世界一特別なGⅠ制覇までのお話 ※12/10更新 作:クロカワ02
「うーん……1話からいきなりトレセン学園大ピンチ、侵略者エボルラビットにハルノユメはいかに立ち向かうのだろう……」
「寝言で前回のあらすじを……お見事です、会長──!」
───しかし。
本当にこれでいいのだろうか。
会長に仮眠を取っていただくよう説得して、こうして私の至らぬ膝枕でお眠りくださっているこのお方が……どうしてこんなになるまで働く必要があるのか。
原因は、大人の腐敗だ。
かつてこの学園の黄金時代を支えた前理事長の引退以来、学園の運営を担う理事会の手腕ははっきり衰退したと言っていい。厳罰指定などという制度がその情けなさの表れだ。
前理事長の健全で全てのウマ娘の個性を尊重した教育は幾多の素晴らしいウマ娘を輩出しこのような大事件が起きた記録など残っていないと言うのに。
「いやあ、それはどうかな……かつての理事長は私財をじゃぶじゃぶ注ぎ込む、経営者としては割とアウト側のお方だったそうだからね……」
その理事会が既に半分近く籠絡された今、エボルラビット当人を厳罰指定で成敗する意味はあるのだろうか?
大局的に見るならば最も近しいURAに援護を、
「求められれば、よかったんだけどねぇ」
「か、会長!? 寝言ではなかったのですか!?」
「さっきまでは寝てたよ。しかしどうも、私の片腕ちゃんが憂げな顔をしていたものでねぇ」
「会長……あっ……」
「ふふ、ライン越えを疑われるから悩ましげな声を出すのはやめたまえ……話を戻すとね、外へ情報を出せないのは。誰が彼女の影響を受けているのか全くわからないからだよ」
地の文も引き継ごう。
全く全く困った話、無理をしてなんとか耐えている的な顔はしているが常に情報封鎖はギリギリだ。エボルラビットが行った工作や不正な入学の事実、つまり理事会の腐敗が外部に漏れれば学園の権威は地に墜ちる。自分と同じように奔走してくれているはずの人間が今にも心折れて甘い誘いに乗っているかもしれないと思うと本当に気が滅入る。
一体いつから、何人の権力者をどこまでの手段を使って動かしてトレセン学園編入まで至ったのか想像もつかない。たかが1人に学園が破壊される。フィクションじゃんそんなん。
私が凡人ゆえに理解が及ばない。
語彙が足りない。描写が足りない。
語り部に怪物の企みは語れない。
でも確実にわかる。
エボルラビット。
フィジカルでもメンタルでも、彼女は間違いなく埒外なのだ。
(なーんて弱音はぜぇったいに後輩に対して言えるわけがないので適当に端折って……)
「と、いうわけだよ」
「確かに。どこに敵が潜んでいるのかわからない以上無闇に動いて敵を招き入れる事態になってしまうのは最悪です。しかし」
「うん?」
うん?
「しかし、全くわからないではありません。今のお話を聞いていくつか思いついた『経路』があります。……あ、いえ、私が思い当たる程度ですのでデコイか、当然何らかの対策で隠蔽されているとは思うのですが」
……マジ?
凡人に怪物は理解できなくても、有能なら手が打てる……ってコト?
「あー、副会長」
「はい?」
「その『経路』の調査、君に頼んじゃっていい?」
「……!!!!!」
返事をするが早いか私の頼りになる後輩は生徒会室を飛び出していった。
いや、返事ははっきり聞こえなかった。聞こえないくらい速く彼女は吹っ飛んでいった。わーお……
「……さて」
あとは、盤外戦ならぬ盤内戦に注目するとしよう。
副会長が口にしかけた、何故今回もハルノユメを恃むのかというクエスチョンに遅ればせながら、あるいは口にする前に早めに回答しておこう。それはハルノユメが普段から頼りになるからではない。
他ならぬエボルラビットからの指名だったから。
あの時彼女はこう言った。
『ラビが負けたら……脱ぐよっ!!』
脱がなくていいから手を引いてほしい。あの時私は心底そう思ったしそう言った。
彼女はある日突然に現れて理事会の侵食を告げた。実際に対面したのは副会長が席を外したほんの数分に過ぎなかったがどっと三日分は疲れる会話だったのを覚えている。
エボルラビットが怪物なのは精神性だけではない。
その才能、その力、その走りだけは間違いなく本物だったから。
本物を打倒するのはいつだって本物であるべきだ。そうだろう?
「だから君に頼んだんだよ、ハルノユメ」
なるべく早く。
疲労的に……できれば、あと三日くらいでよろしく。
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「エボルラビットの公式プロフィール。誕生日7月7日、身長は157センチ、体重はちょっぴりダイエット中、スリーサイズは……ぼん、きゅ、きゅ? 数字で書けと言うのに……とにかく、これは全部嘘だ」
本当は誕生日4月1日、身長168センチ、体重微増、スリーサイズは……まあいい。
「わかるかハルノユメ。ヤツはとんでもない大嘘吐きだ」
「身長10センチはどうごまかしてるの?」
「なるべく平たい靴を履くのと、あとは耳の分の数字がどうのと屁理屈を捏ねている。捏ねれてるかこれ? いやまあそこはどうでもいい。問題は」
「どこまでの嘘つきなのか」
「そうその通り! ヤツはおそらく無理やり作ったコネで学園に不正入学しているとんでもないウマ娘だ。このマッドサイエンティストレーナーの見立てでは編入試験の結果さえ」
「それは合ってると思う」
「……何故そう思う」
「見た感じ」
「……そのあたりの真贋はこれからヤツのレース動画をまじえて検討していくつもりだったがまあいい! お前が言うなら当たっているだろうからな! だが……やはりエボルラビットが多くの情報を嘘で覆い隠しているのは事実だろう。勝負に勝つためならどんな手も使ってくるはずだ」
「レース、勝てばいいんでしょ」
「いいかハルノユメ。ヤツはアイドルだがアイドルとしての実績は怪しい。表ではハイテンションで変な一人称なキャラの本性が真逆なことはよくある。ウサギだからか真っ白な葦毛なのもあざとい。複数回の勝負を挑んでくるのは大抵隠した意図があるしレースだってズルはできる。走るのが本当に速くてその上で手を打っているならますます強敵だろう。そして何より、ヤツは既にあらゆる視点から我々に疑念を持たせることに成功した。真実は全て覆い隠され、我々自身がさらに疑いの布をもう一枚被せてしまったのだ。こうなってはもう敵が実態以上に大きくも小さくも、おっ?」
ぐい、と。
突然、白衣の襟を掴み引き寄せられた。
顔と顔が近付いて、栗毛の担当ウマ娘と。
「混乱してるのはわかったから」
目が合った。
「あっちじゃなくて、こっちだけ見てて」
「……ふぁい……」
……作戦会議、終了。
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「そんなこんなでついに3戦目……と言うか、これが本番だな」
来たる決戦の朝、である。
ん? 1戦目と2戦目は、って……何を言っているんだ。俺がなんとか1万2千字に凝縮して書き上げた報告書、あの激戦の記録を読んでいないだと?
ハルノユメのなんとか体裁だけ整えたレベルの笑顔も俺が打った奇策の数々もお見せできないとは……まあ、本筋に関わらないのは確かだ。2戦とも負けてるし。
当たり前だが相手から提案してきただけあってどちらの勝負もまるで勝負と呼べない完敗だったし、そのことに関して言い訳はない、俺もハルノユメも。
エボルラビットでさえ自分に有利な勝負を押し付けた言い訳はないはずだ。ハルノユメに勝負を挑む以上、結局この3戦目が全てなのだから。
「そうだろうハルノユメ!」
「ゲームしすぎて眠い」
……ここは気合入れる場面でしょうが。そういうのは思ってても言っちゃダメなんだよ。
とても緊張感が無い…しかしこのマイペースさこそがハルノユメなのだ。
ハルノユメは揺るがない。どんな舞台でも。
どんな強敵を前にしても。
「みんなーっ! おはらびーっ!!!」
「「おはらびーっ!!」」
「ついに来ました3戦目っ! GⅠのレースでハルノユメちゃんと決戦っ! のっ!! はずでしたがっ!!!」
いつにも増して声量がバグってるエボルラビットの言う通り……俺たちが立っているのは、いつもの学園のコースだった。
「ラビまだGⅠ出れないんだったよー!! ごめんねーっ!!」
「いいよ、どこでも」
「それよりエボルラビット、この観衆の数はなんだ? 週末とは言え学園内に一般人が大量に入っているようだが」
「もちろんラビとハルノユメちゃんのファンだよっ! 嬉しいねっ!」
「いや、私が言っているのはそうではなくイベントにしては警備員も整理員も見当たらないというところで……まあいい、実際こうなってるなら会長が許可を出したんだろうし……」
100人ではきかない数の老若男女がコース際のスタンドに詰めかけているのはどうも不安だが今更帰すこともできん、せいぜい証人になってもらうとしよう。
ハルノユメは必ず勝つからな!
「許可も何も要らないよっ。あの人今何もできないもん」
「何か言ったか?」
「何もっ?」
「そうか、では始めるとしよう」
「うんっ! ……練習したがってた他の子も今日のために黙らせたんだもんねっ、みんなの分まで楽しまなきゃ」
「何か言ったか?」
「何もっ?」
「そうか、ならいいんだが」
「……にひ。にひひひひひひひ。はぁ……」
「かわいいなぁハルノユメちゃん。にひひ」
「ラビね。本当に、今日が楽しみだったんだよ。ハルノユメちゃん」
「ぜぇったい、逃がさないから」
「……ねっ」