Painful Choice ―愛か死か現実か―   作:裕ーKI

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Chapter8.5d : Welcome / お迎え※

 それから程なくして、Vはサーシャの依頼を果たした。

 

 アルデカルドスの協力の下、アラサカ・タワーへの侵入を成功させた後、“神輿”のアクセスポイントに通じるフロアで、怨敵たるアダム・スマッシャーとの死闘を繰り広げた。

 

 パナムとの連携で、なんとかアダム・スマッシャーを戦闘不能にまで追い詰めたVは、サーシャから譲り受けたカーネイジGUTSの銃口を、その鋼鉄の眉間に突きつけた。

 

 全ての武装を破壊され、双腕を失い、両膝が折れた全身から火花を散らす不倶戴天の敵は、もはや虫の息も同然だった。

 

 疲労困憊ながらも勝利の笑みを浮かべたVは、数多の想いを込めた人差し指を引き金に掛ける。

 

 50年前に苦汁を甞めさせられた、ジョニーやローグのために。

 

 1年前に殺された、デイビッドとレベッカのために。

 

 恋人の命を奪われ、悲しき絶望に追いやられたルーシーのために。

 

 そして、友の仇を取りたいと死してなお望んだサーシャのために。

 

 戦いの直前に殺されたアルデカルドスの族長――ソウル・ブライトの無念と、彼の死に燃えるパナムの怒りも込めて、Vはその指で引き金を引いた。

 

 硝煙立ち込めるフロアに響き渡る、一発の銃声。

 

 刹那に頭部を吹き飛ばされた悍ましきサイボーグ兵は、最期の瞬間まで人間らしい悲鳴の1つも上げることもなく、ただただ無機質に生命活動を終えて倒れ伏した。

 

 街に刻まれし伝説の1つが、幕を閉じた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 混乱に乗じてアラサカ・タワーのサブネットに侵入していたサーシャは、戦場となったフロアの監視カメラを通して見ていた。

 

 友の仇たる伝説の傭兵がくたばる瞬間を。

 

 友の形見に撃ち抜かれ、その忌まわしき命が尽きる瞬間を。

 

 

 

『アリガトウ、V……』

 

 

 

 この声が、彼女の耳に届くことは決してないけれど。

 

 視線(レンズ)の先で、ゆっくりとカーネイジGUTSを下ろすVの後姿を見つめながら、サーシャは感謝の言葉を呟いた。

 

 ナイトシティで一番の傭兵。

 

 ナイトシティで一番のお人好し。

 

 彼女のおかげで、最後の願いが叶った。

 

 もう、未練はない。

 

 もう、思い残すことはない。

 

 後はこの、薄弱なデータの体がゆっくりと朽ちていくのを待つばかり。

 

 そう思っていた。

 

 ところがそんなサーシャの前に女神が現れた。

 

 少なくとも、サーシャの視覚情報はそう捉えていた。

 

 女神。

 

 アラサカのエージェントたちの命を容易く奪うほどの力を持った、電脳空間の女神。

 

 その正体は元人間であり、当時はソウルキラーを開発した天才的なネットランナーだった。同時にジョニー・シルヴァーハンドの愛人だったこともある彼女の名は――オルト・カニンガム。

 

 “不良AIとなった元人間”という、同じような境遇であるサーシャの事情を見抜き、親近感でも感じたのか、それともただ単に、“行き場を失った記憶痕跡”と認識して接触してきただけなのか。

 

 いずれにせよ、オルトはサーシャに告げた。自分はこれから、“神輿”に囚われた幾多の魂たちを解放し、彼らをブラックウォールの深淵へと導くと。

 

 

 

『お前も共に来るか?』

 

 

 

 そう問われ、手を差し伸べられた。

 

 断る理由はなかった。

 

 サーシャは相好を崩しながら頷くと、まるで星屑を掴むみたいにデータの手を伸ばす。

 

 その瞬間、サーシャの視界が眩い光に包まれた――。

 

 

 

 

 

 気がつくと、サーシャは真っ白い空間の中に立っていた。

 

 辺り一面見渡しても何もない純白の世界。

 

 先刻までの電脳空間とは明らかに異なる清らかな景色。

 

 眼前にいたはずのオルトの姿は無く、サーシャだけがその場に一人取り残されていた。

 

 ふと違和感を覚え、自分の両腕に視線を落とすと、サーシャは驚きのあまり言葉を失った。

 

 

 

「え……」

 

 

 

 ついさっきまで、データ状の上辺だけだった自身の腕が、いつの間にか人間だった頃の形を取り戻していた。

 

 視界に映るのは、懐かしい柔肌の腕。

 

 決してリアルなテクスチャーなどではない。

 

 しかもその異変は両腕だけに留まらず、頭のてっぺんから足のつま先までに及んでいた。つまり今のサーシャは、完全に生前の姿に戻っていた。

 

 何が何だか訳がわからない。

 

 戸惑うあまり、少しの間放心していると、不意に背後から声が聞こえてきた。

 

 

 

「おいっ!」

 

 

 

 唐突なその声に、サーシャの肩がビクッと跳ね上がる。

 

 辺りを見渡した時には誰もいなかったはずなのに……。

 

 無意識に警戒してしまい、振り返ることを躊躇ってしまう。

 

 

 

「なあおいって!」

 

 

 

 しかしそうしている間にも呼び声は続く。しかもサーシャがなかなか振り向かないことに業を煮やしているのか、徐々に語調が荒くなっていく。

 

 確かなことはひとつだけ。

 

 この声の主は、少なくともオルトではない。淡々としていたオルトの口調に比べて、聞こえてくる声はあまりにも粗暴すぎる。

 

 だけどこの声を聞いていると、不思議と胸のあたりが熱くなる。

 

 データの存在となり、日に日に失ってきたはずの感情が蘇ってくる。

 

 

 

「あ~もう! いい加減こっち向けって!」

 

 

 

 耳に入ってくる、聞き覚えのある懐かしい少女の声。

 

 

 

「サーシャァ! おいサーシャッ!」

 

 

 

 それが誰の声か、ようやくわかった。

 

 ハッと目を見開いたサーシャは、確信を持って振り返った。

 

 次の瞬間、視界に飛び込んできたのは予想通りの友の姿だった。

 

 

 

「レベッカ……」

 

 

 

 サーシャの目の前で、死んだはずの友人が呆れ顔で立っていたのだ。

 

 黒のハイカラージャケットを身に纏い、緑のピッグテールを左右にぶら下げて。

 

 相変わらずの格好で両手を腰に当てながら、サーシャを真っ直ぐと見ていた。

 

 

 

「おっせーよバカ! せっかく迎えに来てやったんだから、さっさと気づけって!」

 

「迎え……? ああ……そっか、そういうことか……。わざわざごめんね……」

 

 

 

 

 感情任せに漏れ出た細い声は、止めようもなく震える。

 

 刹那にサーシャは全てを察した。

 

 綻んだ彼女の瞳から、ポロポロと大粒の涙が零れ落ちていく。

 

 その姿に、レベッカは困ったように笑みを浮かべる。

 

 

 

「ったく。なんであーしらより先に死んだ奴が、一番最後まで頑張ってんだよ」

 

 

 

 この状況が夢や幻だろうと、はたまた現実だろうと、そんなことは最早どうでもよかった。こうしてまた友の顔を見ることができただけで、サーシャは満足だった。

 

 赤くなった目を擦り、溢れる涙を拭い去る。

 

 そうして顔を上げて、少しぼやけた視界で改めてレベッカを見る。と、

 

 

 

「なんだよ、また会えて嬉しいって普通に言えばいいだろ。素直じゃないよな、レベッカは……」

 

 

 

 するといつの間にか、レベッカの傍にもう1人立っていた。

 

 まるで蜃気楼のように足音も立てずに現れたのは、背面にEとRを合わせたマークが染め抜かれた黄色いジャケットを身に纏った青年。

 

 それが誰か、サーシャは知っている。

 

 その青年の伝説なら、ネットの中からずっと見ていたから。

 

 彼の名は――デイビッド・マルティネス。

 

 サーシャが見つめる中、デイビッドが揶揄うように笑うと、レベッカは途端に眉を顰めた。

 

 

 

「アァン? なんか言ったかデイビッド! てめーはあーしに貸しがあんだろ! 口答えする前に、まずは感謝しやがれ! どんだけあーしがてめーに尽くしてやったと思ってんだッ!」

 

「わかってるッ! わかってるって! ごめん! 感謝してるから! ホント!」

 

 

 

 ゲシゲシと膝を蹴ってくるレベッカの気迫に圧倒されながら、デイビッドはとにかく平謝りする。そこに生前持ち合わせていた、アダム・スマッシャーに啖呵を切った時のような貫禄は微塵も感じられない。

 

 年相応の笑顔と明るさを振りまきながら、レベッカを宥めようとしているその様は、サーシャが知る彼よりも少し幼く見えるくらいだった。

 

 

 

「っと……、いきなり騒がしくしてごめんな。あんた、サーシャって言うんだよな。あんたのことは聞いてるよ。レベッカの友達……っていうか、サイバーパンクとしては、俺の先輩……なんだよな。今さら自己紹介も変だけど、俺はデイビッド。よろしくな、サーシャ」

 

 

 

 まるで気性の荒い子犬のように噛みついてくるレベッカをホールドしながら、デイビッドは改めてサーシャに挨拶する。

 

 

 

「うん、君のことはよく知ってる……。よろしくね、デイビッド」

 

 

 

 もし自分がバイオテクニカの件で早死にせずに、もう少し長生きできていたら、現世でもこうして彼と挨拶を交わす機会だってあったかもしれない。

 

 そんなことをふと考えつつ、サーシャはデイビッドに微笑み返した。

 

 

 

「レベッカはあんな言い方だったけどさ、実は俺もサーシャには感謝してるんだ。あんたがあのVっていう傭兵に色々託してくれたおかげで、俺たちがやってきたことが無駄にならずに済んだ。俺たちの過去が、少しでも後輩の力になれたかと思うと、それだけで結構報われるからさ」

 

 

 

 満足げな表情でデイビッドが言うと、彼の拘束から解放されたレベッカが鼻で笑った。

 

 

 

「ハッ。だといいけどな」

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

「なんだよレベッカ。何か言いたげだな」

 

「いんや別にぃ~。ただよ、今さら気を張る必要はないんだぜ、デイビッド。あーしらの時代は疾うに終わってんだ。思ったことは気兼ねなく言っちまえよな」

 

「気を張るって……。別にそんなつもりはないけどな。報われたってのは本当だし。……だけど、まあ……それでも強いて挙げるとすれば、アダム・スマッシャーにはやっぱり勝ちたかったかな」

 

「ハハン! そういやぁ一方的にボコられたって話だったからなぁ~」

 

「いや、そんなはずないって! 俺だって少しは……って、やっぱ……そうだったのかな……」

 

 

 

 揚げ足を取るレベッカに対し、デイビッドは声を張って反論しかけるが、すぐにぐうの音も出ないといった顔で項垂れた。

 

 しかし直後に、晴れやかな表情で上向きながら言葉を続ける。

 

 

 

「確かにレベッカの言う通りだな。俺はあの時、スマッシャーには手も足も出なかった。だからこそ奴に勝てなかったことが悔しいし、俺が勝てなかったスマッシャーを後輩(V)に倒されたことはもっと悔しい。でもそれ以上に嬉しいんだ、後輩が――Vが仇を取ってくれたことがさ。あんたのおかげだ、サーシャ。ありがとな」

 

 

 

 デイビッドが謝辞を述べると、サーシャは首を小さく横に振る。

 

 

 

「私は何もしてないよ。成し遂げてくれたのは、Vだから……」

 

 

 

 その言葉に、デイビッドは同調するように微笑で応えた。

 

 

 

「あと気掛かりなのは……ルーシーだな。彼女には……その……マジで辛い思いをさせちまったからな……」

 

「フンッ! ルーシーなら心配いらねえだろ! あれで結構図太い女だからなッ!」

 

 

 

 現世に残してきた恋人の名をデイビッドが口にした途端、レベッカはあからさまな興醒顔で鼻を鳴らした。

 

 

 

「そうは言っても……。俺のせいで彼女を独りにしてしまったのは事実だし……」

 

「大丈夫。ルーシーなら……きっと大丈夫だよ。新しい友人たちが、ちゃんとあの子を支えてくれるはず」

 

 

 

 不安げなデイビッドを安心させようと、サーシャは優しく語りかける。

 

 すると、レベッカが間髪を容れずに声を上げた。

 

 

 

「ほらなッ! あいつはあいつで鞍替えしてよろしくやってんだとよッ! これで心置きなく、あーしはデイビッドを寝取ることができるってワケだなッ! これからも仲良くしようぜッ! なッ! ダーリンッ!」

 

 

 

 露骨な猫撫で声を出しながら、レベッカはデイビッドの腕にギュッと抱きついた。

 

 

 

「いやいやいや! ちょっと待ってよレベッカ! 俺、寝取られるつもりねえし!」

 

「アアァ!? なんでだよォ! いいじゃねえか! つべこべ言わずにNTRれろォ!!!」

 

 

 

 大口を開けて必死にしがみ付くレベッカと、それを慌てて振り解こうとするデイビッド。

 

 そんな様子を微笑ましく見つめるサーシャの脳裏に、生前のとある記憶が蘇る。

 

 それは自分が命を落とす3日前のこと。恋占いのために、レベッカとエソテリカへ行く約束をした時の記憶だった。

 

 あの時、レベッカは新しい出会いを求めていた。

 

 3日後に自分が死んだせいで、結局占ってもらうことはできなかったけど、それからしばらくして、レベッカはこうして理想の相手(デイビッド)を見つけていた。

 

 生きていた間は、デイビッドの気持ちを察して身を引いたらしいけど、きっとこれからは、そんな遠慮も必要ないのだろう。

 

 ――頑張って、レベッカ。

 

 2人を見ながら、サーシャは胸中でひっそりと声援を送るのだった。

 

 

 

 

 

 そして旅立ちの時は訪れる。

 

 デイビッドの件は、これからじっくり時間を掛けて口説き落とすと宣言して、レベッカはサーシャに手を差し伸べた。

 

 まるで先刻のオルトと同じようだと、サーシャはその光景にデジャヴを覚えた。

 

 

 

「それじゃあそろそろ出発しようぜ、サーシャ。覚悟はできてっかよ?」

 

「え、覚悟って?」

 

「決まってんだろ、この世におさらばする覚悟だよッ! お前が来るのを、みんなが向こうで待ってるんだぜ?」

 

「みんな?」

 

「ああ。メインもドリオも、うちのバカアニキもな。ついでに、裏切り者のババア(キーウィ)も一緒だぜッ!」

 

「裏切られたこと、怒ってないの?」

 

「そりゃあ最初はドタマに来たけどよ、今となっては過ぎた話だしな。死んでんのにウジウジ言ったってしょーがねーだろ?」

 

「そうだね。……うん、覚悟はできてる。私も……早くみんなに会いたいな……」

 

「そうかよ。じゃ、一緒に行こうぜッ!」

 

「うん」

 

 

 

 目の前に差し出された掌に、サーシャは自らの手を乗せた。

 

 その手を、レベッカは優しく包み込む。

 

 傍らでは、レベッカの小さな肩にポンと手を置いたデイビッドが、真白き天を仰ぎながら、現世の恋人に最後の別れを告げていた。

 

 

 

「ルーシー、元気でな」

 

 

 

 すると抜け目なく、レベッカが茶々を入れてくる。

 

 

 

「ハッ。あんまり早くこっちに来んじゃねーぞッ。あーしとデイビッドのイチャイチャを邪魔されたくねーからなッ」

 

 

 

 同様にサーシャもまた、力になってくれたVに向けて最後の言葉を贈る。

 

 きっと今、“神輿”に辿り着いたVは、まさに生きるか死ぬかの運命の分岐点にいるのだろう。

 

 そんな彼女の無事を信じて。

 

 ――V、あなたの人生がどんな結末を迎えようと、悔いの無いものになることを祈ってる。あなたは最高の――サイバーパンクだから。

 

 こうして数奇な運命を辿った少女の人生は、今度こそ幕を閉じた。

 

 友と友の仲間の魂に連れられて、サーシャ・ヤコヴレワはようやく泉下の客として迎え入れられたのだった――。

 

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