長篇ドラゴンクエストⅢ ASTEL・SAGA   作:ちこちろん

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星昇る夜①

 

 

 

 

 今宵の夜空は雲が少なかった。爪のような細い三日月が顔を出し、周りには星々がちらちらと瞬いていた。

 角灯(ランタン)を持って、アステル達は家から出る。

 

 「今夜も泊まっていけばいいのに……」

 「別におれ達の事は気にしなくてもいいんだよ?」

 

 アニーとポポタが名残惜しそうにするのに、アステルも眉を下げた。

 

 「ごめんなさい。今夜は明日の出発の前に色々と準備しなきゃいけなくて」とアステルがスレイを見上げると、

 「こいつともう少しゆっくりさせてやりたかったが、悪いな」と、スレイも申し訳なさそうに言う。

 

 談笑の合間にスレイが突然アステルに「今夜はみんな船に戻って欲しい」と、こっそりと耳打ちしてきた。

 驚いて一瞬声をあげそうになったが、振り返った先のスレイの深刻な面持ちを見て、一気に気が引き締まった。……その時は引き締まった、が。

 アステルは耳打ちされた耳に手を当てる。思い出すとまた胸が騒ぎ出す。

 

 (でも、暫くは耳元で囁くのはやめて欲しい……)

 

 スレイがそういう事をするのは特に初めてでもないのに、今は彼の言動や行動にいちいち反応してしまい心臓に悪い。

 

 (意識し過ぎ、意識し過ぎ……平常心を取り戻すの、アステル)

 

 「───アステル?」

 「あ、うん!」

 

 呼ばれて肩を跳ね上げるアステルにアニーは小首を傾げるも、次には寂しそうな笑みを浮かべた。

 

 「明日は見送りに行くから」

 「うん。その時に蜂蜜と檸檬……それにバハラタ産黒胡椒も特別に付けて渡すから、ね?」

 「なにそれおまけが豪華すぎ」

 

 アニーがくすくすと笑うとアステルも釣られて笑った。

 見送るアニーとポポタに何度か振り返って手を振り、高台を下り小橋を渡ると、角灯(ランタン)を手に先を行くスレイは船着き場ではなく村の出入口へと向かう。

 

 「船に戻るんちゃうんか?」

 「道ぃまちがえてるぅ~っ! だっさぁ~っ!」

 

 シェリルが眉を顰め、マァムが嘲るがスレイは答えない。シェリルは再度口を開こうとしたが、アステルが頭を横に振ってそれを制した。タイガも宥めるようにマァムの頭に手を置き、とにかく付いて行こうと促す。

 村の出入口には二人の男が門番をしていた。スレイは一旦の建物の影に隠れ、アステル達もそれに倣う。角灯(ランタン)を地面に置き、スレイは鞄から革袋を取り出すと中身の粉らしきものを自分とアステル達に振り掛ける。すると瞬く間に頭から順に身体が透けて半透明になっていく。これは。

 

 「《きえさり草》の粉……?」

 「スーの村の長老達から貰った餞別の食べ物と薬草の中に混じってた。……まさかまた役に立つとはな」

 

 ぼやくようにそう言うと、透明になったスレイが地面に置いていた角灯(ランタン)を持ち上げる。不思議な事に角灯(ランタン)も透明になるが、火の光だけは消えずに宙を浮いてるように見えた。スレイはそれも消す。

 どこに誰がいるか全くわからなくなってしまい、アステルは焦り手をさ迷わすも、直ぐ様すくい取られ握られた。

 誰の手かはわかる。肌寒い気温の筈だが、顔は火照って汗をかきそうになる。

 

 「ちょっ、待ってぇなぁ! 真っ暗で見えんてっ!」

 

 シェリルが小声であわあわと嘆く。エジンベアでは昼間であった事と、積もった雪のおかげで姿が見えずとも地面につく足跡で互いの位置がわかったのだ。

 くくっと喉で笑うタイガの声が聞こえたかと思えば、シェリルは大きな手に手首を捕まれた。ちなみにタイガの逆手はマァムの手を握っている。

 なぜそんな事が可能なのかとシェリルが驚き、目を見開くが。

 

 「落ち着けシェリル。《氣》の応用だ。他者の体内に流れる氣の流れを感じ取れ」

 「………っ!」

 

 シェリルははっとして、目蓋を閉じた。

 戦闘中、氣の流れによる敵の急所を見定めるのと同じように仲間達の氣を探ると、暗闇に一つ、また一つと光が現れ人の姿を形取る。仲間達の体内の氣の流れ、生命の輝きとぬくもりが───。

 

 「見えた!」

 

 嬉しくて声を上げてしまった。シェリルは慌てて口を押さえる。

 「流石シェリルだ」とタイガは褒め、大丈夫だと判断してシェリルの手を離した。

 

 透明状態の一行は見張りに見咎められる事なく、村の外へと出る。

 村を離れて暫くすると、きえさり草の効果が切れて姿が浮かび出した。スレイは再び角灯(ランタン)に火を灯して歩き出す。

 そうして辿り着いた場所は、村の裏手にあるヌーク草が生い茂る栽培地だった。一迅の冷たい風が吹き抜け、紅の葉がざわめく。

 

 「……で。ここまで来た理由(わけ)はなんなんだ? スレイ」

 

 タイガが尋ねると先頭にいたスレイが皆に振り返り、改めて口を開いた。

 

 「このままだとムオルはこの先ずっと、昨日のような魔物の強襲に襲われる」

 

 「「えっ……!?」」

 「昼間話していた話と関係あるのか?」

 

 アステルとシェリルが驚愕する一方で、タイガは冷静に問う。

 

 「なんの話?」と、アステルが訝しげに尋ねると、タイガが答えた。

 

 「ポポタが言うには、ここら辺は北の大森林にある世界樹の聖なる力のおかげで、魔物の被害が少なかったらしい」

 

 「世界樹にそんな力があったんか!?」

 

 驚くシェリルにスレイは頷き、手に持つ世界樹の枝で出来た杖……ルーンスタッフを見つめる。

 

 「世界樹は瘴気や人々の負の感情などの、悪しき空気を浄化する力がある。それは魔物達を支配する、魔王の波動すら退けていたんだ。……だが、最近その力が弱まりつつある。その結果が昨日の魔物襲来だ」

 

 「なら世界樹が元気だったら、昨日のような事は防げたの?」

 

 表情に困惑の色を浮かべるアステルにスレイは頷く。

 

 「ああ。……カンダタの育て親がオレの師匠だって話しただろ? 師匠が住む北の大森林はオレにとっては修業場でもあったんだ。あの頃に感じた世界樹の聖力はもっと強く大きかった」

 

 スレイが仰ぎ見る北の方角を皆が釣られて見る。

 

 「世界樹がこの世界を支えてるって神話はあながち間違ってはいない。現に世界樹はこの世界を覆おうとする魔王の波動に抗っている。

 だが、もしそれがなくなれば、魔王の波動を阻むものがなくなり、魔物の凶暴化は更に酷いものになるだろう。

 世界樹が弱っているのを狙って、魔王は魔族を差し向け、魔族は魔物を指揮してこの地を更に荒らし、汚そうとしているんだ。

 その足掛かりとして、ムオルとその地に住む人々は確実に狙われる。

 魔王の波動を受けて凶暴化した魔物達は本能的に人間を襲い、喰らう。

 その時の人々の苦悶や恐怖、絶望は魔王の力となり、逆に死に穢れた大地は瘴気を発して世界樹の力は更に削がれる」

 

 「ムオルの人々は生け贄ちゅう事か」

 

 苦々しげにシェリルが吐き捨てる。

 

 「───テドンの、ように?」

 

 聞き覚えがありながら、あまりにもその口調は普段と違っていた。か細く囁くような声を発した存在にアステル達は注目する。

 角灯(ランタン)の明かりにぼんやりと浮き上がる彼女の金の髪。顔面蒼白で、猫のような円らな瞳にいつもの太陽のような輝きは失せ、深く暗い紅に染まっていた。

 

 「マァム……」

 

 タイガが痛ましげに呼ぶ。

 

 アステルの脳裏に破壊され尽くしたテドンの里の無惨な風景が、今も明けぬ夜を過ごし続ける悲しきテドンの民の姿がありありと思い起こされる。

 そして次に浮かぶのは笑顔のアニーと、ポポタ、リーズ、アニーの両親。父に親切にしてくれた、父を慕ってくれた村の人々の表情。

 

 「……だめっ! そんなの絶対に駄目っ!!」

 

 アステルは叫び、スレイに見向く。

 

 「スレイ、魔物達を止める方法は、世界樹を助ける方法はないの? ……ううん、なにかあるから私達をここに連れて来たんだよね?」

 

 確信を持って強い眼差しで尋ねてくるアステルに対し、スレイは躊躇うように暫し動かなかった。が。

 

 「───シェリル。アープの塔で手に入れた笛を出してくれ」

 

 「へ? う、うん」

 

 シェリルは慌てて背負っていた〈大きな袋〉を下ろし、翼を広げる鳥の紋章が施された木箱を取り出してスレイに手渡した。スレイは角灯(ランタン)をシェリルに預け、受け取った箱の蓋を開き、中に入っている山彦の笛をアステルに見せるように差し出した。

 アステルは戸惑い、笛とスレイを交互に見る。

 

 「……? スレイ、これ」

 「世界樹の状況とそれを救う手立てを教えたのは、オレを賢者にした神だ」

 「ガルナの塔の女神様……?」

 

 スレイは頷く。

 

 「この地に、世界樹に、聖なる旋律を響かせろと言っていた」

 「そんな事で世界樹は力を取り戻せるの?」

 

 スレイは思わず眉を顰めてしまう。アープの塔での奇跡をそんな事で済ましてしまうのは、あの時の強力な浄化の光を自身が発した自覚がアステルにはないからだ。

 

 「ああ」

 「ムオルを守れるんだよね?」

 「その、筈だ」

 

 アステルはスレイの手にある箱とオカリナ笛をじっくりと見つめる。アープの塔で見て以来だ。

 自我を奪う危険物だと、今の今までアステルが目にする事も触れる事もスレイが許さなかったし、アステル自身も気味が悪かったので遠ざけていた。だが。

 

 (笛を吹くだけで世界樹とムオルを守れるのなら、怖がってる場合じゃない!)

 

 アステルは意を決して笛に手を伸ばすと、心臓が一際大きく鳴った。

 

 どく、どく、どく、と。

 出せ、出せ、ここから出せ、と。

 

 身体の内側から撃ち破らんとばかりに心臓が打ち鳴らされ、その気持ち悪さにアステルは顔を歪める。

 それでもと手を伸ばすと、今度は突然視界に紗が掛かった。意識が朦朧とする。

 笛に手を伸ばせば伸ばすほど、自分が遠ざかる感覚に抗えず、アステルは笛に触れようとして。

 

 ───その前に手を強く捕まれた。

 

 彼の持つ杖が地面に倒れ、その音に自分という存在が踏み止まる。のろのろと目を上げると、そこには鋭く目を細めて此方を睨むスレイがいた。

 

 「しっかりしろっ! お前が(・・・)幼馴染みとその家族と村を守るんだ!」

 

 スレイの一喝に、アステルの靄がかっていた瞳に光が戻る。

 スレイの手が離れる。スレイの体温はそんなに高くない筈なのに、彼に手を握られた後はすごく熱く感じるのが本当に不思議だ。

 ふと。自分の中にいた何かがすっかり鳴りを潜めてしまっているのに気が付いた。

 アステルは目蓋を閉じる。落ち着きを取り戻し、静かに脈打つ胸に手を当てる。

 目蓋を開き、笛に触れて、それを手に取った。アステルは手の中にある山彦の笛をまじまじと眺める。

 

 「アステル、だ、大丈夫か?」

 「……うん。大丈夫みたい」

 

 固唾を呑んで見守っていたシェリルが、恐る恐る声をかけた。アステルは笛を手に振り返って笑顔で頷くと、皆がはあ~~っと、脱力して息を吐いた。

 

 「なんやようわからんけどっ! 二人ともめっちゃ緊張しとるから、こっちまで移ってもうたやんっ!!」

 「あはは。なんかごめ ……わわっ!?」

 

 スレイが黙ってアステルの頭をがしがしと掻き撫でた。乱暴な手付きはまるで八つ当たりをされてるかのようにも感じられた。

 髪はぼさぼさにされ、しかも頭を揺らされて少しくらくらする。アステルは文句言いたげに彼を見上げたが、彼はそっぽを向いていた。

 

 「取りあえず、問題ないなら吹いたらどうだ?」

 

 タイガが苦笑混じりにそう言うと、アステルは頷き、吸い口に唇を寄せようとして、ぴたりと動きを止めた。そして困ったように眉を下げて仲間達を見た。

 

 「ん?」

 「……あ、あのね?」

 「どうした?」

 

 タイガが頭を傾げ、視線を逸らしていたスレイもアステルに見向く。

 

 「聖なる旋律……って、どんな曲? というか私、笛の演奏なんてした事ないから」

 

 

 

 

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