岸に移動して宝箱を開けた。此方の中身は白銀に輝く指輪だった。向かい合う鳥が彫られ、その真ん中に菱形の白い宝石が填まっている。

 左岸にも宝箱があるが、あまり良い予感がしない。こういう時は大抵〈人喰い箱〉か即死呪文(ザラキ)を操る〈ミミック〉であったりするが。

 

 (けど一応、確認しておくか……)

 

 スレイが綱を渡る度、アステルは心臓がきゅっとなる。大丈夫だとは思っているが、心配で心配で仕方ない。

 向こう岸で手を合わせて祈るアステルを横目に、スレイは気軽な足取りで縄を渡っていく。

 着いた先の宝箱の前に立ち、スレイは手を伸ばして呪文を唱えた。

 

 「───危険探知呪文(インパス)

 

 「お? なんや?」

 

 シェリルの声にアステルは伏せていた顔を上げると、スレイの前に置かれている宝箱が赤く輝いていた。

 それを確認したスレイは宝箱に触れず、踵を返して此方へと戻る為に綱に乗った。

 途中、スレイが空洞の丁度中心辺りで、いきなりしゃがみこんだ。

 アステルは息が一瞬止まったが、どうやら下の階を覗き込んでいるだけらしい。

 暫くして納得したように立ち上がり、此方へと危なげなく戻って来た。床に着地するスレイを見て、アステルの方が安堵の息を漏らした。

 

 「す、スレイ大丈夫? さっ、さっきの赤い光は何?」

 

 何もしていないアステルの方が疲れきった顔をしている。スレイは震えるその頭をぽんぽんと叩いて宥めた。

 

 「危険探知呪文(インパス)の光だ」

 「インパス?」

 「宝箱に罠が仕掛けられてないか、擬態した魔物じゃないかを触れずに確認出来る呪文だ。青い光は問題なし。赤い光は罠か魔物だ」

 「じゃあ、あの宝箱は……」

 「人喰い箱かミミックだな」

 「へぇ~~。便利な呪文があるもんやなぁ」

 

 感心するシェリルに、スレイは手に入れた指輪を彼女に渡した。

 

 「お、こいつは〈博愛リング〉やな!」

 

 「博愛?」と、アステル。

 

 「愛情がふつふつと沸き上がる不思議な指輪って謂われとる。どんな乱暴者でもこれを嵌めれば、怒りや苛つきが治まって、他者に愛情深く優しくなれるらしいで」

 

 「へぇ?」

 「ふ~~ん?」

 

 アステルはシェリルから受け取ったそれを、マァムと一緒にまじまじと眺める。

 

 「……スレイがこのまま持っとったら? こないだみたいな時に役立つやろ」

 

 シェリルが意地悪く嗤うのに、スレイは目を据わらせる。

 こないだというのは、エジンベアでの一連のスレイの行動についてだろう。

 

 「いいや。オレよりもお前の方が必要だろ。特定の相手に対してな」

 

 スレイも反撃を忘れない。

 特定の相手とは今現在、船で留守番をしている緑髪の彼の事だろう。

 シェリルがぐっと言葉に詰まらせるのを見て、スレイはしてやったりと口の端を持ち上げた。

 あ、これは駄目なやつだ。と、アステルは慌てて二人の間に入る。

 

 「ね、ね、スレイ、シェリル。これマァムにあげてもいいかな?」

 「……あ?」

 「……へ? 別に構わんけど」

 

 突然の申し出に気が()れたスレイとシェリルは、「なんで?」と頭を傾げた。

 

 「マァムに似合うんじゃないかなぁって思って」

 

 (それに最近のごたごたで、マァムのスレイに対する印象が……)

 

 これでスレイに対して、少しでも優しい気持ちになって欲しいという願いも込めて、アステルはマァムの細い指に鳥の指輪を通した。 

 少し大きいかと思ったは指輪は、マァムの指のサイズに合わせて縮み、ぴったりと吸い付いたのでアステルは驚く。

 

 「わあ! 便利」

 「おお、この腕輪と同じだな」

 

 タイガが自分の左上腕に嵌めている〈星降る腕輪〉を見せた。

 イシスで貰ったこの星降る腕輪も、初めは女性が身に付けるような小さなサイズだったが、タイガが嵌めると彼の腕のサイズに合わせて大きくなったのだ。

 

 「そうそう。魔法のかかった装飾品は、様々な祝福を与えるし、大なり小なり精神に影響を与えるもんもあるけど、綺麗やし身に付けたらぴったりとくっつくし簡単には失くさんから、冒険者だけじゃのうて一般人にも結構人気あんねんで」

 

 シェリルが商人顔で説明する。先程のスレイとのいざこざは頭からすっ飛んだようだ。悪い感情をずるずると引き摺らない前向きな所が、彼女の美点だ。

 

 (だからこそカンダタさんに対してだけ、ああなるのが本当に不思議なんだけど……)

 

 アステルは指輪の填まった手を掲げ見るマァムに声を掛けた。

 

 「どうかな? マァム」

 「うん! かわいい~~! キレイ~~! ありがとうぅアステルぅ~~! 大事にするぅ~~!」

 

 マァムはスレイに振り返り、『アステルに貰ったんだぞ。いいだろう』とばかりに彼に見せびらかして鼻で嗤う。……手に入れたのはスレイなのだが。

 

 「……シェリル。博愛だったか? 確か他者に愛情深く、優しくなれるとか言ってたよな?」

 

 『どこがだ』とマァムを指差すスレイに、シェリルもアステルも苦笑を禁じえなかった。

 

 

 

 「───話は変わるが」と、皆に向かって口を開くスレイ。

 

 「三階の宙に浮いた床に辿り着くには、ここの空洞中央部分から、飛び降りるしか方法はなさそうだ」

 

 「…………」

 

 硬直したアステルの顔の前で、スレイは両手をパンッと打ち鳴らした。

 

 「……はっ!」

 「戻ってきたか?」

 「とびっ、飛び降りっ、るって、こここここ、五階……っ!」

 「それしか方法がない。だからこそ竜達は精神を冒された状態にあっても、この階を本能で守っていたんだ」

 「だが、この高さを飛び降りるの流石に無謀じゃないのか? それに宝を守るあの透明な壁はどうするんだ?」

 

 尋ねるタイガに、スレイは皆から少し離れると瞑目した。

 暫くすると彼の服がはためき、白銀の髪が靡く。足元から旋風が起こり、スレイの身体が持ち上がった。

 瞬間移動呪文(ルーラ)と違い、滞空している。

 

 「飛んでる……凄い……!!」

 

 瞬間移動呪文(ルーラ)も飛んでるようなものだとタイガは思うが、アステルにとってはそれはまた別の話らしい。

 アステルが瞳をきらきらさせてスレイを眺めてるのに、マァムが影でチッと舌打ちするのをタイガは見た。

 皆の頭上辺りまで上昇すると、スレイはゆっくりと着地して息を吐く。

 

 「……真空呪文(バギ)の応用だ。練習中だからこれ以上は高くは浮けないし、飛行なんて無理だが、高所からゆっくり下降するぐらいならなんとかなる」

 

 (……ああ。マァム=ノーランがよくやってる風を纏った飛翔術か)

 

 スレイも出来るのか、とタイガは得心がいったように頷く。

 

 「あと、あの浮いた床の周りに張られた結界の事だが。アステルが行けば問題ないだろ」

 

 「え」

 

 先程まで興奮して色付いたアステルの頬が、スレイの言葉でまた真っ白になる。

 可哀想だがその変わりようが可笑しくて、タイガは吹き出しそうになるのを咳払いで誤魔化した。

 

 「なんでアステルなら大丈夫なん?」

 「喋る馬(エド)が言ってただろう。山彦の笛の吹き手はアステルだと。

 あの結界を消せるのは、神器である笛に望まれている者だけだ。

 ……だからアステル。諦めろ」

 

 どう足掻いてもアステルの綱渡りは免れない。

 黄昏(たそがれ)るアステルを置いといて、スレイの説明は続く。

 

 「オレとアステルが降りたのを確認したら、タイガ達は一階の階段部屋まで下りてきてくれ。あそこならまだ安全に待機出来るだろう。

 オレ達は笛を手に入れたら、その場でまた飛び降りるから、そこで合流しよう」

 

 「わかった」

 「りょーかい」

 「反対っ! ハンタイっ! はんたぁ~~いっ!!」

 

 タイガとシェリルが頷くが、マァムは金髪を振り乱して声を張り上げた。

 

 「そんなまじめな事言ってぇ~! ホントはアステルと二人っきりになってぇ、あんな事、そんな事、えっちぃ事するつもりなんでしょおぉ!! このむっつりスケベぇ~~っ!!」

 「するかっ!!」

 

 怒鳴るスレイに向かって、マァムは魔封じの杖を振り翳そうとしたので、タイガが彼女を背後から羽交い締めた。

 いつ解けるか解らないスレイ対応の魔法封じを、今この時にさせる訳にはいかない。

 

 「ちょぉ、タイガぁ~~っ! 離してぇ~~っ! アステルのぉ貞操のぉ危機なんだからぁ~~!!」

 「マァム、ちょっと落ち着こうか。それと魔物が来るかもしれんから、もう少し声落とそうな?」

 

 

 「……シェリルは結局、今回も、綱渡りしなくてもいいんだね……」

 「すまんなー。代われるもんなら代わってやりたいんやけどなー」

 

 どんよりと恨めしげに睨むアステルに対し、シェリルは『よよよ』と芝居がかったしぐさで嘆いた。

 

 

 

 

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