ワンライ! 一時間小説の残骸   作:蒼井魚

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お題:部活動・音楽・粗末

 彼はまだまだ明るい大空が見える屋上で静かに目を閉じていた。瞼から届く太陽の光に眩しさと温かさを感じ、そして下から聞こえてくる吹奏楽部の演奏に鼻歌を合せていた。

 彼には音楽の才能がない。だが、音楽という文化には興味がある。自分で楽器を演奏するというのは難しいが、綺麗な音を聞くのは嫌いではない。

 欠伸を一つ。

 吹奏楽部が奏でる壮大なミュージック、曲名はわからないが、多くの楽器を使用して演奏しているのだから迫力は屋上まで届く。そして弱小運動部のやる気のない掛け声も重なって、ある意味ではパンクな雰囲気も漂っている。彼は放課後の雰囲気が好きだ。帰宅部という青春を否定しているそれ、何もしない、そういう選択肢だからこそ出来る選択肢というものがある。今、この瞬間も彼は静かに笑いながら吹奏楽部の迫力ある演奏、運動部の掛け声、そして自分の鼻歌で幸せな表情を見せている。

 吹奏楽部の演奏が終わりを告げ、運動部も休憩に入った。すこし寂しそうな表情を見せながら吹奏楽部の演奏を待つ。

 ──ギターの音色が響いた。

 彼は目を開けてどこからの音色かを確認する。吹奏楽部が音楽室を毎日使用している。それならギターの音色はどこから聞こえてくるのか? そして屋上の位置を変えてギター、ベース、ドラム、キーボード、そして女の子のパンク気味な熱量が入った歌唱、絶唱とも表現できる。彼は静かに学校の構造を思い出しながら、この下には美術部が借りている空き教室があることを思い出した。

 最近は少子高齢化の影響でどの学校でも空き教室が目立つ。その一室に美術部が入っているのだが、美術部というのは絵を描く部活だと思っていた。だが、彼は鼻で笑って、「美術部だけど、それは絵じゃなくて「芸術」という括りなら音楽も芸術で美術か」なんて少し納得した顔になり、美術部という名の軽音部のパンクなメロディーを楽しむ。

 吹奏楽部の迫力のある音楽とは違う、まるで語りかけてくるようなバラードチックな曲に変わり、その曲に笑みを見せる。盗み聞きしている自分だが、「ファンになってしまった」と小さく呟いた。

 上手い演奏ではない、吹奏楽部に比べたら三分の一程度の技術、それを溢れ出る魂でカバーしている。伝えたいフレーズをダイレクトに表現する。これが現代の音楽と表現できるだろう。クラシックは感動を与え、バラードやポップ、ロックなんかは勇気を与える。彼は音楽に興味はあるが、楽器を演奏したいとは思わない。だが、下手くそでいいと実行に移している美術部の面々、それの度胸に少しだけ引け目を感じていた。

 美術部の演奏が終わり、重たい瞼を開けると空は茜色に染まっていた。

 何の取り柄もない彼は不良のマネをしているだけだな、今日もそう思いながら立ち上がる。

 澄んだ空気、流れる雲、微かに聞こえる吹奏楽部の足音、色々な景色や音が自分の惨めさを引き立てる。

 自分は何をしているのだろうか、自分は幸せなのだろうか、自分は正しいのだろうか、今までは将来の不安にだけ頭の中を駆けた。不安によって現れた正当性に顔を渋らせる。

 部活をしている彼らは頑張っている。自分は上から目線で何もしていない。努力を馬鹿にしているわけではないが、努力をしていない自分を馬鹿にしていない。それが静かに自分の心、それの奥底に存在する危機感を揺らす。

 努力は無駄な行為、努力は疲れる行為、努力は未来を限定させる行為、そして──努力しないのは粗末な行為……。

 彼は静かに「何やってるんだろ……俺ってさ……」否定される筈の美術部のメロディーを聞いてから静かに歩みを振り返る。彼は努力を否定し続けてきた。努力しても才能がある人間だけが努力を語ることができる。だから、才能が無い人間は努力をしても才能のある奴、それの努力に勝てない。思い込み、才能が無いという思い込み。目に映るすべてに否定、肯定なんてしていなかった。ただ、自分の優越感を高める為に──他人を馬鹿にしていた。

 恥ずかしくなる。彼は二つの眼から流れ出す「雫」、それを静かに学ランで拭った。

 そしてフェンス越しに見える風景を目に焼き付ける。

 今、自分という無能はここに存在している。

 今、自分という馬鹿はここに存在している。

 今、自分という存在はここに存在している。

 自信が無かったと音楽によって気が付いた。今までの自分がどれだけ粗末な人間だったか再確認した。

 今日から自分を変えよう、そんな急な変化は三日坊主になるだけ、だからこそ……少しだけ自分という存在を受け入れて、出来る範囲の努力をしていこう。それによって粗末人間が粗削りな人間になれる気がした。

 言うならば感謝だろう。彼はギターケースを持った女子生徒に笑みを見せた。

 自分の浅ましい部分を気付かせてくれてありがとう、そしてまた聞かせてもらうよ、そう言って扉に手をかけた。

 階段を降りてまた欠伸。

 ──また音、

 少年の叫び声が聞こえて校舎裏が見える窓を覗き込むとガラの悪い生徒達が一人の生徒に暴力を加えていた。彼は静かに微笑みを見せて駆け抜けた。

 この世界は不条理と真理が詰まってる。だからこそ、自分という存在が矮小で粗末、それでも……それを否定することがどれだけ汚いことか……。

 だからこそ、正義の味方のフリをする偽物の正義の見方というのも悪くない。偽物は時に本物を超える。偽物は本物を参考にし、本物には出せない機能美を生み出す。だからこそ、偽物は本物を超える。最初の段階が粗悪で粗末でも、研ぎ澄まされた偽物は――本物を超える。

 彼は三階から飛び降りたら怪我をすると苦笑いを見せるが、二階なら大丈夫と小さく呟いて──飛んだ。

 地面に三点着地し、笑みを見せながらいじめられている子、いじめている子を見つめる。そして、明るい声色で告げた。

 

「俺も混ぜろよ!」

 

 いじめっ子達は二階から飛び降りた彼に困惑し、そして──一方的に殴られる。彼は偽物のヒーローになった。

 そのままいじめっ子達が逃げ出したと同時にサンドバッグになっていた少年に手を貸そうとする。だが、その手ははたき落とされた。

 

「──誰も助けてなんて言ってない! 消えろよ!!」

 

 殴られた痛みに耐えながら少年は千鳥足でその場を去っていく。

 彼はまた笑った。

 偽物は本物じゃない。だからこそ……信頼なんてされない……。

 でも、彼は……久しぶりの努力、それとも正義、それに触れられて満足した。

 またお礼。

 

「俺に一歩踏み出す勇気をありがとよ、粗末で……勇気の出る音楽さん……!」

 

 勇気の出るメロディーを鼻歌に帰路についた。

 そして、流れる雲に音符に似たモノがあった。

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