Painful Choice ―愛か死か現実か― 作:裕ーKI
それはまるで、激しく点滅を繰り返すストロボのように、チカチカと眩しい。
機械仕掛けの筒の中から見える外の景色は、絶え間ない無数のマズルフラッシュに照らされていた。
夥しい数の銃声と、殺気に満ちた叫声が飛び交う戦場と化した大都市の中心部。
闇色の空には、青白い満月が神様気取りで鎮座していた。
あれから数年。
サーシャは電脳空間を彷徨いながら、外の世界で生き続ける仲間たちの動向を見守り続けてきた。
いや、正確には違う。
数年前のあの時、サーシャ・ヤコヴレワは間違いなく息絶えた。
バイオテクニカのビルから落ちて。
車の上に叩きつけられて。
悔いのない顔でこの世を去った。
今のサーシャは本物ではない。
しかしかといって、偽物でもない。
今のサーシャは、生前の肉体から偶然零れ落ちた、人格の残滓だった。
サイバーウェアのバグが齎した結果なのか。
はたまた、危急存亡の状況が作り出した奇跡なのか。
生と死の瀬戸際の中で、パーソナルリンクを通じてネットの中に流れ出た、意識だけの存在。
言い換えるなら、本体から分離した劣化コピー。あるいは、データに変換された記憶の欠片。サイバースペースを徘徊する残留思念。想定外の分身……。
とどのつまりそれは、
電子の亡霊――デジタルゴースト。
死したサーシャ・ヤコヴレワと同一の存在であり、同時に別の存在となった彼女はずっと見てきた。仲間たちの生き様と――死に様を。
ネットの中を彷徨う亡魂となったサーシャにとっては、ナイトシティ中に設置されている監視カメラやあらゆる電子機器は全て、彼女の目や耳も同然だった。
草葉の陰――ならぬ、ネットの陰からサーシャは見ていた。
サイバーサイコの浮浪者に殺されたピラルの死を。
愛する男に最後まで尽くして散っていったドリオの死を。
凄まじい爆炎に飲み込まれて消えていったメインの死を。
そして――。
そして今、シティ・センターにあるメモリアルパーク周辺の監視カメラを通して、サーシャが目にしている光景。それは、猛スピードで急降下してくる全身クロームの怪物に向かって、銃を連射する友の姿――。
「邪魔すんじゃねぇえええ!!! ぶっ殺――……」
次の瞬間、サーシャの
同時にその小さな体がグシャリと潰れる。
足場にしていたガラス張りの天井を突き破り、空から落ちてきた怪物――アダム・スマッシャーもろとも屋内に消えた友の姿は、一瞬にして金属混じりのただの肉塊へと成り果てた。
死んだ。
サーシャの目の前で、
友も死んだ。
殺された。
同行していた仲間――ファルコの悲痛な呼び声が響く中、その瞬間をレンズ越しに目撃してしまったサーシャは、ひとりぼっちの世界で、力無く友の名前を呟くのだった。
『レベッカ……』
・・・
1年後。
立体駐車場の
見つめる先を歩くのは、エレベーターを降りてきたばかりの1人の女傭兵だった。
ハナコ・アラサカとの会談を直前に控えたVは、彼女が待つエンバースへと向かうべく、自宅のパーキングスペースに停めた愛車のバイクに跨ろうとしていた。
しかしその日は、あいにく朝から体調が最悪だった。
起床し、ベッドから降りて早々に激しい発作に襲われ、シャワーの最中にも何度も喀血を繰り返した。
鏡を見ればまるで未来を暗示しているかのように、眼前に映るのは自分の顔ではなく、ジョニー・シルヴァーハンドの顔。
食事もまともに喉を通らず、常に頭は痛み、胸は苦しい。
両目のオプティクスが見せる拡張視界はどうにも乱れ気味で、細かいノイズが常にチラついていた。
今もまた、2度3度の軽い咳で血を吐いてしまい、
不意に脳裏を過るジャッキーの困り顔。
懐かしくも申し訳ない気持ちになりつつ、掌でシートに付いた血を拭っていると、見かねたジョニーが姿を現した。
『まったくひでぇ有様だ。なあ、V。こりゃあいよいよもって、死がすぐそこまで迫ってきたって感じだな』
「ちょっと……他人事みたいに言わないでくれる……? あんた自身が、その原因の悪性腫瘍のくせに……」
平然とした表情で紫煙を吐いているジョニーを、Vは苦しげに顔を歪めながら睨みつける。
『ハッ、まあ……それに関しちゃあ今さら否定はしねえがよ。だが心配すんな。お前は助かる。俺が死なせやしねえよ、安心しろ』
「はいはい……それはどうも。あまりの嬉しさに涙がちょちょぎれそう……。まったく……そんな根拠のない自信、一体どこから湧いてくるのかしら……」
呆れた声で答えながら、Vは口元の血を手の甲で乱暴に拭う。
その様を他所に、ジョニーは相変わらずの態度で大口を叩き続けた。
『なんなら俺がハナコんとこまで連れてってやってもいいんだぜ? ついでに上手いこと情報を引き出してやるからよ』
「気遣い痛み入るけど遠慮しておくわ……。あんたじゃ話し合いより先にハナコを撃ち殺しかねないし……」
『失礼な奴だな。俺にだって社交的な振る舞いぐらいはできるんだぜ?』
「よく言う……。あんたができるのは、せいぜいマイクとギターと……おまけに核爆弾を携えたデモ活動ぐらいなものじゃない……。そんな奴に、あの女帝の相手なんてできるわけない……」
『なんだよ、お前にならできるとでも言いてぇのか?』
「少なくとも、あんたよりマシなのはたしかね……」
『ほお、随分キッパリと言い切るじゃねえか』
「当たり前でしょ……。“犬猿の仲”って言葉知ってる? 日本の言葉よ。あんたとアラサカがまさにそれ。犬と猿、決して相容れることはない……」
『ケッ、それはお前もだろ。まあ……言い得て妙って奴には違いねえがな。しかしそいつはアレか? ひょっとして、タケムラの入れ知恵か?』
「さあね……。とにかく、ハナコとの会談はあたし1人でやる……。見物は構わないけど、お願いだから勝手に体を奪って出てこないでよ……。アフターライフで僧侶と殺り合って以来、以前にも増してあんたとの境界が曖昧になってんだから……」
ジョニーの返事を待たずに、Vは重そうに足を上げてアーチに跨る。
スタータースイッチを押してエンジンを始動させ、ハンドルグリップを握りしめる。しかし、シフトペダルを踏みこもうとしたその時、突然鳴りだしたホロコールの着信音が、マシンを走らせようとするVの足を急停止させた。
拡張視界が知らせる、通話相手の情報は非通知扱い。
ペースを崩されたことに若干のイラつきを覚えながらも、Vは恐る恐る応答する。
「もしもし……?」
『ハジメマシテ……。アナタ、Vヨネ……?』
聞こえてきたのは、予想に反して随分と機械的な声だった。
人間味などほとんど感じられない、雑音混じりの怪しげな声。
一瞬、ペラレス夫妻の一件の時に耳にした、謎のホロコールのことを思い出しながらも、Vは臆することなく言葉を返す。
「ええ、そうだけど? そういうあんたは誰かしら?」
『私ハ……サーシャ……』
「サーシャ? 聞き覚えの無い名前ね……。念のため訊くけど、あんたは人? それとも声質的にデラマンのようなAI? まさかまた……スウェーデンボルグみたいなイカれた占いマシンじゃないでしょうね……? もうごめんなんだから、こないだみたいに振り回されるのは……」
『フ……占イ、カ……。懐カシイ響キ……』
その瞬間、サーシャの無感情な声音が僅かに上擦った気がした。
「なに? どうかしたの?」
『ナンデモナイ……。今ノ私ハ……ドチラカト言エバ、後者ネ……』
「後者ってことは……少なくともナマモノじゃないってことね……」
『ソウネ。今ハモウ……人間ト呼ベル存在デハナイ……。ダガソレデモ……人ノ思考ハ……マダ辛ウジテ理解デキテイルツモリ……。V、実ハアナタニ……頼ミタイコトガアル……』
「頼みたいこと?」
するとサーシャは、Vに1つの位置情報を送りつけた。
それはナイトシティのマップのとある座標をマーカーで指し示したもの。
その場所とは――シティ・センターのメモリアルパーク。
『V、アナタハ先日、1年前ニシティ・センターデ起キタ……銃撃事件ノ真相ヲ調ベテイタワネ』
「どうしてそれを……?」
『コノ数週間、私ハ観察シテキタ……。紺碧プラザデノ一件カラズット、アナタノ動向ヲ、アナタノ活躍ヲ……』
「へぇー……。とりあえず、あんたの趣味がピーピングってことだけは理解したわ……。じゃあなに? あたしの情けない泣きっ面どころか、行為中のアクメ顔まで全部筒抜けだったってわけ……?」
Vの揶揄に、サーシャは言葉を詰まらせるように一瞬間を置く。
そして。
『……アー……エット……黙秘シマス……』
「ちょっと! 否定しない時点で、『見てました』って認めてるようなもんじゃない……。はぁ~……、まあいいけど……」
返事に困ったかのようなサーシャの声に、Vは深い溜息を吐きながら、項垂れた首をやれやれと横に振る。最悪、今日明日死ぬかもしれない今の自分にとっては、そんなのは些細なことに過ぎないと、自らに言い聞かせるように。
そもそもの話、頭の中に“もう1人”飼っている時点でプライバシーもへったくれもない。なにしろ、食事や睡眠、仕事の間は勿論、一糸纏わぬシャワーから愛の営みに至るまで、私生活の全てを24時間体制で、他人に監視されているようなものなのだから。
しかもそれは、脳内の覗き魔との感覚共有というオマケ付き。
屈辱的な話だが、人にあまり知られたくない性癖や好みの体位、果ては性感帯の場所まで全部、間違いなく“アイツ”にはバレている。……というより、セックスの最中、ひょっとしたら“アイツ”も一緒に快楽を感じている可能性すらある。しかも男の快楽ではなく、女のエクスタシーをだ。
――オエッ。
考えただけで吐き気がする。血反吐ではなく、ただのゲロをぶちまけてしまいそうな気分だった。
――あんたとは肉体関係を持つような間柄なんかじゃない。あんたは目障りで口うるさくて、オマケに人の命まで脅かす、傍迷惑な……ただの友達でしょ。
複雑な心境を振り払うように胸中で呟きながらも、Vは通話に意識を向けて本題に入る。
「それで……用件は何……? 悪いけど、今日は予定が立て込んでるし、時間もないんだけど……」
『ワカッテル……。アナタガコレカラ誰ニ会イニ行クノカモ、アナタ自身ニ猶予ガ無イコトモ、全テ把握ハシテイル……』
「でしょうね……」
『デモ……ソレデモ頼ミタイ……。デキルコトナラ引キ受ケテホシイ……』
「なによ、随分と一方的ね……。だけどまあ……そんなに言うなら、まずは話を聞くだけ聞こうじゃない……」
『アリガトウ……』
Vの厚意に甘えて、サーシャは詳細を語った。
彼女の依頼、それは内容としてはあまりにもシンプルなものだった。
1年前、シティ・センターで繰り広げられた大規模な銃撃戦は、多くの死傷者を齎した。
騒動の沈静後、現場には数えきれないほどの死体の山と、戦闘に使用された銃火器やサイバーウェアが多く残され、しばらくはNCPDによる淡々としたゴミ拾いのような処理作業が続いたという。
当然、時折ハイエナの如く群がるスカベンジャーの横槍もあったらしいが、いずれにせよ、その場に残存していたもののほとんどは、少なくとも放置されることなく退けられた。
だが、そんな中でただひとつ、NCPDの目にもスカベンジャーの目にも留まることなく、取り残されたものがあった。
サーシャの望みとは、まさにそのたったひとつの遺失物の回収だった。
そしてサーシャは付け加える。依頼成功の暁には、シティ・センターで起きた1年前の事件の真相を教えると。
用件を一通り聞いたVは、アーチの上で難しい顔を浮かべていた。
「1年前の事件、ね……」
『アロヨデBDヲ見ツケテ以来、ズット知リタカッタンデショ? 私ナラ、全テヲ教エテアゲラレル……』
「へぇ……。でもどうして……? なんでそんなに詳しそうな物言いなの……? ひょっとしてあんたも事件の当事者だったとか……? それとも……あたしのプライバシーを侵害したみたいに、ネットの陰から観察者を気取ってた……?」
『ソレハ……』
Vの追及に、サーシャは再び言葉を詰まらせる。そして、重い口を開くようにぽつりと呟いた。
『……デキルコトナラ……手助ケシタカッタ……。仲間ヤ友達ノ危機ヲ……救ッテアゲタカッタ……。デモ……今ノ私ハ薄弱デ……、タダ見テイルコトシカデキナカッタ……』
どことなく悲しんでいるようにも聞こえるサーシャの声音に、Vは少しだけ罪悪感を覚えた。
「あー……そう……。なんかごめん……。よくわからないけど、あんたも辛かったのね……。でも悪いけど、あの事件に関しては、もうこれ以上詮索はしないって約束してるの……。だから――」
『ワカッテル……。彼女ニ気ヲ遣ッテルノヨネ……。アノ……ルーシーッテ子ニ……』
「ルーシーを知ってるの……?」
『見テタカラ……』
「そうだったわね……」
『デモ……ソレデモ――イヤ、ダカラコソ……アナタハアノ日ノコトヲ知ルベキダト思ウ……。キットソレガ……
「ルーシーのため……?」
結局、この時はサーシャの腹積もりを見通すことはできなかった。
けれども、少なくとも彼女から悪印象を感じることはなかったVは、その依頼を引き受けることにした。
目当ての遺失物を回収でき次第、今度はこちらから連絡を入れると約束して、サーシャとの通話を切った。
『おいVッ! 一体どういうつもりだ? この期に及んでつまんねえ依頼を受けやがって……。自分の置かれている状況わかってんのかッ?』
当然のようにジョニーが文句を垂れる中、Vはそんな彼を尻目に、すぐさま別の人物にホロコールを掛けた。
通話の相手は、アフターライフのバーテンダー――クレア・ラッセル。
前回、デイビッド・マルティネスの詳細を訊ねた時にも、真摯に聞いて教えてくれたクレアなら、“サーシャ”という人物のことも何か知っているかもしれない。そう踏んで借問してみた。
すると少しだけ判明した。
本名はサーシャ・ヤコヴレワ。彼女もまた、かつてはこのナイトシティで活動していた傭兵の1人だったという。
デイビッド・マルティネスが率いていたエッジランナーチームの前身にあたる、メインという男がまとめていたチームのメンバーであり、役職はネットランナー。つまりは、ルーシー――もしくはルーシーをスカウトしたというキーウィの前任者ということになる。
ピンクが良く似合う、若く可愛げのある女性だったらしいが、不幸にも数年前、とある任務でバイオテクニカのビルに潜入した際に命を落とし、現在は故人とのこと。
情報を教えてくれたことに感謝の意を示し、クレアとの通話を終えたVは、少しの間バイクのメーターを見つめながら考えを整理した。
「どう思う、ジョニー……? 死人からの依頼だって……」
『フン。別に、今さら珍しくもなんともねえだろ』
「そうね……。あんた自身がその“死人”そのものだし、そんな奴と共同生活してきたあたしに、驚く資格があるはずないものね……」
すると、ひとつの見解がふと頭を過る。
「ジョニーと同じ……死人ね……。ひょっとして彼女も、あんたと同類だったりしてね……」
『俺と同じ、チップに囚われた記憶痕跡ってか? よせV、俺みたいのがそうウヨウヨいてたまるかよ。もしそうなら、やはり一刻も早く“神輿”をぶっ壊さねえとな。それよりどちらかといえば……不良AIに近いんじゃねえのか? 今のオルトみてぇによ』
「ネットにダイブした人間の意識が、何らかの理由で肉体に戻れなくなってAI化……。確かにその界隈じゃ珍しくもない話だけど、どうかしらね……。ま、ここで考えていても埒が明かないし、まずは座標の場所へ行くとしましょ。時間もあまりないしね……」
『ったく……、結局引き受けるのかよ』
「大丈夫よ……、ちょっとしたおつかいみたいなもんじゃない……」
『相変わらずお人好しにも程があるぜ、V。お前自身、死人になりかけだってことを忘れんなよ』
「当然。忘れるわけないでしょ……」
そう言って微笑を浮かべると、Vは今度こそアーチを発進させた。
エンバースへ向かう前の最後の寄り道。
メモリアルパークを目指して、親友の形見はアスファルトを駆ける。
・・・
ナイトシティ随一のオフィス街――シティ・センター。
街の心臓部と呼ばれるだけあり、昼夜問わず人通りが多く、常に活気が満ち溢れている場所。
東エリアのコーポ・プラザには、一流のメガコーポの名を冠した幾つもの高層ビルが輪を成すように立ち並ぶ。
一見すると壮観にも思える景色だが、企業に搾取される側の
頭上には複雑に絡み合った長やかなフリーウェイが伸びている。
その下に広がるペーブメントをせわしなく行き交うのは、汲めども尽きぬ会社員や観光客が入り混じった人の群れ。
道路脇に停めたバイクを降り、川のように流れる雑踏の中を歩き、Vは目的の場所であるメモリアルパークへとやって来た。
ガラス張りの天井が特徴的な巨大な公園。
メガコーポのビル群に取り囲まれたそこは、第四次企業戦争の犠牲者たちを追悼する目的で建設された記念広場だ。
そして同時にここは、1年前に起きた銃撃事件の終焉の場でもある。
サーシャから送られたナビを頼りに、Vは屋上庭園に上がる。
既に1年もの歳月が経っていることもあり、そこに銃撃事件の爪痕は全くと言っていいほど見当たらない。
あの日、アダム・スマッシャーの落下の衝撃で豪快に割れたトップライトも、今ではすっかり元通りに修繕されている。
うねる歩道橋の下に植えられた、幾つものフェイクグリーンの低木。そのうちの1つの前で足を止めると、Vは屈んでその陰を覗き込んだ。
するとそこには、血痕が付いた1挺のショットガンが転がっていた。
「疑いようもない……。お目当ての品はこれね……」
Vが思った通り、それこそがサーシャが求めていた遺失物の正体。グリーンのベースカラーとピンクのラインで彩られた、カスタム仕様のショットガン――カーネイジGUTS。
見るからに異質なその銃を躊躇なく拾い上げると、Vは依頼達成の報告のため、サーシャにホロコールを掛けた。
どうせまた、どこかの監視カメラからこちらの動向を把握しているのだろう。本当はわざわざ報告する必要もないのかもしれないが、それでも約束は約束だ。
「サーシャ? 座標の場所で随分と可愛い銃を見つけた……。あんたが欲しがっていたのはこれ……?」
『ソレデ間違イナイ。別ノ誰カニ持ッテイカレル前ニ回収デキテ、本当ニ良カッタ……。アリガトウ、V』
良かった――という割には、サーシャの声音から喜びの感情は感じられない。聞こえてくるのは、相変わらずの無機質な声。
「ねえ……。望みが叶ったんだから、もう少し嬉しそうにしたらどう……?」
『ゴメンナサイ……。今ノ私ハ……、生前ノ記憶ヲ頼リニ、人間的感情ヲ理解スルコトハデキテモ、ソレヲ再現スルコトハ難シイ……。データノ存在トナリ、長イ時間ヲ経テ、私ノ中ニ残ッテイタ人間性ハ失ワレツツアルカラ……』
「そうなんだ……。クレアから聞いた通り、やっぱりあんた……元は人間で、本当はもう死んでいるのね……」
『エエ……。丁度ソノ場所カラ、少シ前ニ歩ミ出シテミテ。ソコカラ何ガ見エル?』
「何って……」
サーシャに言われるまま、Vは屋上庭園の縁まで歩いて足を止めた。
そこから外周を見渡しながら、目に映った景色を伝える。
「ここからだと……ミリテクとバイオテクニカのビル……。あと、その2つに挟まれたフリーウェイが良く見えるかしら……。それがどうかした……?」
『本当ノ私ハ……、アナタガ今見テイルソノ場所デ死亡シタラシイ……。バイオテクニカノビルカラ落下シテ……、フリーウェイヲ走ル自動車二激突シタト……。今ノ私ハ、死二際ノ肉体カラ偶然生マレタ模造品……。パーソナルリンクヲ実行中、強行シタ戦闘ガ原因デアクセス二誤作動ガ起キ、意図セズネットニ複製サレタ紛イ物……』
「それってつまり……やっぱりあんたも記憶痕跡ってこと……?」
『ソレハドウデショウ……。ソウルキラー――アラサカノ技術ニヨリ抽出サレタ魂二比ベレバ、私ナンテ粗末ナモノ……。イツ消滅シテモオカシクハナイ……。ソレコソ、アナタト共ニイル“ジョニー・シルヴァーハンド”トハ、データの密度ガ圧倒的ニ違ウ……』
「それでも……少なくとも心ぐらいはあるんじゃない……? 人間性を失ってるって言っても、時々会話の中に人間臭さが滲み出てたしね……。意識や記憶と一緒に心が複製されていても、別におかしくはないでしょ……?」
『ソレハ……科学ニ基ヅイタ分析……? ソレトモ――』
「まさか。ただの思い込み。あたしの勝手な願望よ……。そもそも、心が何かとか、スピリチュアルな話なんて突き詰めたらキリがないからね……。でも、データにもきっと心は宿る――そう思い込みでもしなくちゃ、頭の中の“アイツ”とも付き合っていけないのよ……」
そう言いながら、Vは指先で額を軽く叩く。
デジタルの意思が真の命かどうかなんて、今まで散々議論してきた。
プログラムに感情なんてある訳ないだとか。
ただのアルゴリズムだとか。
データは所詮、データに過ぎないだとか。
コピーと本体は別だとか。
しかしVは今でも信じていた。
0と1の配列で構築された存在にも、人と同じ心がきっとあると。
これまで苦楽を共にしてきたジョニー・シルヴァーハンドを、チップに刻まれた単なるイミテーションではなく、大切な友人と認識し続けるためにも。
「それで? あんたのことはわかった……。次はこの銃についてよ……。このカーネイジはなに? わざわざあたしに頼むぐらいだし、よほど特別な事情があるんでしょ……?」
抱えた銃に視線を戻しながらVが訊ねると、サーシャはまるで一呼吸整えるように間を置いてから応えた。
『……ソレハ私ノ友人――レベッカノ形見……』
約束通り、サーシャは自分が知る限りの顛末をVに語った。
生前の自分が所属していたエッジランナーチームのこと。
チームのメンバーだったレベッカという少女と、特に仲が良かったこと。
自分が死んだ後に加入したキーウィ、ルーシー、デイビッドのこと。
チームに降りかかった悲劇の数々。
サイバースケルトンに纏わるアラサカの陰謀や、ファラデーを名乗るフィクサーにルーシーが囚われたこと。
そんな彼女の救出と引き換えに、チームが崩壊したこと。
かけがえのない友人だったレベッカも、ルーシーにとって大切な人だったデイビッドも、
アラサカの切り札とも言うべき冷酷無比の傭兵――アダム・スマッシャーの手に掛かり、2人とも悲惨な死を遂げたのだと。
サーシャの説話は、ナイトシティで起きた紛れもない事実であり。
数日前のアフターライフで、ルーシーが断片的に語っていた話。
あるいは、ルーシーが語りたがらなかった話。
Vがこの街に来るよりも前に起きた、Vの知らない物語だった。
「アラサカ……。まったく……いつでも話題に事欠かない連中ね……」
サーシャの話に粛然と耳を傾けながら、Vは徐に身を翻して背後に目を向けていた。
視線の先に聳え立っているのは、巨大なモノリスの如く漆黒の建造物――アラサカ・タワー。
陽の光を遮るように天を突く街の支配者の象徴を見上げながら、Vは忌々しげに目を細めた。
そんなVに、サーシャは語り続ける。
事件の後、デイビッド・マルティネスの名は、街の伝説の1つとしてアフターライフのメニューに加えられた。
亡き今ではジョニー・シルヴァーハンドと並んで、メジャーを夢見る駆け出しのエッジランナーたちの注目を集め続け、憧れの的となっている。
しかしレベッカはそうじゃない。
私の友はそうはならなかったと、サーシャは歪な声を重くする。
デイビッドと違い、彼女の存在は伝説にはならなかった。
デイビッドのように、彼女の名は語り継がれることはなかった。
あの子がレジェンドの世界に憧れていたかなんて、実のところよく知らない。
けれども、これだけはハッキリと認識できる。
今のナイトシティの中で、レベッカの名はあまりにも儚いと。
唯一残っていた
どこの馬の骨かも知れない連中の手に渡らなかったことだけが、唯一の救いだったが、しかしこのまま誰からも認知されず、忘却の彼方へと消えていくだけのあの子が、あまりにも不憫でならなかった。
だからレベッカのことも知ってほしくて、レベッカの存在を託したくて、あの子が密かに惚れていたデイビッドに、どことなく似ていた傭兵であるVに声を掛けたのだ。
『ソノ武器ハ、報酬トシテアナタニ譲渡スル……。デモ代ワリニ……レベッカガコノ街ニ存在シタトイウ事実ヲ、アナタノ記憶ニ留メテアゲテホシイ……。オ願イ、V……』
サーシャの懇願に、Vは天を仰ぎながら目を閉じて黙考する。そして、少し経ってから瞼を開くと、吐息混じりに微笑を浮かべた。
「わかった……。こんな死にかけの脳みそでも良いなら、それぐらいはお安い御用よ……」
『アリガトウ、感謝スルワ』
「どういたしまして……。とりあえず、喜んでもらえているようで何よりね……。でも……あんたはそれだけで満足なの……?」
『ソレハ一体……ドウイウ意味?』
Vの承諾を得て一安心したのも束の間、彼女の思わぬ返しにサーシャは反射的に疑問符を浮かべる。
「どうって……言葉通りの意味よ……。あんたは自分のことをデータの模造品――偽物みたいに言うけどさ、それでも1年前に……実際に間近で見たんでしょ、友達が死ぬ瞬間を……。なのに、その友達のためにしてあげたいことが、誰かの記憶に留めるだけって……、普通、もっと他にあると思うんだけど……」
『デモ私ニハ、コレ以上ノコトハ何モ……』
「もっとよく考えてみたら? あんたが本当にしたいこと、あんたが友達のためにしてあげたいこと……。AI的な堅苦しい計算とかじゃなくて、あんたの中にきっと残っている……人間の部分で考えてみて……」
『私ノ中ノ……人ノ部分……。今ノ私ニ、ソンナモノガマダアルトデモ……?』
「言ったでしょ、あたしはそう信じてる……。まあ、物は試しよ。騙されたと思って捻り出してみたら……?」
まるでサーシャの背中を押すようにVは告げる。
すると数十秒ほど、ホロコールからサーシャの声が途絶えた。
何かを期待するように、Vは静かに返事を待つ。
やがて聞こえてきたのは、サーシャの新たな願いだった。
『カタキ……。レベッカノ魂ヲ弔ウタメニ……仇ヲ取リタイ……』
それは紛れもないサーシャの本音。
アルゴリズムが提示した単調な答えなどでは決してない。
サーシャの残り僅かな人間性が必死になって吐露した、サーシャの正直な気持ち。
レベッカの敵討ち――友の命を奪ったアダム・スマッシャーへの復讐が、サーシャの最後の望みだった。
それを聞いた途端、Vの口元が嬉しそうに吊り上がる。
「やっぱり、そうなるよね……。凄くありきたりだけど、当然の願い……。あたしも目の前で相棒を喪ってるから、あんたがその結論に至った時の気持ちはよくわかるよ……」
『ソレハ……ジャッキー・ウェルズノコトネ……』
「まあね。と言っても、あたしらの場合は、想定外のアクシデントが招いた結果だったし……、結局、誰を恨めば気が晴れるのかも曖昧なままだった……。でも、あんたは違う……。誰に憎しみをぶつければいいのかハッキリしてる……。寧ろ、その発想にちゃんと辿りつけたってことは、やっぱりあんたの中に人の心が残ってる証拠かもね……」
『証拠……。復讐ナンテ負の思考ガ、人間性ヲ証明スル証拠ニナルト?』
「なるよ、十分すぎるほどね……。だってそうでしょ? 何年何十年経とうとも、しつこいくらい執着して何かを恨み続けられるなんて、そんなの人間か妖怪ぐらいなものじゃない……」
サーシャにそう言いながら、Vは50年以上経ってもなお、懲りずにアラサカに食って掛かる脳内の同居人の姿を想起する。
すると。
『おいおい、俺の企業に対する怒りを、埃塗れのヴィンテージと一緒にするんじゃねえ。お前らにとっては50年も前の古臭い恨みでも、俺にとっちゃ昨日今日始まった因縁と大差ねえんだよ』
直後に当人の苦情が頭の中に響き渡る。
ノイズを纏ったホログラムの体で、いつの間にかベンチに腰かけている不貞腐れたロッカーボーイの姿に目をやりながら、Vは改めてサーシャに訊ねる。
「それで? あんたの本当の望みはわかった。その上で訊くけど、あんたはこれからどうするの……?」
『……勿論、デキルコトナラ自分ノ手デ、レベッカノ仇ハ取リタイ。デモ……今ノ私ニハ、ソレヲ実行スルダケノスキルガ無イ……』
ホロコールから伝わるサーシャの声は、なんとなく意気消沈しているように聞こえた。しかし――。
『ダカラV、モシ……私ガモウ一度頼ンダラ、アナタハ引キ受ケテクレル?』
直後にその声音は、一縷の希望を見出しているかのように張り上げた。
少なくとも、Vはそういう印象を受けていた。
サーシャが何を言おうとしているのか、何を決断しようとしているのか、聞かずともわかっている。わかっていながら、それでも言葉としてちゃんと聞きたくて、敢えて重ねて問いかけた。
「頼むって、具体的には何を……?」
『アダム・スマッシャーノ殺害……。私ノ代ワリニ、レベッカノ仇ヲ討ッテアゲテ』
その瞬間、Vの口元がニヤリと吊り上がる。
「やっぱりね……。そうくると思ってた。オッケー、その依頼……引き受けようじゃない」
微笑みと共に告げた返事に、迷いはなかった。
奇しくも電子の亡霊と化した少女の最後の頼みを、Vは躊躇なく快諾したのだった。
またやってしまった……orz
ラスト1話で完結するつもりが、2万文字オーバーするほどに盛り過ぎた。
そもそも本来なら、DLC配信前に投稿して綺麗に区切りをつけるはずだったというのに、完璧にタイミングを逃してしまいました……。
なので幾つかに分割して投稿し、近日中に完結させようと思います。
今度こそ絶対にッ!