長篇ドラゴンクエストⅢ ASTEL・SAGA   作:ちこちろん

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果たされた想い②

 

 

 笑いもアステルの腹立ちも治まった頃、仰向けになって天井を見詰めたままアニーがぽつりと呟いた。

 

 「アステルは雰囲気が変わったね」

 「え? そ、そうかな?」

 「うん。アリアハンにいた時よりずっとのびのびしてる気がする」

 

 「せやな」と、シェリルがむくりと頭を起こし、頬杖をついてアステルを見た。

 

 「アリアハンにいた頃より、今の方が無駄な肩の力が取れとると思うで」

 「そう?」

 「外の世界に出る事で期待の目から離れて、ちょっとは解放されたんやろ。そんだけ勇者としての責任に縛られとったって事や」

 

 シェリルの言葉にアニーは瞳を見開き、それから両手で顔を覆って「うう~~」と唸った。

 

 「アニー?」

 

 腹這いに起き上がったアステルがアニーを窺う。「本当に恥ずかしい話なんだけど」と、顔を隠したままアニーが言う。

 

 「アステルが変われたのは新しい幼馴染みのおかげだって、わたしなんかじゃ友達として役不足だったんだって、勝手に思い込んで落ち込んでました」

 

 そう懺悔して顔から手を離し、アニーはアステルに見向いた。

 

 「アステルが変われたのは、旅を始めたからだったんだね」

 「……うん、多分ね。本当に変わったように見えたなら」

 

 あまり自覚がなくてアステルは苦笑を浮かべる。アニーもぎこちない笑みを浮かべた。

 

 「……知ってた筈なのにね。おじさんが亡くなってから、アステルが国のみんなから過度の期待をかけられて、どれだけの事を我慢して耐えてきたか。見てて知ってた筈なのに。……ごめんね」

 「アニー……」

 「つまり。アニーは勘違いしてウチらに妬いてた訳やな」

 「やきもちやきぃ~」

 「………はい。で、自分の事を棚に上げて、そんな風に思ってた事に自己嫌悪してました」

 

 マァムの揶揄を甘んじて受け入れるアニー。アニーの胸の上で組まれている手にアステルは手をそっと重ねた。

 

 「……私だって同じだよ。アニーに怪我を負わせたくせに、心の底では裏切られたって思ってしまったの。そんな風に考える自分が許せなくて、だからアニーに顔向け出来なくて……ごめんね」

 「アステル……」

 

 しんみりとしてしまった空気を打ち消すように、起き上がり胡座をかいたシェリルがパンッ! と手を打ち合わせた。

 

 「はいはい! アステルもアニーもちゃんと謝ったんやから、この話はもうしまいや! ええな?」

 「シェリル……そうだね」

 

 アステルが頷き、アニーに同意を求めるように視線を遣ると彼女も微笑を浮かべて頷いた。

 

 「……でもまあ。新しい出会いがアステルを変えたってのも、あながち間違っとらんで」

 「へ?」

 

 そう言ってシェリルは口の端を持ち上げたので、アステルは小首を傾げた。含みのあるその言葉にアニーは察して、仰向きの状態からころりと腹這いになりシェリルに見向く。

 

 「……やっぱりそういう事なの?」

 「あ。わかってまう?」

 「なんの事言ってるの?」

 「むぅぅぅ~~っ!」

 

 悲しげな表情から一転、興味津々な顔になるアニーにシェリルはにししと笑う。アステルは意味がわからず眉を顰め、マァムは話が嫌な方向に向かってしまって不服そうに唸る。

 

 「ほら、昨日ムオル(ここ)に滞在するかどうかで悩んでた時に、真っ先に銀髪の男の人に助け求めてたでしょ? アステルが家族以外で、あんな風に男の人に頼って甘えてるの初めて見たから」

 「甘え……っ!?」

 

 アステルは飛び起きて、頭が千切れんばかりに横に振った。

 

 「ちっ、違うよっ!?」

 「なにが違うの?」

 「そ、そりゃ! スレイは旅の仲間で本当に頼りになるからつい頼っちゃうけど、そんなのじゃないよ!?」

 「そんなのって、アステルは一体どんな意味で言ってるの?」

 「どんな意味なんやぁ? アステル?」

 「どんなって……っ!」

 

 したり顔のアニーとシェリルに突っ込まれ、アステルは顔を赤くして口ごもる。

 先程から思い出さずにはいられないのは、昨晩のスレイとの海辺での会話だ。優しい眼差しと声、頭に置かれた手の感触。彼の外套に、彼の匂いに包まれて安堵して眠った事。彼の匂いが好ましいと自覚して目覚めた今朝の事を。

 

 (どんな意味って………っ)

 

 「~~~っ! と、とにかくっ! そんなのじゃないからっ!!!」

 

 「「アステル、シィ~~ッ!」」

 

 ハッとしてアステルは己の口を手で塞いで、恐る恐るリーズの部屋の扉に視線を遣る。ドキドキと扉を見つめるが、開く事はなかった。

 

 「……もう寝るからっ! おやすみっ!!」

 

 そう言ってアステルは逃げるように掛布を頭から被った。隣に寝転がるマァムもアステルの被る掛布の中に素早く潜り込む。

 アニーとシェリルは顔を見合せ、小さく吹き出して笑った。

 

 

 

* * * * * 

 

 

 

 翌日。スレイとタイガはヌーク草の栽培地に用心棒として収穫に立ち会っていた。昨日の強襲もあってか、収穫は男のみで行っている。

 

 「───魔物達があんな風に統制をとって奇襲してきたのは今回が初めてだったんだ」

 

 小鎌でヌーク草を根元から切り落とし、収穫しながらポポタは呟いた。

 

 「魔物が襲って来る事はもちろんあったけど、どれも突発的でてんでバラバラの動きだ。対処出来ないものじゃなかった。小悪魔(ベビーサタン)だって、あんな頭が回る奴らは見た事ないよ」

 「そうだな。ベビーサタンといえば、扱えもしない大呪文をはったりでかますような奴らばかりだ」

 

 地面に杖を突いた格好で盗賊の技法《鷹の目》を駆使し、上空から周囲を注意深く警戒しながらスレイが応える。

 

 「なあスレイ。あの小悪魔、以前アッサラームに現れた奴と似てたと思わないか? ほんの少し特別そうでずる賢い感じとか」

 

 収穫を手伝うタイガが、篭に貯まったヌーク草を傾けて大籠に移し入れながら言うと、スレイは頷き顎に手を当てる。

 

 「確かに野生のと比べて、奴等は知性と凶悪性が高かった気はする」

 

 (タイガの言う通り、あの小悪魔達はアッサラームで魔王の配下の命令を受けた個体と同じなのかもしれない……)

 

 だとすれば、ここに小悪魔達が差し向けられた目的は……。

 

 (───世界樹、か?)

 

 「ここら辺は北の大森林にある世界樹の聖なる力が届いているおかげか、魔物が活発に動き回ったりしなかったんだけどなぁ」

 

 ポポタのぼやきに、スレイは声に出さずに同意する。

 スレイは過去にカンダタの育て親であり、盗賊の師匠であるボルガが住むかの地で修業を受けていた。その当時カンダタに案内され辿り着いた先で見た、神の大樹───世界樹は、外界から遮断された場所に根を下ろしながらも、溢れ出す聖力は結界のように辺り一帯を覆っていた……が。

 スレイは魔法行使によって黄金に輝く瞳を眇め、北の地へと向ける。

 

 (……その結界も以前より弱まっている気がする。この世界を冒す魔王の波動が強まりつつあるせいなのか……)

 

 ───その魔王はいまだその姿すら、この世界には存在しない(・・・・・・・・・・・)というのに。

 

 (……世界樹の結界が弱まった今この時に、手下の魔族を差向けてきたのか)

 

 しかし。だとすれば魔物の強襲はこれで終わりとならないかもしれない。

 世界樹に最も近いこの村の人々は、魔物達の糧として確実に狙われ続けるだろう。

 

 

 「スレイ?」

 

 虚空を厳しい眼差しで見詰めたまま黙りこくるスレイに、タイガは訝しげに呼び掛けた。

 

 「何かあったのか?」

 「いや。問題ない……」

 

 タイガの声に思考を断ち切ったスレイは彼の方に視線を移した。……が、スレイはばっと再度空を振り返り見上げた。まるで何かに呼ばれたかのように。

 

 そして実際にスレイは呼ばれていた。

 

 自分に加護を与え、賢者にした───女神の声に。

 

 

* * * 

 

 

 昼過ぎにヌーク草の収穫を終え、スレイとタイガはポポタ達村人と共にムオルへと戻った。ポポタ宅では彼の妻アニーと母親リーズ、そしてマァムとシェリルが笑顔で迎え入れてくれた。

 飛び付いて来たマァムを抱えながら、タイガは鼻をひくつかせる。家の中は香ばしく甘い香りで満ちていた。

 

 「ただいま。いい匂いだね」

 「アステルがわたし達の結婚祝いにってケーキを焼いてくれたの。ここじゃ珍しい檸檬と蜂蜜を使ったケーキよ」

 「へえ~」

 

 嬉しそうに報告するアニーに、ポポタは目を細める。

 

 「アステルの作るケーキは本当に美味しいんだから!」

 「アニー、あんまり持ち上げないで……」

 

 ケーキを乗せたお盆を手に台所から出て来たアステルが困り顔で笑う。

 

 「うわ~っ! うまそうだ。ありがとう、アステルちゃん」

 「いいえ。お口に合えばいいんだけど」

 

 アステルはケーキを居間のテーブルに置いた。

 蜂蜜漬けした檸檬スライスが飾り付けられた四角のパウンドケーキに等間隔に包丁が入れ、皿に盛られる。

 手や体の汚れを落として部屋に戻ってきた男達の前にケーキと、リーズが淹れたお茶が並ぶ。

 

 「んじゃぁ~~っ! いっただきまぁ~すっ!!」

 「あっ、こらっ! マァム!」

 

 シェリルの制止も知らぬ存ぜぬで、マァムはケーキにフォークをぶすりと突き刺すと、小さな口を大きく開いて頬張った。

 

 「うっまぁ~~♡」

 「主役を置いて先に食うなっ! このケーキはアニーとポポタの結婚祝いやって言っとるやろ!」

 「まあまあ」

 

 至福顔で咀嚼しながらクネクネと体を揺らすマァムの頭をシェリルが(はた)き、ポポタは苦笑しながら宥める。アニーがクスクスと笑い、それから自分の分のケーキを口に入れた。しっとり柔らかなスポンジは口溶けがよく、蜂蜜の甘味の中に檸檬の酸味が爽やかに広がる。

 

 「おいしい……懐かしいなぁ。アリアハンにいた頃は、レーベの農家の人がよく檸檬を売りに来てたよね」

 「そうそう。蜂蜜と一緒にね」

 「蜂蜜かぁ~! 檸檬と一緒でここでは滅多にお目にかかれないの」

 「アリアハンの蜂蜜じゃないけど、船にまだあるからよかったらあげるよ」

 「いいのっ!? ありがとうっ!!」

 

 はしゃぐアニーにアステルはクスクスと笑う。

 

 「……でも本当に嬉しい。またこうしてアステルのケーキが食べられて……」

 

 一口、もう一口と満面の笑顔で舌鼓を打つアニーに、アステルもとても嬉しそうに微笑んだ。

 

 スレイは二人を眺め、そして手元にあるケーキに視線を移す。

 傷付けた友人に詫びる為に彼女の好きだったケーキを作り、勇気を振り絞って会いに行ったが会えずに終わってしまった、と。

 小さな肩を窄め大粒の涙をぼろぼろ溢しながら告げる少女の姿が、遠い過去だというのにスレイの脳裏に鮮明に浮かぶ。

 

 「───スレイ?」

 

 呼ばれて目を上げると、成長した少女が此方を見ていた。

 

 「このケーキそんなに甘くないよ。後味もさっぱりしてるから、スレイでも食べれると思うけど……」

 

 食べるのを躊躇っていると捉えたか、アステルがおずおずと言う。

 

 「ああ。美味いのは知ってる」

 「え?」

 「お前が作った料理はなんでも美味いからな」

 

 己の発言にぼっと顔を赤らめたアステルに気付かず、スレイはケーキをフォークに刺して口に運ぶ。自分を救った懐かしい味に、目元が自然と和らぐ。

 

 「……やっぱり美味いな」

 

 しみじみと呟くスレイに、アステルは熱く火照る顔を隠すように俯き、アニーはいいものを見たとばかりに、にこにこと笑った。

 

 ケーキを食べ終えてスレイが息をつくと、向かいの席ではアニーがアステルを小声でなにやら茶化していた。そこにマァムとシェリルまで加わって騒がしくなる。ポポタとタイガが苦笑を浮かべ、羽目を外しつつある娘達をリーズがやんわりと嗜めた。

 

 そんな平和な光景を見て、スレイは《あの事》をやはりアステルに伝えるべきだと決心したのだった。

 

 

 

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