長篇ドラゴンクエストⅢ ASTEL・SAGA   作:ちこちろん

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父の足跡

 

 

 ダーマの神殿より北東、険しい山岳と大河を越えたその先には、広大な緑の海が拡がっていた。

 木々は数百年も前から存在している事を示すかのように、どれもが背が高く幹は太い。空を覆い隠さんばかりに葉を繁らせ、その隙間から降り注ぐ光は、まるで天からの梯子のよう。

 様々な針葉樹と広葉樹が入り乱れて存在する世界最大の森林地帯であり、この森から世界は拡がったとされる原初の森。

 この地の何処かに根付いているという《世界樹》と呼ばれる大樹は、この世界と異なる世界を繋ぐ神の木ともいわれていた。

 その幹や枝は神の住まう天界を支え、根は死霊の世界である冥界にまで伸びて通じているという。

 故にか世界樹の葉には、冥界へと旅立たんとする魂を現世(うつつよ)に呼び戻す力があると神話物語で語り継がれていた。

 命ある者誰もが夢み、その奇跡を欲した。

 だがしかし。その世界樹の元へと辿り付けた人間は、誰一人としていない。

 

 

 ある日のこと。大森林の中に不自然にある巨大な四つの岩山が一瞬の輝きを放った。

 その岩山の一つの麓に翠緑の髪の少年が佇んでいた。

 髪と同じ鮮やかな翠の瞳を不思議そうに瞬かせ、先程淡く輝いた岩肌に触れる。その手触りに眉を顰めて、少年は蔦を取り払い、苔を擦ってみた。

 すると岩肌と思っていたそれに不思議な紋様が現れた。

 遠目からは岩山に見えていたそれは、どうやら角錐(かくすい)型の遺跡だったようだ。

 

 ───ニャーン。と。

 

 己を呼ぶ可愛らしい声に少年がそちらを向けば、森の暗がりに映える真白い子猫がじっと此方を見ていた。

 子猫がもう一鳴きすると「わかった、わかった」と、少年が子猫の方に歩み寄る。

 子猫は少年が付いてくるのを確認すると、再び森の中を歩き始めた。

 飼い猫の先導を受けて、少年は鬱蒼とした森の中をひたすら歩く。

 露や苔むして滑りやすい地面を爪で掻き、倒木や低い隧道のような大木の根っこの隙間を子猫は難なく潜り抜けて行く。

 主の気も知らないで悪路を軽快に進む子猫に、少年は苦笑いを浮かべつつもその後を追った。

 

 そうしてようやく辿り付いた場所は。

 

 天を突くような巨大な木の根元だった。

 それは木というよりも、天へと通じる塔のようにも感じられた。

 この森で拾われ、この森で育てられた少年が初めて見る程の巨大な木だった。

 むしろ今まで何故、その存在に気付かなかったのかと不思議にすら思う。

 そして同時に少年は確信もしていた。

 

 (───これが、世界樹……)

 

 木が発する甘く爽やかな空気に包まれて、少年は吐息を漏らす。

 先導役の子猫は役目を終えたとばかりに、世界樹の根に腰を下ろし欠伸をして丸くなった。

 その様子に頬を緩ませ、少年は目の前の世界樹を見上げた。

 

 すると風もないのに世界樹がざわめいた。

 

 揺れる枝から鮮やかに輝く翠緑の葉が一枚、離れて宙を舞う。

 ひらりひらりと舞い降りた葉を、思わず伸ばした少年の手が捕らえた。

 少年は自らの手よりも大きな葉を見、それから目の前の巨木を見上げる。

 

 世界樹は少年に語り掛けるように、ざわめき続けていた。

 

 

 

* * * * * * 

 

 

 

 「最後の鍵もなんとか手に入った事やし、次はランシールの神殿やんな?」

 

 海底神殿への(みち)を開くその役目を終えた渇きの壺を大きな袋に仕舞うと、シェリルはアステルに話し掛ける。

 

 「鍵の掛けられた神殿の先に青の宝珠(ブルーオーブ)があるんだよな?」

 

 愛用の魔封じの杖が沈んだ海を未練タラタラで眺めるマァムの頭をよしよしと撫でながらタイガが尋ね、スレイが頷く。

 

 「なら《船ごと瞬間移動呪文(ルーラ)》だね?」

 

 「ちょぉ~っと待ったぁっ!!」

 

 次なる目的地が定まったところで、カンダタがアステルに待ったを掛けた。

 

 「か、カンダタさん?」

 「もう少し先にムオルって小さな村がある。こっからなら一日もかかんねぇ、折角だから寄ってみねぇか?」

 「……そこになんかあるんか?」

 

 訝しげにシェリルが尋ねるとカンダタはにやりと笑った。

 

 「ああ。ムオルは俺が初めてオルテガさんと出会った村だ。で、オルテガさんを救った縁深い村でもある。行ってみたくねぇか?」

 

 その言葉にアステルは返事するより先に、頭が勝手に頷いてしまった。

 

 カンダタの話では父オルテガは魔物との戦闘の最中(さなか)、魔法らしき力で西大陸最果ての地と呼ばれるムオルの村付近にまで飛ばされたという。

 オルテガはその戦いで大怪我を負い、倒れ動けずにいたところを、ムオルの村の子供が見つけ、大人達を呼んで助けたらしい。

 

 「ある島国で強力で邪悪な魔物が悪さをしてたそうだ。その国の権力者が退治に乗り出していた所を、たまたま立ち寄っていたオルテガさんが助っ人を買って出たらしい」

 「……強力な魔物って、一体どんな……」

 「オルテガさんの話じゃ、灼熱の炎を吐き出す八つの頭を持った山のように大きな身体の竜の魔物だったと」

 「……八つの頭の竜だと!?」

 

 今まで黙って話を聞いていたタイガが突然身を乗り出し、常時よりも強めの声音で問い返した。

 

 「カンダタ、それはいつの話だ?」

 「へ? ……確か俺が十四の頃だったから、今から十三年くらい前だった筈だ」

 「十三年前……まさか」

 「……いきなりどないした? タイガ」

 「タイガぁ~~?」

 

 伏し目がちで黙り込むタイガに、シェリルとマァムが声を掛ける。

 我に返ったタイガは、今さら皆が己に注目しているのに気付き、取り繕うような笑みを浮かべた。

 

 「……ああ。すまん、取り乱した」

 「もしかしてタイガの知ってる魔物だったの?」

 「あ~……」

 

 何故かタイガは言いにくそうに口ごもる。だが、まっすぐに見つめてくるアステルの青の瞳から逃れられない。

 タイガは諦めたように重い口を開いた。

 

 「もしかしたら……だが。オルテガは過去に俺の故郷の窮地を救った剣士かもしれん」

 「「「え!?」」」

 

 食い付くアステル達にタイガは頷いた。

 

 「───俺の故郷(くに)出雲(いずも)……いや、ジパングといった方が皆にはわかりやすいか。

 そのジパングを襲った脅威が八首(やつくび)の竜なんだ」

 

 タイガは語る。───竜とは、古くから山と川の恵みを齎す神とジパングでは崇められてきた。

 だが、ある時。竜は禍津神(まがつかみ)となってジパングに厄災を振り撒いた。

 神の山より度々里に降りては、家屋や田畑を踏みつけ、吐き出す炎で焼き払い、家畜や人を食らった。

 

 「ジパングは代々女王が治めているんだが、彼女達には強力な神通力……まあ、僧侶や神官みたいな力だな……それを持っていてな。

 女王は常に竜と通じ合っていた。互いに些細な変化も気付ける程に。

 それが突然竜の声は途絶え、前触れもなく禍津神となってしまった。

 女王は竜を鎮める為、彼女の後継である娘と国に伝わる神剣を操る息子、選び抜かれた(つわもの)達を連れて、禍津神と対峙した。

 女王は禍津神と対話し浄化しようとしたが、猛り狂った竜に女王の言葉も力も通じなかった。

 竜が禍津神に転じる事は過去になかったわけじゃない。穢れなき神は邪気にその魂を犯されやすい。恐らくは魔王がこの世界に現れた影響なのだろうと思う。

 女王は古から伝わる神浄の儀……禍津神を神の山の中を流れる火の河へ還し、竜を犯す穢れを祓う事を決断した。

 女王の息子が持つ神剣はその昔、禍津神に成り果てた竜の残した尾より生まれた剣で、その剣ならば人の身でも竜と太刀打ち出来るといわれていた。

 禍津神となった八首の竜との戦いは凄絶なものだった。多くの者が傷付き、命を落とした。それでもなんとか禍津神を神の山にある火の河まで追い詰める事が出来た」

 

 そこでタイガは言葉を切った。

 アステルは彼を見た。語ろうと口を開くも言葉が音として出なかったような、出せなかったような。そんな自分に対して動揺しているような。

 初めて見るタイガの表情にアステルは目を見開く。

 タイガは深く息を吐いて、改めて口を開いた。

 

 「……ところが。あと一歩の所で肝心の神剣の使い手である女王の息子が倒れたんだ。

 万事休すと思われたその時、何処からともなく現れた剣士が女王を救った。

 剣士は女王の息子から神剣を借り受け、竜の吐く炎に体を焼かれながらも、八首の竜の三つの首を切り落とした。

 女王はその命をかけ神通力で、弱った竜を火の河の底へと還したんだ。

 ……だが、戦いが終わり皆の気の緩んだその一瞬の間に、剣士はその場から姿を消したんだ」

 

 「姿を……消した?」

 

 問い返すアステルにタイガは頷く。

 

 「剣士が立っていたその場に残っていたのは、禍津神の血を浴びた神剣だけだった」

 

 「脱出呪文(リレミト)か?……強制転移呪文(バシルーラ)なら一体誰が……」と、スレイが呟く。

 

 「こうしてジパングは破滅の危機を乗り切った。

 その後、剣士が俺達の国に再び訪れたのかは……俺にはわからない」

 

 「わからない?」

 

 眉を顰めるスレイに、タイガは力なく笑った。

 

 「俺はその戦いに参加していた。で、この通り片眼を失ってな。

 意識も視界も朦朧としていて、突然現れた剣士の姿もはっきりとは見えなかった」

 

 そう言ってタイガは黒の眼帯で覆った右目に手をやる。

 

 「……俺はあの戦いでなにも出来なかったんだ」

 

 溢れるように出た言葉に、アステルははっとする。

 

 「それで俺は己の未熟さを痛感して、鍛え直す為に国を出て修行の旅に出たんだ」

 

 ───だから。剣士がオルテガかもしれないと予測でしか答えられず、そしてその剣士が再び彼の故郷に現れたかどうかは、わからない。と。

 

 「……タイガ」

 「なんだ?」

 

 恐らく彼が今語った過去は、彼の古傷そのものだったのだろう。まだちゃんと治っておらず、痛みもあるかもしれない。

 謝罪の言葉が出そうになるのを、アステルは呑み込む。

 

 何故か謝ってはいけない気がしたのだ。

 

 

 「……話してくれて、ありがとう」

 

 そう言うと、タイガは残っている左目を細め、アステルの頭をぽんぽんっと優しく叩いた。

 

 

 「なるほどなぁ……」と、顎を撫でて唸るカンダタ。

 

 「そいつの話に出てくる剣士ってのが本当にオルテガさんなら、初めて会った時のあの全身大火傷(おおやけど)も説明がつくな」

 

 「全身……大火傷!?」

 

 思い出すように苦く呟くカンダタに、アステルが泡食って問い詰める。

 

 「ああ。虫の息で生きてんのが本当に不思議なくらいだったぜ。俺がたまたま持っていた《世界樹の葉》で命拾いしたんだけどよ」

 「世界樹の葉って、お伽噺に出てくる死者を蘇らせる、あの?」

 「世界樹って実在しとるんか!?」

 「シェリル。この杖がなにで出来てるか忘れたか?」

 

 スレイが傍らに置いてるルーンスタッフに視線を遣り、アステルとシェリルもそれに倣う。

 ルーンスタッフは世界樹の枝で出来てると、ダーマの神殿の大神官ナディルが説明して託してくれたものだった。

 

 「世界樹はある。だが世界樹の葉に伝説にあるような、死んだ人間を生き返らせる力はない。

 病や怪我による瀕死か、即死呪文を受けた直後の仮死のような状態に与えれば絶大な治癒蘇生効果があるんだ」

 

 そこでスレイはアステルに見向く。

 

 「死んだ者は生き返らない。……ましてやその身体すらなかったらな」

 

 アステルの心に一瞬だけ灯ってしまった希望の火はあえなく消えた。

 そうだ。オルテガはギアガ山にて襲い掛かってきた魔物と相討ちになり、火口に落ちてその遺体すらないのだ。

 スレイを見返したら、彼が苦し気な、悲しげな目をしていたのに気付いた。

 アステルは彼に笑み、頷く。

 わかっている大丈夫だ。と伝える為に。

 

 (───そう言えば)

 

 「……父さんの最期を伝えてくれた人って一体誰なんだろう……」

 

 「知らないのか?」

 

 意外そうに尋ねるタイガに、アステルは頷く。

 

 「うん。父さんの訃報の報せを聞いて、私と母さんが登城した時にはその人はもういなかったの。

 王様達は引き留めたらしいんだけど、まだやらなきゃいけない事があるからって。

 あまりにも切迫した様子で引き留めきれなかったって……。

 父さんをネクロゴンドまで送り届けた船乗りだとは聞いたけど……」

 

 しかし。父をネクロゴンドまで送った船乗りは船に待機していて。父と共に戦い、旅をしていたサマンオサの勇者サイモンは最終的にはその場にいなかったのに。

 

 今更ながらの疑問を呟くアステル。と。

 

 「そりゃ俺の親父だ。親父がオルテガさんに同行して、俺が船に残ってたんだ」

 

 あっけらかんと答えたカンダタに、スレイを除く皆が口をぽかんと開けた。

 

 「あれ、言ってなかったっけな?」

 「言ってません!」

 

 カンダタがオルテガと知り合いなのは、聞いて知っていたが。まさかオルテガの旅の同行者の息子で、彼自身も同行していたとは。

 

 「わりぃわりぃ。……てか嬢ちゃんも俺が仲間入りした時点で突っ込んで話聞いてこなかったじゃねぇか」

 「…………ですね」

 

 カンダタの指摘にアステルは目を気まずげに逸らした。

 

 「……まあそこらはおいおい説明するとして。今から向かうムオルで俺と親父は、瀕死の状態のオルテガさんと出会ったんだよ」

 「スレイは?」

 「オレがカンダタと師匠に出会う前の話だ」

 

 「ふぇぇ~~~くしょっ!!」

 

 そこでずっと暇そうに黙っていたマァムが盛大なくしゃみをした。

 寒風吹き荒ぶ甲板で話を始めて随分と時間が経ってしまった。

 

 「……取りあえず移動するか。昼に着けるのが、夜になっちまう」

 「そうですね」

 

 カンダタの言葉にアステルは素直に頷いた。

 

 

 

 

 

 船は海底神殿のあった岩礁から南へと、バハラタやダーマがある西大陸東部を陸沿いに進む。

 海の上をぷかぷかと漂う流氷と、遠くにある雪山や所々残り雪を残す大地を眺めながら、アステルはかじかむ手を擦り合わせる。 

 夏でこうなのだ。真冬ならば一体どれだけ過酷な船旅となっていただろうか。と、そんな事を想像してアステルは体を震わせ、空を見上げた。薄い青の空に雲はない。

 

 

 (───しらなかった)

 

 父がそんな大変な、危険な目にあった事があったなんて、全然知らなかった。気付けなかった。

 家に帰ってくる時の父はいつも元気で。アステルや母、祖父に不調など悟らせる事はなかった。

 

 (……あ、でも母さんは気付いてたかも)

 

 影で叱られてたりして。

 アステルが知らない所で母に無茶を叱られている父を想像する。隠してた怪我を手当てしながら笑顔で怒る母に、大きな身体を縮めて頭を何度も下げて謝る父。

 それがとてもらしくて、アステルは軽く吹き出す。

 

 扉口で剣と荷物を携えて立つ父の姿。

 

 『父さん!』

 

 駆け寄った勢いのまま抱き付くアステルを父は抱き止めると、脇に手を差し込みアステルを軽々と持ち上げた。

 

 『アステルただいまっ! おお! また大きくなったなぁ!!』

 

 高い高いをされたまま、微笑む父を見下ろしてアステルも『おかえりなさい!』と笑う。

 アステルが物心ついた時から、繰り返されてきた父とのお決まりの触れ合い。

 しかし。大好きなその笑顔を思い出そうとするとそれはぼやけてしまう。

 自宅に飾られた肖像画の父の笑みを頼りに思い出そうとしている自分に気付き、アステルは寂しげに笑った。

 

 カンダタが指摘した通り、オルテガの、父の話題をアステルは無意識に遠ざけていたかもしれない。

 今のように喪失による愁腸に襲われるのを避ける為に。

  

 

 

 「───アステル?」

 

 名を呼ばれてアステルは視線を空からそちらに向ける。

 

 「スレイ」

 「見張りなら代わるぞ。中に入って少し暖まれ」

 「ありがとう」

 

 礼を言いつつもこの場を離れようとしないアステルにスレイは肩を竦め、彼女の隣に立ち、船縁に凭れる。

 冷たい風からアステルを守るようにそこにいる彼に、それだけで胸が暖かくなるのをアステルは感じた。

 

 

 

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