世界一特別なGⅠ制覇までのお話 ※12/10更新   作:クロカワ02

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第3話 最強の敵襲来!絶対勝利の【ウサギ】!後編

「エボルラビットを語る時、人は彼女を『絶対勝利』と讃える。これは実際にかつて所属していたアマチュアレースで無敗の戦績を誇っていたことから来ている。……だけではない」

 

 ただの無敗なら無敗、と呼ばれるだろう。

 

 レースに『絶対』は無い。

 

 その中で『絶対』があると謳われた『皇帝』シンボリルドルフでさえ無敗でも無敵でもなかった。

 

「エボルラビットは必ず勝つ。どんな強敵でも、どんな舞台でも」

 

 競走歴1年。彼女はその1年でリーグトップに立ちそのアマチュア団体を掌握した。

 

 ウマドル歴やっと2年目。たった1年で動画登録者数、ウマスタ、ウマッターのフォロワー合わせて300万人を突破した。

 

 成績を鑑みてのクラシック級扱いでトレセン学園編入後、すぐさまスカウトを受諾する形で担当トレーナー契約を結びレースへ出走。圧勝で華々しいデビューを飾った。

 

 編入時期と適性距離の関係で三冠とティアラは実質不参戦だが秋からはG I戦線への飛び入りが予想されている。誰もが期待し目を奪われていく、ウマドル界の一等星。

 

 此度の三番勝負もすでに危なげなく2連勝。残るレースも体調万全エンジン全開。

 

「んふーっ!!」

 

「…………」

 

 しかし見るがいい、ハルノユメは揺るがない。

 

 どんな舞台であろうとも。

 

 どんな強敵であろうとも。

 

『絶対勝利』が相手でも。

 

 彼女の『最速』は揺るがない────!! 

 

 

──────────────────────

 

 

「じゃんけんで決めた枠順は内、エボルラビット。外、ハルノユメだ。双方異論はないな?」

 

「おっけーっ!」

 

「うん」

 

「ならよし。……ところで、ハルノユメのトレーナーであるこのメァッドサイエンティストゥレーナー……!が、審判で本当にいいのか?」

 

「いいよっ!ラビのトレーナーさんからも『よろしく』って言われてるからっ!」

 

「……ふむ」

 

 この場にいない彼女の『トレーナーさん』についてはそれなりに存じ上げている。こんな言い方をするのはもちろん、距離を取っておきたいからだ。

 

 端的に言って信頼できる人間ではない……この中央で間違いなく1番腐っている。少々特殊な経歴を持つ俺でさえ霞むような個性豊かな中央トレセン所属トレーナー陣の中で唯一と言っていい。実は善人とかの裏があったりするわけではなく本気で金のためだけに地位にしがみついているような恥さらしだった。

 

 そんなカスが、最近になっていきなり真面目に働くようになったことも知っている。

 

 人前でだけ良い顔をして裏では「ゲースゲスゲス」と笑っていたあの男が今は「ふふふっ」とはにかむように笑っているのだ。

 

 彼の身を何が襲ったのか、エボルラビットが関わったせいで起きた変化だとわかった今でもさっぱり意味がわからないが、まあとにかく確かなことが一つだけある。

 

 エボルラビットは人を魅入り、侵食する。

 

「……ルールを再確認しよう。コースは芝、右回りで坂あり。両者合意の上で皐月賞想定となっている」

 

「ラビ、皐月賞間に合わなかったから……合わせてくれて嬉しいなっ!」

 

「ふん。ならわかっているんだろうなエボルラビット。お前が挑むのは……」

 

「もっちろんわかってるよっ!『最も速いものが勝つ』皐月賞を日本レコードで勝った『最速』……だよねっ!!!」

 

「その通り!!!この場に集いし全ての者が目撃するであろう……ここに立つハルノユメこそ現トゥインクル・シリーズにおいて『最速』の名を冠するウマ娘であり!!!エボルラビットのファンの方々には全く申し訳ないが……あなた方は目撃することとなる……昨年のクラシックに刻まれし伝説の再演を!!!」

 

 あっ目撃って2回言っちゃった。

 

「はいっここでハルノユメちゃんから一言っ」

 

「トレーナーMC上手いね」

 

「こっち!?ま、まあな!ここ数日ずっと考えてたから!」

 

「エボルラビット」

 

「俺の話題もう終わり?」

 

「なぁにっ?」

 

「いいレースにしよう」

 

「……にひ。絶対倒す、とかじゃなくていいのっ?ラビ、『絶対勝利』だけど?」

 

「うん。僕が勝つのは決まってるから」

 

「なんでっ?」

 

「運命だから」

 

「……あはっ。そうだねっ!ラビもこの勝負、運命だと思ってるよっ!」

 

「───それでは両者並べ!エボルラビット対ハルノユメ三番勝負最終対決……出走だ!」

 

 

──────────────────────

 

 

 そのレースの見物に訪れた一人の観客はかくように語った。

 

「『皐月賞は最も速いウマ娘が勝つ』という格言からとにかくスピード勝負だと思われている皐月賞のキモは実のところ中山競バ場の急な坂をどう攻略するかにある。この2000m競走はスタート直後とゴール直前に坂を登ることになるため想像以上に過酷であり、だからこそその時点での身体の完成度の差、つまり速くゴールするための競走能力の差がモロに出る」

 

「どうした急に」

 

「レース詳しくないからウマッターでコピペしてきた。去年の皐月賞についてめちゃくちゃ詳しく語ってた人がいてさ」

 

「へぇ、平地ばっかりじゃないんだなレースって。俺も移籍前のラビちゃんの走りしか見てないからトゥインクル全然わからん」

 

「そうだねぇ。アマチュア団体の持っているレース場は平坦に均してある、どちらかと言えば陸上やサッカーのフィールドに近いよね。脚への負担もあるからうちの生徒でも基礎トレは平地コースを走るよ」

 

「うん?」

 

「おっと失礼、割り込んでしまったね」

 

「制服着てるってことは、ここの生徒さん?」

 

「そうだよ。色々忙しくしてたんだけど、エボルラビットくんは学園でも結構な注目株だからさ。やっぱり実際の走りを見たくてねぇ」

 

「そうなんだ。あ、じゃあ一番前来なよ!」

 

「いいのかい?いやー、彼女にはいいファンがついてるんだね」

 

「『現地の方にご迷惑のないように』。ファンの態度が悪いと推しの評判が下がる……オタクの格言だから、これ」

 

「いいねぇ、カッコいいじゃないか。ではお礼に少しばかり解説などさせてもらおうかな」

 

 ……さてさて。私たち生徒会どころか学園の警備にすら話を通さず大量の観客を招き入れた件については普通にガチのお叱りだが、どれだけ熱狂していてもこうして秩序が保たれているのは全く見事な『調教』だと言う他ない。練習の場を奪われた生徒からも一つも苦情が上がってこない、と言うか多くの生徒が観戦に来ているのもひとえに人心掌握の……いや。

 

 ほとんどが寮暮らしで青春を走りに費やす私たちの大半は単純にレースが好きな生き物でもある。野次ウマも致し方なし、だ。

 

「ではお手並み拝見といこう。楽しみたまえよ、2人とも」

 

 

──────────────────────

 

 

 スタートまでの数秒に取る行動は、ウマ娘によりそれぞれだ。

 

「位置について」

 

 ハルノユメは二度、軽く跳んだ。

 

 エボルラビットは右に左に観衆に手を振っている。

 

「用意……」

 

 だが構えに入るのは同時なんだ。どんなウマ娘も同じタイミングで顔を下げ、前だけを見据える。

 

 何物にも代え難い、その脚を芝の上に投げ出しに行く、その瞬間が───

 

「……スタート!!!」

 

 ───たまらなく、美しい。

 

 

──────────────────────

 

 

 二人が駆け出した瞬間わっ、と上がる歓声。何度見てもこの瞬間はたまらないね。どうやら彼女のファンたちはレース観戦よりウマドルとしてのパフォーマンスから入った人が多いように見えるから、ここからの約2分間をしっかり味わってほしい。

 

「いいねぇ。経験が無いはずの上り坂スタートも問題無しか」

 

 多少練習はしているんだろうけれど大跳びの歩幅で登坂を随分軽やかにこなすものだ。やはり元の脚力が違う。エボルラビットは跳ねるように、楽しげに駆けていく。

 

 対してハルノユメは堅実なピッチで実になめらかに走り出した。スピードは負けていない、位置はどうかな? 

 

「並んでるな!」

 

「そうだね。同じ戦法を取ったみたいだ、二人とも前につける展開が得意だから」

 

「先行か」

 

「よく知ってるね。走る位置によって大きく四つに分かれるんだけど、今日は芝が良い。どうやら説明する暇もないくらいのハイペースになりそうだ」

 

 

──────────────────────

 

 

 坂を登り切ってコーナーを曲がりながら、ハルノユメはふとトレーナーとの会話を思い返す。

 

『エボルラビットは1600m以上を走ったことが無い』

 

 よくあるのだ。レース中は無心か常に思考を巡らせ続けるものだと言われている中で彼女はそういえば、くらいの軽い気持ちで気が逸れる。

 

 無論この癖が原因で気を取られたことはないし、ちゃんと必要なところは見えているのに集中しろ、と怒られたくないので聞かれでもしない限り人に言ったりはしない。

 

 それに今回は大事なことを思い出せているようなのでそのまま続けて再生する。

 

『元所属団体の持つレース場は1周800mだった。まあ芝の管理コストを考えればこれで国内アマチュア最大級なのも納得できる。各競バ場のバ場造園課の皆様には頭が上がらん。2周以上は芝の荒れが激しくなるから必然メインで開催されるレースは短距離が多くなる。実際戦績を見ても8戦8勝のうち最長距離の1600mのレースは1回だけ』

 

『だがしかし!! 油断してはならない、お前の主戦場でありお前が最も得意とする2000mの勝負を挑んでくる以上2000mを走れないワケがない!!』

 

『つまり!! ここから導き出される今回の注意点は油断しないこと!!! ……つまりいつも通りだ。油断しないお前にとっては釈迦に説法だな』

 

 そんなことはない。トレーナーの言葉は一つ一つ噛み締めるように聞いている。

 ……余談だが言葉を噛み締めたらすぐ飲み込み理解の浅いまま思い込むのはハルノユメの悪い癖であった。

 

 短い平地を過ぎ第二コーナーを回ればもう下り坂だ。それも中間からさらに角度がつく凶悪な急坂もそれぞれまるで意に介さず、並んで駆け降りていく。

 

 差はつかない。歩調の違う二人が互いに示し合わせるでもなくほとんど真横をキープして駆け抜けていく様は観客の目を奪った。見下ろすようにスタンドから観ているのに空を飛んでいるかのような高速で駆け抜けていくのは壮観で。

 

 駆け引きは少ないが紛れもなく高レベルの競走だと、誰もが理解するようなレースだ。

 

 

──────────────────────

 

 

 だからこそ私は思うんだ。何故ハルノユメなんだろう、と。

 

「上り坂を駆け上がるのは当たり前に大変だけれど、下り坂の方が全力で走りにくいという感覚は君たちにも理解してもらえるだろう。だのにあの二人と来たら平地のように上手く走るものだから私のような凡人は立つ瀬がないよ」

 

 一応、解説の身の上として坂の攻略では一歩を細かく刻むピッチ走法の方が優れていると付け加えてはおくけれど。

 

 そもエボルラビットの目的は何なのかと考えた時一番に思いつくのはやはり成り上がり、だ。

 

 競走、学園、芸能、それに関わる全ての人間を踏み台にしてどこまでものし上がって己の欲望の全てを満たす。そういう怪物なのではないかと思っていた。

 

 しかしそれなら最初のターゲットにハルノユメを選ぶ理由がわからない。依頼のせいで戦績が安定せず、人気も絶頂時からすれば下火もいいところだが紛れもない実績を持つあの子に挑むのはハイリスクでローリターンに見える。

 

 自分を盛り立てるために狩るなら『もっと目立っているウマ娘』が、学園での地盤を築きたいなら『何を置いても一番に潰すべきウマ娘』がそれぞれハルノユメの同期にいるのに彼女を選ぶ理由が未だに分からないでいる。と言うかクラシック級にも目立ってる子たくさんいるんだけど全無視はあんまりでしょうよ。天才の考えることはほんとにわからない。凡庸なる我が身の限界だ。

 

「……が、見どころさんはここからだよ。瞬きは今のうちに済ませておきたまえ」

 

 すっかり静かになったファンの二人が息を呑みぱちぱちと目を湿らせる。

 

「第3コーナーを過ぎればゴールはもうすぐそこ。しかし下り坂から短い平地を経て再び上り坂。キツいよこれは、坂を降りながらコーナーを曲がりつつゴールに向けて最後の脚を解放する。見た目以上の繊細な作業だ、それを最もダイナミックな形で観られる……っと、語りすぎたね」

 

 解説として仕事を放棄するようで申し訳ないがはっきり言おう。ここからの面白さは。

 

 観ればわかる。

 

 ……生徒会長としての立場を忘れてるわけじゃないよ? 

 

 

──────────────────────

 

 

 第3コーナーに差し掛かり、密かに警戒していた妨害やトラブルもなくレースは佳境に入った。

 

 それぞれがスパートに向けて加速していく。ここで初めて位置関係がはっきりと変わった。

 

 ハルノユメが先頭に立ったのだ。

 

 ハルノユメは強い。とにかく強い。二人の偉大な姉に及ばぬどころか比肩すると言っていい。なんで俺が担当してるんだろう? と正気に返る日もある。でも間違っていると思ったことはない。

 

 ……いや、まあとにかくハルノユメは強くて頭も良いのでどんな懲罰依頼もきっちり果たしてきた。

 

 ではトレーナーである俺の仕事は何だ? 

 

 ハルノユメが勝手に勝つならトレーナーの存在とは? 

 

 言わずもがな、トレーナーとは担当のために人事を尽くす者である。

 

 だから俺はハルノユメを鍛えるのとは別に戦う相手を学び分析することにした。

 

 今回のテーマ。『絶対勝利』とはなんぞや。

 

 アマチュア時代から合わせて9戦全勝中のとんでもないド級の素人、エボルラビット。

 

 彼女の勝ち方にはパターンがある。

 

 1、先行して最後に抜き去る。

 

 2、最初から先頭に立ちそのまま逃げ切る。

 

 戦績のほとんどが1に当てはまり2の方は作戦と展開の都合上誰も前に出なかったからそのまま押し切った、ように見えたので実質一つに絞った。

 

 それこそハルノユメが皐月賞を勝った時も先行策だったし依頼によって作戦を変えることもある器用なハルノユメが最も得意なのは先行である、必然俺が一番詳しいのも先行だが、それでも『絶対勝利』のカラクリに気付くまでたっぷり3日はかかった。いや、3日目にわかったと言うべきか。

 

 9戦のレース映像と公開されている練習映像を繰り返し観ているうちに俺は気が付いたのだ。

 

 会長から送られてきたデータの中にその辺全部解明して説明してくれた文書が入っていたことに……! 

 

 曰く。

 

『彼女が自分のプロフィールに勝手に書き加えたデビュー曲にして代表曲と同名の固有スキル『GEKKO DANCE』(みんなの応援でどこまでも速くなれるんだよっ!)が大嘘なのは分かりきっているので調査部は全く意に介さず分析を行った』

 

『レースを勝つために発展した、卓越した個性……つまり固有スキルの認定を担当してきた調査部の分析の正確さは今更語るまでもないがそもそも走るという行為は全身をどれだけ上手く連結してエネルギーを地面へ伝えるかを極める行為であり』

 

『……ちょっと不要な言葉を飾り過ぎた。要は調査部は早いうちから彼女の下半身に注目していたということだ。競走の道に入って短いウマ娘が個性を発揮する時、それは多くの場合肉体的優性である』

 

『つまり下半身。大腿。膝。脛。足。走行に大きく関わる部位の中で、彼らが秘密ありと結論したのは……』

 

 ───足趾だ。

 

 

──────────────────────

 

 

 それは突然に沸き起こった。

 

 あらゆる手段で人間を踏み台にしてきた形ある悪意、エボルラビット。しかし『最速』と互角の走りを魅せつける様は疑う余地無く不世出の優駿、エボルラビット。

 

 彼女がついに『絶対勝利』を切ったのだ。

 

 それは突然に始まる追い上げであった。

 

 突然に、だ。

 

 文字通りせーの、で。

 

 仕掛けは突然に始まった。

 

 

 

「「ラビちゃん、がんばれぇぇぇぇぇ!!!!」」

 

 

 

 何者かが音頭を取り、観客席から湧き起こる、これ以上なく調教された……一糸乱れぬ大声援!! 

 

 スタンドや場内にいたウマ娘たちが途端に顔色を変えたのが内ラチからでも分かった。映像で見て知っていたはずの俺も気がつけば拳を握りしめていたから。

 

 これは、『蛮行』だ。

 

『度を越した大音量を出してはいけない』。

 

 これは出走ウマ娘の集中を欠くという理由から観戦において絶対に忌避されている行為の一つで、レース中はもちろんはっきり言って普段から心がけるべき常識である。

 

 もっと言えば、公平性の問題だ。

 

 レース場内では見える位置に時計が無い。これも走りの指標になるものがあると本人と他の出走ウマ娘から仕掛けに対する集中や判断力を奪うから……要は駆け引きが消えてただの速い者勝ちズルい者勝ちになるためだが、それはつまり利用できれば優位を得られるということ。

 

 あらかじめ仕込んだ声援を合図に仕掛ければ、エボルラビットは何も考えずに最大効率でスパートできるのだ。

 

 本来なら時間を掛けて身につける勝負勘無しにまるきり素人だった彼女がレースを勝てていた理由の一つだ。

 

「トゥインクル・シリーズ本番なら一発で永久追放の裏技だが『熱くなってしまったファンのせい』で誤魔化しが効く非公式のこの場でしか、手口が広範囲にバレていない編入直後でしか、ファンを簡単に過熱できる立場でしかできないド直球の蛮行、いっそ見事ですらある」

 

 トゥインクルほどに公平性を求められなかったであろうアマチュアではどれだけ眉を顰められたところで多少の顰蹙なんぞ簡単に封殺できただろう。

 

 

 

 だが、これは『絶対勝利』には何の関係もない。

 

 

 

 何度も言うが『絶対勝利』は彼女の個性そのものだ、他人を使って行う自動タイマーが全てではなく。

 

 認めたくはないが純粋に、肉体強度でエボルラビットは今ハルノユメに迫っているのだ! 

 

 

 

「にはっ。ひひっ」

 

 調査部の出した結論に曰く、『エボルラビットは手を抜いている』! 

 

「ふひゃっ、へひっ……」

 

 一般に脚のバネと呼ばれる筋肉と関節の組み合わせ……これに加えて彼女はもう一つ、まるで限界を超えるかのような加速を見せるための、声援に応えて勝利したと見せかけるための加速機構を、天性の脚の他に『並外れた足趾の強さ』という形で隠し持っている! 

 

「あはっ───あははははは!!!!!!」

 

 相手の優勢をわざと演出した上で!一度は追いつけない、勝負は決まったと思わせるところから始まる計算された逆転劇! 

 

 大跳びから僅かに変化したその真の走法を、文字通り跳ねるような躍動を、ウサギがどこまでも高く『跳ぶ』ための多段式ロケットになぞらえてそれは認定された。

 

 エンターテイメントの名の下に真剣勝負をも虚仮にする、異例にして異形の固有スキル! 

 

 名は───『ツキカゲ・アポロイレヴン』!!! 

 

 これこそ彼女が決めた勝利の法則! ウマドルという崇高な概念の風上にも置けぬ悪質極まる『絶対勝利』!! 

 

 事ここに至り剥がれた仮面が爪となって今、先を駆けるそのしなやかで柔らかな背中に突き立───

 

(──────)

 

(──────)

 

(──────)

 

(───あれ?)

 

 

 

(なんか、これ)

 

(……届かない、ねっ?)

 

 

──────────────────────

 

 

「ゴォォォォォル!!!!」

 

 

──────────────────────

 

 

「フゥーハッハッハッハッハァー!!!! お前がどんな目でハルノユメを見ていたのかは知らないが甘く見たなエボルラビット!! キーワードは膝、足首、そして指! 驚異の多段ロケット加速には私も舌を巻いたがハルノユメの『最速』はさらにその上を征く!」

 

 うるさっ。

 

「 『 最 速 』 は 伊 達 で は 無 い の だ よ ! ! ! ! 」

 

 うっっっさ。

 

 やかましいトレーナーくんはさておいて、勝負は決した。

 

 先着ハルノユメ、貫禄の3バ身差にて決着!である。

 

 ……しかしまあ、見事なものだ。

 

 集った観衆のほとんどがエボルラビットの熱狂的ファンだと言うのに、全員が純粋に今のレースを大歓声で讃えている。

 

 私は勘違いしていたんだな。彼女は人を平気で消費して踏み台にしてきたのだと思っていた。

 

 倫理善悪はどうあれ、どんな手を使っても人を本気で満足させることで取り込んできたんだ。

 

 参った。ここまで完璧を演じられるなんて敵ながら見事、エンターテイナーとして有能極まる。

 

 これほど準備に余念のない子ならどうせ逃げ道も用意してあるのだろう、追い詰めるのは相当難しそうだなー……なんて。

 

 思ってたら着信。聞かれてたかな? 自嘲の意味を込めて一つ息を吐いてから電話を取った。

 

「もしもし?」

 

『会長!彼女が使っていた『窓口』を5つまで抑えました!これで供与されていた資金の8割は凍結です!』

 

 参った。味方も有能すぎる。

 

 心当たりを探ってみるって話だったと思ったんだけど随分話が進んでるねぇ……天才ってみんなこうなの? 

 

「報告ご苦労。……では、お楽しみの戦後処理と行こうかね」

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