Painful Choice ―愛か死か現実か― 作:裕ーKI
サーシャとの通話を終えた後、Vはひとり、屋上庭園の縁に佇んだまま物思いにふけていた。
人間としてのサーシャが死んだというフリーウェイに改めて目を向けながら、データの彼女から聴かされた話を頭の中で回顧する。
死んでもなお、サーシャは仲間たちを見守り、友を想い続けた。ひとりぼっちのサイバースペースの中で、日に日に人間性を消失しようとも。
そんな彼女に強く感銘を受けながら背後を振り向けば、そこにあるのはレベッカが命を落とした広大なトップライト。
Vは距離感を測るように、サーシャが死んだフリーウェイとレベッカが死んだ広場を交互に見た。
2人の死に場所は、偶然にも互いの目と鼻の先だった。
サーシャもレベッカも、どちらも友の死地の傍で死んだのだ。
それが2人にとっては不幸中の幸い――せめてもの救い……と、果たして言えるかどうか……。
そんな複雑な心境を抱きながら、今度はルーシーのことを考える。
サーシャのおかげで、ルーシーが過去を語ることを渋っていた理由もなんとなくわかった。
確かにルーシーの言う通り、デイビッドとその仲間たちに纏わる惨劇は、他人に知られて気分の良い話ではなかった。
悲劇は悲劇として蓋をして、美談だけが伝説として語り継がれればいい。
オルト・カニンガム曰く、実際は誇張と改ざんだらけらしい、どこぞのロッカーボーイの記憶にも通ずる意見だが、実はそれが一番の最適解なのかもしれない。少なくとも、このナイトシティにおいては――と、Vは思った。
それに、ずっと気になっていた1年前の銃撃事件。その真相を知れて、得心が行ったのは良いのだが、“これ以上詮索しない”というルーシーとの約束を結局無下にしてしまったことに関しては、どうしても申し訳ない気持ちにならざるを得なかった。
「これは……あたしの人生も事細かに晒すぐらいしないと、つり合いが取れないかもね……」
するとそこへ、背後に現れたジョニーがゆっくりと歩み寄ってきた。
『ハッ。お前の人生に、それだけの価値があんのかよ?』
実際には存在しない気配――自分だけが感じ取ることができる気配を背中に受けて、Vは肩越しにその姿を見る。
「ジョニー……。あるに決まってるでしょ。我ながら、酒の肴にはもってこいの人生だと自負してるんだから……。とくにこの街に来てからの摩訶不思議大冒険は、3部作の小説にしても足りないくらいね……。テロリストとの肉体ルームシェア体験談なんて、滅多にお目に掛かれるもんじゃないからね……」
『フン、確かにな。出版すれば、案外ヘルマンあたりが飛びつくかもしれねぇな』
「あいつだけにウケてもね……。奴じゃどうせ、参考資料かモルモットの日記として扱うぐらいが関の山よ……。まあルーシーには、なんならあたしが見たあんたの痴情もオマケに付けとくわ……。それでなんとか折り合いもつくでしょ……」
『おいおい、俺の崇高なドキュメンタリーを雑誌の袋とじ扱いかよ』
「崇高って……。いいでしょ、別に……。これからもあんたの伝説を語り継いでやるって言ってんのよ……。寧ろ感謝してよね……」
『そうかよ。ならそのためにも、精々生き延びて見せろよな』
「勿論。言われるまでもない……」
腕組しながらそっぽを向くジョニーにクスッと笑みを浮かべると、Vは悠然と上着の内ポケットに手を伸ばし始めた。
取り出したのは、いつも肌身離さず所持している、ジュディから貰ったエヴリンのシガレットケース。その蓋を開き、抜き取った1本の煙草を口に咥えて火をつける。
肺一杯に煙を吸い込めば、メンソールの香味が口内に充満して気持ちが落ち着く。朝からずっと付き纏いっぱなしの倦怠感も、少しばかりは紛れるというものだ。
気づけば隣に立っていたジョニーも、同じように喫煙の仕草を見せていた。
以前はVが得た感覚をジョニーが認識するまでには、若干のタイムラグが発生していた。しかし、≪Relic≫の浸食が深刻化し、末期を迎えている今となってはもう、ジョニーはVが感じている煙草の味を、まるで自分の経験も同然のようにリアルタイムに実感できていた。
まさに同化の現状をこれでもかと突きつけるかのように。
『あぁ~……美味ぇ……。やっぱマジのヤニは最高だなぁ』
Vが味わっている煙草の味を、ジョニーも味わっている。
「ねえ、ジョニー……」
フリーウェイを流れる車の列を眺めながら、不意にVは切り出した。
『ん?』
「あたし、煙草やめるわ……」
『は? なんだいきなり、意味がわからねえ。ならなんで吸ってんだよ?』
「これが最後の1本よ……。こうしてあんたと一服できるのも、もしかしたらラストかもしれないしね……」
『ああ、そういうことか……。そうだな。そうなることを願ってるよ』
「ええ、お互いのためにもね……。だいたいあたし、本来はノンスモーカーだし……」
Vの口から吐き出た白い煙が、ビル群の隙間から覗く青空の景色に溶けて消えていく。
『なあV、1つ訊いていいか?』
ジョニーの口から吐き出たノイズ混じりの煙が、風に揺らめくこともなく光の粒子となって消えていく。
「なに……?」
『さっきの追加依頼、なんで引き受けようと思ったんだ?』
「さっきの……? あー……サーシャが言っていたスマッシャーの話……?」
『ああ。既に
「いいのよ別に……。どうせやることは変わらない……」
これからどうなるにせよ、どんな形であれ、アラサカにもう1度喧嘩を売ることは決まっている。
“神輿”に辿り着き、≪Relic≫を取り除き、生き延びるためにも、それだけは揺るぎない決定事項だ。
そしてそうすれば、アダム・スマッシャーとの対決も避けられないだろう。
アラサカに牙を剥けば、奴は必ず現れる。
なにしろ奴は犬。主を護ることが使命の番犬なのだから。
「なにがあってもスマッシャーは倒す……。あんたやローグの無念を晴らすためにもね……」
『俺と……ローグ?』
「そっ。ふたりとも望んでいたことでしょ……。そこにサーシャの想いも便乗しようってだけよ……。1人より2人、2人より3人ってね……。――いや、ひょっとするともっとか……」
『……ったく。お前って奴はよ、お人好しにも程があるぜ。他人の夢がどうとか言って、呆れ果ててたルーシーって小娘の気持ちも、今なら少しはわかるかもな』
「あんたもルーシーと同じ……? あたしに呆れ果ててる……?」
『まあな。だが同時に感心もしてるよ。昔の俺は他人に手を差し伸べるどころか、最後の最後まで自分のことだけで精一杯だったからな。それに引き換えお前は、次から次へと他人の望みを背負い込んで、それを全部叶えちまう。自分自身が
ジョニーが告げたのは、あまりにもらしからぬストレートな賛美の言葉だった。
彼の不意を突くような発言に、Vは一瞬、時間が止まったかのような感覚に襲われた。ホログラムのその姿を捉える瞳は大きく見開き、吸いかけの煙草を口に運ぼうとしていた手は、ピタリと停止する。
次の瞬間、Vは明らかに動揺した様子でジョニーから目を反らした。
「なんか意外……。まさかあんたに……ここまで素直に褒められるとはね……。その……なんか……悪くない気分……かも……」
ポッと両頬を赤らめながら、そう呟いて煙草を咥える。
その照れ隠しの仕草が、普段は男勝りなVにしては珍しいぐらい女性らしくて、ジョニーは不覚にも彼女に愛おしさを感じた。
できることなら、別れる前に1度だけでも、Vを抱きしめてやりたいと思った。
もしくは2人だけのこの時間が、もう少しだけ続いてほしいと思った。
しかしそれらは、例え天地がひっくり返っても叶わない。
データの存在に、直接Vの実体に触れる腕はない。
燃え尽きようとしているVの命に、これ以上閑談に費やす時間はない。
こうしている間にも、Vは咳き込んでまた血を吐いた。
口に咥えていた煙草が、血反吐と一緒に足元に落ちる。
――何を高望みしてんだか、俺は……。
タイルの上で燻る煙を見つめながら、胸の内に芽生えた小さな願いを、所詮は無駄なものだと噛み砕く。
そんな夢物語より、今最も優先すべきはVの命を救うこと。
我に返ったジョニーは、気を取り直してVに呼びかける。
『時間がねえ。そろそろ行くぞ、V』
「ええ、わかってる……。ケリをつけましょ……!」
ジョニーの言う通り、ハナコ・アラサカとの会談の時が迫っている。
足元に落ちた煙草の吸殻は、血反吐に塗れて赤々としていた。
その様はまるで、首に刺さったままの異物――命を蝕むチップのよう。
覚悟を決めたVは、真っ赤な吸殻をブーツで踏み潰すのだった――。
次回作ボツ案!
ナイトシティの“てっぺん”を目指して集った、サイバーパンクの
『とびだせエッグランナーズ!!~アラサカアカデミー~』
ルーシー(アホの子)「私は月を食べたいの!」