長篇ドラゴンクエストⅢ ASTEL・SAGA   作:ちこちろん

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果たされた想い①

 

 

 

 幸いにも死人はなく、ムオルの宝であり、命とも言えるヌーク草の被害も最小限で済んだ。魔物に襲われ怪我を負った者も、マァムとスレイの治癒魔法で癒され、皆自分の足で村へと戻る事が出来た。

 村の入り口には留守を任されていた人々が、家族の帰りを今か今かと待ち侘びていた。帰ってきた一団の中から各々の家族の姿を見つけると、駆け寄り手を取りまたは抱き合い、その無事を涙して喜んだ。

 

 「あなたっ! アニーっ!」

 

 その中から黒褐色の髪の壮年女性が此方へと駆け寄ってくる。それはアニーの母であるソニエだった。ソニエはアニーを抱き締めた。

 

 「お母さん」

 

 アニーの左腕の袖に空いた穴とその周囲の赤黒い染みを見つけると、ソニエは顔を青褪めさせ慌てて体を離す。

 

 「あなた……これっ!」

 「大丈夫。すぐに治して貰ったから、痛くもなんともないわ」

 

 そう言ってアニーは袖を捲り上げて見せた。拭いきれなかった血が乾いてこびりついているものの、傷のない肌と腕を動かして見せる娘の頬を、ソニエは両手で包み込む。他に怪我がないか念入りに確認すると、吐息を漏らして抱き締めなおす。

 

 「……ああ。怖かったでしょうに……」

 

 娘を抱き締めたまま、顔を上げて傍らに立つ夫を見る。眉を下げ、苦く笑うロダンの服は所々破れ、血や泥で汚れているものの、目立った怪我は見当たらない。

 それに安堵してソニエはまた目を潤ませた。

 すぐ後ろには娘婿とその母親もいて、目が合うと親子は笑みを浮かべて此方に頷いた。二人とも無事なようで、ソニエは神に感謝し、祈るように目蓋を閉じた。

 

 「………本当に、本当に。みんな無事でよかった。報せを聞いた時には生きた心地がしなかったわ」

 「……アステルと仲間の皆さんが助けてくれたの」

 「え……っ? アステル?」

 

 「……お久し振りです。おばさん」

 

 躊躇いがちに掛けられたその声の方にソニエは視線を遣る。

 見知らぬ一団の中から一人、此方に歩み寄って来る娘。毛先に向けて跳ね癖のあった長い黒髪はばっさりと短くしているものの、母親譲りの可愛らしく優しげな顔立ちのまま成長し、父親の青色を受け継いだ大きな瞳は幼い頃と何も変わらなかった。

 

 「まあ。……まあまあ! アステル!? アステルなのね!

 大きくなって! 綺麗になって! 若い頃のエリーゼそっくりだわっ!!」

 

 微笑を浮かべる旧友の娘に思わず手を伸ばしそうになるも、はっとしてソニエは手を止める。

 先程までの喜色を潜め、ソニエは気まずげに目を逸らしてしまう……が。

 

 「お母さん、大丈夫」

 

 娘は言う。満面の笑顔で。

 

 「アステルと仲直り出来たの。……だからもう大丈夫」

 

 ソニエは目を瞪り、それから再度アステルを見る。彼女のはにかむような笑顔を見てソニエは「……そう。そうなのね」と、微笑みながらアステルを引き寄せて娘と共に抱き締めた。

 

 一行はポポタ宅に向かった。ソニエは一旦自宅に戻り、予め昼にと準備していた料理を持ち込む。料理は多めに作られてはいたもののそれでも足りず、アステルとアニーとで即席で追加を拵える。狭い台所に二人並び、時々肩や手が触れる度、幼い頃の事が思い出されて互いに笑みが溢れた。その光景をアニーの両親は涙を浮かべて眺めていた。

 遅い昼食を取りながら交わす会話は、懐かしい昔話から始まり、離れていた間の互いの事、今の仲間達とアステルの出逢いや旅の事、アニー親子がムオルに来た頃の事などを交わし合う。

 蟠りが解けた今、語る口は止まらず、尋ねる口も止まらない。話題はなかなか尽きてはくれず、夕刻が迫りつつあっても離れがたくて。

 

 「なんなら今晩はうちに泊まってもらえば?」と、苦笑顔でポポタは妻に言った。アニーが義母に視線を向けると、彼女も柔らかく微笑んで頷く。

 

 「アステル! そうして!」

 「え、……うん」

 

 アニーに懇願の眼差しで両手を握られ、アステルはたじろぎつつも、嬉しそうに頷いた。

 

 「あ、ウチもええか? もっとアニーと話してみたいし」

 「あたしも、あたしもぉ~~っ!」

 

 シェリルが手を上げ、マァムもその場でピョンピョン跳ねる。

 

 「狭くても申し訳ないけど、それでもいいならね」と、リーズ。

 

 「やったっ!」と、手を叩き合うシェリルとマァムそしてアニーに、リーズはふふりと笑う。「御迷惑おかけします」と、頭を下げるアステルに、ポポタは笑顔で首を横に振った。

 スレイとタイガは船に戻り、ロダン夫妻も自宅へと戻った。

 

 

 

* * * 

 

 

 

 客間の暖炉の前に敷かれた分厚いラグの上に、更に余っている敷布や毛皮を重ねて敷く事で、今夜のアステル達の寝床とする事にした。

 その準備の時間ですら、幼い頃のお泊まりを思い出して、娘達ははしゃいでいた。

 寝床が整うと次に湯の張った桶と手拭いで各々身体の汚れや埃を落として、寝巻きに着替える。

 

 「アニー、腕。血がまだ付いてるよ」

 「え?」

 

 アステルがそれに気付いて眉を顰めて声をかけた。

 帰宅してすぐにアニーは汚れを落として着替えていたが、背側の二の腕や肩の血が落とし切れずに乾いて肌にこびりついていた。

 

 「後ろ向いて。拭くから」

 「ありがとう」

 

 アステルが湯気の立つ手拭いを手に近寄り、落としきれていない汚れを優しく拭き取る。そうしながらアニーの身体を確認する。

 

 ───彼女に負わせた傷痕が残っていないかを。

 

 「……アステル。そんなにじろじろ見られると流石に恥ずかしいんだけど」

 「あ、ごめんっ!」

 

 視線を感じて苦笑うアニーに、アステルは慌てて謝って離れた。アニーは困ったように眉を下げて一つ息を吐くと、アステルに振り返る。

 

 「そんなに気になるなら、ちゃんと見る? その代わりアステルのも見せてよ?」

 「ええっ! 私の身体なんて見る必要ないでしょ!?」

 「だって、わたしだけ恥ずかしいのは嫌だもん」

 

 ジト目のアニーにううっと唸りつつも、結局折れたアステルはわかったと頷く。それを見たアニーは胸元を隠していた手拭いを持つ手を下ろした。アステルはじっくりと彼女の日焼けしていない白い肌を確認する。

 爛れや火傷痕などは見当たらない。アステルはほっと息を吐く……が、うなじに薄紅の痕を見つけた。

 

 「アニー、ここ赤い」

 「え?」

 

 アステルが指摘するとアニーは一瞬ぽかんとするも、はっとして慌ててその痕を手で押さえ隠した。

 

 「もしかして、これ……」

 「ち、違うっ!! これは違うっ、全っ然っ! 違うからっ!!!」

 

 不安げな顔のアステルに、逆上(のぼ)せたように顔を真っ赤に染めたアニーは力一杯否定する。

 

 「きゃあぁ~~んっ♡ あたしぃわかっちゃったぁ~~♡」

 

 くふくふといやらしく笑うマァムにアニーはぎくりとする。

 

 「それってぇ~、キスマ───」

 

 アニーが両手でマァムの口を塞いだ。その焦り様にアステルが目を丸くする。

 

 「きすま……?」

 「アステルが心配するような痕やないから安心しい」

 

 頭に疑問符を浮かべながら瞳を瞬かせるアステル。「お仲のよろしい事で」と、含み笑いを浮かべてシェリルが寝巻きのワンピースを被る。

 ……と。マァムの口を押さえたまま、頬を赤らめたアニーがアステルに振り返った。

 

 「前も言ったけど、火傷の痕なんて本当にないから! ……当時もね、すぐに気を失ったおかげで、苦しかったり痛い思いは一つもしてないの」

 

 ───だからこそ。友を裏切り、泣かせた過ちと罪悪感、自己嫌悪による精神(こころ)の苦痛の方がより大きく、後を引いたのだ。

 あの瞬間に怖いと思ったのは、アステルが放った魔法ではなく、簡単に友を裏切った自分自身の弱さと卑怯さだった。

 

 「……だから。アステルはそんなに気にしなくてもいいの」

 「……でも」

 「そんなに言うなら」

 

 アニーはマァムを離して、アステルににじり寄る。醸し出す不穏な雰囲気にアステルはたじろいだ。

 

 「お詫びとして。今度はアステルの成長をじっくりと拝見させてもらおうかな~?」

 「へ?」

 「あ~~っ! そういう事ならぁ~マァムも手伝うぅ~~っ!」

 「な、なんでマァムまで!? っていうか、なにを手伝う気なの!?」

 

 そう言ってマァムまで嬉々として擦り寄って来るものだから、アステルは慌てて後ずさる。が、もう一人の幼馴染みが逃げ道を塞いだ。

 恐々と振り返るアステルを見下ろすシェリルはにいっと笑い、既に身体を拭き終えて寝巻き姿になっていたアステルのワンピースをすぽんっと抜き取った。

 

 「しぇ、シェリルっ!?」

 「約束は守らんとなぁ?」

 「今よ! みんなっ!」

 「お~うっ!」

 「ひゃあああっ!?」

 

 アニーの号令にシェリルがアステルを羽交い締めし、マァムが飛び掛かって擽り始めた。

 

 (……って、なんでみんなそんな息合ってるの!?)

 

 「ちょっ! マァムやめ、ふっ、……アハハハっ! お、お腹ダメ! お腹はやめてぇ!」

 「ここかぁ~? ここがええんかぁ~?」

 「やだ。アステルお肌すべすべ。……それに胸も意外と……」

 「そうそう。普段は女戦士用の固定下着で締め付けとるからそう見えんやろ?」

 「ひゃんっ!」

 

 マァムは脇腹を擽り、同時にアニーが首筋から胸元へとつつつっと指を滑らせるその感触に、アステルはぞくりと身体を震わす。変な声が出てしまったのが恥ずかしく、アステルは思わず叫んでしまった。

 

 「もうっ! みんないい加減「あなた達っ! いい加減になさいっ!」

 

 バタンっと盛大に扉を開き、自室からリーズが飛び出してきた。娘達はぴたりと口を噤み、その動きを止める。

 あられもない姿の娘達の前に立つと、リーズは額に手を当てて嘆息を漏らす。

 

 「……まったくもう。女の子同士はしゃぐ気持ちはわかるけど、ここには息子(ポポタ)もいるんだから。はしたない行動は慎みなさい」

 

 「「「……ごめんなさい」」」

 「ごめんなさぁ~~い!!」

 

 嗜めるリーズに、娘達は顔を赤らめ(マァムは除く)、声を揃えて素直に謝った。

 リーズが部屋に戻り、娘達は黙々と布団を被る。

 室内の明かりは落とされ、暖炉の火がぱちぱちと音をたてて静かに燃えている。

 暫しの沈黙の後、掛布を被って並んで横になる娘達は互いに目を見合せる。アステルだけがそっぽを向いている。ご立腹の彼女を皆が声を潜めて謝り宥めると、アステルはむっすりとした顔で振り返った。

 その顔に笑いが込み上げアニー、シェリル、マァムは噴き出してしまった。

 もちろんまたアステルはむくれてしまった。

 

 

 

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