Painful Choice ―愛か死か現実か―   作:裕ーKI

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Chapter8.5c : Last Puff / 最後の一服

 サーシャとの通話を終えた後、Vはひとり、屋上庭園の縁に佇んだまま物思いにふけていた。

 

 人間としてのサーシャが死んだというフリーウェイに改めて目を向けながら、データの彼女から聴かされた話を頭の中で回顧する。

 

 死んでもなお、サーシャは仲間たちを見守り、友を想い続けた。ひとりぼっちのサイバースペースの中で、日に日に人間性を消失しようとも。

 

 そんな彼女に強く感銘を受けながら背後を振り向けば、そこにあるのはレベッカが命を落とした広大なトップライト。

 

 Vは距離感を測るように、サーシャが死んだフリーウェイとレベッカが死んだ広場を交互に見た。

 

 2人の死に場所は、偶然にも互いの目と鼻の先だった。

 

 サーシャもレベッカも、どちらも友の死地の傍で死んだのだ。

 

 それが2人にとっては不幸中の幸い――せめてもの救い……と、果たして言えるかどうか……。

 

 そんな複雑な心境を抱きながら、今度はルーシーのことを考える。

 

 サーシャのおかげで、ルーシーが過去を語ることを渋っていた理由もなんとなくわかった。

 

 確かにルーシーの言う通り、デイビッドとその仲間たちに纏わる惨劇は、他人に知られて気分の良い話ではなかった。

 

 悲劇は悲劇として蓋をして、美談だけが伝説として語り継がれればいい。

 

 オルト・カニンガム曰く、実際は誇張と改ざんだらけらしい、どこぞのロッカーボーイの記憶にも通ずる意見だが、実はそれが一番の最適解なのかもしれない。少なくとも、このナイトシティにおいては――と、Vは思った。

 

 それに、ずっと気になっていた1年前の銃撃事件。その真相を知れて、得心が行ったのは良いのだが、“これ以上詮索しない”というルーシーとの約束を結局無下にしてしまったことに関しては、どうしても申し訳ない気持ちにならざるを得なかった。

 

 

 

「これは……あたしの人生も事細かに晒すぐらいしないと、つり合いが取れないかもね……」

 

 

 

 するとそこへ、背後に現れたジョニーがゆっくりと歩み寄ってきた。

 

 

 

『ハッ。お前の人生に、それだけの価値があんのかよ?』

 

 

 

 実際には存在しない気配――自分だけが感じ取ることができる気配を背中に受けて、Vは肩越しにその姿を見る。

 

 

 

「ジョニー……。あるに決まってるでしょ。我ながら、酒の肴にはもってこいの人生だと自負してるんだから……。とくにこの街に来てからの摩訶不思議大冒険は、3部作の小説にしても足りないくらいね……。テロリストとの肉体ルームシェア体験談なんて、滅多にお目に掛かれるもんじゃないからね……」

 

『フン、確かにな。出版すれば、案外ヘルマンあたりが飛びつくかもしれねぇな』

 

「あいつだけにウケてもね……。奴じゃどうせ、参考資料かモルモットの日記として扱うぐらいが関の山よ……。まあルーシーには、なんならあたしが見たあんたの痴情もオマケに付けとくわ……。それでなんとか折り合いもつくでしょ……」

 

『おいおい、俺の崇高なドキュメンタリーを雑誌の袋とじ扱いかよ』

 

「崇高って……。いいでしょ、別に……。これからもあんたの伝説を語り継いでやるって言ってんのよ……。寧ろ感謝してよね……」

 

『そうかよ。ならそのためにも、精々生き延びて見せろよな』

 

「勿論。言われるまでもない……」

 

 

 

 腕組しながらそっぽを向くジョニーにクスッと笑みを浮かべると、Vは悠然と上着の内ポケットに手を伸ばし始めた。

 

 取り出したのは、いつも肌身離さず所持している、ジュディから貰ったエヴリンのシガレットケース。その蓋を開き、抜き取った1本の煙草を口に咥えて火をつける。

 

 肺一杯に煙を吸い込めば、メンソールの香味が口内に充満して気持ちが落ち着く。朝からずっと付き纏いっぱなしの倦怠感も、少しばかりは紛れるというものだ。

 

 気づけば隣に立っていたジョニーも、同じように喫煙の仕草を見せていた。

 

 以前はVが得た感覚をジョニーが認識するまでには、若干のタイムラグが発生していた。しかし、≪Relic≫の浸食が深刻化し、末期を迎えている今となってはもう、ジョニーはVが感じている煙草の味を、まるで自分の経験も同然のようにリアルタイムに実感できていた。

 

 まさに同化の現状をこれでもかと突きつけるかのように。

 

 

 

『あぁ~……美味ぇ……。やっぱマジのヤニは最高だなぁ』

 

 

 

 Vが味わっている煙草の味を、ジョニーも味わっている。

 

 

 

「ねえ、ジョニー……」

 

 

 

 フリーウェイを流れる車の列を眺めながら、不意にVは切り出した。

 

 

 

『ん?』

 

「あたし、煙草やめるわ……」

 

『は? なんだいきなり、意味がわからねえ。ならなんで吸ってんだよ?』

 

「これが最後の1本よ……。こうしてあんたと一服できるのも、もしかしたらラストかもしれないしね……」

 

『ああ、そういうことか……。そうだな。そうなることを願ってるよ』

 

「ええ、お互いのためにもね……。だいたいあたし、本来はノンスモーカーだし……」

 

 

 

 Vの口から吐き出た白い煙が、ビル群の隙間から覗く青空の景色に溶けて消えていく。

 

 

 

『なあV、1つ訊いていいか?』

 

 

 

 ジョニーの口から吐き出たノイズ混じりの煙が、風に揺らめくこともなく光の粒子となって消えていく。

 

 

 

「なに……?」

 

『さっきの追加依頼、なんで引き受けようと思ったんだ?』

 

「さっきの……? あー……サーシャが言っていたスマッシャーの話……?」

 

『ああ。既に報酬(カーネイジGUTS)を受け取っている以上、お前にはなんの得もねえ依頼だっただろ。引き受ける必要性なんてなかったはずだ。なのに――』

 

「いいのよ別に……。どうせやることは変わらない……」

 

 

 

 これからどうなるにせよ、どんな形であれ、アラサカにもう1度喧嘩を売ることは決まっている。

 

 “神輿”に辿り着き、≪Relic≫を取り除き、生き延びるためにも、それだけは揺るぎない決定事項だ。

 

 そしてそうすれば、アダム・スマッシャーとの対決も避けられないだろう。

 

 アラサカに牙を剥けば、奴は必ず現れる。

 

 なにしろ奴は犬。主を護ることが使命の番犬なのだから。

 

 

 

「なにがあってもスマッシャーは倒す……。あんたやローグの無念を晴らすためにもね……」

 

『俺と……ローグ?』

 

「そっ。ふたりとも望んでいたことでしょ……。そこにサーシャの想いも便乗しようってだけよ……。1人より2人、2人より3人ってね……。――いや、ひょっとするともっとか……」

 

『……ったく。お前って奴はよ、お人好しにも程があるぜ。他人の夢がどうとか言って、呆れ果ててたルーシーって小娘の気持ちも、今なら少しはわかるかもな』

 

「あんたもルーシーと同じ……? あたしに呆れ果ててる……?」

 

『まあな。だが同時に感心もしてるよ。昔の俺は他人に手を差し伸べるどころか、最後の最後まで自分のことだけで精一杯だったからな。それに引き換えお前は、次から次へと他人の望みを背負い込んで、それを全部叶えちまう。自分自身が崖っぷち(エッジ)の上で助けを求めているにも拘らず、な。まさに俺とは雲泥の差って奴だ。大したもんだよ、V』

 

 

 

 ジョニーが告げたのは、あまりにもらしからぬストレートな賛美の言葉だった。

 

 彼の不意を突くような発言に、Vは一瞬、時間が止まったかのような感覚に襲われた。ホログラムのその姿を捉える瞳は大きく見開き、吸いかけの煙草を口に運ぼうとしていた手は、ピタリと停止する。

 

 次の瞬間、Vは明らかに動揺した様子でジョニーから目を反らした。

 

 

 

「なんか意外……。まさかあんたに……ここまで素直に褒められるとはね……。その……なんか……悪くない気分……かも……」

 

 

 

 ポッと両頬を赤らめながら、そう呟いて煙草を咥える。

 

 その照れ隠しの仕草が、普段は男勝りなVにしては珍しいぐらい女性らしくて、ジョニーは不覚にも彼女に愛おしさを感じた。

 

 できることなら、別れる前に1度だけでも、Vを抱きしめてやりたいと思った。

 

 もしくは2人だけのこの時間が、もう少しだけ続いてほしいと思った。

 

 しかしそれらは、例え天地がひっくり返っても叶わない。

 

 データの存在に、直接Vの実体に触れる腕はない。

 

 燃え尽きようとしているVの命に、これ以上閑談に費やす時間はない。

 

 こうしている間にも、Vは咳き込んでまた血を吐いた。

 

 口に咥えていた煙草が、血反吐と一緒に足元に落ちる。

 

 ――何を高望みしてんだか、俺は……。

 

 タイルの上で燻る煙を見つめながら、胸の内に芽生えた小さな願いを、所詮は無駄なものだと噛み砕く。

 

 そんな夢物語より、今最も優先すべきはVの命を救うこと。

 

 我に返ったジョニーは、気を取り直してVに呼びかける。

 

 

 

『時間がねえ。そろそろ行くぞ、V』

 

「ええ、わかってる……。ケリをつけましょ……!」

 

 

 

 ジョニーの言う通り、ハナコ・アラサカとの会談の時が迫っている。

 

 足元に落ちた煙草の吸殻は、血反吐に塗れて赤々としていた。

 

 その様はまるで、首に刺さったままの異物――命を蝕むチップのよう。

 

 覚悟を決めたVは、真っ赤な吸殻をブーツで踏み潰すのだった――。

 





次回作ボツ案!

ナイトシティの“てっぺん”を目指して集った、サイバーパンクの ルーキーたち(タマゴ)が織りなす学園ギャグコメディ!
『とびだせエッグランナーズ!!~アラサカアカデミー~』

ルーシー(アホの子)「私は月を食べたいの!」
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