長篇ドラゴンクエストⅢ ASTEL・SAGA 作:ちこちろん
───これは罰なんだろうか。
村の裏手に広がる荒原には、ムオルの暮らしに不可欠な薬草、今が旬の鮮やかな紅のヌーク草が生い茂っていた。
それを容赦なく踏みつけて迫り来る魔物の群れを見ながら、アニーは一番にそんな事を考えていた。
一度ならず二度までも逃げ出した自分への罰。
ヌーク草の収穫日は、アステル達がムオルを訪れる前から決まっていた事だった。理由を話せば村の皆は快く旧友との付き合いを優先させてくれたろう。
特に。アステルは村の若者達の英雄ポカパマズの娘なのだから。
けれど、アニーは敢えて収穫に参加した。ポポタも
今朝に見た夢の事もあって、少しだけ時間が欲しかったのだ。
収穫は昼までだから、終わったらわたしから会いに行こう。そうアニーは思っていたのだ。
(───なのに、)
目の前では三股の槍を持った小悪魔〈ベビーサタン〉が金切り声で笑い声を上げていた。逃げ惑う人々に向かって氷つぶての混じった冷たい息を吹き掛け追い込み、そこにやどかりのように貝殻を背負った緑色のスライム〈スライムつむり〉の軍団が、一斉に襲いかかる。
『ケケケっ! 喰ラエ喰ラエッ! ニンゲン喰ラッテドンドン増エロ!!』
『マッタク! クッサイ赤イ草ヲ増ヤシヤガッテ! アーッ!
別個体のベビーサタンが乗る、大鷲の首だけのような魔物〈デッドペッカー〉の群れに命じると、デッドペッカー達はヌーク草を踏みつけ、啄み始めた。
「くそっ! 貴重なヌーク草をっ!」
「ケェェェェエッ!!!」
武装していた村人達が槍や鎖鎌を手に猛禽どもに果敢にも挑むが、デッドペッカーはそれよりも早く高く鋭い声で鳴いた。途端、村人達の身体に青い光が纏わり付く。そして次には鋭い嘴や爪で、革の鎧や鎖かたびらで包んだ村人達の身体を容易く切り裂いた。
デッドペッカーは団体の防御力を下げる呪文ルカナンを唱えたのだ。
悲鳴が上がり、飛び散った血飛沫でヌーク草が濡れる。
「アニーっ!!」
スライムつむりが奇妙な鳴き声を発すると、突然現れた氷の刃がアニー目掛けて襲いかかる。逸早く気付いたリーズがアニーを庇い、その腕を氷の刃が掠めた。
「お義母さんっ!」
迫り来るスライムつむりの群れとアニー達の間に、赤髪の壮年の男が剣を手に割り込む。
「お父さん!」
「このっ、スライムの癖にっ!」
アニーの父ロダンが剣を振るうも、スライムつむりは硬い貝殻の中に身を隠して、刃を受け止める。剣は貝殻を切り裂くどころか、刃こぼれをおこす始末。痺れる腕にロダンは顔を顰めた。
その隙を突いて、スライムつむりが群れをなしてロダンに体当たりを仕掛けてきた。強い打撃を腹や背中、頭にと続け様に受け、たまらず剣を落とし、ロダンは膝から崩れ落ちる。
スライムつむり達はわらわらと倒れた彼の身体の上に這い上がる。止めを刺し、喰らう為に。
「お父さんっ!」
「……アニー、リーズさん、と、に、逃げ……」
スライムつむりがロダンの顔を覆うように張り付く。ロダンがそれを剥がそうと腕を動かすも、地面に縫い付けるようにスライムつむりが固く張り付いて離れない。このままでは窒息してしまう。
「だ、駄目ぇっ!!」
「アニー! 行っちゃ駄目っ!」
義母の制止を振り切り、アニーは父の元へと駆けだすも、空から滑空してきた小悪魔が前を遮る。
『ケケケ……! オマエハ俺サマガ喰ッテヤル。女ノ肉ハ柔ラカクテ、ウメェンダヨナァ』
ベビーサタンは舌なめずりをしながら、手にある三股の槍をアニーに突き付けた。
『マズハ目玉ヲクリ出シテシャブロウカナ? 手足ハバラバラ二シテ、軽~ク火デ炙ッテカラ喰オウ。アア、デモ心臓ヲ先ニ抉リ出シテ新鮮ナウチニ生デ喰ラオウカ』
「あ、ああ……っ!」
ゆっくりと歩み寄り、ベビーサタンはツンツンと三股の槍で、アニーの胸を突っつく。がくがくと震え、へたりこむアニーを、小悪魔は愉しげに笑い、そして心臓目掛けて槍を突き出した。
「いやあッ!!」
『オットォ?』
咄嗟に横に動いた事で、ベビーサタンの槍はアニーの腕に突き刺さった。小悪魔が槍を引き抜くと血が溢れだす。
「痛ぅ、……ひっ、ううっ……」
『俺サマハ優シイカラナァ。ヒト突きデ仕留メテヤロウト思ッタノニヨォ。今度ハ動クナヨォ』
槍に付いた血を舐め取って嗤う小悪魔に、アニーは痛みと恐怖に耐えきれずその場に倒れた。
『オ? ナンダ? 気ィ失ッタカ?』
ベビーサタンはアニーの涙で濡れた頬にツンツンと槍を突き付ける。
『モット遊ビタカッタノニ。仕方ナイナァ。……ジャア、喰ウカ』
気絶したアニーを仰向けに転がし、ベビーサタンは三股の槍を持ち直して、今度こそ彼女の胸目掛けて振り下ろした。
「───
己に向かって真っ直ぐ伸びた真白い閃光を、ベビーサタンは飛び避けた。
「キキィ!?」
慌てて飛んだ空中で、ベビーサタンは改めて地上を見下ろすと、倒れる娘の傍らには黒髪に青い瞳の娘が立っていた。
アステルは気を失っているアニーを見、周りの状況を見ると、両手を天に掲げ、一際高く呪文を唱えた。
「───
彼女を中心に大きく放たれた円形の聖なる光の結界は、空中に浮かんでいたベビーサタンを更に空高く吹っ飛ばし、ロダンに覆い被さっていたスライムつむり達を撥ね飛ばす。スライムが顔から剥がれたロダンは急いて酸素を求め、激しく咳き込んだのに、リーズが駆け寄りその背を擦った。
村人を襲っていたデッドペッカーの群れとそれを指揮していたベビーサタンを弾き飛ばした。
魔物達が不思議な力によって、自分達から遠ざかったのを、村人達は呆然と眺める。そこにマァムとスレイが分担して、傷付いた者達に回復呪文をかけて回った。
「アニーっ!」
ポポタは妻に駆け寄り、抱え起こすと目蓋が微かに震え、持ち上がる。
「………ひっ!!」
「アニー、おれだ。大丈夫。もう大丈夫だからな」
気が付いたアニーは混乱し怯えて暴れたが、ポポタが抱き締めて背中を擦ると、我に返った。
「ホォイミ~、ベぇホイミぃ~、ホォイミぃ~」
舞うようにステップを踏みながら、次々に村人に治癒呪文をかけて回るマァムが、リーズ、ロダン、そして最後にアニーを癒していった。
「一体……」
アニーが目を前に向けると、そこには白い光を纏い、外套を靡かせたアステルの後ろ姿があった。
一瞬、過去の幼いアステルが自分に向けて放った白い光を思い出して、アニーは肩を竦め、夫の胸にすがり付く。
「アス、テル……?」
震える声で名を呼ぶと、彼女の白い光は消えた。アステルは振り返って微笑む。
そしてすぐ前を向いた。敵を鋭く見定め、腰のホルダーの刃のブーメランと、背中に背負った剣を引き抜く。
「アステル。後方はオレとコイツで引き受けた。……思いっきりやれ」
そう言って、スレイは再度
「……うん。マァムもお願いね」
スレイの声に、アステルは凪いだ声で返した。勝手に決めるなとマァムはスレイを睨むも、アステルにお願いされたので黙って雷の杖を握り込む。
先に前に出ていたシェリルとタイガと並ぶ。シェリルは隣に来たアステルを見下ろし、ひえっと心の中で叫んだ。
怒りを露に眦を上げたアステルの瞳が、冷たく見えて最も熱い青い炎のように、暗く輝いている。
(………ぶちギレしとるな)
結界に弾き飛ばされ、バラバラに散ってしまった手下達を集合させる。ベビーサタンの二匹は忌々しい聖なる光に脂汗をかくが、たった三匹の人間だと不敵に嗤ってみせた。
『ナンダァ? オ前ラハァ! 俺サマ達ノ楽シミノ邪魔スンジャネェヨッ! テメェラ、ヤッチマエッ!!』
ベビーサタンが号令を出す。我先にと飛び出して来たデッドペッカーの群れに向かって、アステルは思いっきり刃のブーメランを投げ放った。
バイキルトで威力が上乗せされたブーメランの青白い刃は、悉くデッドペッカー達を切り裂いていく。
戻って来たブーメランを掴み取り、大鷲に向けて再度投げ放ち、切り裂く。
二十はいたデッドペッカー達はものの数秒で、半分近くまで減った。
アステルが討ち漏らした者はシェリルの突き出し振るう魔法のそろばんとタイガの拳と蹴りで素早く仕留めていく。
……と。背後から襲って来た氷の刃がアステルの頬や腕を掠めた。それを睨み付けると、
「───
しかし。それよりも早くアステルが手を翳し、呪文が行使される。
紫の光の帯が現れ、耳鳴りのような音と共にスライムつむり達の呪文を纏めて封じた。全てを封じられるとは思ってなくて、アステルは密かに驚く。
どうやらこの魔物達には魔封じの呪文の耐性がないらしい。
タイガとシェリルが前に出て、スライムつむりを攻撃する。二人もバイキルトで底上げされた腕力によって、身を守ろうと閉じ籠った硬い殻ごとスライム達を確実に叩き潰していく。
アステルも
『……ナンダ? タッタ三人ノニンゲンダゾ?』
『ヤバクネェカ?』
あれ程いた手下達がどんどん倒され、宝石となって地面に転がる。旗色が悪いと悟ると、小悪魔はすぐにでも飛んで逃げれるように、小さな蝙蝠羽をはためかせる……が。
「───おっと。悪いが逃がさんぞ。また仲間を引き連れて戻って来られてもかなわんからな」
音もなくベビーサタンの背後に回っていたタイガが、二匹の頭をわし掴んで捕らえた。
『ギッ!!?』
『ギギッ!? イツノ間ニ……!?』
タイガは二匹をぶん投げる。その先にいたのはシェリルとアステル。
シェリルは飛んで来たベビーサタンの顔面に、渾身の力で魔法のそろばんを振り抜いた。首があり得ない方向を向き、頭蓋骨が軋む音が聞こえた。
地面に二転三転と転がった小悪魔は霧散し、赤紫色の宝石が残る。
もう一匹のベビーサタンも、アステルの構える
塵となるほんの一瞬の間に小悪魔が見たのは、白銀の剣を突き出して此方を睥睨する、凄絶に輝く青の瞳だった。
* * * * *
辺りから魔物の気配が完全に失せ、アステルは息を吐く。
タイガとシェリルと共に村人達がいる所まで戻ると、マァムとスレイが競うようにアステルの元に駆け寄り、手を翳した。
「え、な、なに?!」
「
「ホォイミぃ~~っ!!」
二人の放つ治癒呪文の光が狼狽えるアステルを包み込み、先程受けた
「あたしのぉ方がぁ早かったもんねぇ~!!」
「お前のあの間延びした唱え方がオレより早い訳がないだろ」
「………どっちのもちゃんと効いたよ。ありがとう」
睨み合う二人の間でアステルは困り顔で礼を言う。するとスレイが此方を見て頭を小突いてきた。
「町中でも油断せず今度からはちゃんと鎧を装備しろよ」
「……うん。気を付ける」
確かに。怒りで痛みは感じなかったが、魔法の鎧を装備していたなら傷はもっと軽かっただろう。これには反論できず、アステルは素直に自分の非を認めた。
ふと。ポポタに支えられながら立つアニーと目が合った。
アステルはアニーに歩み寄った。
「怪我は大丈夫? ……怖かったよね」
そう尋ねるアステルに、アニーはぐっと口を引き締め、それから頷いた。
アステルは迷いつつも、そっと手を伸ばす。アニーの頬に触れ、それから頭を撫でる。
「やめてっ!!」
「……っ、ご、ごめん」
叫んでしまってからアニーは我に返って目を上げた。アステルは傷付いた表情で、行き場のなくなった手をだらりと下ろした。
焦った表情でロダンは娘達の元へ向かおうとしたが、リーズに腕を取られて引き留められる。
「……ごめんなさい。違う、違うの。アステルが悪いんじゃないの」
「……え?」
アニーはポポタの胸を押して離れる。大丈夫か? と、目で言う夫にアニーは頷いた。
「わたしがアステルに優しくしてもらう資格がないの。子供の頃みたいに……友達で……幼馴染みではいられない」
「ど、どういう事?」
アステルが困惑しながら尋ねると、アニーはどこか遠くを見るような目をして話す。
「あの頃も、今も。戦う力もないわたしは守ってもらうだけ。そんなのアステルの傍にいる人に相応しくない」
「……私に相応しくないって何? 友達が危ない目に遭ってるなら助けるのは当然の事でしょ?」
「力がないなら、そもそも助けようなんて思えないの」
アニーは皮肉げな笑みを浮かべ、背後でアステルを見守るシェリルとマァムに目を向ける。
「……ほら。おじさんが話してくれた物語に登場する、ポカパマズが信頼する黄金の騎士だって、とても強かったじゃない。
英雄の……勇者の友はどんな時にも、どんな人にも、……魔物にも。屈しない、裏切らない、負けない、共に並んで戦える強い心と力を持つ、今そこにいる二人のような人じゃなきゃいけなかったんだから」
「………」
アニーはシェリルとマァムに引け目を感じているのだろうか。だがアステルはそんな理由で二人と今まで一緒にいたわけではないし、なにより二人に失礼だとアニーに苛立ちを感じた。
「アニー、あのね」
「それだけじゃないっ!」
言葉を遮るアニーの声は悲鳴にも近くて、アステルは口を噤んでしまう。
「……わたしはあの時アステルを泣かせちゃったんだよ? おじさんのお葬式の時でさえ泣くのを我慢してたアステルを、わたしは裏切って、人前で泣かせちゃったんだよ?」
「え?」
アステルはアニーの前で泣いた覚えがなかった。思わず疑いの眼を向けてしまうが、アニーは首を横に振った。
アステルが知らなくても、アニーはしっかりと覚えていた。忘れさせてはくれなかった。
失望に感情が失せた
歪な笑みと共に放たれた自分を貫いて焼いた白い光。幼馴染みの父親の言葉と笑顔。それに応える幼い自分。
夢に現れてはアニーの弱さを、愚かさを、過ちを責め立てる。
「あの日、なんであの子達がわたし達を見て、あんなに愉しげに嗤ってたと思う?
アステルを泣かす事が出来たからだよ。
おじさんみたいな、勇者になろうって、あんなに頑張って、我慢して……なのに……、」
アニーの声が震え出す。アステルは思わず手を伸ばしてしまうが、それを避けるようにアニーは後ろに下がった。
「なのに、臆病者のわたしはそんなアステルの努力を踏みにじったの! 裏切って、笑い者にしてしまったの! おじさんに、アステルの事、頼むって、お願いされてたのに……っ! わたしがっ!」
堪えきれず溢れ出した涙に、アニーはその場に頽れた。顔を両手で覆って泣き出した彼女の肩をポポタが抱く。
『アニーは泣きながらひたすら『ごめんなさい、ごめんなさい』って繰り返し謝ってた───』
ポポタの言葉が思い出された。アステルは自分の思い違いに愕然とする。
アニーからは恨まれてると思っていた。
殺されかけた恐怖で心を病んだと誰かに聞いたから。お前のせいだと誰かに囁かれたから。
(アニーの口から直接それを聞くのが怖くて、会いに行く勇気が持てなかった)
その間に、アニーは遠くに行ってしまって。避けられた、逃げられたんだと更に思い込んでしまった。
───アニーがこんなにも自分を追い詰めていた事を知らないで。
アステルはアニーの前に跪いた。
その気配にアニーは顔を覆っていた手を僅かに離すと、アステルが困ったような笑みを浮かべて此方を覗きこんでいた。
「……ねぇ、アニー。私はアニーが思う程、強くなんかないよ。子供の時だってアニーがいたからこそ、強くなろうと思えたし、そうあろうとしてた」
「そんな事……っ、」
「今度は私の話を聞いて!」
語気を強めたアステルに、アニーはびくりとする。
「……アニーは私に守られてばかりだって言ってるけど、いつだって私の心を支えてくれたのはアニーだったのよ?
不安な時、辛い、苦しい、寂しいって思った時、アニーは必ず私の傍にいて、こうやって手を握って私を見てくれたじゃない」
アステルはアニーの涙で濡れていた手を取って握り締めた。
「私が勇者を目指そうと思えたのも、アニーが支えてくれていたから。私の無茶な目標をアニーだけは否定しないでいてくれたから」
そこで、アステルはふっと息を吐いた。
「……だからこそ。あの時アニーがあの言葉を肯定した時、ショックだった。酷いって思ったよ?」
びくりとしてアニーは手を引っ込めようとするが、アステルは力を籠めて引き留める。
「……けど。今は自分に腹がたってる。なんで私はあの時、すぐにあの中に飛び込んで、アニーを連れ出さなかったんだって」
アニーが恐る恐る顔を上げ、そして目を見開いた。
アステルは泣いていた。人目を憚らず。大粒の涙が次々と溢れ落ち、繋いでいる手を濡らした。
「それが出来なかったのは、あの時の私が弱かったから。
あの時、他の女の子達と一緒にいるアニーを見て、訓練ばかりしてる私なんかとより、他の子といたいんじゃないかって……思っちゃったんだ。
いつもすぐ傍で応援してくれていたアニーの姿が気がつけば見えなくなって、自分の事ばかりになってる私に愛想を尽かしたんじゃないかって不安になって。
それで動けなかった。アニーがあの子の言葉を否定してくれるのを、待ってしまったの」
落ち着いて考えればわかる事。
多数に囲まれたあの状況で、なにかを強要されたら、それを否定出来る強い人は少ないという事を。
「目の前で起きた事にしか頭になくて。許せないって気持ちだけが先走って暴走して、アニーに大怪我を負わせた。
アニーはきっと私を怖がってるだろう。怒ってるだろう。顔も見たくないかもしれない……って。そう思うと動けなかった。
たった一人の大事な友達が、私にどんな事を言うのか、どんな顔をするのか、怖くて会いに行けなかった。
やっと決心して、謝りに行った時にはもういなくて。
やっぱり私の顔なんて見たくないんだって勝手に思い込んで。謝れなかったのを後悔して」
泣きながらアステルは握り締めたアニーの手を額に付ける。まるで縋るように。
「アニーだけじゃないよ? 私だって臆病だった」
アニーの瞳にもまた涙が盛り上がって、零れた。
「あの時、すぐに助けだせなくてごめんね。勘違いしてごめんね。傷付けたままにしててごめんね……!」
「わたっ、わたしだって! あんな子達の言いなりになってごめんね。寂しいって言えなくてごめんね。泣き虫でごめんね。
何も言わずに離れてごめんなさいっ!」
互いに謝り倒した後、どちらからともなく抱き合って、
「……ちゃんと話せば、すぐ解決する事やったんやなぁ」
アステルの元へ行きたいと暴れるマァムを羽交い締めながら、シェリルが苦笑混じりに呟き、此方へと来たポポタも小さく笑った。
「俺があの時に……せめて発つ前にでも。ちゃんと二人を引き会わせればよかったんだ」
アニーの父親は申し訳なさそうに抱き合う娘達を見た。
「アニーだけじゃない。俺も逃げたんだ。オルテガにアステルを頼まれてたのに、俺達夫婦は娘のアニーを優先してしまった。引き離して忘れさせた方が、二人の為になるんじゃないかとさっさと逃げてしまったんだ」
「一概にそれを間違ってるとは言えないわ。精神が未熟な子供の頃に無理に引き合わせたら、逆効果だったかもしれないし。和解するには身も心も成長する時間が、二人には必要だったのよ」
そう語るのは、子供の頃からアニーを診てきた薬師のリーズ。
「それにアニーがムオルに来てくれなきゃ、それはそれでおれが困るんですけどね。お義父さん?」
「そうね。わたしも息子が可愛いお嫁さんと巡り会えないのは困るわ」
口を尖らす娘婿を、アニーの父親は複雑な表情で一瞥し、リーズは笑った。
ふと、スレイも考える。
もしアステルがアニーとの仲を子供時代に修復出来ていたとしたら……と。
(もしかしなくても、あの薪小屋で泣いていたアステルに、オレは出逢えなかったのかもしれないのか?)
「………それは確かに困るな」
「何が困るんだ? スレイ」
ぼそっと呟いたスレイの声をタイガが拾う。なんでもないとそっぽを向くのに、タイガは首を捻った。
アステルとアニーは抱き合っていた体を離し、互いに涙を拭い合うと、顔を見合わせて微笑み合った。