Painful Choice ―愛か死か現実か―   作:裕ーKI

4 / 13
Chapter4:Fearless Queen / 恐れ知らずの女王

 

 アフターライフ店内を騒然とさせた爆発音は、どうやら店の外から聞こえてきたもののようだった。

 

 しかもそれは、1度きりではない。

 

 2度、3度、4度……。

 

 間隔はバラバラだが、立て続けに複数回に渡って鳴り響いていた。

 

 連続的に奏でる炸裂音はまるで、アラサカ本社が存在する日本でも、昔は随分と馴染み深かったであろう打ち上げ花火のようだった。残念ながら、2077年の今の時代では、古き良き火薬花火の文化も疾うに廃れて、最新のホログラムに取って代わられている訳だが……。

 

 そんな爆発音が遠くから鳴るたびに、店全体にはビリビリと振動が響き渡る。

 

 その振動が伝わり、バックバーやカウンターに置かれているボトル瓶やグラスが小刻みに揺れ動き、店内の雰囲気を彩るミュージックには耳障りなノイズが走った。そして挙句の果てには、スピーカーの音が止まって沈黙を呼び寄せる始末だ。

 

 謎多き突然の事態に、緊迫した空気が瞬く間に店内を支配した。

 

 

 

「今のは……?」

 

 

 

 思わず漏らしたVの声は、自分で思ったよりも掠れていて小さかった。

 

 

 

「わからない……。なにかしら……」

 

 

 

 答えるジュディもまた、動揺を隠しきれずに声を震わせる。

 

 毅然とした態度を崩さずに、冷静に状況を見極めようとしている幾人かの熟練フィクサーやソロがいる一方で、しかし、今日この場にいる傭兵たちの殆どは、彼らと比べてキャリアが浅いのか、それともただ単に肝が据わりきっていないだけなのか、皆一様に情けなくも逡巡な態度を曝け出していた。

 

 

 

「あぁクソ! こんな時になんだってんだよ……!」

 

「どうなってる!? 何が起きてる!? 誰か状況を確認してこい……」

 

「え? 何? 何の音??」

 

 

 

 口々に懸念の声を漏らしだし、徐々に騒めき始める店内。すると、奥のボックス席から1人の女性が平然とした足取りで姿を現した。

 

 

「まったく……。どいつもこいつも、つまらないことでいちいち狼狽えてんじゃないよ!」

 

 

 

 それは、店のムードにマッチした黄色いシャツと黒いレザーパンツが特徴的な風采。熟れた色気と近寄りがたい冷徹なオーラを纏った、ナイトシティでも指折りのトップフィクサー。アフターライフの女王とも呼ばれている、ローグ・アメンディアレスだった。

 

 

 

「ローグ……、生きた伝説……。久しぶりに見たわね……」

 

 

 

 彼女の出現に、周囲が別の意味でざわつく中、その姿を目の当たりにしたルーシーは、誰に言うわけでもなしに小さく呟いた。

 

 本来、ナイトシティで真の伝説となるには、偉業を成し遂げ壮大にくたばることが必須条件と云われている。しかし、実は一部には例外も存在しているというのは、この界隈では有名な話だ。

 

 偉業を成し遂げながらも、死なずに生き続ける稀有な者たち。

 

 たとえば彼女(ローグ)や、デイビッドを手に掛けたアラサカ専属の傭兵、アダム・スマッシャーのように。

 

 外の状況を確認するため、扉に向かってエントランスを歩くローグ。すると、たまたま出入り口付近のスツールに座っていたVは、そんな彼女と偶然目を合わせる。

 

 

 

「おや? 誰かと思えばVじゃないか」

 

 

 

 先に声を掛けてきたのはローグだった。彼女はVの背後で立ち止まると、睦まじげに声を掛けてきた。

 

 

 

「どうも、ローグ……」

 

 

 

 スツールを半回転させ、体ごと振り向いたVは、呻吟を必死に押し殺しながら軽く会釈をした。不調を悟られないように、今できる精一杯の笑みを浮かべながら、眼前に立つ女傑に目を向ける。

 

 

 

「外の騒ぎでも……確かめに行く気……?」

 

「ああ。面倒だけど、立場上の義務って奴さ」

 

「そう、ご苦労なことね……」

 

「フッ。こんな騒音、この街じゃ赤ん坊の夜泣きと同じようなもんだし、別に放っておいても構いやしないんだけどねぇ。まあでも、万が一仕事に関わる連中なんかが巻き込まれでもしていたら、それはそれでシャレにもならないだろ?」

 

「確かにね……。そういえば、あれからゆっくりと話す機会もなかったけど……、その……こないだの映画は楽しめた……?」

 

「映画? ああ、あれね。あの時はすまなかったね、せっかくセッティングしてもらったのに。だけど、まあ……、結果はイマイチといったところだね。年を取ると、すぐに余計な雑念が過って嫌になるよ……。それで? あれから“アイツ”は何か言ってたかい?」

 

「いや、とくに何も……。少しだけ凹んではいたけど、ね……」

 

 

 

 ローグの頭の中には、常に未練が住み着いている。

 

 50年以上前に死別した、とある男への未練。

 

 しかしある日、ローグは男と再会を果たした。

 

 全く予想だにしていなかった再会。

 

 意外な形での再会。

 

 何故なら、50年後の現在で目の前に現れた男は、なんと女の姿をしていたからだ。若い女の姿――Vの姿で、男はローグの前に現れた。

 

 Vの女体。Vの顔。Vの声。しかし、さり気ない仕草や目つき、言葉のイントネーションなどは間違いなく男のものだった。

 

 蘇った男と奇妙な共生関係を築いていた、肉体の本来の持ち主であるV曰く、簡潔に言えば今の男は、サイバーチップに宿ったデータの存在なんだという。まさに電子の亡霊――デジタルゴースト。

 

 しかし、幽霊だろうと女の体だろうと、死んだはずの男が目の前に現れた。まるで神の悪戯のようにも思える出来事だったが、それでもこの再会に、ローグはとりあえず感謝した。感謝と同時に、50年前の気苦労を思い出して、やれやれとゲンナリもした。

 

 そして、Vの厚意も手伝って、ローグは男と半世紀ぶりのデートを楽しんだ。

 

 Vの肉体を借りた男と、ドライブインシアターの夜空の下で、甘美な情熱に身を委ねた。ところが、セックスの手前でローグは自ら男を拒絶した。

 

 それは間違っても、女の体である男に、男の象徴たる竿が無かったからではない。

 

 男と死に別れて50年。今のローグは、彼には言えない様々なしがらみを抱えている。罪の意識や後ろめたさ、後悔などが絡み合った複雑な感情。

 

 結局それらが邪魔をして、ローグは男を受け入れることができなかった。

 

 Vとローグが直接顔を合わせるのは、実はそれ以来のことだった。仕事の関係上、依頼やその報告などで何度かホロコールでのやり取りはあったものの、こうして面と向かって会話をするのは、少しばかり久しぶりの出来事だった。

 

 

 

「へえ。そこで罵詈雑言に走らなかったところに、少しは成長を感じるねぇ。それも、やっぱりあんたの影響なのかしらねぇ……」

 

「さあ……、どうかしら……」

 

 

 

 ローグの含みのある言葉に、Vは曖昧な返事と共に肩を竦めた。

 

 親しげに会話を交わすそんな2人の姿を、ルーシーは隣で不思議そうに見ていた。

 

 Vとローグが何の話をしているのか、誰のことを言っているのか。話の内容については知る由などないし、正直知りたいとも思わない。ただ、フィクサーと傭兵という仕事上の間柄にしては、親密に打ち解けすぎているように思えて、それだけが気になっていた。

 

 相手は女王と恐れられているトップフィクサーだというのに。それともこれが、街中のフィクサーの信頼を勝ち取ったVの人望なのだろうか。

 

 すると、そんなルーシーの視線に気づいたローグが彼女に目を向ける。

 

 

 

「ん? なんだい、見覚えのある顔だと思ったら、アンタたしか……、メインのところにいたネットランナーじゃないのかい?」

 

「これは……意外ね……。覚えてるんだ、私やメインのこと……」

 

 

 

 ローグの色っぽくも鷹のように鋭い視線と目が合った瞬間、不覚にもルーシーの動悸は跳ね上がり、その胸はギュッと強く絞めつけられた。それほどの威圧感を、ローグの青い瞳は静かに孕んでいた。

 

 ところが、そんな誰もが臆するような目つきとは裏腹に、ローグの声質は温和なものだった。

 

 

 

「意外なんてことはないだろ? 仕事を円滑に運ぶためにも、優秀な人材のリストアップはフィクサーにとっては基本中の基本なんだ。それに、使える連中の顔と名前ぐらいは、頭の中にも常に記憶しているよ。たとえそれが、1年ほど行方を晦ませていた奴の顔でもね」

 

 

 

 その言葉を耳にした瞬間、ルーシーはなんとなく察した。ローグは全てお見通しなのだろう。きっと彼女は知り尽くしている。自分がナイトシティを去ったことは勿論、1年前のシティ・センターでの事件のあらましも大方把握しているに違いない。彼女の立場と情報網の広さに鑑みれば、寧ろ当然のことではあるのだが。

 

 

 

「……優秀な人材、ね。私らなんかが、まさかアフターライフの女王の御眼鏡に適っていたなんて驚きだわ……。デイビッドやメインが聞いたら、さぞ喜ぶでしょうね」

 

「あんまり自分たちを過小評価するもんじゃないよ。少なくともアンタたちのチームは十分、私たちフィクサーの期待に沿った働きを見せていたよ。ただ、まあ……、もし欠点があったとすれば、それは運が無かった……という他ないだろうけどね」

 

「運が無いか……。フッ、違いないわね……」

 

 

 

 自分たちには実力があった。トップフィクサーに認められるほどの実力は持っていた。ただ、不運なだけだった。運を引きつける力が足りなかった。だからチームは破滅した。ローグの言い分を要約するとそういうことだ。そういう意味のことを言われて、ルーシーは先刻Vに告げた自身の言葉を思い出して苦笑を浮かべた。

 

 “運も実力のうち”

 

 なるほどと、思い出しながら胸の内で得心した。

 

 ナイトシティでは実力が無ければ生きていけない。ただし、実力だけでも生きていけない。あらゆる障害を撥ね退ける強固な実力と同じぐらい、実は強運や幸運を手繰り寄せる力も必要なのだと。

 

 街一番と噂されるまでに名を上げたVにはそれがある。

 

 対して、自分たちのチームにはそれが致命的に欠けていた。

 

 運が無かった。

 

 だからチームは滅んだ。

 

 だから多くの仲間が死んでいった。

 

 自分たちの疵瑕を改めて思い返すように、ルーシーは自然と目を伏せる。

 

 そんな彼女の様子を見て取りながら、ローグは思い出すように話題を戻した。

 

 

 

「――と、呑気に話している場合じゃなかったね。さっさと様子を見てくるとしようか」

 

 

 

 店の外部からは相変わらず騒音が鳴り響いている。爆発音をはじめ、金属が擦れる音、さらには人の悲鳴までもが微かに聞こえはじめる。しかしそれがこの街では当たり前。ナイトシティではごく自然な環境音。それ故、ローグは微塵も取り乱すことなく、常に冷静さを貫いていた。

 

 

 

「この騒々しさ、店の傍でギャング同士の抗争でも起きてるのかしら……」

 

 

 

 騒音に聞き耳を立てながらジュディが言うと、ローグは「そうかもしれないね」と、小さく笑いながら扉に向かって歩き出した。

 

 するとそこへ。

 

 

 

「ボス!」

 

 

 

 まるでタイミングを見計らったかのように、筋骨隆々の男が1人、店内に駆け込んできた。それは正面入り口の扉の前で、門番のようにいつも立っているアフターライフのバウンサーの1人、エメリック・ブロンソンだった。

 

 少しばかり息を切らしながら、外の状況を知らせにやって来たエメリックがローグの元へと走り寄ると、待ち構えるようにローグは足を止めた。

 

 

 

「エメリックかい。丁度よかった、今あんたのところに行くつもりだったんだよ。理由は言わなくてもわかるだろ?」

 

「もちろん」

 

「ならさっさと教えな。ダンス会場を間違えたマヌケ共はどこの連中だい?」

 

「いや、それがギャングや傭兵の撃ち合いとは少し訳が違うらしい」

 

「ほぅ。ガキ共の戯れではないと? だとしたらアレかい? ひょっとして……」

 

 

 

 ローグが何を言おうとしているのか、上司と部下としてそれなりの付き合いがあるエメリックには察しがついていた。

 

 

 

「ああ。あんたが予想している通りさ、ボス。騒ぎの元凶は幸い1人だが、面倒を見るには少しばかり質が悪い。よりにもよって、相手はサイバーサイコだ!」

 

「やっぱりね……。だろうと思ったよ……」

 

 

 

 エメリックの言葉を受けて、ローグは軽く肩を竦める。想定内だったとはいえ、いざ口に出されるとやはり気分は重たい。

 

 そして、そんなローグの陰でもう1人、エメリックの言葉に密かに反応したのがルーシーだった。誰にも気づかれることはなかったが、低く野太い声から発せられた“サイバーサイコ”というワードに、彼女の眉が反射的にピクッと動いたのだ。

 

 サイバーサイコとは、言うなればこの時代特有のとある病を発症し、見境なく人に噛みつく凶暴な野良犬と化した機械人間のこと。人が人であるために本来持ち合わせている自制心や感受性を失い、歯止めが利かない殺意に支配された猟奇的な殺人鬼。もしくは、マシンに感情のコントロールを奪われ狂った、哀れな肉の人形。

 

 義体化精神病。サイバーサイコシスの名で知れ渡っているその病は、人体の機械化の負荷に耐えきれず、精神に異常を来した場合に発症するといわれている。

 

 つまり、装着するのが体のどこであろうと、規模が大きかろうと小さかろうと、サイバーウェアやクロームに手を出した時点で、否が応でもセットで付いて回るリスク。すなわちそれは、この時代のほとんどの人間が均等に背負わざるを得ない宿命ともいえる。

 

 1度発症すれば抗える者など滅多にいない。肉体の96%も改造しながらも、なおも自我を保っていられるアダム・スマッシャーのような規格外でもない限り。

 

 行きつけのリパードクに“クロームジャンキー”と揶揄された、インプラントに高い適性を持っていたはずのデイビッドでさえ、結局は抗いきれず、痛苦の果てに崖っぷち(エッジ)を踏み外したのだから。

 

 だが、崖っぷち(エッジ)の向こう側に堕ちつつも、それでもあの時――デイビッドは戦った。狂気と現実の狭間を行き来しながらも、愛する人のために戦い抜いた。戦って傷つき、破壊され、四肢を失ってもなお立ち向かい続けた。そして、最後は壮絶に、加えて堂々とくたばった。その死に様こそがまさに、伝説と呼ぶに相応しいということなのだろう。

 

 しかしそうだとしても。

 

 彼女にとっては、

 

 ルーシーにとっては、

 

 それは結局、トラウマ級の悲痛な現実でしかない。どうしても蘇ってしまう当時と同じ哀傷の気持ちに、ルーシーは静かに唇を噛みしめた。

 

 

 

 

 

 一方、そんな彼女の心境までは知る由もなく、サイバーサイコの対処に思案を巡らせていたローグはVに目をつけていた。

 

 

 

「ちょうどいい。せっかく腕の立つ傭兵が目の前にいるんだ、使わない手もないね。ねえV、少し頼めるかい? 外にのさばっているケモノ、アンタに黙らせてきてほしいんだが?」

 

「え……、あたし……? ローグ、悪いけどあたし、今日はもうドンパチする気分じゃないんだけど……」

 

 

 

 突然の指名に、Vは困惑気味に答える。

 

 ローグは普段と様子が違うVのリアクションに違和感を覚えたが、しかしすぐにその理由に思い当たった。

 

 

 

「なんだい、珍しいね。いつもなら二つ返事で引き受けるくせに、今回は乗り気じゃないのかい?」

 

「まあ、ね……。彼女(ジュディ)も一緒だし……。それにこれ、正式な依頼でもないでしょ……? タダ働きは御免よ……」

 

「フフッ。金にならないボランティアは嫌いかい?」

 

「時と場合によるね……。残念ながら、今日はもうそんな気分にはなれないみたい……」

 

「ふぅん。まあ、別に無理強いはしないよ。あんたにはあんたの都合があるだろうからね。それにどうやら……、見たところ体調も優れないようだし」

 

「ははっ……、やっぱお見通しか……」

 

 

 

 Vが力無く笑うと、ローグは深々と溜息をつく。

 

 

 

「まったく……。それで誤魔化しているつもりなのかい? 呼吸も顔色も酷いもんだ。そんなの誰が見たって一目瞭然だよ」

 

「なによ……。じゃあ調子が悪いってわかってて頼んだわけ……? とんだドSね……」

 

「なんとでも言いな。私はただ、最も効率的かつ迅速に厄介ごとを片付けたいだけさ。あんたなら適任だと思ったからそうしたまでだよ」

 

「これはこれは……。随分とあたしのこと買ってくれるじゃない……」

 

「いまさらな話だね。アンタの実力は仕事の成果で十分示されてるんだ。その点に限って言えば、疑う余地はないはずだろう?」

 

「へえ……。お世辞でも嬉しいこと言ってくれるね……。それとも、飴と鞭の使い分けが上手いだけかしら……。どちらにしろ、そこまで言われると引き下がれないよね……。わかった、引き受けるよ……。ただし命懸けには違いないんだ、報酬はしっかり貰うよ……」

 

「フッ。いいよ。油の切れたその体で、どこまでやれるか少し不安だけどね……。もし上手く片付けられたら、今夜は好きなだけ酒を飲ませてやるよ。勿論、連れの分も含めて、全額私持ちだ」

 

「気前がいいね……。オッケー、乗った……」

 

 

 

 ローグの提案に、Vはニヤリと口元を緩ませた。そして、さっそく仕事に取り掛かろうとスツールから重い腰を上げる。

 

 だがその瞬間、2人の会話に耳を傾けていたジュディが勢いよく立ち上がり、唐突に制止の声を上げた。

 

 

 

「待ってV!」

 

 

 

 その呼び声にVが思わず振り返ると、視界に飛び込んできたのは恋人の不安げな表情だった。

 

 

 

「ジュディ……。なぁに……? どうしたの……?」

 

 

 

 優しく微笑みながらVが訊ねると、ジュディは唇を震わせながら答えた。

 

 

 

「『どうしたの』じゃないでしょ! あなた、今の自分の状態がどんなものかわかってるでしょ! そんな体でサイバーサイコの相手が務まる訳ないじゃない!」

 

 

 

 強い口調で詰問してくるジュディの顔を見て、Vは彼女の心境をすぐに察した。

 

 

 

「ごめんねジュディ……。また心配かけさせてるね……。でもホント、大丈夫だから……」

 

 

 

 反発するジュディを見ていると、その姿に既視感を覚える。

 

 あの時もそうだった。無茶な計画を実行しようとしていた元恋人――エヴリン・パーカーに詰め寄っていた時も、ジュディは今と同じような焦慮に満ちた表情を浮かべていた。

 

 エヴリンの末路を心に焼き付けているからこそ、きっと彼女は神経質になっているのだろう。もう2度と、あの時と同じ思いはしたくないだろうから。

 

 

 

「そんな暗い顔しないで、ジュディ……。さっさと終わらせて、すぐに戻ってくるから……。そしたらまた、一緒にお酒を飲みましょ……。ローグの奢りだから、今日は飲み放題よ……」

 

 

 

 これ以上恋人を心配させまいと、Vはもう一度笑顔を作る。そしてルーシーに、「少しの間ジュディをお願い」と一言告げてから、出口に向かって駆けだしていった。

 

 

 

「気をつけてね、V!」

 

 

 

 視界から遠ざかっていくVの背中に向かってクレアが叫ぶ中、取り残されたジュディの顔は見る見る憂色を濃くしていく。

 

 

 

「あの子のこと……、本当に大切なのね……」

 

 

 

 やがてVの姿は陰に隠れて完全に消え失せた。戸惑うジュディの様子を見つめながら、ルーシーは小さく呟いた。今のVとジュディを見ていると、まるでかつての自分たちを見ているようだった。

 

 Vとは違う、けれども同じような既視感。

 

 忍び寄る不調やサイバーサイコシスの予兆を隠しながらも、夢に向かって躍起になっていたデイビッドと、そんな彼を止めることができなかった無力な自分。

 

 視界に重なる悔恨に満ちた記憶を、しかしルーシーはすぐに振り払う。

 

 ところがそんなことをしている間に、なんとジュディはローグに食って掛かっていた。

 

 

 

「ちょっとローグ! どうしてVを行かせたのよ! 彼女が調子悪いってことわかってたんでしょ! なのになんで……」

 

 

 

 相手がトップフィクサーだろうと生きる伝説だろうと関係ない。そんなことお構いなしに、ジュディはローグに怒声を浴びせるが。

 

 

 

「……私はただ、やるかやらないかと訊いただけだよ。最終的に『やる』といって引き受けたのは、誰でもないVじゃないか」

 

 

 

 それは所詮、ローグにとっては小娘の戯言に過ぎない。よってローグは顔色一つ変えることなく、平然とした態度で言葉を返した。

 

 

 

「そうだけど……。だけどそれでもし、Vに何かあったらどうするのよ!」

 

「そりゃあまあ、その時はその時だろうね。当人だろうが他人だろうが、常に死を覚悟して生きていく、エッジランナーの世界っていうのはそういうもんだよ。お嬢ちゃんもモックスの人間なら、それぐらいわかるだろ?」

 

「っ…………!」

 

 

 

 淡々と告げるローグのその言葉に、ジュディは悔しくも声を詰まらせる。

 

 そして。

 

 

 

「もういい!! 話すだけ無駄!!」

 

 

 

 次の瞬間、ジュディはローグの威圧感に耐えかねて癇癪を起すと、そう吐き捨てながらVの後を追って店を飛び出していった。

 

 その小柄な後姿を見つめながら、ローグは呆れたように溜息をつく。

 

 

 

「やれやれ……。パナムといいあのお嬢ちゃんといい、最近の連中は忍耐なんて持ち合わせていないのかねぇ……」

 

 

 

 すると、ジュディを追いかけようと渋々立ち上がりながら、ルーシーが思わず苦笑いを浮かべた。

 

 

 

「アフターライフの女王ともあろう人が、随分と年寄りくさいこと言うじゃない……」

 

「なんだい? アンタも気掛かりなのかい、Vのこと」

 

「まさか……。あの子(ジュディ)のことを任されたから、念のため目を離さないでおくだけよ」

 

「ふぅん。意外というかなんというか、アンタも顔に似合わず律儀だねぇ」

 

「そんなんじゃない……。ただもう、後悔するのが嫌なだけよ……」

 

 

 

 そう言いながら、ルーシーは2人が辿った出口に遠い目を向ける。

 

 そんな彼女の儚げな表情を見つめながら、ローグはそっと呟いた。

 

 

 

「……アンタも……似たようなものかもしれないね……」

 

 

 

 その言葉に、ルーシーは怪訝な顔で向き直る。

 

 

 

「何の話?」

 

「いや。あの2人――とくにVを見ていると、過去の面影がチラつくんじゃないかと思ってさ。アンタの場合、アイツが着ているジャケットも相まって尚更だろ?」

 

 

 

 見透かしたような顔で言うローグのその言葉に、ルーシーは一瞬口を噤んだ。Vが着ていた黄色いジャケットが、元はデイビッドの所有物というそんな些細なことさえも、この女王にはお見通しなのかと驚きを隠せなかった。

 

 そして、そんな黄色いジャケットを纏ったVに、実はデイビッドの面影を感じているんじゃないかと、ローグが暗に言っていることも内心理解はできていた。

 

 そのとおりだと、自嘲するように心の中で頷きつつも、しかしそれはそれとして、やはり心の中を覗かれるのは不快と感じざるを得ない。ルーシーは渋い表情を浮かべながら反射的に意見した。

 

 

 

「余計な詮索はナイトシティじゃルール違反でしょ? あんまり胸の内を探られるのは、気分の良いものじゃないんだけど?」

 

「フッ。そうかい、それは悪かったね」

 

 

 

 そう言って、ローグは面白がるように笑みを浮かべる。

 

 少しも悪びれているようには見えない、そんな彼女の顔を軽く睨むように見ながら、ルーシーは小さく嘆息を漏らす。

 

 

 

「そんなことより……、本当によかったの? Vを行かせて……」

 

「おやまあ。なんだかんだ言っても、やっぱり心配なんじゃないか。でも安心しな。あの子なら大丈夫さ、恐らくね」

 

「どうしてそう言い切れるの……?」

 

 

 

 不審な顔で訊ねるルーシーに、ローグは言葉を選ぶように一瞬間を置く。それから意味深な笑みと共に、自信ありげにこう答えた。

 

 

 

「……独りじゃないからさ。Vには守り神――いや、そんな大層なもんじゃないがね。あの子には世間を賑わせた、テロリストの加護がついてるのさ」

 

「テロリスト?」

 

「ああ。性格は最低。とにかく傍迷惑な女たらしだが、アラサカ・タワーを核で吹き飛ばすだけの度胸と実力だけは持っている。信頼はできないが、少なくとも信用はできるクソ野郎だよ」

 

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

 

 結局、ローグがそれ以上の説明を語ることはなかった。

 

 腑に落ちないまま店を出ていくルーシーの背中を見送りながら、ローグは口に咥えた煙草に火をつけた。

 

 そうして先刻までVが座っていたスツールに腰を落ち着かせながら、カウンターの向こう側で佇むクレアに声を掛けた。

 

 

 

「クレア、一杯頼めるかい?」

 

「え? こんな時に?」

 

「こんな時だからさ。いいから頼むよ」

 

 

 

 背中越しに告げるローグの言葉に、クレアは思わず目を丸くする。

 

 正直、このような騒ぎの最中に酒を飲もうとする彼女(ローグ)の神経を疑わずにはいられなかった。顔馴染みのVもジュディもルーシーも、みんな危険な場所へと飛び出して行ってしまったというのに。

 

 

 しかし、だからといって拒否という選択肢は存在しない。自分は所詮、金を貰って酒を振る舞うだけの雇人に過ぎないのだから。

 

 

 

「まあ、ローグがそう言うなら作るけど……。それで、何にする……?」

 

 

 

 クレアにそう訊かれると、ローグは口端を上げてニヤリと笑う。

 

 

 

「決まってる。“ジョニー・シルヴァーハンド”を頼むよ」

 

 

 

 クレアが注文のカクテルを用意している間、ローグは煙草を吹かせながら鉛色の天井を仰ぎ見た。立ち上る紫煙が視界を覆う中、彼女は静かに呟いた。

 

 

 

「さて、どうなるか……。精々後輩たちに良いところを見せてやるんだね、ジョニー」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。