Painful Choice ―愛か死か現実か―   作:裕ーKI

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Chapter5:Rocker boy and Mantis man / ロッカーボーイと蟷螂男

 薄暗いコンクリートの階段を駆け上ると、そこに広がっていたのは地獄のような光景だった。

 

 星の見えない夜空に向かって立ち上る火柱が、周囲を赤々と照らし続けている。

 

 それは店の正面口を彩るネオンの光さえも塗り潰し、敷地内を取り囲む分厚いビルの外壁に巨大な影を落としていた。

 

 

 

「熱っ……」

 

 

 

 上りきった階段の前で足を止めたVは、途端に顔を背けるほどの熱気に襲われた。炎によって加熱された空気が、まるで陽炎のように視界全体を歪めている。

 

 Vは反射的に顔の前に運んだ掌で熱気を遮りながら、改めて眼前に広がる光景に目を向けた。

 

 彼女の視界にまず飛び込んできたのは、火柱の正体。それは敷地内の端々に停められていた、数台の車やバイクだった。

 

 光焔放つそれらは恐らく、いずれもアフターライフに来店したフィクサーや傭兵たちが所有する車両だったものなのだろうが、今となってはその大半が爆発炎上し、見るも無残な残骸と成り果てていた。

 

 

 

「なるほど……。爆発音の正体はこれね……」

 

 

 

 その上よく見ると、炎に包まれた車体の周りには、バラバラに切り刻まれた血塗れの死体が幾つも転がっていた。

 

 まるで地べたに叩きつけられて飛び散ったパズルのピースか、はたまた力任せにひっくり返した玩具箱か。離れ離れになった無数の手足や胴体、頭部などが乱雑に転がっている様は、まさに惨状と呼ぶに相応しいものだった。

 

 ぶつ切りにされた人肉から流れ出る鮮血が、アスファルトを真っ赤に染め上げていく。焼け焦げた悪臭に混ざって、噎せ返りそうな血腥いにおいが立ち込める中、その様子に戦慄していたVは、不意に視界の片隅で何かの気配を感じた。

 

 咄嗟に視線を上げて目を凝らすと、そこには揺らめく炎や黒煙に紛れて数人の人影が立っていた。

 

 銃火器や近接武器を手に、鬼気迫る表情を浮かべる者たち。そしてそんな彼らに取り囲まれている、ひと際目を引くシルエット。そのシルエットこそが、ローグに依頼された仕事の標的――討伐すべきサイバーサイコだった。

 

 

 

「ちょっと待って……。あれって……」

 

 

 

 しかしそのサイバーサイコの意外な正体を目の当たりにした瞬間、Vは思わず言葉を失った。何故ならその人物は、ある意味この街で最もサイバーサイコシスの発症に縁遠い存在だったからだ。

 

 本来ならサイバーサイコ化とは無縁の存在。

 

 宗教的な理由から、インプラントによる肉体改造を激しく嫌っているはずの男。

 

 ほとんどの人間が機械化しつつあるこの時代の中で、唯一と言っても過言ではないかもしれない、全身生身をモットーに神に仕える人種。

 

 そこにいたのは、黄土色の袈裟を身に纏った仏教に属する僧侶だったのだ。

 

 だが僧侶と呼ぶには、その男の姿は異質を極めていた。

 

 数えきれないほどの痛々しい手術痕と共に、顔面に張り付いているのは真っ赤なレンズが不気味に光る歪な形のオプティクス。さらに仏を拝むために必要であるはずの両腕はバッサリと切り落とされたのか、代わりに取り付けられた機械仕掛けの2本の下膊からは、あまりにも不似合いな鋭利な刃が生えていた。

 

 

 

『鉄屑塗れの坊主か、こいつは前にも見たような気がするな』

 

 

 

 その衝撃的な姿にVが無意識に息を呑んでいると、突然愉快そうに呟く男の声が聞こえてきた。

 

 すっかり耳に馴染んでいるその乾いた声にハッとなったVは、異形と化した僧侶から視線を外すと、亡霊の如く唐突に現れた人影にゆっくりと目を向けた。

 

 

 

「ジョニー……」

 

 

 

 いつの間にか傍に佇んでいたのは、銀の左腕を持つ男。全身にノイズをチラつかせながら、偽りの煙草に火をつけるロッカーボーイの姿だった。

 

 ジョニー・シルヴァーハンド。

 

 彼こそがVの頭の中に居座り続けている、死んだはずのテロリスト。

 

 ≪Relic≫に宿る記憶痕跡――デジタルゴーストの正体であり、現在進行形でVの命を蝕んでいる病魔そのもの。おまけに50年以上続くローグにとっての未練の根源でもある。

 

 

 

「なによ? 今夜は随分と大人しかったじゃない……」

 

 

 

 アフターライフでの酒宴の間、珍しく邪魔もせずに慎ましくしていた脳内の同居人に、Vはすっかり慣れ親しんだ様子で声を掛けた。

 

 

 

『ハッ。そうだろ? 俺にだって場の空気を読むことぐらいはできるさ。それにお前には、一応バカでかい借りもあったからなぁ』

 

 

 

 Vが開口一番に皮肉染みた言葉を投げ掛けると、ジョニーも負けじと一笑を浮かべる。

 

 

 

「バカでかい借り……? なんのことかしら……? 心当たりがありすぎて、すぐにはピンとこないんだけど……」

 

『どうやら体だけじゃなく、オツムの中までエンストしてるのは間違いないようだな。ローグの件と……後はケリーの……。まあ、今はそんなことはどうでもいい。それより……』

 

 

 

 そう言いながら、ジョニーは模造品である自身の意識を騒ぎの中心へと向ける。

 

 Vとジョニーから数メートル離れた先では、サイバーサイコ化した僧侶が野獣の如く呻きながら殺戮の限りを尽くしている。恐らくエメリックと同じアフターライフに雇われているバウンサーたちであろう、屈強な筋肉を武器に戦う大男たちや、店を利用しようとして偶然惨状に鉢合わせした傭兵たちが、次々と僧侶が振るう刃の餌食となっていた。

 

 爆ぜる火花。

 

 飛び散る血飛沫。

 

 眼前で繰り広げられているのは、一見すると目を覆いたくなるほどの悲惨な光景。しかし同じような光景に飽き飽きするほど何度も遭遇し、既に見慣れ過ぎているVとジョニーは、取り乱すことも慌てることもなく平然と会話を交わし続けた。

 

 

 

「わかってる、アレでしょ……。少し前にメイルストロームに改造されたメタル坊主を見たことがあったけど……、多分アレも同じ類よね……」

 

『ああ。だとしたら、今回の奴は言ってみりゃあ“カマキリ坊主”ってとこだろ』

 

 

 

 僧侶の両腕からせり出た巨大な刃をサングラス越しに見つめながら、ジョニーは軽く鼻を鳴らした。実際、僧侶の両腕に装着されているのは、蟷螂の名を冠した接近戦用のサイバーウェア――マンティスブレードで間違いないようだった。

 

 

 

「カマキリ坊主ね……。なんにしても、半ば強制的に主義に背かされて、彼も気の毒よね……。インプラントも殺生もどっちも手遅れでどうにもならないけど……、せめてこれ以上罪を重ねさせないように、少しでも早く活動を止めてあげましょ……」

 

 

 

 眼前の僧侶は、恐らく自らの意思に反して肉体を改造されたのであろう。

 

 この街には、人体の機械化への異常なまでの執着と衝動に取りつかれたギャングが山のように潜んでいる。そんな奴らに捕まり玩具となってしまった結果、自我を奪われ、尊厳を奪われ、挙句の果てに嫌悪していたはずの殺傷行為に手を染めさせられて……。

 

 そんな僧侶に対する同情の言葉を呟きつつも、Vはホルスターから愛用のテックリボルバー――RT-46・ブーリャを引き抜いた。そして戦闘の意思を眉間に浮かべて、その僧侶を力強く見据えた。

 

 ところがその瞬間、ジョニーは態度を一変させて異論を唱えだした。

 

 

 

『おいっ、待てV! 坊主を止めるなんて話、俺は賛成した覚えねえぞ?』

 

「は? ちょっと……、この期に及んで何言いだすのよ、ジョニー……」

 

 

 

 土壇場で飛び出た予想外の反発に、Vが呆気に取られながら振り返ると、そこには不満げな表情を浮かべるジョニーの顔があった。

 

 

 

「いつもやってるサイバーサイコの制圧と同じことじゃない……。それにあんたにとっては愛しのローグの頼みでしょ……? なのに何が不満だっていうのよ……?」

 

『フン、残念だったな! 今回に限ってはローグの頼みだろうと関係ねぇ! とにかく、カマキリ坊主との戦闘は無しだ! 奴の対処は店のバウンサー共にでも任せておけ! いいな!』

 

 

 

 露骨に不機嫌な態度を表すように、ジョニーはノイズ塗れの吸い殻を地面に投げ捨てる。しかし当然納得できるはずもないVは、語気を強めて歯向かった。

 

 

 

「いいわけないでしょ……! 一応報酬だって絡んでるんだし、そうである以上歴とした依頼には違いないんだから、無下になんてできないわよ……!」

 

『……ったく、何が報酬だよ。タダ酒如きに釣られやがって……』

 

 

 

 引き下がるつもりなどないと言わんばかりのVの言葉に、ジョニーはうんざりとした様子で溜息をつく。

 

 その様子がいつもの口うるさいわがままに思えたVは、ますます苛立ちを募らせながら声を荒げた。

 

 

 

「ちょっといい加減にして……! 一体何が気に入らないっていうのよ……?」

 

『……わからねぇか? 今のお前じゃ、奴の相手は荷が重いって言ってんだよ!』

 

「荷が重いってなに……。あんたもジュディと同じようなことを言うの……?」

 

『そうだな、今回ばかりは俺もあいつ(ジュディ)と同意見だ! 今のお前じゃ、あのサイバーサイコには絶対に勝てねえ! どんなに威勢が良くたって、返り討ちに遭ってみっともねえ醜態を晒すのがオチだろうよ!』

 

「随分と屈辱的なことを言うじゃない……。可愛げのあるジュディからならいくら言われたって構いやしないけど……、あんたに言われても腹が立つだけなのよ……」

 

 

 

 そう言いながら、Vは鋭い視線でジョニーを――彼女にしか見えない電子の霊体をキッと睨みつける。

 

 しかしそんな敵意剥き出しの眼差しも意に介さずに、ジョニーはさらに言葉を続けた。

 

 

 

『フン、なんとでも言えよ! 自分のコンディションも碌に把握できてねえマヌケの言葉なんざ痛くも痒くもねぇ!』

 

「あんた……、ホントいい加減に――」

 

 

 

 いつも以上に喧嘩腰で噛みついてくるジョニーに、いよいよVの堪忍袋の緒が切れかけたその時、ひと際芯の通ったジョニーの言葉がVの耳を打った。

 

 

 

『いいから冷静になれよ、V! お前にはやるべきことがあるだろうが!』

 

「やるべきこと……?」

 

『ああ、そうだよ! “神輿”への到達、それが俺とお前が最優先にやらなきゃいけねえことだろ! ハナコとの会談も近いってのに、こんなつまらねえことで命を浪費すんな!』

 

「そんなこと……あんたに言われなくてもわかってる……。だけどねえ……――」

 

『いいや、わかってねぇ! あのルーシーとかいうネットランナーに少し突っつかれた程度で、ウジウジ迷いやがって……。頭ン中がブレまくってんのがお見通しなんだよ!』

 

「だからなによ……! あんたには関係ないでしょ……!」

 

『関係ねえことあるかよ! 同じ脳みそを共有してんだぜ? ……いいか、良く聞けV! 身も心もヘタレた状態で戦ったってな、どうしたって負け戦にしかならねえんだ! だからとにかく、今は余計なことはせずに現実だけを見てろ! “神輿”に辿り着くっていう……俺たちの“夢”だけをな!』

 

 

 

 ジョニーのその言葉に、Vの表情が不快に固まる。

 

 

 

「夢……? あんた……、頭の中であたしとルーシーの会話を聞いていたならわかるでしょ……。それは……今一番聞きたくない言葉よ……」

 

『ああ、だろうな。知ってるよ。今のお前は、目的からも理想からも目を背けたがっている……ただの臆病者だからな』

 

 

 

 そう言ってサングラスを外すと、ジョニーはVの瞳を真っ直ぐと見据えながらさらに訴え掛ける。

 

 

 

『だがな、だからこそ忠告してるんだぜ、俺は! 先のことが見えねえなら、せめて足元の現実を見るしかねえだろ。将来って奴を見据える意志を強く持てねえなら――迷いを振りきれねえってんなら……今は無茶して戦うな! じゃねえと、やるべきことをやる前に無駄死にして終わりだ!』

 

 

 

 その言葉に、Vの瞳孔が大きく揺れる。

 

 癪だが、ジョニーの言っていることは間違っていないのかもしれない。

 

 気持ち悪いほどに暑苦しい台詞を並べてまで、きっと彼なりに身を案じてくれているのだろう。

 

 たとえそれが、自分の都合のためでもあるとしても。

 

 しかしそれでも、Vは今さら後には引けなかった。

 

 既にローグに大見得をきっている以上、“街一番の傭兵”という肩書きを背負っている身としては、やはりそう簡単に引き下がることなどできないのだ。

 

 つまらないプライドかもしれない。

 

 命の重要性と比べれば大したものではないのかもしれない。

 

 だが、そうだとしても。

 

 この街では時として、プライドは命の重さにも勝ることがある……。

 

 

 

「残念ね、ジョニー……。どうやら意見は合わないみたい……。でも今はまだ、この体のハンドルはあたしのものだから……」

 

 

 

 Vはそう言って微笑を浮かべると、再び僧侶に視線を移しながらブーリャを握り直した。

 

 戦場では、僧侶に立ち向かっていたほとんどのバウンサーや傭兵が屍と化している。なんとか生き残っている残り1人の傭兵も、全身血塗れの満身創痍の状態で、今にも倒れてしまいそうな有様だった。

 

 風前の灯火となるまでに追い詰められている、名も知らぬ同胞を助力するため、Vはジョニーの制止も聞かずに駆けだそうとしていた。

 

 しかし、最初の一歩を踏み出そうとした瞬間、不意を突くように背後から聞き慣れた声が響いてきた。

 

 

 

「V! 待ってっ!」

 

 

 

 普段なら愛しさを感じさせる声。けれども今は、心痛に満ちた打ち震えた声。

 

 その声の主が誰なのか、考えるまでもなかった。

 

 

 

「ジュディ……」

 

 

 

 踏み出しかけた足を止めて振り返ると、そこにいたのはVの後を追って階段を駆け上ってきた恋人の姿だった。

 

 

 

「ダメじゃないジュディ……、店の中に居ないと……。ここは危険よ……」

 

 

 

 Vは肩を落としながら、上りきった階段の上で息を切らすジュディに目を向ける。

 

 

 

「ごめん、V……。でもやっぱり私、あなたが心配で……。目を離している間に死んでしまったエヴリンみたいに、もしあなたまでそうなったらって思うと……居ても立っても居られなくて……。ねえ、お願いだからV、今日はもう……戦うのはやめて! 本当は立っているのも辛いんでしょ? そんな具合でサイバーサイコの相手なんて絶対に無理よ!」

 

 

 

 今にも泣きだしそうな顔で懇願するジュディの姿に、Vは僅かに困惑の表情を浮かべた。やはり恋人の泣き顔は、心に来るものがある。

 

 

 

『そのとおりだ。この頑固な大馬鹿野郎にもっと言ってやれ!』

 

 

 

 傍らでは、ジュディの言葉に便乗してジョニーが毒づいている。しかし彼の姿は、ジュディの目には映らない。

 

 Vはジョニーの悪態を尻目に、ジュディに穏やかな視線を送った。

 

 

 

「ジュディは心配性ね……。会ったばかりの頃は……、もっと強気で不愛想だったと思うんだけど……。一体いつからこんなに繊細になったのかしらね……」

 

 

 

 まるで子供を宥めるように、ジュディの頭を撫でながらVは柔らかな声音で告げる。

 

 しかしあくまで真剣に頼んでいるジュディは、その手を払い除けながら必死の形相で反論した。

 

 

 

「茶化さないでV! 真面目に言ってんのよ!」

 

「わかってる、ごめんね……。だけど心配しないで……。さっきも言ったでしょ、大丈夫だって……。速攻で片づけて、すぐに戻ってくるから……」

 

 

 

 Vはそう言ってジュディに背を向けた。そして右手のブーリャを強く握りしめ、地面を蹴って走り出す。

 

 

 

「待って……。だめだってっ! Vィ!」

 

『おい馬鹿! 話は終わってねえぞ!』

 

 

 

 叫ぶジュディとジョニーの制止を振り切るように今度こそ飛び出したVは、一直線に僧侶の元へと突っ込んでいく。

 

 走りながら、クロームによって拡張された電子視界のスキャナーを起動させ、ターゲットを見失わないための捕捉――タグ付けは勿論、周囲に転がっている障害物や危険物の位置の把握を素早く済ませる。Vのエッジランナーとしての戦いは、いつもそこから始まるのだ。

 

 そしてそんな手際を見せながらも、戦場と化したパーキングスペースのとある片隅に一瞬視線を送ったVは、鈍痛に蝕まれた胸をホッと密かに撫で下ろした。

 

 器用にもチラリと視線を送った先にあったのは、アフターライフへ来る時に足に使ったVの愛車。今日はジュディと身を寄せ合いタンデム(2ケツ)した、ナザレという車種のバイク。さらに言えばそれは、今は亡き相棒――ジャッキーの母であるママ・ウェルズから託された親友の形見。即ち、ジャッキーの改造アーチである。

 

 戦いへと赴く最中にも拘らず、駐車した改造アーチにわざわざ目を向けたのは、いわば愛車の安否確認だった。停まっていた数台の車やバイクが爆発炎上している中で、自分の愛車までもが火車になっているんじゃないかと、実は少しばかり心配していたのだ。

 

 だが、どうやらVの懸念は無用のものだったらしい。騒ぎに巻き込まれたせいか、横転してアスファルトの上に倒れてはいるが、幸い今はまだ燃えてはいないようだった。

 

 

 

「よかった……。ちゃんと無事だったね……」

 

 

 

 安堵の呟きを漏らしながら、Vは走る速度をさらに上げる。電子視界の右下に表示されている武器の装弾数がMAXになっていることを確認すると、右手のブーリャを真っ直ぐと突き出し、視線の先に立つ僧侶に銃口を合わせた。そして次の瞬間――一切の躊躇いもなく引き金を引いた。

 

 直後に鳴り響いたのは、短音の銃声と甲高い金属音。

 

 放たれた最初の弾丸が、生き残りの傭兵に迫る僧侶の刃を弾いたのだ。

 

 

 

「大丈夫……? 生きてる……?」

 

「う……うぅ……。あ、あんた……」

 

 

 

 銃口を僧侶に突きつけながら、Vは苦しそうに膝を折る傭兵の元へと駆け寄る。

 

 眼前では、命中した弾丸の勢いに刃を持っていかれ、僧侶がグラリと体勢を崩していた。追い討ちを仕掛けるには、まさに絶好のチャンスだった。

 

 Vは生き残った傭兵の体を片腕で支えながら、間髪を容れずに残り全ての弾丸を発砲した。

 

 RT-46・ブーリャの1度の装弾数は4発。最初の発砲分を差し引いた残り3発の弾丸を連続で放ち、体勢を立て直そうとする僧侶の体に撃ち込んでいった。

 

 左肩に1発。腹に1発。そして胸に1発。

 

 磨き上げたテクニックで全弾命中を決める。

 

 為す術もなくその身に銃撃を浴びた僧侶は、悲鳴を上げることもなく背後に倒れた。

 

 

 

「あんた……やるな……。でもこいつ……殺したのか……?」

 

「まさか……。本来はバトルとは無縁の僧侶とはいえ、今の彼はサイバーサイコよ……。この程度で仕留められる訳がない……」

 

 

 

 呆然とした様子で訊ねてくる生き残りの傭兵に、Vはブーリャをリロードしながら答える。その表情は、警戒心を纏ったままだ。

 

 

 

「知り合いのフィクサーがサイバーサイコシスの治療法を色々試しているから……、彼の保護もお願いしてみるわ……」

 

 

 

 半ば独り言のようにそう告げながら、弾を込め直したシリンダーをブーリャの本体に押し込む。

 

 リロードを完了させたVは、生き残りの傭兵の傍を離れつつ、ジリジリと僧侶の方へとにじり寄っていく。

 

 大の字で倒れている標的に改めて銃口を向け、

 

 標準を合わせたまま、

 

 注意深く、ゆっくりと。

 

 すると、

 

 

 

「――ゥヴァァアアアアアアアア!!!」

 

 

 

 案の定、僧侶は活動を再開した。突然跳ねるように上半身を起こした僧侶は、真っ赤なレンズ状のオプティクスでVの姿を捉えながら立ち上がる。

 

 そして両腕のマンティスブレードを振り上げ、Vに向かって猛進を仕掛けた。

 

 

 

「やっぱりね……。予想どおり……!」

 

 

 

 Vは小さく呟くと同時に、相手を迎え撃つように即座に引き金を引いた。

 

 ところが。

 

 

 

「え……!?」

 

 

 

 次の瞬間、Vが放った弾丸は僧侶の体をすり抜けた。いや、実際には違うが、ノイズで曇った今のVの目には一瞬そう映っていた。

 

 音速を超える弾丸が命中する直前、僧侶は驚異的な反射速度で銃撃を回避して見せた。その動き、そのカラクリを、Vは知っている。

 

 

 

「サンデヴィスタン……!? いや……ケレズニコフか……!」

 

 

 

 それは別名、反射神経ブースター。

 

 かつてデイビッドも使っていたことがある、身体速度を物理的に加速させるサンデヴィスタンとは違い、ケレズニコフは回避行動の瞬間だけ体感時間を引き延ばすことができる神経系のサイバーウェア。

 

 Vが発砲した瞬間、僧侶の目には迫る弾丸がスローモーションに見えていただろう。それ故、機械化により強化された身体能力も相まって、易々と回避をやってのけたのだ。

 

 

 

「くっ……! 面倒ね……!」

 

 

 

 コンディションが整った普段のVならば、相手の予想外の動きにも臨機応変に対応し、すぐさま戦法を変えていただろう。しかし、今の冷静さを欠いた彼女の攻撃は、無意識ながら半ばやけっぱちになっていた。

 

 なんとか相手の動きを止めようと咄嗟にブーリャを連射するが、焦った射撃は精密さの欠片もないばかりか、再びケレズニコフを発動させた僧侶にいとも容易く避けられてしまった。

 

 

 

「やばっ……!」

 

 

 

 ただでさえ込められる装弾数が少ない武器。無暗に撃ちまくった結果、早くもまた弾切れを起こしてしまった。

 

 しかも今度は、2度目のリロードをする余裕すらもない。ブーリャの弾丸を避けきった僧侶が、獰猛な野獣の如く飛び掛かってきたからだ。

 

 振り上げた鋭利な刃が、獲物の首を付け狙う。

 

 

 

「まずいっ……! 離れて!」

 

 

 

 Vは背後に居座っていた生き残りの傭兵に呼びかけると同時に、自身も回避行動に移った。機械仕掛けの両脚を僅かに軋ませ、地面を蹴って跳び上がる。宙に浮いた強化腱が続けざまに空を蹴ると、Vの体はさらに跳躍し、迫りくる僧侶の頭上を軽々と飛び越えた。

 

 脚部のサイバーウェアを駆使した驚異的な二段ジャンプで、僧侶の一閃からなんとか逃れることができた。

 

 しかし。

 

 

 

「あ……」

 

 

 

 僧侶の背後に着地を決めて顔を上げた瞬間、Vの視界に飛び込んできたのは、刃を振り下ろしたままの体勢で立ち尽くす僧侶の後姿。だがそれよりひと際目を引いたのは、その奥で生き残りの傭兵の首が胴体からゆっくりとずり落ちていく、驚愕の瞬間だった。

 

 自分の身に何が起こったのかわからない、そんな表情を浮かべたまま、ボトリと地面を転がる傭兵の頭。最早その顔に、先刻までの生気は感じられない。

 

 逃げ遅れた傭兵は、僧侶の斬撃の餌食となったのだ。

 

 

 

「くそっ……」

 

 

 

 まるで間欠泉のように、首の断面から大量の血を噴き出しながらその場に崩れる傭兵の体を前に、Vは悔しげに唇を噛みしめる。

 

 だがそうしている間にも、振り向いた僧侶が再びVに狙いを定めていた。

 

 ひしひしと伝わる殺気に視線を向き直したVは、僧侶のオプティクスを強く睨みつけ、その人工の瞳を機械的に明滅させた。

 

 今度こそ戦法を変えたVが繰り出したのは、クイックハックの技術。

 

 僧侶の頭の中に強引に組み込まれたであろう電子脳をハッキングし、内部からの攻撃を試みる。

 

 試みようと、したのだが……。

 

 

 

「うそ……!? なによこれ……」

 

 

 

 Vのハックは、思わぬ理由で妨げられた。

 

 手っ取り早く、“システムリセット”のハックスキルで僧侶の活動を停止させようとしたのだが、そのために必要なリソース――ICEを突破するためのRAMの消費量が、何故か尋常ではない数字だったのだ。

 

 そのセキュリティの分厚さは、これまで何度か相手にしてきた手強いネットランナーたちにも勝るとも劣らない。それこそ、この道に特化したギャング集団――ヴードゥー・ボーイズと同等か、それ以上か。

 

 

 

「こいつのICE……、ひょっとして軍用……!? メイルストロームの奴ら、たかが坊主になんてものぶっこんでんのよ……!」

 

 

 

 思わず嘆きながらも、すぐさまブリーチプロトコルで相手のネットワークを弱体化しようとするV。しかし今度はそれを、激化の一途を辿る≪Relic≫の発作に阻害されてしまう。

 

 

 

「うぐっ!? うっ……ゲホッオホッ……オォ……」

 

 

 

 その時、不意を突くように胸に走ったのは、まるで心臓を串刺しにされているかのようなひと際鋭い痛みだった。

 

 途端に喉奥から込み上げる金臭い味と共に、Vは激しく咳き込んだ。その拍子に口から吐き出た大量の鮮血が、慌てて口元を押さえた掌を真っ赤に汚す。

 

 

 

「くそっ……、こんな……時に……グッ……ウゥ……」

 

 

 

 胸の辺りをギュッと握りしめ、Vは苦悶の表情を浮かべる。

 

 敵を内部から攻撃するはずが、逆に内側からのダメージで痛手を負っていたのは自分の方だった。

 

 心臓を襲う、胸を突き破らんばかりの強烈な鈍痛。それに加えて今度は、頭痛までもがピークを迎えだした。

 

 

 

「アッ……ア……アァ……!? あたま……割れそ……!」

 

 

 

 ガンガンと響くように脈打つ頭の中。視界が見る見るノイズで遮られ、耳鳴りが聴覚を奪っていく。

 

 胸を押さえる方とは別の手で頭を抱えながら、必死に苦痛を堪えようとするが。

 

 

 

「ヴゥ~ゥァア……アア……」

 

 

 

 そんなことはお構いなしに、血の滴るブレードを携えた僧侶が、ユラユラと確実に歩み寄ってきていた。

 

 

 

『おいV! しっかりしろ! なんてザマだよ、言った通りじゃねえか!』

 

 

 

 身動きの取れないVの傍では、見かねたジョニーが懸命に呼びかけていた。

 

 しかし今のVにはもう、その声に応える余裕すらもない。

 

 

 

「ジョ、ジョニー……」

 

『おいおい! マジでこんなくだらねえことで死ぬ気かよ! ここでくたばったって……お前が望む“伝説”とやらにはなれねえぞ!』

 

「でん……せつ……? ゆめ……、ジャッキーと……あたしの……」

 

 

 

 今にも途切れそうな意識の中で、Vは譫言のように呟いた。そしてそんな言葉と同時に、またしても脳裏に浮かぶ相棒の姿。

 

 切羽詰まった状況なのも相まってか、まるでジャッキーがあの世から誘っているかのようにも思えたVは、そんな彼の幻影に思わず手を伸ばしたくなっていた。

 

 いっそのこと何もかも投げ出して、相棒の元へ逝くのも悪くないかもしれない。そうすれば、いつ終わるかもわからないこの苦しみから解放されるのだから。

 

 そんな諦め同然の考えに心が囚われかけた瞬間、ジョニーの叱咤激励の声がVの霞みがかった意識を呼び戻した。

 

 

 

『情けねえぞVィ!!変な気を起こす暇があんなら、さっさと立ちやがれ!! 俺らの忠告をシカトしてまで、自分から首を突っ込んだんだろうが!! なら1度リングに上がった以上は最後まで戦えよ!! そして戦うからには勝て!! 戦いをやめんな!!』

 

 

 

 必死に叫ぶジョニーの言葉に引き止められたのか、Vの意識はギリギリのところで崖っぷち(エッジ)を踏みとどまった。

 

 

 

「ハ……ハハッ……。『リングに上がった以上は』って……似合わない言葉……。ジャッキーやヴィクの……ボクシング漫談じゃないんだから……、もっとマシな言い方あるでしょ……? あんたの場合……例えば“ライブステージ”……とかさ……?」

 

 

 

 正気を取り戻したVは、苦しげに一笑を交えながらも軽口を叩く。

 

 

 

「っていうか……、どうせエールを送るなら……、せっかくだし……チアの格好でも……して見せてよ……。きっとあまりにもキモくて……先にそっちでショック死しちゃうかも……だけど……」

 

『なんだ、どうやらまだ皮肉を言う元気はあるようだな。とりあえずは安心したぜ、V』

 

「それはどうも……。少しばかり……弱気になりたかっただけよ……」

 

 

 

 しかしノイズの隙間から覗く僧侶の姿は、既にすぐそこまで迫っていた。まるでB級映画に出てくるゾンビのように、覚束ない足取りでゆっくりと近づいて来る。

 

 今ではジャッキーに並ぶ相棒と言っても過言ではないかもしれない。そんなジョニーの熱い呼びかけのおかげで、抗う気力をなんとか取り戻せたというのに。

 

 だがそんな意思に反して、相変わらずVの体はいうことを聞かない。手も足も碌に動かず、反撃も退避も儘ならない状況だった。

 

 結局何もできないまま――根本的な状況は何も変わらないまま、僧侶の間合いに捉えられてしまう。

 

 血塗られたブレードが天を向き、焔光に照らされ妖しく煌めく。

 

 すると次の瞬間、僧侶の凶刃がVの首めがけて振り下ろされたその時だった。

 

 1発の銃声が、僧侶の動きをピタリと止めた。

 

 どこからか飛んできた1発の弾丸が、僧侶の頭を撃ち抜いたのだ。

 

 

 

「ッ……!? 今の……は……!?」

 

 

 

 呆然としながら、弾丸が飛来してきた方向に目を向けたVは、そこに佇む人影の姿を捉えた。

 

 視線の先に立っていたのは、両手でスマートピストルを構えるジュディだった。気が気ではない心境を抱えたまま、Vの戦いを見守っていた彼女だが、恋人の絶体絶命のピンチを前に、手を出さずにはいられなかった。

 

 

 

「ジュ……ディ……?」

 

「逃げてV! あなたは死なせない!」

 

 

 

 硝煙が立ち上る銃口を僧侶に向けたまま、険しい表情でジュディは叫ぶ。

 

 なんとしてでも、Vを危機から救うために。

 

 彼女をエヴリンと同じ末路にしないために。

 

 しかし次の瞬間、それ以上の声量でVは言葉を返していた。弱々しい声を目一杯振り絞り、今出せる限りの力で警告を促した。

 

 

 

「だ、駄目よジュディ……!! 逃げるのはあんた……!!」

 

「えっ!?」

 

 

 

 気がつくと、ジュディの視線の先では、脳天を撃ち抜かれたはずの僧侶が何事もなかったかのように再び動き出していた。まるで骨董品の機械人形(オートマタ)のように、不自然にカクついた不気味な挙動で首を動かし、ジュディの姿を確かに捉えていた。

 

 Vに対する関心を失ったかのように、彼女に背を向けた僧侶はゆっくりとまた歩き出す。

 

 今度の狙いはジュディで間違いない。遠のいていく僧侶の後姿を見つめながら、Vは危機感を募らせた。

 

 このままでは、矛先を変えた僧侶の刃がジュディの命を奪ってしまう。もしそうなれば、それこそ本当に立ち直ることなどできなくなるだろう。

 

 

 

「ジュディ……ッ!!」

 

 

 

 思わず叫びながら、Vは弱り果てた体に鞭を打ち、決死の思いで黄色いジャケットの内側に手を突っ込んだ。

 

 なんとしてでも、ジュディを危機から救うために。

 

 彼女をジャッキーと同じ末路にしないために。

 

 そのためなら全身を蝕む不調にさえ構っていられない。

 

 まともに動かない体を無理やりにでも動かし、Vは懐からパンクナイフを取り出した。そしてそれを、僧侶の背中を目掛けて渾身の力で投擲した。

 

 一直線に飛んだパンクナイフは僧侶の胴にグサリと命中。一見すると、とてもダメージを受けているようには見えなかったが、それでも再度その足を止めることには成功した。

 

 立ち止まり、振り返った僧侶の関心が、Vの元へと帰ってくる。

 

 

 

「それでいい……。あんたの相手は……この……あたしよ……」

 

 

 

 思惑通り、僧侶の意識がジュディから逸れ、再び自分の方へ傾いたことに安堵しながらも、Vは精一杯の強がりを見せた。

 

 しかし問題はここからだった。

 

 正直、これから先のことは全く考えていなかった。

 

 未だブーリャのリロードは間に合っていない。

 

 クイックハックを仕掛けようにも、相手の軍用ICEは強固で一筋縄ではいかない。

 

 そもそも体中が悲鳴を上げたままで、まともに動き回ることすらもできない。

 

 まさに八方塞がり。さてどうするかと、微苦笑を浮かべながら思案を張り巡らせる。

 

 だがそうしだした矢先、

 

 その瞬間は突如として訪れた。

 

 静寂を吹き抜ける一陣の風の如く、Vの敗北が唐突に決まったのだ。

 

 

 

「グッアァ!?」

 

 

 

 血に汚れた口から刹那に漏れたのは、息が詰まったかのような小さな呻き声。

 

 Vがふと我に返った時、すぐ手前には僧侶が立っていた。

 

 一瞬、何が起きたのか全くわからなかった。

 

 苦痛のあまり、意識が途切れ途切れに飛んでしまっていたのか。

 

 不覚にも僧侶が動く瞬間を見落とし、いつの間にかマンティスブレードの射程圏内まで僧侶の接近を許してしまっていた。

 

 そして気づいた時には既に遅く、僧侶のブレードはVの心臓部を貫いていた。

 

 僧侶が傷口から刃を引き抜いた瞬間、胸から溢れ出る真っ赤な血潮。

 

 そしてジワジワと広がる、焼けるような痛み。

 

 自分の体が、ゆっくりと後ろに倒れて行くのをVは感じていた。

 

 

 

「最……悪……。油断して……ホント情けない……。ごめん……ジョニー……、あたしの……――」

 

 

 

 掠れた声で自身の失態を嘆くVの背中が地面に叩きつけられる。そして仰向けに倒れると、そのまま動くことはなかった。

 

 

 

『おいっマジか!? Vィ!!』

 

 

 

 薄れゆく意識の中、ジョニーの叫び声が≪Relic≫を通して脳内にビリビリと響き渡る。Vは珍しく取り乱しているロッカーボーイの感情を、どこか他人事のようにぼんやりと聞き流しながら、心の底から湧き上がる慙愧の念を噛み締めた。そうしながら、ゆっくりと瞼を閉じたVの意識は、やがて静かにブラックアウトした。

 

 

 

『V……、お前……』

 

 

 

 力なく倒れたVの姿を目の当たりにして、ジョニーは言葉を失った。

 

 そして直後に、彼女に取りついた亡霊――デジタルゴーストであるジョニーの姿もノイズで歪み、電源が落ちたホログラムのようにその場から消え失せたのだった。

 

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