長篇ドラゴンクエストⅢ ASTEL・SAGA   作:ちこちろん

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思いがけない再会①

 

 

 連日続いていた雪嵐がようやく止んだものの、青空が拝める事はない。

 最果ての地ムオルの空は、一年の殆んどが灰白色(かいはくしょく)で薄暗い。真冬ならば尚の事だ。

 真白い雪に埋もれるようにぽつぽつと建ち並ぶ家々の、その中の一つの扉が開く。

 出てきたのは少年のポポタだった。

 頭から爪先まで馴鹿(トナカイ)の毛皮の防寒具で厳重に身を包んだ少年は、扉を閉めると息を吐き出して少しだけ空を仰ぎ見る。それから駆け出した。

 十一歳のポポタに父はいない。

 ポポタが物心つく前に、狩りの最中魔物に襲われ死んでしまった。

 以来薬師である母リーズと支え合って生きている。

 その母から預かった薬を客の元へと届けに、ポポタは雪掻きの済んでいる道を駆ける。

 目的の家に辿りつくと、家先で初老婦人と明らかに村の者ではない風体の男が、何やら話をしていた。

 地面に付きそうな長いローブに杖を携えた……いかにも魔法使いな(てい)の男は婦人に手紙を渡すと一礼して離れ、手にある杖を掲げた。

 光に包まれた男は空に向かって飛び立った。

 

 (───転移の魔法だっ!)

 

 ポポタは目を瞪る。空に描かれた魔法の光が消えるのを見届けて、ポポタは婦人の元へと駆け寄った。

 

 「こんちはっ! ジルさん、薬届けにきたよ!」

 「おやポポタ。ありがとうね」

 「ぎっくり腰の具合どう? フリックさんは?」

 「ああ。あんたの母さんの湿布のお陰で、痛みはだいぶマシになったよ。うちの人は丁度出掛けててねぇ」

 

 腰を庇うようにゆっくりと家に入ろうとするジル婦人の手を、ポポタは取って支えた。

 居間の暖炉の側に置かれている椅子にゆっくりと腰を下ろしたジルは、ふーっと長く息を吐く。

 

 「世話かけたねぇ。薬のお代はそこのテーブルの上に置いてあるから持っていっておくれ」

 「うん」

 

 ポポタはテーブルの上に置いてある八ゴールドを手に取り確認すると、懐に仕舞う。ここムオルでは薬のお代は物資や食材等との交換が殆どだ。

 だが、ここの夫婦は遠く離れた国に住む息子の仕送りがあり、薬の支払いはもっぱら貨幣(ゴールド)である。

 すぐそばにあった膝掛けもついでに取ると、ポポタはジルの膝に掛けてやった。

 

 「あら、ありがとうね」

 

 気が利く優しい少年にジルは染々と呟く。

 

 「しょっちゅう村を抜け出しては、リーズや皆に心配かけていたあの腕白坊主が……成長したねぇ」

 「そ、そんな事より! さっきの魔法使いだよね?」

 

 照れ隠すようにポポタは話題を変える。

 

 滅多にないが、瞬間転移呪文(ルーラ)が使える術者が、荷物や手紙の配達にここにやって来る事がある。

 依頼料は旅人ギルドを通した適正価格だが、場所や距離によっては高額となる。更に魔物が凶暴化する今、依頼料は値上がりする一方だ。

 

 興味津々な顔でジルの手にある手紙を見つめるポポタに、ジルはにっこりとして手紙の送り主を答えてやる。

 

 「アリアハンに住む息子夫婦からだよ」

 「アリアハン!」

 

 アリアハンという国の名に、ジルの予想通りポポタは食い付いた。

 

 「確か末の息子さんだよね。ここを旅立ってアリアハンの女の人と結婚したって」

 「そうだよ。結婚前に私らに会いに来たきりだ。あっちで生まれた孫娘にはまだ会った事はないけどねぇ」

 

 「……それは、寂しいね」

 

 眉を下げる少年の金髪にジルは手を置いた。

 

 「今のご時世じゃねぇ。魔物もどんどん強く厄介になってるし、船旅も容易じゃない。何よりアリアハンは遠すぎる。

 十にも満たない子供を連れて旅するなんざ、無茶もいいとこだよ」

 

 ポポタは以前、自宅に居候していた旅人が見せた世界地図と彼の故郷話を思い出す。

 アリアハンはここムオルからは海を越えた、遥か遥か南にある島国だった。

 

 「……まあけど、その息子は城の衛兵として働いてるから。そのお給金でこうやって手紙のやり取りが出来てるだけマシだよ」

 

 言いながらジルは封を開いて、手紙に目を通した。

 

 「アリアハンかぁ……」

 

 ポポタの空色の瞳が暖炉の炎に照され、オレンジに染まりきらきらと輝く。

 彼の脳裏に浮かぶのは、身体中包帯だらけの満身創痍の男。

 ジルのいう腕白坊主だった頃の自分と向かい合って構ってくれた。

 動けなかった頃は器用な手先で色んな玩具を作ってくれ、元気を取り戻し始めると、大袈裟な手振りで表情豊かに自作の英雄譚を語り聞かせてくれた男の姿を。

 父との記憶がないポポタにとって、ポカパマズはまさに理想の父親像であり、憧れの男だった。

 

 「……今頃ポカパマズはなにしてるのかなぁ」

 

 「───えっ!?」

 

 ぼんやりと思い出に浸っていたポポタは、ジルの驚く声に我に返った。

 

 「どうしたの?」

 「息子家族がこっちに来るらしいんだ」

 「本当に!? よかったじゃん!」

 

 子供が旅についていける程度には大きくなったのだろうか。

 

 「いつ会いに来るの? 今年の夏?」

 

 息子夫婦の来訪を自分の事のように喜んでくれるポポタにジルは目を細め、再び手紙へと目を落とす。

 不意にジルは眉を顰めたので、ポポタは小首を傾げた。

 

 「おばさん?」

 「……会いに来るんじゃなくて、アリアハンを離れてこっちで私らと住むって」

 「ええ!?」

 

 ポポタが驚き、ジルが訝しげになるのも無理はない。

 なに不自由ないであろう王都に住んでいるというのに、一年の殆どが厳しい寒さと雪に覆われている、こんな環境下の辺鄙な村にわざわざ移住するなんて。

 

 「……っていうか、もうこの西大陸に移動しているみたいだ。

 なんでも孫娘が大やけどを負ったらしくて、その療養にダーマに滞在していると」

 「お孫さん? その子、大丈夫なの?」

 「やけど自体は跡も残らず綺麗に治ったらしいんだけど、その時の恐怖で心が塞いでしまってるんだと。

 環境を変えて療養したいんだって。

 雪解け頃に此方にやって来るらしいわねぇ」

 「雪解けって……まだまだ先だよ? 滞在費とかどうすんの?」

 

 ポポタの疑問は(もっと)もである。しかし手紙にはちゃんとその答えも書いてあった。

 

 「王国が出してくれているようだね」

 「ひえ~~。息子さんすごいねぇ」

 

 というか。王国が一介の兵士をそんなに優遇するものなのだろうか。

 

 (息子さん、何か大きな手柄でもたてたのかなぁ?)

 

 なんとはなしにポホタは暖炉の炎に目を遣る。

 

 炎の中で薪がばちんっと爆ぜた。 

 

 

 

 

 

* * * * * * 

 

 

 

 

 「───久しぶりね、アステル。……また会えるなんて、思ってもみなかった」

 「う、うん……久しぶり、アニー」

 

 顔見知りにしてはどこかぎこちない二人に、仲間達は怪訝そうに顔を見合わせ、ポポタとその母は心配気に彼女達を見守る。

 

 「あのっ! その、身体は……?」

 

 思いきったような声を出すも、徐々に萎んだアステルの問う声に、アニーは小さく苦笑を浮かべた。

 

 「……あの時(・・・)すぐにおばさんに治してもらったから。跡一つもないわ」

 「……そう」

 

 アステルはほっと息を吐く。しかしすぐその表情は曇った。

 

 「あの時は……本当にごめんなさい」

 

 深く頭を下げて謝罪するアステルに、アニーは黙って首を横に振った。

 

 「髪、随分短くしたのね」

 

 此方を窺うような、躊躇いがちな声にアステルははっと顔を上げ、うなじに手を当てて苦く笑う。

 

 「う、うん。旅をするのに邪魔になるから」

 「……そう。あの頃の目標通りなら、旅は成人した日から?」

 「……うん。もうすぐ二年になるかな……」

 「そうなんだ」

 

 会話が途切れるとアステルとアニーはまた俯き、気まずげに黙りこくった。

 

 「───アステル、知り合いやったんか? ウチらにも紹介してーな」

 

 重苦しい沈黙を破ったのはシェリルだった。殊更明るい声を出してアステルとアニーを交互に見る。

 

 「あ、ごめん」

 「ごめんなさい。挨拶が遅れてしまって」

 

 アニーは改めてシェリル達の方を見向くと、小さく頭をさげた。

 

 「わたし、アニーといいます。アステルとはアリアハンにいた頃、よく一緒に遊んでいたんです。

 今から十年前にムオルに住んでいた祖父母と暮らす為に移住して来たんです」

 「なんや! じゃあアステルの幼馴染みなんやな!」

 「あなたは?」

 「あ、ウチはシェリル。ウチらはアステルの旅の仲間や。で、ウチとこっちにいるマァムもあんたと同じ、アステルと子供の頃からの付き合いで幼馴染みや。

 ウチら、あんたとは入れ違いでアリアハンに越して来たみたいやな」

 

 「───っ、……そう、なんですね」

 

 アニーの反応にシェリルは小首を傾げた。彼女の控えめな笑顔が泣きそうに歪んだように見えた。

 ……と。おもむろにポポタがアニーの元に歩み寄り、彼女の肩を抱き寄せた。

  

 「きゃっ! ちょっとポポタっ!」

 「なに今さら照れてんだよ。おれのかわいい嫁さん」

 

 アニーは頬を赤らめポポタの胸を突っぱねて離れようとするも、逆に両腕でがっちりと拘束されてしまう。

 先程まで暗い表情だったアステルも「よ、嫁?」と、驚いて瞳をしきりに瞬かせた。

 

 「い、いつ……?」

 「おれもこいつがムオルにやって来た時からの付き合いでさ。結婚は昨年の今頃かな」

 「そ、そうなんですか。その、……アニー、おめでとう」

 「……あ、ありがとう」

 

 戸惑いつつも祝福を述べるアステルに、アニーも気恥ずかしげに返した。

 謎に張り詰めた空気が少し柔らかくなり、シェリルは軽く息を吐いた。

 

 「オルテガさんの事はこいつから聞いたんだよ」と、ポポタ。

 

 「ああ、成る程な」と、顎に手を当ててカンダタは納得する。

 

 「───アステル。もう陽も暮れる。そろそろ宿の手配をしに行った方がよくないか?」

 「あ、うん」

 

 スレイの言葉に気がつけば、窓から入る光は殆んどなくなり、暖炉の明かりが部屋の中を照らし始めていた。

 

 「まだここに滞在するのかい?」

 「え、あの、……」

 

 尋ねるポポタにアステルはいつになくしどろもどろとした様子で、助けを求めるかのようにスレイを見る。

 

 ここに滞在する理由は特にない。

 《船ごとルーラ》でランシールに向かうのなら、ここで食糧や消耗品の補充をする必要もない。

 目的であったアステルの父親オルテガの話も聞けたのだから、明朝にでもランシールへ出発して問題ないだろう。

 

 だが、とスレイはちらりとアニーに目を遣る。

 

 「船旅も長かった事だし、取りあえず二、三日は滞在して休養しても構わないんじゃないか? ……久し振りに会えたんだろ?」

 「そ、そうだね……」

 

 恐らく彼女にとって期待外れな答えだったのだろう。

 引き釣った笑みを浮かべるアステルに、スレイは眉を(ひそ)めた。

 

 

 カンダタとポカパマズの娘の一行を見送りながら、ポポタは張り付いたような笑顔で小さく手を振る妻を見下ろす。

 

 「……大丈夫か?」

 「……うん」

 

 振っていた手を下ろすと、アニーは伏し目がちに呟いた。

 

 「やっぱり……最低、だよね」

 

 

 

* * * *

 

 

 

 「───で。どういう事なんや?」

 「どぉ~ゆぅ~事なんやぁ~~?」

 「………」

 

 宿屋の一室にて。

 風呂でのぼせ、ベッドに横たわるアステルは、シェリルとマァムに介抱されながら詰め寄られていた。

 ポポタの家を出た後、アステルは心ここにあらずといった感で、夕食を取り、風呂に入って、今に至る。

 その間、段差で躓いたり、壁や柱にぶつかりそうになったり、食事の際は食器を取り落としたり、風呂ではのぼせるまで湯に浸かり続けたりと、普段ならしないヘマをとことんする。

 

 「あの、アニーとかいう幼馴染みとなんかあったんか?」

 

 溜め息混じりにシェリルは尋ねる。

 濡れタオルで目元を覆い隠していて表情は読めないが、その身体はわかりやすくびくりと痙攣した。

 

 「……もしかして。アステル、昔あの子になんかされたんか? そやったら……」

 「いざぁ、お礼参りぃ~!」

 「ち、違う……っ」

 

 手品のように何処からともなく取り出した(いかづち)の杖を掲げ、物騒な事を言い出すマァム。アステルは慌てて起き上がるが眩暈に襲われ、再び枕に沈んだ。

 マァムは転がったタオルを取ると、水の張ったお盆の中に潜らせて絞り、横たわるアステルの額に乗せる。

 

 「……違うの。アニーはなにも悪くない。悪いのは私なの」

 「なにがあったんや?」

 「あったんやぁ~?」

 

 「………」

 

 観念したアステルは短く息を吐き、横になったままぽつりぽつりと語り始めた。

 アニーは幼き頃のアステルにとって唯一の友だった事。物心つく前から共にあり、姉妹のように仲が良かった事を。

 けれどオルテガが亡くなり、アステルは父の後を継ぐ勇者となるべく修行に明け暮れ、彼女とは疎遠となってしまった。

 そして、それが原因で引き起された……いや、引き起こしてしまった、あの事故。

 

 「私がアニーと離れている間に、私の事をあまりよく思ってない子がアニーに近付いたの。

 ……それで。その子が父さんの悪口をアニーに話している所を見ちゃって……。

 私、それがショックで魔力暴走を引き起こしてしまった。

 それに巻き込まれたアニーは大怪我を負ってしまったの……」

 

 アステルの言葉にシェリルは訝しげに眉間に皺を寄せる。

 父親の悪口を聞いただけでアステルがそんな風に取り乱すだろうか、と。

 

 (……まあ、ウチがアステルと出会う前の小さかった頃の話やし、オルテガはんが亡くなって間もなかったやろうからなぁ……)

 

 「母さんの治癒魔法がなかったら死んでたかもしれない。

 私はそんな大怪我をアニーに負わせたの」

 「……もしかして。あの子がアリアハンを出てった事も、関係しとるんか?」

 

 はっとするシェリルにアステルは頷き、額のタオルを取ると、身体をゆっくり起こした。

 

 「アニーはお祖母さんと住む為だって言ってたけど……きっと気を利かせてくれたんだよ」

 

 手にあるタオルを握り締める。

 傍らにいたマァムがアステルの頭に手を置いた。よしよしと慰めるように撫でてくるのに、アステルは眉を下げて微笑を浮かべる。

 一方シェリルは、話を聞いても疑問は晴れず、腕を組んで唸る。

 先程からシェリルの脳裏には、アニーの泣きそうに歪んだ顔がちらついていた。

 己を傷付けたアステルに対して。そして同じ幼馴染みという立場のシェリルに向けたあの表情。

 あれは過去の出来事に対する、恐怖や嫌悪とは絶対違う。

 

 (どっちかつーと、あれは……)

 

 「……なあ、アステル。やっぱちゃんとあの子と話した方がええんちゃうか?」

 「……うん」

 

 シェリルの言葉にアステルは表情を曇らせたまま、力なく頷いた。

 

 

 

 









アステルの幼馴染みのアニーについては、《38.夢②》と《49.小さな星》でも語られてます。

★誤字報告ありがとうございます★
間違いの数の多さに恥ずかしさで頭を抱え叫んでしまいました(汗)
感謝しております!更新が遅く、同時にお礼も遅くなってしまいまして申し訳ございませんでした(汗)
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