長篇ドラゴンクエストⅢ ASTEL・SAGA 作:ちこちろん
最後の鍵が納められているという海底神殿を目指して二週間後。まもなくエドの言っていた海域に到着する。
甲板に出て渇きの壺を〈大きな袋〉から取り出し、変化が現れるのを注意深く見守る。
「あ……!」
アステルが思わず声を上げた。
手の中にある壺が小刻みに震えている。同時に見張り台に上がって盗賊の技法〈鷹の目〉を使い、辺りを警戒していたスレイの黄金の瞳にも、海面に僅かに顔を出している黒い岩礁を捉えた。
「岩礁だっ! カンダタ、舵を切れっ! 皆、帆を畳んでくれ!」
スレイの掛け声にタイガとシェリルと双子は直ぐ様動く。スレイ自身も見張り台から下りて力を合わせて帆を畳むと、錨が下ろせる場所で船は停止した。
「……で。こっからはどうしたらいいんや?」
アステルの手の中で震え続ける壺を見下ろしながら、シェリルが首を傾げる。
喋る馬エドの話では壺が道を拓いてくれると言っていたが、具体的には何が起こるのか。
「……もしかして。あの浅瀬にもっと近付かないといけないのかな?」
「けど、それやと船が乗り上げてまうで」
「なら船はこのままここで待機して、小舟で近付くしかねぇな」
船橋から甲板に下りてきたカンダタがそう言うと、トエルとノエルがタッと走り、甲板の端に設置されていた小舟の掛布を取り外した。
小舟を海面に下ろすと、アステル達は縄梯子で小舟へと乗り込んだ。
タイガとスレイが櫂を漕ぎ、アステルは
浅瀬に近付くに連れて、渇きの壺はまるで海に引き寄せられるように動き出した。
「壺が、持ってかれるっ……あっ!?」
アステルは持っていられず手離すと、壺は浮かび上がり、岩礁に向かって自ら海へと飛び込んだ。
暫くすると海面が大きく揺れ、壺が落ちた場所に渦潮が発生する。辺りの海水が渦の中心に吸い込まれるようにして、どんどんと減っていく。
「きゃっ!!」
「ひゃはっ!」
「わっ!」
「うおっ!!」
「舟に掴まれっ!
───
勿論アステル達の乗る舟を浮かべている海水もみるみる間に減っていく。スレイは風の呪文を応用して、渦に引き寄せられないように、転覆しないように舟を安定させる。
「つぼぉ~~っ!」
マァムの声に皆がそちらを見ると、海水が減った事によってそれが見えた。
渦の中心にある渇きの壺の口に、海水が際限なく吸い込まれていく様を。
「すご……」
シェリルが思わず漏らした言葉に、皆が心内で頷く。
遂に地面は完全に干上がり、アステル達を乗せた舟は岩床に鎮座した。
岩の表面にはフジツボなどの海岩貝や緑の藻が張り付いている。
アステルは舟から降りると、周りを一周するように見回した。
海のど真ん中に空けられた空洞。
どういう仕組みなのか。一帯が高い透明な壁でもあるかのように仕切られ、海水が此方へと流れ込まない。
魚達は全てあちら側に流されたのか、それとも元々こちら側にはいなかったのか。今いる場に打ち上げられてはいなかった。
マァムは目を爛々とさせて、透明な壁越しの海の世界を眺めている。
「どうなってんねん、これ……」
「……結界だろうな。深海にも魔物はいるからな」
おっかなびっくりで辺りを見回すシェリルに、スレイは溜め息混じりで答えた。
「アープの塔のヤツと同じやつだな」と、タイガ。
「……だからアステル。お前は絶対に近付くな。間違っても触るなよ」
アステルの背中がギクリと強ばる。興味津々で透明な壁に近付こうとするアステルに、スレイはしっかり釘を刺した。
「マァム~っ! 行くでぇ~っ!」
「はぁ~いっ!」
しょんぼりとするアステルの背中を、シェリルが慰めるように叩きながら、マァムに声を掛ける。
岩礁……いや、岩山に囲まれた小さな神殿入り口の前に転がる渇きの壺を、アステルは拾い上げた。
壺の中を覗いて見たが、壺の中には何も、水滴一つも付いていなかった。
「吸い込んだ海の水はどこに行ったんだろうな?」
タイガが尋ねるも、誰も答えられない。
一行は中へと入る。下に下る階段を降りると、そこには海水が残っていたが、足首が浸かる程度だった。
壁や床に海藻や貝などが張り付いている事はなく、また古びてもいない。
明り窓から射し込む陽光が、神殿の中を淡く照す。光に照された薄青の大理石の天井や柱は透明に輝き、吐息を漏らす程美しかった。
広い空間の中心部、丸い天窓の真下に辿り付くと、床の一部が突然せり上がった。
天窓から陽光とは違う、金色の光がせり上がった台に降り注ぐ。
金色の光が止むと、台の上に一つの鍵が現れた。
アステルは鍵を手に取る。
それは
「これがどんな扉でも開く《最後の鍵》……」
「アステル! 見せて、見せてっ!」
アステルは興奮気味のシェリルに鍵を手渡した。シェリルは鍵に指を滑らせ、感触を確認する。硬質に見えるが柔らかい。天窓から漏れる光に鍵を翳して眇め見る。鍵は光に透けた。
「うわー……見た事も触った事もない金属や。コイツが伝説のマネマネ金ちゅうやつかぁ」
「奥に扉があるぞ。試しに使ってみたらどうだ?」
タイガが空間の奥を指差す。その扉の手前では、マァムが床に落ちてた小さなメダルを見付けてはしゃいでいた。
……アープの塔の結界内にあった事といい、小さなメダルは一体いつの時代からあったものなのだろう? と、アステルは首を捻らす。
「アステル!
動かないアステルに焦れたシェリルが声を掛ける。
「あ、ごめん」
アステルは奥の扉まで進む。鉄格子の扉はまるで何かを封印しているかのようで、アステルは開いていいのか一瞬戸惑うも、思いきって最後の鍵を射し込み、回した。
ガシャンと大きな音をたてて施錠が解かれ、扉がひとりでに開く。
中は窓一つない小部屋だった。
部屋の奥、王が座る玉座のような豪華な椅子に、赤い法衣と背の高い帽子を被った……尼僧の出で立ちをした骸骨が座っていた。……と。
「ぬあっ!?」
マァムの驚きの声に、皆が一斉に彼女を見た。
マァムの背中に背負う魔封じの杖が、ひとりでに彼女から浮かんで離れ、玉座に座る骸の手の中に収まった。
魔封じの杖の先端の骸骨の、虚ろな眼が赤く輝くと、骸のぽっかり空いた眼にも同じ光が灯る。
『……神に導かれし資格ある者よ。よくぞここまで参った』
「ひいっ!!!」
青褪めたシェリルは、慌ててタイガの背中に隠れる。
アステルだってこの手の類いは平気ではないが、毎回シェリルが大袈裟に怯えてくれるものだから、ある程度冷静になれる。
「……貴方は?」
『私は古を語り伝える者。……最後の伝承者。
我が骸はここにあったが、我が魂は魔封じの杖の中に宿り眠っていた。
こうして目覚め、骸と一つになったのも神のお導き』
『イシス砂漠の南、グランディーノの山奥にギアガの大穴ありき。全ての災いはその大穴より、いづるものなり』
伝承者は吟うように語る。
「ギアガ……大穴」
───天を穿った穴。吸い込まれた先……は。
何かが記憶に引っ掛かり、アステルは頭を押さえる。
「アステル?」
スレイがアステルの肩を掴み、アステルはハッと我に返った。
「ごめんなさい、大丈夫だから」
「………」
明らかに無理に浮かべた笑みにスレイは眉を顰めるも、アステルの肩を離す。
「……ギアガ火山って、オルテガさんが消息絶った場所やなかったか?」
シェリルがタイガの背中からおずおずと顔を出した。
『───否』
伝承者が声を発すると、シェリルはまたタイガの背中に隠れた。
『躍動する山の方ではない。眠りについた山々、グランディーノの都より東、聖なる湖を越えた荒廃の地に大穴は在る。
グランディーノの民は神より、大穴の封印を見守る役目を授かっておった。
しかし、その封印もグランディーノの王が
「それが……バラモス」
『神に導かれし者よ。魔を滅する運命を負う者よ。心せよ。穴を閉じぬ限り、此の世の災いは無くならぬ』
「どうすれば穴を閉じられるのですか?」
アステルは問う。
『───竜の女王を尋ねよ。
ここより西。高く険しき山の頂きにいと
「竜の、女王様……神の翼なら……」
アステルが呟き返した、その時。
手に持っていた渇きの壺が震え始めた。
そして。
「きゃあっ!?」
彼女の手から離れた渇きの壺は、魚の口を模した注ぎ口から吸い込んだ海水を突然吐き出した。
『……我が役目もここまで。急ぎこの地を離れるが良い。まもなくここは再び海に沈む』
海水は怒涛の如く吐き出され続ける。足首に浸かる程度だった水面が、もう既に膝に届きつつあった。
「アステルっ! リレミトだっ! 脱出するぞっ!!」
「だ、だけど……っ」
「あ~んっ! あたしの杖ぇ~~っ!」
「命優先やっ! 諦めっ!」
伝承者を気にするアステルの腕をスレイが強引に引っ張り、魔封じの杖に手を伸ばして嘆くマァムをシェリルが叱咤し、タイガが抱え上げた。
『───優しき者よ。楽しき者よ。案ずるな。これでやっと我は眠れる。天へと還れるのだ』
海水が満ちる轟音に紛れて届いた伝承者の言葉とカッカッカッと笑う魔封じの杖の骸骨に、アステルはぐっと唇を引き締め、皆が手を繋いでいるのを確認して
外に脱出したと同時に、神殿の入り口から大量の海水が噴出する。
今度はスレイが素早く
転移の光が船の甲板へと降り立つ。アステル達は半ば投げ出されるかたちで各々甲板に転がった。
てっきり舟で戻って来ると思っていたカンダタと双子は、目を丸くして帰って来たアステル達に駆け寄る。
神殿は沈む。まるでコップに水が注がれるように、海のど真ん中に空けられた空洞に海水が満ちていく。程なくして岩礁が頭を出した元の海が船の前に広がっていた。
……と。何処からともなく渇きの壺が降ってきた。甲板に落ちたそれは破損する事なく勢いよく転がる。
トエルが拾い上げ、ノエルと一緒に壺の中を覗き込む。
───無論。中には何も入ってなかった。