世界一特別なGⅠ制覇までのお話 ※12/10更新   作:クロカワ02

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前編

あるウマ娘の話をしよう。

 

彼女の名はエリオットリルビー。

 

『最強』に憧れ、『最強』に師事し、そして『最強』を目指した少女。

 

国内で8つの冠を、国外へ征き2つの冠を勝ち得て伝説となった衝撃のウマ娘はしかし、『最強』にはなれなかった。

 

師の背中を超えられなかった自分に『最強』を名乗る資格無し。

 

故に、『求道者』。

 

今でも彼女は悔しさを滲ませながら、しかしどこか誇らしげにその名を愛しむ。

 

 

 

 

 

あるウマ娘の話をしよう。

 

彼女の名はツキヨ。

 

傲岸で、不遜で、上から目線で、えらそうで、心底えらそうで、『不出来な姉』が嫌いで…何より賢く、強かった。

 

デビュー前に宣言した全てのレースに勝利しきっぱりと引退した彼女は、この耀かしき15戦を「別に。ただの証明よ」と一言で片付けて現役を締めくくった。

 

常日頃から『完全』を自称してきたそのウマ娘を、ティアラ路線のGⅠを全制覇した偉業から、人は今も『永世女王』と讃え続ける。

 

 

 

 

 

では、ハルノユメは?

 

 

 

 

 

ハルノユメ。

 

知らない?そう。

 

それはそうだ、まだ彼女は何も成してはいない。

 

デビュー戦から4連勝して皐月賞ウマ娘になって何も成していないというのもおかしな話ではあるが…とは言え、シニア級に入った現在その戦績が伸び悩んでいるのも事実。

 

注目度は下がり、レースのファンからも「皐月がピーク」、「姉と違って凡庸だった」、「身体が小さすぎる」「こまい」「ちっさ」「勝負服がエッチ」「ちっっっっっっさ」などと言われ放題。

 

それでも彼女は変わらず走り続けている。

 

走って。

 

走り続けて。

 

三冠より。

 

トリプルティアラより。

 

ファン投票1位より。

 

年度代表より。

 

生徒会長より。

 

天才より。

 

無敗より。

 

名門より。

 

最強より。

 

完全より。

 

誰より特別な運命のレースに辿り着くそのウマ娘の名は、ハルノユメ。

 

『やがて来たる約束のウマ娘』である彼女のことを語るのに相応しい言葉を選ぶとすれば…そう。

 

すなわち、「世界一特別なGⅠ制覇までのお話」である。

 

 

─────────────────────

 

 

 

「ダイヤローグを潰してほしい」

 

目の前の生徒会長がそう言い放ったことにハルノユメが大きく反応することはなかった。

 

慣れている、とも少し違う。この感覚は実際に話を聞いている彼女を横顔を一目見れば実感を持って読み取れるのだが言語化するには文字数の要する……

 

「2人とも、ダイヤローグについて知っているかな?」

 

おっと、話が進んでいる。

 

剣呑な一言から始まった昼下がりの生徒会室での『雑談』は会長の穏やかな語り口でしかし流暢に進められる。不思議と疑問を差し挟む気にはならないのだ。

 

まるで演劇の書き割りのように、こう進行すると決められているかのように。

 

だから、口を開けるのはこうして語りかけられた時だけ。

 

「知らない」

 

「ダイヤローグ。190cmの高身長と手脚の長さを活かした大振りな走りをする現役5年目の高等部生徒、と記憶しているが」

 

「うむうむ、さすがハルノユメのトレーナーさん。その通り、ダイナミックで力強い逃げウマ娘だが…それだけじゃなくてね」

 

そして会長の『劇場』で語られたのは、昼食後の茶飲み話には少しばかり重たい、いつも通りの話だった。

 

 

 

 

 

トレセン学園の午後は主に運動に充てられることになる。俺の地元では私立の体育系の特待生が確かそんな時間割だったと思うが、ここは遥かに流動的だ。

 

トレーナーのついていない生徒は教官から授業や走りの指導を受け定期で開催される模擬レースや選抜レースに備えるが、トレーナーのついている生徒は下校時間までまるごとトレーニングに費やしてもいいという。実質の自由時間だ。実際関係のない活動に浪費したり、ちょっと傍目には理解の得られにくい活動を「占いの結果」と言い張り周囲に困惑を振りまくものもいたとか。

 

フィジカルエリートの中のエリートが集うこの学校においてトレーナーがつくのはさらに秀でたるウマ娘だけ。強ければ当たり前に特権があり弱ければ…まあそこまで酷い末路を辿るわけではない。本人の気持ちは別として。

 

トレーナー室もオフィスと言うにはどうもどこを見ても私物化されているが行き過ぎなければ誰も咎めはしない。結果を出せばいいからだ。俺もそれに倣い紅茶のセットとおやつと茶葉を経費で買っている。

 

俺の名はマッドサイエンティストレーナー。ハルノユメのトレーナーである。

 

 

(本名は西条信也)

 

(喋り方も奇矯な自称もキャラ付けである)

 

 

「やめろそういうこと言うの!」

 

「何?」

 

「ああいやなんでもない。ちょっと待っていてくれ」

 

「んー」

 

一息つくため彼女が身を預ける先はバネが効いた硬めのソファ。勢いよく尻から飛び込めばぼいんと跳ね返されるこの感覚に惚れてトレーナーを決めたくらいのお気に入りだそうだ。

 

「つまり、今回の相手は追い抜き対策のスペシャリストというワケだな」

 

一方で人物や能力を全く考慮されず選ばれたトレーナーはかちゃかちゃと細かい音はするものの慣れた手つきでティーセットを扱い、紅茶をカップへ注ぐ。

 

部活の麦茶作りで鍛えられた俺のティー・スタイルはセットが泣くぞと言われたこともあるほどの腕前だ。

 

「確かにあまり見ないタイプではある。体格もだが、単純に1着を取ることを目的とするなら余計なリスクを負う必要が無い。普通に走ることに集中すべきだ」

 

牛乳は後入れ。ここは担当の間で一致している。

 

「今日のお菓子は…ホワイトロリータだ」

 

茶菓子を皿に盛るとハルノユメはつぶっていた目を細く見開きモノを確認すると、

 

「一流のセンスと言わざるを得ない」

 

と頷いてくれた。

 

運命のスカウトを経て担当を組み早3年。

 

「「ずず…」」

 

変わり者と評されがちなウマ娘と変な奴として名を馳せているトレーナーは、

 

「「ふぅ…」」

 

まあまあ上手くやっていた。

 

「この銘柄は正解だなぁ!」

 

「なんかいいね、これ。名前読めないけど」

 

変わっているなりには。

 

 

──────────────────────

 

「ダイヤローグ。彼女はその長身を活かしフィジカルで突き進むタイプ…ではあるが、それだけではなくてね。長い手脚で横と後ろを広く牽制し後続を前に出さない技巧派でもある」

 

「そうなんだ」

 

「国内では珍しいスタイルだろう?だが、そう褒められたものでもなくてね。…『当てる』んだ、理由があれば」

 

「理由?」

 

「嘆かわしいことにね。彼女は『依頼』を受けてわざと他のウマ娘を妨害するのだよ。時に1人が実際怪我をして何人ものウマ娘がレースに対して恐怖を抱くようになってしまった」

 

「良くないね」

 

「かくして我々トレセン学園生徒会は彼女の得難い技巧(スキル)を『固有』として認定、同時にレースを破壊し全ての競技ウマ娘の誇りを貶める存在として『厳罰指定』した」

 

「……」

 

「ハルノユメ。君には固有技巧『O.C.mine』とその使い手ダイヤローグを──攻略してほしい」

 

「ん、おっけぃ」

 

「……」

 

「……」

 

「いやー毎度悪いねぇ!」

 

「いいよ、会長困ってるんでしょ」

 

「そうだねぇ、生徒の代表もなかなか楽じゃない。データはいつも通り君のトレーナーへ送っておくよ」

 

「了解。じゃ、ぐっばぃ」

 

 

─────────────────────

 

 

以上、回想終了。

 

いや、結局俺はほとんど喋らず生徒会室を後にしてトレーナー室へ帰ってきたわけだが。

 

だって生徒会長、話を振らないのにこっちを窺ってくる時の目が底知れなくて怖いし…。

 

「さて、早速作戦会議を…おやノックが聞こえる。今は作戦会議中だ!後にしてく

 

「入るわ」

 

せめて最後まで聞け!!」

 

かくして穏やかな茶会は開始1分で幕を閉じた。

 

闖入者、である。

 

「関係者よ」

 

関係者はそう宣った。

 

「呼んでいないものは関係者ではなーい!!」

 

「相変わらずの白衣に伊達眼鏡…あなた見た目ばかり奇を衒って言動でまともな面を出すならそのキャラやめた方がいいわよ。芸人として長生きできないわ」

 

「芸人じゃなくてトレーナーだが!?キャラじゃないが!?トレーナーには必要最低限の常識が必要だから仕方なくだが!?」

 

「常識は最大限必要よ」

 

彼女の名はツキヨ。

 

たっぷりと豊かな黒毛を流れるままにたなびかせ、しかし髪は決して主人の思わぬ方には流れない。想惑的(アステリアス)(造語)な雰囲気の乱入者もまたウマ娘であった。

 

良い意味で制服の似合わない、大人びた未成年なのだ。

 

どちらかと言えばウマと言うより黒猫だな、とマッドサイエンティストレーナーは思う。

 

「それで、何の用だツキヨ」

 

「姉が妹に会いに来るのに理由が必要なの?」

 

「用事がないなら後でええやろがい!!」

 

「はぁ。ホワイトロリータ?センスがないわね」

 

「勝手に来た女に茶菓子まで批判される身にもなれ」

 

「ツキねえちゃんは嫌い?僕は好き」

 

「ハルが好きなものは全て好きよ」

 

「手のひら返しの天才か?」

 

「トレーナーのことも好き?」

 

「ハルが好きなら好きね」

 

「自己というものはないのか激甘姉」

 

「姉妹愛が全てよ」

 

「お前その口で上の姉とケンカしてるだろうが…」

 

ツキヨ。

 

ぼんやりしている(ように見えがちだが何を考えているのか窺い知ることが難しいため便宜上ぼんやりしていると言われがちな)ハルノユメに比べ、彼女の言動にはとにかく極端なところがあった。

 

まあいい、と仕切り直す。

 

「とにかく作戦会議と行こう。まずはデータを、ポチっとな」

 

便利な時代だ。リモコン1つでカーテンを閉めてプロジェクターを起動して降りてきたスクリーンに画像を映し出す。

 

「何、これ?」

 

「ふっ。俺がここに来て3年、先日やっと学園所属のウマ娘全てのデータをまとめることに成功した!それを顔写真と大まかなステータスと特徴をまとめトレーディングカード的に仕上げたのが!この!『データカード-DAS』!」

 

「手元のタブレットを見た方が早いでしょう。寄越せ」

 

「部外者のくせになんと横暴なっ、あっ、ちょっやめ」

 

「ちょっと。私のカードが無いわよ」

 

「ファイルが違うんだ」

 

「出せ」

 

「はい」

 

俺がトレセン学園に来て3年。集めた情報はデータだけに限らない。

 

世間に無い学園での常識。ウマ娘に逆らってはいけないという本能的な恐怖もまた重要な学びであった。

 

先輩トレーナーたちがどうしてあんな怖いもの知らずなのかわからなくて怖い。

 

「…ふぅん。気に食わなかったらサーバーごと焼き捨てるつもりだったけれど、案外まともな出来ね」

 

「失礼極まる。おいハルノユメ、奔放極まるお前の姉に一言言ってやれ」

 

「ツキねえちゃん、お茶飲む?」

 

「誰が一杯勧めてやれと言ったぁー!!」

 

「でも私を表すのに大切な一節が欠けているわ」

 

「何だとぉ…?」

 

「私の名前は2つよ。ツキヨと…『ムーンナイトプリンセス』」

 

「──!しまっ…」

 

 

 

「遡ること7年前。当時トゥインクルで走っていたあのお方のレースに一目で魅入られた私はいてもたってもいられなくなって次走を調べ現地まで走りレースを観戦した後浅ましくも最前列からファンサを求めたわ。そんな愚昧な私に対しあのお方が仰ったの…『もー。わがままなお姫様だね?』と…その日が私の第2の誕生日。姉と同じ道に進むのが嫌で嫌で切り捨てていたレースの道を選び、やがてあの方の元へ辿り着いてみせると決めた日…そう、『ナイト・オブ・クローバー』と呼ばれたあの方の元に!」

 

 

 

「す、隙自語!自分の妹がメインの小話でここまでの自分語りを…!」

 

「隙を見せた方が悪いわ」

 

「くっ…!と言うか、そんなに好きならちゃんと本名で呼んだらどうだ。確か、シ…」

 

「この私が慎んでいるのにファンでもない人間があの方の名前を口にしていいと思ってるの?シャンデリア代わりに吊るすわよ」

 

「人間はシャンデリアの代わりにはならん…!」

 

「ふん。理解したら二度と不遜な口を利かないことね」

 

「これだから厄介夢女は苦手だ…ええい、作戦会議に戻るぞ」

 

タブレットを操作し最初のカードを映し直すと伸縮式の指示棒を用いてぺん、とスクリーンを叩いた。

 

「ターゲットの名前はダイヤローグ。シニア級3年目。距離適性はマイル中距離。戦績は24戦4勝。うち重賞3勝。たかが4勝されど4勝、この成績はアテにならないぞ。何故なら奴が八百長で捨てたレースを含めば勝利数はおそらく跳ね上がるからだ。と言うか重賞3回勝ってるって普通に強いからね?その上で注目すべきは10名を越える出走者の中できっちりと狙った獲物を仕留める能力だな」

 

「ふぅん。つまり」

 

ステータスとして表示された競走能力のレーダーチャートを眺めてツキヨは言った。

 

「大したことないのね」

 

「あるの!!いいか、奴はほとんどの仕事を成功させているんだ!それがどういう意味がわかるか。…躊躇が無いんだ。自分の行動によって他者が傷付くことを許よ「そんな危険な女と私の妹を走らせるわけ?吊るすわよ」いててててやめろやめろ人はシャンデリアの代わりにならんと言うのに!」

 

「んー」

 

「それで、ハルノユメ。お前はどう思う」

 

「んー」

 

「ハルノユメ」

 

「んー」

 

「…あの、ハルノユメさん?」

 

「やっぱり正面から来てもらわないとねー」

 

「うん?ああ、そうだな。まずはレースへ引っ張り出すところからか。最近は依頼を受けないとレースに出ないようだしな」

 

「トレーナー、お金貸してくれる?」

 

「む?ああなるほど、依頼を装ってダイヤローグと接触するんだな?いいぞ、いくらだ?」

 

「2万」

 

「2万だな。……1万6000円じゃダメか?」

 

「2万円も持ってないの?恥ずかしい大人ね」

 

「持ってるならツキねえちゃんでもいいよ」

 

「ま、待て。大人としてトレーナーとして譲れない一線がある。甲斐性なしは御免だ。俺とツキヨで1万ずつにしよう。ツキヨも学生だしそんなに余裕はないだろう?財布にいくらある?」

 

「100と3万」

 

「そんなでっかい額が入ったでっかい財布学生が持ち歩いてていいわけあるかぁー!!」

 

嘘だったので俺は安心した。

 

「3万は入ってるから私の勝ちね」

 

マウントは取られた。

 

 

──────────────────────

 

 

「…ふう」

 

そうやって出た息は吐いた本人にとっても思わず口を押さえるような予想外の一息であったようで。

 

退室していった小柄なウマ娘ではない、生徒会室に残った生徒会長の嘆息だった。

 

「…ああ、良くないなぁ。これは」

 

まるで、人に任せて安心したみたいじゃないか。

 

隣へ目をやるとやはりと言うか、部屋の隅の影から姿を現した副会長がこちらを心配そうに伺っている。

 

「会長」

 

「ん、すまない。聞かなかったことにしてくれ」

 

「…会長、本当にこれでいいのですか。私にお任せくだされば生徒の1人くらい」

 

「優秀な君には君の仕事があるよ。情けなく頭を下げるのは凡人の私の仕事だ」

 

「会長、それは」

 

「いやぁ、先代と比べれば私など凡愚もいいところだよ。伝説の生徒会長のように難しい四字熟語を常用できるほど頭も良くないしね。それでも…君の言わんとすることはわかるよ」

 

「……」

 

───厳罰指定とその執行。

 

きっと彼女の憧れたトレセン学園生徒会にこんな無粋で無様な仕組みは無かったはずだ。全く申し訳ない。全部理事会が悪いんだ…と、言えるほど強く反対はしなかったけれど。

 

でもね。

 

「彼女は…ハルノユメは特別なんだ」

 

「え?」

 

「何せ彼女のトレーナーに曰く、『やがて来たる約束のウマ娘』なのだから、ね」

 

 

──────────────────────

 

 

「…お前が、アタシを呼び出したのか?」

 

「うん」

 

刺々しい赤髪の彼女は誰もいないのをいいことに、机をいいように並び替えた教室の真ん中の席で待っていた。

 

私物を周囲の机に散らかし、前の机に長い脚を乗せ、制服のスカートも気にすることなく堂々と。

 

『ここ』は自分の縄張りであると主張する。

 

まるで地雷原を持つ要塞のように。

 

ダイヤローグは堂々と構えて、ハルノユメを待っていた。

 

「それで?会ったこともない見たこともないお前がなんでアタシを呼び出すんだ?…何か、『お願い事』でもあるのか?」

 

片や椅子にふんぞり返り、片やぼうっと立ち尽くしていてなお頭の高さはようやく同じくらい。

 

どう見ても小柄。フィジカルでは弱者もいいところだとダイヤローグは『値踏み』する。

 

「……」

 

「ねぇよなぁ。だってお前は、生徒会から送り込まれたイヌなんだから」

 

ウマ娘において見た目の筋量は全てではない。生来の強度が支える筋と神経の質で決まる。

 

が、無意味ではない。例えば自分のように身体が大きいからこそ取れる戦術もある。

 

「……」

 

「ウワサになってんぜ?生徒会が制定した厳罰指定と、生徒の中にその執行者がいるってな…でもさぁ、困るんだよ。アタシだけじゃねぇ、もっとたくさんの人間がだ」

 

「……」

 

「この学校はよ、やってる事こそかけっことアイドルもどきだが入った人間に箔がつくくらいの格はあるワケ。だから良い家柄の娘やそういうトコに縁作りてえ大人の事情持ちが集まる。ただ、入った以上は走らなきゃならないしそこで結果を出せれば家の株を上げられる。アタシの『商売』はそのニーズにお応えする大事なお仕事なんだ。わかるか?」

 

「……」

 

「どうせ走るなら白星がいくつかは欲しい、同等以上の友人やライバルがいれば世間の評価サマはさらに上がる。でも…勝ちが欲しいんであって分の悪い敵はいらねんだわ。そこでアタシが間へ入って調整してやるワケよ」

 

「……」

 

「悪どいと思うか?いやいやんなこたぁないさ。だってここはトレセン学園、強い奴がどこまでものし上がる世界!狭き門を潜った者として、小遣い稼ぎくらいの役得はあるべきだよなぁ?」

 

「……」

 

「実のところな、アタシは案外お前のこと嫌いじゃないんだぜ?生徒会に選ばれた優秀な飼いイヌと言ったって仕事で走るアタシとそう変わらないんだからよ」

 

ゆえにこれは、値踏みだ。

 

「……」

 

「だからよ。取引をしよう。今回お前がもらう報酬、そっくりアタシに渡すなら負けてやってもいい」

 

「……」

 

「バレやしないさ。ちゃんと演技はしてやるよ、『むぅりぃ〜!』ってな」

 

「……」

 

「……おい。いい加減なんとか言えよ」

 

「……」

 

「なんだこのクソイヌ…頭おかしいのかよ」

 

「ねぇ」

 

「あ?」

 

「依頼」

 

ぽい、と。

 

少女が何かを机へ投げ置いた。

 

何か、だ。ダイヤローグはそれを見逃した。

 

机を挟んで正面に立つ少女が投げたものが見えなかったわけはない。見えていた上で、無意識に信じられないと切り捨てたせいで一瞬認識できなかっただけで。

 

無造作に投げ出されたものを改めて見て、改めて。

 

ダイヤローグは絶句した。

 

 

 

───札束。

 

 

 

帯で止められた100枚の紙束が、3つ。

 

つい机から脚を下ろし身を乗り出して刮目してしまう。悪女ゆえに金に対しては機敏なのだ。

 

思わず口角を緩ませて顔を上げるとそこでは相変わらず棒立ちのままの少女が…いや。

 

「全力で。真正面から堂々と。卑怯でも反則でも例の技でもなんでも使って勝ちに来て」

 

金に食いつく悪女に対しあくまで退屈そうに、言い捨てた。

 

これは頼まれ事でしかない。

 

お前には一寸の興味もないんだ、と。

 

言外に。

 

雄弁に。

 

交渉の机に着くまでもなく。

 

「どうしたの」

 

ハルノユメは戦端を切った。

 

「拾えよ。野良イヌ」

 

「…無礼やがったなチビガキィ!!!!」

 

「エリねえちゃんほど身長もなければツキねえちゃんほど胸もないけど。ガキじゃないよ」

 

「叩くじゃねぇか減らず口をよぉ!!いい度胸だ…」

 

ダイヤローグが椅子を倒しながら勢いよく立ち上がるとますます身長差が浮き彫りになる。それだけではない、彼女は手脚も明確に長いのだ。

 

ともすれば日本ウマ娘屈指の長身が肩をいからせ机越しに長い腕を伸ばして小柄なウマ娘の胸倉を掴み上げると容易に踵が浮き上がる。

 

「愛知杯芝2000m。テメーとアタシの得意距離だ。文句ねぇな」

 

「いいよ、それで」

 

鼻をぶつけ額を擦らんばかりの距離で悪女は唸るように少女を睨みつけ、少女は悪女を侮蔑する。

 

 

 

 

「死んでも文句言うなよ…!!」

 

「死ぬほど泣かすけど文句言わないでね」

 

 

 

 

「…ケッ!」

 

突然突き放されたハルノユメはしかしふらつくでもなく難なく着地しいそいそと制服を整えると、

 

「じゃ、ぐっばぃ」

 

と言い残し、何事もなかったかのようにとことこと教室を出て行った。

 

ムカつく。

 

チビのくせにスカしたやつだ。生徒会の飼い犬のくせに自分に楯突こうとは。自分たちで懲らしめられないからと手下を送り込んでくるような生徒会にも呆れ果てた。

 

ハルノユメ。シニア級1年目、距離適性は中距離。戦績は14戦7勝。脚質は先行差し。前年クラシック戦線における皐月賞の勝者であり5歳上の『姉』が出した記録を塗り替えてのレコード勝利。それぞれ勝ちのあるマイルや長距離の適性をあえて加えずに中距離のみとしたのは現環境トップクラスのスピードを誇示するためか?

 

先程は何も知らないような顔をしていたが商売の対象となる生徒のことを調べていないわけがない。よりにもよってあの『姉妹』か…と思うところはあったけれど。

 

ただ、見えている情報の中にも得体の知れないところはある。

 

生徒会の走狗として活動し始めたのがいつなのか。

 

自分と同じように依頼を受けてレースを走っているのならそれはいつからだ?

 

依頼通りの走りをしてるんだとしたら。

 

自分と同じように、実力を秘匿している可能性もある。

 

…ムカつく。

 

彼女は悪女なので頭の回転が早いが、良くも悪くも頭を回し始めたらキリがない。ストレスが止まるところを知らぬまま際限なく積み上がって行くのがとにかく腹立たしい。

 

こういう時は金と触れ合うに限る。

 

ああ、そう言えばちょうどあのバカが置いていった金があるんだ、こいつなら。

 

この金額なら今荒みまくっている女心を癒してくれるだろう。

 

まあ、最初からこの札束全てが本物だとは思ってはいないが。

 

横から目を凝らすと一目瞭然、質の違う紙が混ざっている。程度の低いかさましだった。見たところ本物は全体の半分くらいか。

 

まあ、いくらなんでもケンカを売りに来た相手に満額渡すような真似はすまい。半額でもバカだ。

 

面倒だが数えるついでに選り分けるとしよう、とダイヤローグは椅子に座り直した。何、金というのは数える時間も楽しいというもの……

 

「……」

 

……。

 

────。

 

「……全部ニセモノじゃねーか!!!!」

 

1番上の1枚さえも!!!

 

「無礼た真似しやがってあのクソチビがァ!!!」

 

ぜってぇ殺す!!!!!

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

 

「そう言えばハルノユメ、お前あの2万何に使った?」

 

「寮長の誕プレ買うのに使った」

 

 

 

───────────────────────

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