Painful Choice ―愛か死か現実か―   作:裕ーKI

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Chapter2:Angel fell to the Ground / 天女は地に落ちた

 淡い光を放ちながら深海を漂う海月のように、ひと際目を引く銀色の髪。

 

 左右非対称。ツーブロックのショートボブ。左側のこめかみから伸びた毛束は他より長く、仄かなグラデーションに染めた虹色の毛先が女性らしさを物語っている。

 

 1年前に消息を絶ち、確かに伝説として名を遺した傭兵も思わず見惚れていたことがある、神秘的な光沢を纏った美髪がそこにはあった。

 

 ルキナ・クシナダ。

 

 ルーシーの愛称で呼ばれる彼女もまた、ナイトシティを駆け抜けるエッジランナーの1人だった。

 

 元軍人の巨漢の傭兵――メイン率いるサイバーパンクチームのネットランナーとして、様々な汚れ仕事を引き受け、いくつもの危険なICEを突破する日々。

 

 当然、現実の命を葬ることも日常茶飯事であり、得意のクイックハックと手首に隠したモノワイヤーで、数えきれないほどの人間を始末してきた。

 

 時には敵対するギャングをこま切れに。

 

 またある時は、鼻につくコーポの連中の脳みそを丸焦げに。

 

 そうやって、自らの保身と金銭のために、他人の命を蹂躙することも厭わなかった。何故ならそれが、ナイトシティでは当たり前の光景であり、この街で生き抜くための術なのだから。

 

 この街の人間なら誰だってやる。誰からも止められることはない。故に罪悪感にもいつの間にか慣れていた。いや、そもそも感じる必要もなかった。それどころか、逆に生きることへの必死さと達成感に高揚することだってあった。

 

 後になって思えば、あのころが一番幸せだったのだろうと、この1年間、ルーシーは度々思いを馳せた。

 

 仲間に囲まれ、役割があり、居場所があった。

 

 メイン。ドリオ。ピラル。

 

 キーウィ。レベッカ。ファルコ。

 

 そして――。

 

 彼らと出会い、彼らと連み、この街から背を向けずに留まり続けたからこそ、きっと“アイツ”とも巡り会うことができた。

 

 デイビッド・マルティネス。ルーシーが誰より愛した男であり、誰よりルーシーを愛した男。

 

 ルーシーとデイビッドの出会いは、メトロに偶然乗り合わせたことがきっかけだった。

 

 ルーシーにとってデイビッドは、最初は単なる獲物の1人に過ぎなかった。

 

 本職である傭兵稼業の合間に行っていた小遣い稼ぎ。機密情報や電子マネーが入った富裕層のデータチップを狙ったピックソケット(スリ行為)の最中、たまたま狙いをつけたのがデイビッドだったのだ。

 

 当時、様々な不幸が重なり、貧困状態に陥っていたデイビッドはルーシーに協力を志願した。こうして面識を持った2人はコンビを組み、やがてデイビッドはメインが牽引するチームの一員となり、エッジランナーの道を歩み始めた。

 

 最初は危険に身を投じようとするデイビッドに、ルーシーは不服を抱いていた。

 

 しかし、仮初(BD)の月面散歩を経て、いつの間にか互いに惹かれ合っていた2人は、月下で交わした口づけを機に、正式に恋仲へと発展したのだった。

 

 あれから1年。

 

 今となってはもう、それらは全て過去の話。

 

 あの頃とは打って変わって、今のルーシーには何もない。

 

 仲間は次々と命を落とした。

 

 居場所は自然と消え失せた。

 

 何より、

 

 一番守りたかった恋人は、

 

 一番生きていてほしかった恋人は、

 

 よりにもよって、彼女自身の命と引き換えに犠牲となった。

 

 囚われたルーシーを救うために、デイビッドは文字通り身を削り、その挙句に命を落としたのだ。

 

 仲間も居場所も恋人も、生きる理由すらも失ったルーシーの心には、月面のクレーターよりも深く大きな穴がぽっかりと開いてしまった。

 

 今の彼女は何者でもない。

 

 生きることに必死だったエッジランナーでもなければ、デイビッドが惚れた月に憧憬する少女でもない。

 

 今の彼女は、

 

 今のルーシーは、

 

 ただの――抜け殻だった。

 

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

 

「へえ。ルーシーっていうのね、あんた。良い名前じゃない。……ねえ、ルーシー。そんなところで突っ立ってるのもなんだし、せっかくだから隣に座らない? 酒でも飲みながら、あんたの話聴かせてよ?」

 

 

 

 まるで先刻までのいがみ合いなど疾うに忘れたかのように、Vは意外にも友好的な態度で微笑んだ。

 

 ジュディが座っている左の席とは反対側の、自分の右隣にある空席のスツールを軽く手で叩きながら、そこに座るようにと促す。

 

 

 

「そうしなよ、ルーシー。この子達ったら、さっきからあなたがいたチームの話にご執心なの。いい機会だから、あなたの口から教えてあげたら?」

 

 

 

 Vに続いてクレアにも勧められ、ルーシーは仕方なく席に着いた。

 

 ふと隣を見ると、すっかり警戒心を潜めた様子で煙草を咥えているVの赤ら顔が視界に飛び込んできた。

 

 照明に照らされている小麦色の肌は、野外での活動が多いことの証なのか。それに一見すると、顔には目を引くほどのサイバーウェアは見当たらない。目立つクロームは好まない質か、それとも、直接戦闘に特化したソロとして、インプラントは衣服に隠れた手足に集中しているのか。

 

 分析や解析を得意分野とするネットランナーらしく、観察眼を光らせていると、突然、ルーシーの目の前に酒が入ったグラスが1つ置かれた。

 

 

 

「クレア、なにこれ?」

 

 

 

 視線を正面に戻しながらルーシーが訊ねると、酒を用意した張本人はニッコリと笑って答えた。

 

 

 

「私からのサービス。久しぶりに来店してくれたんだから、これぐらいはしないとね。因みに中身は、あなたの彼氏と同じ名前のカクテルなんだけど」

 

「同じ名前……。デイビッド……」

 

 

 

 ルーシーは無意識に声を漏らしていた。グラスの表面に映る自分を見つめながら、静かに呟いた。

 

 それは、ウォッカのロックを少量の二コーラで割った、恋人の名を冠したカクテル。デイビッド・マルティネスの名を与えられた、黄色と青が二層に重なった美しいクリアカラーのカクテルだった。

 

 

 

「あ~……。ごめん、ルーシー。もしかして……まずかった……?」

 

 

 

 思いつめた表情で、カクテルに向けた瞳を僅かに潤ませるルーシーに、クレアは何とも言えない気まずさを感じた。

 

 クレアの言葉にルーシーは顔を上げると、申し訳なさそうにしているクレアに軽く微笑を浮かべた。

 

 

 

「別に。大丈夫よ……。ただ、このカクテルは誰が……?」

 

「誰って……。ああ、それはあれ、あなたのチームにいた髭面の運転手。えっと……、なんて言ったっけ?」

 

「ファルコのこと?」

 

「そう、その彼。1年前、最後に彼がここへ来た時に、このレシピを残していったのよ。『デイビッドは紛れもなく高みに立った男だ。アラサカのクソ野郎共に一泡吹かせたアイツの名前を、新米の奴らにも知らしめてやってくれ』ってね。あの時は何のことかよくわからなかったけど、さっきのVとの話で、ようやくピンときた」

 

「やっぱりそうなんだ……。ファルコらしいね……」

 

 

 

 しんみりとした表情で呟きながら、ルーシーはグラスをそっと手に取る。

 

 ファルコなら必ずそうするだろうと、実はなんとなく予想はついていた。

 

 

 

 

 

 シティ・センターでの騒動の後、ルーシーを自宅に送り届けたファルコは別れ際に言っていた。『俺があいつを無駄死にはしない。あいつの名声を、必ずこのナイトシティに刻み込んでやる。それくらいしかできねえからな、くたばっちまったあいつに俺がしてやれる、弔いって奴は』、と。

 

 車のドア越しに見た、あの時のファルコの熱く真っ直ぐな眼差しは今でも忘れない。この街から、デイビッドの存在を絶対に消させないという決意めいた顔だった。

 

 だからこそ、彼になら安心して託せると思い、ルーシーは手元に遺った黄色いジャケットをファルコに預けることにした。

 

 当然最初は、『バカヤロウ! そいつはお前が一番持っていないと駄目なもんだろうが!』と、強く反対されたものだ。

 

 しかし、デイビッドのサイバーパンクとしての誇りを守ろうとしてくれる彼なら、きっとこのジャケットも大切にしてくれると確信があった。だからルーシーは、ファルコに恋人の形見を押し付けた。

 

 去り行くファルコの車を見送りながら、ルーシーは感謝の気持ちと共にファルコの剛毅な心に感服したのだった。

 

 

 

「それに引き換え……」

 

 

 

 あの日の夜のことを思い出しながら、ルーシーは自嘲するように薄笑いを浮かべた。雫が伝うグラスに映っているのは、悲懐と後悔から目を背ける臆病者の顔だった。

 

 あれから1年も経っているというのに、今でもルーシーの気持ちは晴れない。

 

 ファルコはデイビッドのことを、“メインを超えられる奴”と信じて、きっと最後まで一人前のエッジランナーとして見ていただろう。いや、ファルコだけじゃない。あの日の夜、あの極限の状況下でデイビッドに背中を預けていたソロの少女――レベッカだって、きっと同じ気持ちだったに違いない。

 

 ところがそんな彼らとは対照的に。

 

 ――よりにもよって私は。

 

 ルーシーは事件が起こる少し前、エッジランナーとしてのデイビッドを否定した。自らの都合ばかりを優先してしまい、母親やメインから託された夢を背負うデイビッドから目を背けた。

 

 しかもそれだけじゃない。

 

 それどころか、その行為が結果的に足を引っ張ってしまい、挙句に彼を死なせてしまった。

 

 ――私はただ。

 

 デイビッドと一緒にいたかっただけなのに。

 

 デイビッドを死なせたくなかっただけなのに。

 

 思い出せば思い出すほど、考えれば考えるほど、ただでさえ気鬱な心に更なる影が落ちていく。

 

 デイビッドを死に追いやったのは、裏切り者のフィクサーでもなければ、アラサカに仕える全身クロームのバケモノでもない。

 

 真にデイビッドを殺したのは、

 

 彼の夢を潰したのは、

 

 ――紛れもなく、私だ……。

 

 事件から逃れた後、ファルコが運転する車の中で、ルーシーは黄色いジャケットを力いっぱい抱きしめた。染みついた彼のにおいを感じながら、嗚咽と共に溢れる大粒の涙で、ジャケットをグシャグシャに濡らし続けた。

 

 そうしながら自宅に着くまでの間、ルーシーは止まりかけた思考の中でずっと考えていた。デイビッドを死なせたも同然の自分に、彼の形見を持つ資格などあるはずがないと。

 

 だからあの日、ルーシーはデイビッドのジャケットをファルコに預けた。

 

 鬱々としながら、ルーシーはカクテルが入ったグラスを持て余すように握り続ける。背徳感を拭いきれない今のままでは、恋人と同じ名前の酒に口付ける踏ん切りがどうにもつかなかった。

 

するとそんな彼女の心情を知ってか知らずか、煙草を咥えながら話を聴いていたVが突然声を掛けてきた。すっかり短くなった煙草を灰皿に押し付けながら、肩を窄めるルーシーに目を向ける。

 

 

 

「そのファルコって男。この前メッセージを貰った時にも思ったけどさ、なかなか洒落た性格じゃない?」

 

 

 

 その言葉でハッと我に返ったルーシーは、隣に座るVを流し目で捉える。

 

 2人の視線が、再び静かにぶつかり合う。

 

 

 

 

「そうかもね……」

 

 

 

 ルーシーが不愛想に返事をすると、Vは続けて問いかけた。

 

 

 

「彼から聞いたの?」

 

「なにが……?」

 

「あたしのことよ。最初に声を掛けてきた時、思いっきり名前を呼んでたじゃない。事前情報でもない限り、あたしがVだってすぐに気づけないでしょ?」

 

「……さあね。どうだったかしら……」

 

「惚けないでよ。他愛のない雑談なんだから」

 

 

 

 積極的に話しかけてくるVに、ルーシーは鬱陶しさを感じて思わず眉を顰める。

 

 すると、傍らで会話を聞いていたジュディが、自身のグラスを傾けながら淡々と呟いた。

 

 

 

「素直に答えた方が賢明よぉ。こういう時のVって、宗教の勧誘並みにしつこいからぁ~」

 

 

 

 気だるげに言いながら、ジュディはVとルーシーのやり取りになんとなく既視感を感じていた。それはまるで、会ってまだ間もない頃の自分たちのようだと。

 

 具体的に語るなら、それはジュディとVが2度目の対面をした時のやり取りだ。

 

 ≪Relic≫を巡る紺碧プラザでの事件から数日後、行方不明になったエヴリン・パーカーの手掛かりを求めて、Vは再びリジーズ・バーに乗り込んできた。

 

 あの時はまだ、好意もなければ親しくもなく、寧ろジュディはVを嫌悪していた。しかしそんな露骨な悪態にも怯まずに、Vは執拗にジュディを問い詰め、その結果、彼女は見事エヴリンに辿り着いた。

 

 残念ながら、その後の結末は悲惨の一言だったが、それでも彼女の執念深さには感心せざるを得なかった。

 

 その時のVの姿が、ジュディには今の光景に重なって見えた。

 

 あの時から、決してブレることのなかったVの諦めない気持ちと行動力があったからこそ、ジュディもまた感化され、腐らずに立ち上がることができた。

 

 見たところ、ルーシーと呼ばれる銀髪の少女も何やら訳ありのようだが、Vならきっと、彼女の影を纏った心にも寄り添えるはず。

 

 そんな期待が、不思議とジュディの中にはあった。

 

 

 

「ハァー……。そぉよ。ファルコから聞いた」

 

 

 

 Vのしつこさとジュディの言葉に、呆れるように深い溜息をついたルーシーは、観念して渋々答えた。

 

 

 

「でも、聞くまでもなかった……。なにしろ、街に入ったらそこら中にあんたの噂が転がっていたもの……。おかげで見つけやすかった……」

 

「フィクサーに探りを入れたの? それともハックで痕跡を辿ったとか?」

 

 

 

 グラスを軽く回すと、鮮やかな水面が揺らめき波紋を作る。カクテルのうねりを気抜けしたような顔で見つめるルーシーに、Vは続けて質問を投げ掛けた。

 

 

 

「その両方……。ファルコにも聞いたけど、あんた、本当に街中のフィクサーから信頼されているのね。ナイトシティで一番の傭兵って肩書きも、強ち伊達じゃないってことかしら……」

 

「それはそれで、気の遠くなるような道のりだったけどね。……おかげで何度死にかけたか。っていうか、今も半分死んでいるようなもんだし」

 

「死んでる? って、何の話……?」

 

「なんでもない。こっちの話よ」

 

「そう……。別になんでもいいけど……。それよりあんたさ、あの日のことを一体どこまで調べたの?」

 

「あの日のこと? ああ、もしかして、さっきクレアが言っていたシティ・センターでの銃撃戦のこと? それなら今さっきここで聞いたこと以外は殆ど何も。あまりにも尻尾を掴めないから、丁度諦めかけていたところなの。あんたとクレアの話の通りなら、もっと耳に入ってもいいのにね……」

 

 そう言って一笑するVに、ルーシーは意見する。

 

「ファルコが広めたかったのは、あくまでデイビッドの名前だけよ。アラサカに抗ったという事実と、アイツがこの街に存在したという確かな証だけ。それにあの時のことは、ファルコにとっても、私にとっても……、あまり気分のいい出来事じゃない……」

 

「……なるほど。『詮索するな』っていうのはそういう意味ね。伝説は残す。だけど傷口は無暗に抉らないでくれってところか。……随分と都合のいい話にも聞こえるけど、まあ、伝説なんてどれも大抵そんなもんよね。美点だけを掻い摘んで、後はろくでもない話ばかり。でもそういうことなら、こっちもこれ以上は何もしないから安心して。ジュディにもさっき言ったけど、元々、単なる好奇心で動いていただけだから」

 

「なによ? 随分と簡単に引き下がるじゃない。てっきりとことんまで調べ上げて、メディアにでもリークするかと思ってた」

 

「まさか。しないわよ、そんなこと。あんたの仲間にも釘を刺されているし。このジャケットを受け取っている以上、約束は守るよ」

 

 

 

 指先で黄色いジャケットの襟を摘まみながら、Vは笑って答えるが。

 

 

 

「どうだか……。ナイトシティでは、人を信じて騙される方が悪い。人を簡単に信用して馬鹿を見るのは……もううんざりなの」

 

 

 

 愁色を帯びた表情を浮かべながら、ルーシーは冷ややかな声で言葉を返す。

 

 ホロコールのボイスメールのように、繰り返し脳内で再生されるのは、かつて自分を拾ってくれた仲間が口を酸っぱくして垂れていた教訓だった。

 

 “ナイトシティでは人を信じるな。信じて騙される方が悪い”

 

 まさかそう言っていた本人が、その言葉を有言実行した挙句に破滅するとは思わなかった。しかしそういう自業自得こそが、この街に最も相応しい皮肉なのだろう。

 

 ルーシーの冷淡な言葉に軽く頷くと、Vは代わりのカクテルをクレアに注文してから、改めてルーシーに向き直った。

 

 

 

「随分と疑り深い性格なんだ……。でも、ま、確かにこの街ではそれが正解よね。簡単に人を信じて馬鹿を見た人間から、真っ先に死んでいくのがナイトシティだし。あたしも経験があるから言っていることはよくわかるよ」

 

「あんたも信用していた誰かに裏切られたことがあるんだ?」

 

「そんなのしょっちゅうよ。こういう仕事をしていると、人の見極めがホントに大変……。だけど特に酷かったのが、でかいヤマを持ち込んできたフィクサーに脳天を撃ち抜かれた時。悪運が無ければ、間違いなくあたしはあそこで終わっていた」

 

 

 

 ルーシーの問いに、Vは失笑混じりに答える。

 

 その言葉と共に脳裏を過ったのは、1度は自分の息の根を止めた忌まわしきフィクサー。ラージサイズのピザが良く似合う肥満体系の男――デクスター・デショーンの姿だった。

 

 あの男に殺され、≪Relic≫が覚醒したことで今の苦境が始まった。

 

 憎悪の対象。できることなら、自らの手で復讐したかった。

 

 しかし、現実とは時にひねくれ者であり、100%思い通りになることなど滅多になく。

 

 脂肪に塗れた見掛け倒しのクソ野郎は、自分が手を下す間もなく始末された。

 

 他人が放った、たった一発の銃弾で。

 

 悲鳴を上げることもなく。

 

 まるでスナック菓子を噛み砕くように、驚くほどあっさりと。

 

 フラッシュバックする苦々しい記憶を振り払うように、Vはカクテルを勢いよく喉に流し込んだ。

 

 

 

「悪運ね……。まさか、運も実力のうち……なんて、言うんじゃないでしょうね?」

 

「言う訳ないじゃない、そんな子供染みた台詞」

 

 

 

 ルーシーの言葉に、Vは小さく肩をすくめる。

 

 すると、左隣で相変わらず頬杖をついていたジュディが、揶揄うように声を上げた。

 

 

 

「え~、Vなら普通に言いそうじゃん! 実際、結構子供っぽいところもあるし!」

 

「ちょっとジュディ!?」

 

 

 

 ジュディのささやかな裏切り発言に、Vは慌てて抗議する。

 

 思わず眉間にシワを寄せ、頬を赤くしてたじろぐ恋人の様が、普段のクールなギャップとも相まって実に面白く、そして堪らなく愛おしい。ジュディは悪戯っぽく笑いながら、「冗談よぉ! んもう、カラバシタちゃんは戸惑った顔も可愛いんだからぁ」と、楽しげにVの肩を小突いた。

 

 そんな2人の姿を無意識に微笑ましく思ったのも束の間、ルーシーの脳内には怨敵とも言える4つ目のフィクサーの顔が思い浮かんでいた。

 

 

 

「傭兵を平気で裏切るフィクサーか……。呆れるね。まさかファラデーの他にもそんなことをする奴がいたなんて……」

 

「ファラデーって?」

 

 

 

 ルーシーが口にした聞き覚えのない名前に、冷静さを取り戻したVが首を傾げる。

 

 

 

「1年前に私たちをハメた、クソッたれフィクサーよ。立場も弁えずコーポを夢見て、コーポを気取って、コーポに切り捨てられた、哀れな男……」

 

「“私たち”ってことは……、あんたと……あんたの彼氏も?」

 

「全員よ……。あいつに引っ掻き回されたおかげで何もかもメチャクチャ……」

 

「それはお気の毒だったね……。でもこればっかりは仕方ない。Win-Winの関係に満足できない貪汚な奴なんて、スカベンジャーと一緒でゴキブリのように次から次へと湧いてくる」

 

 

 

 溜息を押し殺すような表情を浮かべながら、Vは憐憫な目をルーシーに向ける。

 

 そんな彼女の視線になんとも言えない温容を感じて、ルーシーは「確かにね……」と軽く微笑んだ。

 

 Vやジュディ、そしてクレアと無意識に会話を弾ませているうちに、いつしかルーシーの心は少しずつ解れ始めていた。

 

 こうして腰を落ち着かせながら誰かと談話に興じるなんて、一体どれぐらいぶりだっただろうか。

 

 

 

 

 

 1年前、シティ・センターでの騒動の後、ファルコと別れたルーシーは夢を叶えた。

 

 いつからだったか、ずっと胸の内に潜めていた夢。

 

 仲間にも聴かせたことがなかった、自分だけの夢。

 

 唯一、デイビッドにだけは語ったことがある――月へ行くという夢。

 

 あの頃、いつかナイトシティを離れて、どこか遠くへ行くことを望んでいたルーシーは、空の果て――宇宙にある月を楽園だと信じて疑わなかった。

 

 共に月面散歩のBDを体験し、ルーシーの心情を知っていたデイビッドは彼女に誓いを立てた。

 

“俺が君を月へ連れて行くよ! 約束する!”

 

 月下で口づけを交わしたあの夜、確かに彼はそう言ってくれた。

 

 しかしデイビッドは命を落とした。

 

 約束は果たされなかった。

 

 哀惜の念を抱きながら、ルーシーは結局、1人で月へと旅立った。

 

 ところが念願を叶えたというのに、彼女の胸に込み上げてきたのは、決して喜びなどではなかった。

 

 照りつける太陽を本物の月面で見上げた時に感じたのは、陽光の熱さでもなければ、デイビッドとBDを共有した時のような愉悦の感情でもない。

 

 感じたのは、どうにもならないほどの孤独感とやるせなさだけだった。

 

 やり場のない寂しさが胸を締め付け、涙の雫がいつまでも頬を濡らした。

 

 結局、楽園だと信じた場所に辿り着いても、待ち望んでいた気持ちを得ることはできなかった。

 

 手に入れたものといえば、デイビッドはもういないという、揺るぎない現実を改めて突き付けられた絶望感だけ。

 

 その喪失は、ルーシーにとって何よりも耐え難いものだった。

 

 だからルーシーは、ナイトシティを飛び出した。

 

 2度と戻らないつもりで、街を離れた。

 

 街に残れば、きっとデイビッドの面影をいつまでも捜し続けてしまうから。

 

 受け入れがたい現実から逃げるようにナイトシティを去ったルーシーは、アラサカの目を逃れながら幾つかの村や都市を転々とした。そして現在は、ナイトシティから45マイルほど離れた場所にある、サンタ・マリアの小さな町で細々と生活していた。

 

 あらゆる感情や欲が枯渇し、すっかり金に対する執着も失ったルーシーは、ついには傭兵稼業からも退いた。

 

――別にどうってことない。キーウィに拾われる前の生活に戻っただけ。

 

 そう自分に言い聞かせ、今ではハックスキルを使ったスリ行為を繰り返すだけの、ただのコソ泥となり果ててしまった。

 

 周りに知り合いなどいない。

 

 頼る当てもない。

 

 そもそも、他人との繋がりには嫌気がさしていた。

 

 友人。知人。ビジネスパートナー。たとえ新天地で新たな関係を築いたとしても、きっとまた利用される。きっとまた裏切られる。きっとまた……別れが辛くなる。

 

 すっかり人間不信に陥ってしまったルーシーは、必要最低限以外のコミュニティを遮断してしまった。

 

 人とのふれあいを断ち切った日々。

 

 言葉を交わす存在など無いに等しい。

 

 1日1日。他人のデータチップを盗むだけで無意味に過ぎていく。

 

 終わりの見えない空々とした毎日に不安を抱き、自ら命を絶とうと血迷ったこともある。

 

 ところが、そんな虚無のような暮らしを続けていたある日、塞ぎ込んだルーシーを叱咤するように、1本のホロコールが突然掛かってきた。

 

 それこそが、1年前に離別したきりだったファルコからの連絡だった。

 

 デイビッドの形見である黄色いジャケットを他人に譲ったという、一聴すると驚かずにはいられない事後報告だったが、しかしそのおかげで、消沈しきっていたルーシーの心に、僅かながら灯火が灯された。少なくとも、重い腰を上げるだけの熱意は取り戻せた。

 

 こうして、デイビッドのジャケットを受け取った“V”と呼ばれる傭兵の正体を探るべく、彼女はナイトシティへと舞い戻ってきた。

 

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