Painful Choice ―愛か死か現実か―   作:裕ーKI

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※ここから先は星エンドのネタバレを含みます!


Chapter8: Farewell to the Moon, Journey of the Stars / 月との別れ、星の旅路

 照りつける太陽が西に傾き沈み始めている。

 

 ナイトシティを南に抜けた1台のタクシーが、力強いエンジン音を響かせながら郊外を走り抜けていく。

 

 しかしそれは、タクシーと呼ぶにはあまりにも無骨で重装甲。黒い車体にペイントされているのは、会社のロゴなどではない。そこに施されていたのは、かつてナイトシティで名を馳せた、とあるエッジランナーチームの象徴――EとRを組み合わせたような緑色のマークだった。

 

 街一番と評判の高性能AIが管理しているタクシー会社――デラマンの車両が持つような上品さやスマートさとは程遠いその車は、幾多の修繕と改造を繰り返しながらも、未だ現役の使い古されたエンペラー。

 

 再びナイトシティを出ることを決めたルーシーは、そんなエンペラーの後部座席に腰を下ろし、運ばれていた。

 

 小柄な女性が1人で座るには、少しばかり広すぎるリアシート。かつてそこにいた今は亡き“仲間たち”の面影を思い浮かべながら、彼女は車窓の外を流れる景色を見つめる。

 

 ぎらつく陽光に照らされた、一面サンドベージュの大地は水染みが残らないほどに灼熱で、ところどころに見える背の低い植物は乾ききってひび割れている。荒野特有の強い風によって砂塵が舞い上がり、霞んだ遠くの空では雲がゆっくりと流れていた。

 

 外が茹だるような暑さなのは火を見るより明らかだが、幸い今は、車内の冷房が良く効いているおかげで快適だった。ルーシーは車窓から目を離し、運転席に視線を移すと、ドライバーの中年男性に向かって親し気に声を掛けた。

 

 

 

「バッドランズまで乗せてもらって、なんだか悪かったわね」

 

 

 

 すると鼻下に蓄えた髭がトレードマークのドライバーが、ルームミラー越しにルーシーを見た。

 

 

 

「気にすんな、お前のためならお安い御用さ。なんたって、一緒に死線を乗り越えた“お得意様”だからな」

 

 

 

 車内に響くのは、年長者らしく落ち着いた声色。

 

 耳に残る相変わらずの語り口調に、ルーシーは思わず微笑んだ。

 

 

 

「フフッ、お得意様ね……。それにしても驚いたわ」

 

「驚いたって何がだ?」

 

「決まってるでしょ。あんたのことよ、ファルコ」

 

 

 

 ルーシーはそう言って、1年ぶりに顔を合わせた男の名を告げた。

 

 メインが結成し、デイビッドが後を引き継いだエッジランナーチームに所属していた優秀な運転手。共にシティ・センターの騒動から生き延びた、かつての仲間。数日前に何の前触れもなくホロコールを寄こし、ルーシーに再びナイトシティに足を運ばせるきっかけを与えた張本人でもある。

 

 

 

「あんたが未だにナイトシティに留まっていることも意外だったけど、それよりもっと驚いたのは、あんたの今のジョブよ。まさか……ナイトシティでタクシー会社を営んでるなんてね」

 

 

 

 1年前、アラサカの追撃からやっとの思いで逃げ切り、憔悴しきったルーシーを自宅に送り届けたファルコは、彼女と離別した後に傭兵稼業から退いた。

 

 チームのリーダーだったデイビッド・マルティネスの偉業を、カクテルの名前としてアフターライフに残し、その界隈から姿を消したのだ。そして今では、ナイトシティで小さなタクシー会社を営む経営者となっていた。

 

 

 

「あれから俺にも色々あったってことさ。だがまあ……今では天職だと思えるくらいには満喫してるよ」

 

 

 

 ルーシーは「そっか……」と呟くように答えて笑みを浮かべると、改めてファルコの姿をまじまじと見つめた。

 

 

 

「言われてみればお似合いの仕事かもね。だけど、ナイトシティにはデラマンがあるのに需要なんてあるのかしら?」

 

「わかってねえな。これでも一部の連中からは重宝されてんだぜ?」

 

「一部の連中って?」

 

「そりゃあ……足が付くのを良しとしない運び屋だとか、訳アリの逃亡者だとか……色々な」

 

「なるほど。そういう“客層”にとっては、まさにありがたい存在って訳ね。確かにあんたの腕前と実績なら十分申し分ないかも。何しろ、NCPDにマックス・タック、ミリテクやアラサカを相手にしても逃げ切れるほどだもの。私も太鼓判を押すわ」

 

「フッ、だろ? おまけに顔もイケてて、場を和ませるトークスキルも完備とくりゃあ引く手数多ってもんだ。融通の利かねえAIタクシーなんかには、まだまだ負ける気はしないぜ」

 

 

 

 冗談交じりの言葉を口にしながら、ファルコは自信に満ちた表情でハンドルを切る。すれ違う対向車は滅多に姿を見せない。時折目に映るのは、野ネズミの集まりのように、岩陰や廃墟の前で屯しているラフェン・シヴの連中ぐらいだ。

 

 面倒な奴らに絡まれないようにと、ファルコはアクセルを深く踏み込み、エンペラーをさらに加速させる。

 

 

 

「それはそうと……お前はどうなんだ、ルーシー?」

 

「どうって?」

 

あの時(1年前)と比べれば、随分とマシな顔になったんじゃないのか」

 

「そう見える?」

 

「ああ。まるで別人――いや、すっかり元に戻ったって感じだな」

 

「……そうね。あんたがわざわざ焚き付けてくれたおかげかしら」

 

「おいおい、焚き付けるってのは人聞きが悪いだろう」

 

「なに? 違うとでも言いたいの?」

 

「いや、違わねえけどよ」

 

「なにそれ、やっぱり焚き付けてんじゃない」

 

「フッ、まあな」

 

 

 

 ファルコがデイビッドのジャケットをVに贈ったのは、ナイトシティから逃げ出したルーシーが、1年経った現在でも立ち直れていないことを見越して、そんな彼女の心を奮い立たせるためだった。

 

 アラサカと敵対しながらも、怒涛の勢いで名を上げていくVの噂に目を付けたファルコは、ルーシーから預かっていた恋人の遺品をVの手に渡し、そのことを敢えてルーシーに知らせた。そうすることで、彼女がもう一度立ち上がれるよう発破をかけたのだ。

 

 かつてのデイビッドを想起させる話題のエッジランナーの姿を見せれば、きっとルーシーの沈鬱とした心にも火が灯る。そう信じての行いだった。

 

 そして、そんなファルコの期待に応えるように、ルーシーはナイトシティに舞い戻り、実際にVと対面することで再起を果たした。

 

 アフターライフでVに出会い、ジュディに出会い、ジョニーに出会い。

 

 そして、共にサイバーサイコと戦い――最後は酒を酌み交わして……。

 

 そうして本来の自分を取り戻したルーシーは、ナイトシティを去る間際に自らファルコに連絡を入れた。

 

 あんたの余計なお節介のおかげで、新しい友人を得られたし、少しは気持ちの整理もつけられた気がする。気遣ってくれてありがとう、面倒を掛けて悪かったわね。と、そういう事後報告を兼ねた感謝の言葉をホロコール越しに伝えたのだ。

 

 すると、その過程でルーシーが再び街を出ることを知ったファルコは、足が無いなら仲間のよしみで送ってやると申し出た。『特別にタダでな』、と気前良く格好をつけて。

 

 こうしてルーシーを拾ったファルコのエンペラーは、彼女を目的地へと送り届けるべくナイトシティ郊外――バッドランズを南に向かって走り続けていた。

 

 初めはルーシーの現住所であるサンタ・マリアまで走りきる覚悟だった。しかし彼女がマップにセットしたマーカーは、思いの外近場を指していた。

 

 乾いた大地の上に建造された、幾つもの巨大なソーラーパネルが、フロントガラスの先を見るファルコの目にチラホラと映り始める。

 

 

 

「しっかし、サイバースペースにしか関心がなかったお前が、まさか現実(リアル)の荒野に興味を持ちだすとはな。意外っつうかなんつうか……、人生ってのはわからねえもんだな、ホント」

 

 

 

 ふと、ファルコが感慨深げに呟いた。それはルーシーの新たな門出に対する率直な感想だった。

 

 ルーシーはファルコの言葉に、苦笑を交えて応える。

 

 

 

「そうね。正直、自分でも驚いてる。ついこないだ、そんなのは似合わないって自分から否定したばかりだったのに……」

 

「じゃあなにか? 考えを改めてまで決心したってことか。それもあの……Vとかいう傭兵のおかげなのか?」

 

「まあね。彼女と……彼女の恋人に後押しされたってところかしら……」

 

「大した奴らだな。頑固なお前を心変わりさせるなんて」

 

「頑固は余計よ。でも確かに、Vがとんでもない奴なのは間違いない。なにしろ、あのアラサカと戦争して……その上勝ったんだから。デイビッドが成し遂げられなかったことを、彼女はやり遂げたのよ……」

 

「ああ、そうだな」

 

 

 

 ナイトシティだけではない。

 

 今や世界中の人間が、その衝撃的な事件に連日騒ぎ立てている。

 

 アラサカの崩壊。

 

 先日、ノーマッドの一団による襲撃を受けた天下のメガコーポは、歴史上かつてないほどの大打撃を受けた。

 

 地下の奥深くにて管理されていた巨大なデータ要塞――“神輿”を破壊され、富裕層に向けて大々的にPRしてきた魂の救済プロジェクトが頓挫した。

 

 その事態が引き金となり、株価が大暴落。経営基盤が大きく揺らいだアラサカ社は、ここぞとばかりに叩かれ、非難され、連携していた各企業からの信頼を一気に失墜させた。

 

 創業者であり、現CEOだったサブロウ・アラサカを既に失っていることも重なり、大企業としての威光は地に落ちようとしていた。

 

 ルーシーは知っていた。

 

 全世界を震撼させたその騒動の中心に、Vがいたことを。

 

 街中のテレビやラジオ、スクリームシートがアラサカ社襲撃のニュースをこれでもかと報道していたあの日の夜、宿泊していたノーテル・モーテルの一室にいたルーシーの元に、1件のホロコールが届いた。

 

 それはその数日前にアフターライフで知り合った、Vの恋人からの連絡だった。

 

 彼女が教えてくれたのだ。

 

 メディアが躍起になって伝えているその事件には、間違いなくVが絡んでいると。

 

 その事実を、ルーシーからの又聞きという形で知らされていたファルコは、嬉しそうに呟いた。

 

 

 

「Vって奴は、図らずも俺たちの仇を取ってくれたって訳だ。俺たちや……死んじまった“あいつら”の仇を……。デイビッドがこのことを知ったら、果たして喜ぶか驚くか……一体どんなツラすんだろうなぁ」

 

「多分……悔しがるでしょうね」

 

 

 

 ルーシーはそう言いながら、外の景色に再び遠い目を向ける。

 

 地平線の彼方には、薄っすらと砂塵の壁が見え始めていた。天気予報によると、数時間後にはナイトシティに巨大な砂嵐が到達するとのことだ。

 

 

 

「でも……もし今もあいつが――デイビッドが生きていたら……きっとVとも意気投合していたと思う。お互い、あのジャケットが似合うくらいには似た者同士だし」

 

「一緒にチームを組んだり、酒を酌み交わしたりしてか? そいつはぜひとも……見てみたい光景だな」

 

「でしょ? ほんと……見れないのが残念……」

 

「……まあともかく、Vに会った時には礼を言っといてくれ。お前のおかげで、色々清々したってよ」

 

「ええ、伝えとく」

 

 

 

 ファルコのささやかな頼みを、ルーシーは微笑と共に引き受けた。

 

 ハブーブが近づいてくる。

 

 地平線の彼方からゆっくりと。

 

 遠くから忍び寄ってくる嵐の兆しを尻目に、エンペラーは間もなく目的地に辿り着こうとしていた。

 

 フロントガラスの先に見えるのは、数えきれないほどの巨大なパネルが密集し立ち並ぶ、メガソーラーが点在する場所。

 

 そこで待つ友人たちに会うために、ルーシーはやってきた。

 

 ここはバットランズの南部――ジャクソン平原。

 

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

 

「せっかくだし、最後に街の姿をよく見といたら? 嫌じゃなければだけど。私は車で待ってる」

 

 

 

 サントドミンゴ。ランチョ・コロナドに聳え立つダムの上。

 

 眼前に広がるのは広大な街の全景。

 

 パナムに促され、Vは斜陽に重なるナイトシティに改めて目を向けた。

 

 こうして眺めるのも、きっとこれが最後だから。

 

 まるで生まれ変わったかのような清々しい気持ちのままに、徐に持ち上げた片腕をスッと前に伸ばす。

 

 最早あの街に未練はない。

 

 眩い西日に照らされ、黄金色に輝くナイトシティの姿に広げた手を重ねると、その街を握り潰すようにギュッと拳を作った。

 

 

 

「じゃあね、ナイトシティ。良い夢見なさいよ」

 

 

 

 それは街に対するVなりの敬意であり、皮肉を込めた別れの言葉。

 

 パナム曰く、ナイトシティとは決して手に入らないまやかしばかりを生み出す街。だとすれば、眼前に広がる煌びやかな光も、所詮は金メッキの輝きに過ぎないのだろう。

 

 擦ればあっけなく剥がれ落ちる。

 

 表面上の偽りの光彩。

 

 無駄に眩しいだけの空虚なネオンサインと同じだ。

 

 ならば、愚かな夢を抱えて街に集まる連中は、例えるなら看板の光に群がる虫といったところか。

 

 少し前まで、自分も虫だった。

 

 疑いもせずに光に魅了され、這いずり回ってばかりだった愚かな虫。

 

 しかし今、光の本性に気づき、その誘惑から解き放たれた。

 

 もう2度と、あの街に心奪われることはない。そう言わんばかりに踵を返すと、Vは道路脇で待っていたパナムの車に乗り込んだ。

 

 

 

 

 

 アフターライフでの宴から数日が経過していた。

 

 ≪Relic≫を巡る戦いは、既に終わりを迎えた。

 

 幾多の交流の末に、ノーマッド集団の1つである、アルデカルドス族に家族の一員として迎え入れられたVは、彼らクランの力を借りてアラサカ・タワーへの侵入を決行した。

 

 族長であるソウル・ブライトと、今では最も信頼して背中を預けられる戦友――パナム・パーマーの指揮の下、数多くの仲間の死と引き換えに、彼女は目的を果たしたのだ。

 

 アラサカ・タワー最下層への到達。

 

 データ要塞“神輿”との接続。

 

 ≪Relic≫の除去。

 

 そして――ジョニー・シルヴァーハンドとの別れ。

 

 頭の中に居付いていた、口うるさい破滅主義のロッカーボーイはもういない。

 

 初めはとにかく不快で、人の命を脅かす邪魔な存在でしかなかったはずなのに。

 

 なのに今では、不思議と喪失感さえ感じてしまう。

 

 消えたアイツのことを考えるたびに、胸を締め付けられて息苦しくなる。

 

 それはジャッキーを喪った時にも味わった、心の痛み。

 

 けれども。

 

 言葉では言い表せない寂しさを胸の奥底で感じながらも、それでも今は、人生の新たなスタートを前に気持ちは晴れやかだった。

 

 何故なら、きっとあの時――自らもコンストラクトとなった“神輿”の中で、最後にジョニーが背中を押してくれたから。

 

 アイツのためにも、これからの人生を全力で謳歌する。

 

 それがあたしの――新たな夢。

 

 それがたとえ――残り半年の余生だとしても。

 

 

 

 

 

 Vを乗せたパナムの車は、道路を下りバッドランズをひた走る。

 

 乾いた大地の上で車体がガタガタと揺れるたび、後部座席に積んだ荷物が物音を立てる。

 

 その中には、Vの大切な品々も含まれている。

 

 たとえば、フィクサーを介して髭面の男から譲り受けた黄色いジャケットとか。

 

 あるいは、アラサカ・タワー襲撃の少し前に引き受けた、とある依頼の中で入手した血痕付きのショットガンとか。

 

 どちらも軽々しく手放していいものではない、貴重な代物だ。

 

 道中、アルデカルドスのメンバーの1人であるミッチ・アンダーソンが駆る車とも合流し、共に辿り着いたのはジャクソン平原に点在する、無人のメガソーラー施設のひとつだった。

 

 太陽を見上げながら整列している、巨大なソーラーパネル群に囲まれたその場所では、今や家族同然の仲間たちが着々と州境越えの準備を進めていた。

 

 大きなテントの下では、アルデカルドス最大の戦力である浮遊戦車――バシリスクが出発の時を静かに待っている。

 

 車を降りてパナムと一旦別れたVは、テントの奥で待っているという“客人”に会いに行った。

 

 向かった先で待っていたのは、恋人のジュディ・アルヴァレスだった。

 

 

 

「V! やっと会えた!」

 

「ジュディ! 来たのね!」

 

 

 

 Vがそこへ着いた時、ジュディはアルデカルドスのネットランナーである、キャロル・エメカとBDの話に花を咲かせていた。

 

 2人に気を遣ってキャロルが早々に退散すると、Vとジュディは数日ぶりの再会を共に喜び、優しく抱きしめ合った。

 

 “神輿”の中でジョニーと別れ、現実世界――強いては自身の肉体に生還したVは、パナムやノーマッドの仲間たちと共に、混沌と化したアラサカ・タワーから命からがら脱出した。

 

 最重要指名手配犯として追われる身となり、街中を夜通し逃げ回りながらも、Vはなんとか隙を見つけてジュディに連絡を入れた。闇夜に紛れ、息を切らしながら、ほとんど一方的に用件だけを伝えた。

 

『急で悪いけど、これからすぐに街を出ることになったの。NCPDやマックス・タックは勿論、アラサカの精鋭部隊にも付け狙われているから、多分キャンセルは効かないし、待ってあげることもできない。でも、“あたしと街を出たい”っていうあんたの気持ちが本物で、もし今も変わっていないのなら、どうにかして迎えを寄こす。だから……あんたにその気があるなら、それまでに準備を整えといて』

 

 あまりにも唐突な連絡に、正直驚きは隠せなかった。

 

 しかしジュディに迷いはなかった。今の彼女にとっては、Vと別れて離れ離れになる未来など考えられない。

 

 二つ返事で承諾したジュディは、すぐに荷物をまとめ、所属していたギャンググループ――モックスに別れの挨拶を済ませた。そして、Vの頼みを渋々引き受けたキャロルに迎えに来てもらい、こうして思い人の元に辿り着くことができたのだった。

 

 

 

「嵐が来る前に出発しましょ。パナムの機嫌も損ねたくないしね」

 

 

 

 そう言って、Vは温顔な笑みを浮かべる。

 

 

 

「ええ。キャロルからもいくつか忠告された」

 

 

 

 ジュディもつられるように微笑みながら、コクっと頷いた。

 

 

 

「きっと仲良くなれるよ」

 

「そうだね。でも実は……私だけじゃないのよ」

 

「どういうこと?」

 

 

 

 ジュディの思わぬ言葉に、Vは小首を傾げる。

 

 すると次の瞬間、バシリスクを覆ったテントの陰から、1人の少女が姿を現した。

 

 

 

「随分イチャイチャしちゃって、見せつけてくれるじゃない? V」

 

 

 

 背後から聞こえてきた耳馴染みのある声に、Vはハッとなって振り返る。

 

 視線の先に立っていたのは、見覚えのある人物。

 

 数日前にアフターライフで知り合ったばかりだが、その印象的な銀色の美髪と端正な容姿はしっかりと記憶に残っている。

 

 初めはいがみ合い、それから共闘の果てに杯を上げて、友となったネットランナー。

 

 ルキナ・クシナダ。ルーシーと呼ばれる少女が、そこにはいた。

 

 

 

「ルーシー!? え、なんで? どうしてここに?」

 

 

 

 期待通りの驚きの表情を浮かべるVを前に、ルーシーとジュディはしてやったと言わんばかりに互いに目配せする。

 

 

 

「ジュディから誘いを受けたの。一緒にナイトシティを出ないかって」

 

 

 

 ゆっくりと歩みながらルーシーは語る。

 

 Vは戸惑った顔のまま、ジュディの方へと向き直った。

 

 

 

「ジュディ、いつの間に……」

 

「内緒にしててごめん、V。実はアフターライフで、こっそりルーシーと連絡先を交換してたの。彼女なら、きっとこれからもVの助けになってくれると思って」

 

 

 

 申し訳なさそうな笑顔でジュディが告げると、2人の傍で足を止めたルーシーが、腰に手を当てながら言葉を続ける。

 

 

 

「ジュディにしつこく口説かれたわ。だから思い切って、私も腹を決めた」

 

「決めたって何を?」

 

 

 

 Vが訊ねると、ルーシーは僅かに口角上げて宣言する。

 

 

 

「私もあんたたちに付いて行くってことよ。ノーマッドとしてね」

 

 

 

 それはVにとっては、あまりにも意外であり衝撃的な発言、まさに青天の霹靂だった。

 

 数日前にアフターライフで語り合った時には、ノーマッドに対して否定的だったルーシーが、まさか自ら進んで加入を申し出るなんて。

 

 

 

 

 

 出発の時はすぐそこまで迫っている。

 

 同時に巨大な砂嵐も刻一刻と迫りつつある。

 

 後はパナムやミッチと最後の打ち合わせを済ませるだけ。

 

 しかしその前に、Vはジュディとルーシーを連れてパナムの車の元へと戻ろうとしていた。

 

 用があるのは、後部座席に積んだままの荷物だ。

 

 

 

「それにしても驚いた。まさかルーシーがノーマッドの道を選ぶなんて。一体どういう心境の変化?」

 

 

 

 先頭を歩きながらVが訊ねると、そのすぐ後ろでルーシーは肩を竦めながら答える。

 

 

 

「ただの気まぐれ……なんとなくよ。あれこれ考えているうちに、もう1度居場所を探してみるのも悪くないかなって、そう思っただけ。どうせ探すなら、あんたたちと一緒の方が面白そうだし」

 

 

 

 そう言いながらも、実際に考えるきっかけを掴み、決心するまでに至ったのは、間違いなくVやジュディの存在があったからこそ。アフターライフで2人に会わなければ、きっとまた、薄暗い家に閉じ籠って独り塞ぎ込んでいたことだろう。

 

 感謝している。

 

 Vにも。ジュディにも。

 

 

 

「ルーシーも同じね。私やV、それにクランの人たちと同じ。ナイトシティで失くしたものを、これから取り戻していかなきゃ。みんなと一緒に、少しずつ。……そうそう、アルデカルドスの人たちには、ルーシーのことは話を通してあるから安心して」

 

 

 

 続けてジュディがそう言うと、Vは「へえ」と小さく息を吐いて微笑んで見せた。

 

 

 

「随分根回しが早いじゃない、ジュディ」

 

「まあね。って言っても、パナムたちに直接掛け合ってくれたのはキャロルなんだけどね」

 

「だと思った」

 

 

 

 エンジンを切って沈黙しているパナムの車、ソートン・マッキノー "WARHORSE"。その傍で足を止めると、Vはリアドアを開けて自分の荷物を漁る。

 

 取り出したのは、洗濯して丁寧に折り畳まれた黄色いジャケット。ファルコから譲り受けてから、しばらくの間羽織っていた、デイビッドのジャケットだった。

 

 

 

「V、これ……」

 

「そう、あんたの彼氏の。いつかまた会えたら、あんたに返そうと思ってたの。まさかこんなにも早くその機会が巡ってくるとは、正直予想外だったけど……。でもやっぱりあたしより、あんたが持っていた方がデイビッドも喜ぶでしょ?」

 

 

 

 Vがジャケットを差し出すと、ルーシーは少しだけ瞳を潤ませながらそれを受け取った。

 

 

 

「ありがとう……。でも……本当によかったの?」

 

「もちろん。だって元々あんたたちのモノでしょ? それにあたしにはこれがあるから……もう必要ない」

 

 

 

 そう言いながら、Vは身に纏っている自分の服――アルデカルドスから家族の証として貰った、ラリーボレロジャケットを軽く握りしめた。

 

 

 

「じゃあ……遠慮なく」

 

 

 

 ルーシーは一笑すると、大事そうにジャケットを胸に抱いた。

 

 デイビッドの匂いはすっかり消えてしまったが、それでも彼の温もりは確かに残っている。そんな気がした。

 

 

 

「それともう1つ、これも渡しておく。この銃も……多分あんたに関係あるはずだから」

 

 

 

 Vはさらに手を伸ばし、今度はジャケットよりも硬く重厚感のある、大きな荷物を車から引っ張り出した。

 

 それは、グリーンのベースカラーにピンクのラインが入った、ポップな印象を与えるショットガン――カーネイジGUTS。

 

 グリップ部分に赤黒い血痕が付着しているそれを見た瞬間、ルーシーは思わず目を見開いた。

 

 

 

「それ……たしかレベッカの……」

 

「やっぱり見覚えがあるみたいね」

 

 

 

 カーネイジGUTSは、メインのエッジランナーチームをデイビッドが引き継いだ直後から、メンバーであるソロの少女――レベッカが使い始めた武器だった。

 

 クローム皆無の生身の人間なら、発砲と同時に全身を持っていかれてしまうほどの反動に耐えるべく、わざわざ両腕をインプラントに変えてまで、彼女はこの協力なじゃじゃ馬を愛用し続けた。

 

 それはひとえに、惚れた男の力になりたかったからに他ならない。

 

 だがレベッカは命を落とした。

 

 ファラデーやアラサカに捕らえられたルーシーを救うための戦いの最中、冷酷無慙な鉄人に呆気なく踏み潰され、惚れた男に想いを伝えることなくこの世を去ったのだ。

 

 しかし、彼女が死に際まで手にしていた得物は奇跡的に無事だった。

 

 破壊を免れたカーネイジGUTSは草陰に転がり、それから1年もの間、誰かに拾われることもなく放置され続けていた。

 

 それが今、なぜかここにある。

 

 1年越しに、ルーシーの眼前に現れた。

 

 

 

「ちょっと待って。どうしてVがそれを持っているの……?」

 

 

 

 ルーシーが訊ねると、Vは数日前のとある出来事を思い出しながら、手中にあるカーネイジGUTSに目を向けた。

 

 それはハナコ・アラサカとの会談当日。

 

 待ち合わせ場所であるエンバースに向かおうと、ジャッキーの改造アーチに跨ってすぐのこと。

 

 ペースを乱すように突然鳴りだしたのは、1本のホロコール。

 

 聞こえてきたのは、ノイズ混じりの無機質な声。

 

 けれどもそれは、どことなく女性的なものだった。

 

 

 

「実は少し前に、急な依頼を受けたの。回収の仕事だったんだけどね。で、クライアントがご所望だったのが、この銃ってわけ」

 

「クライアントって誰だったの?」

 

「聞いたらきっと驚くよ」

 

「いいから、勿体ぶらずに教えて」

 

「それが……死人からだったの」

 

「死人?」

 

 

 

 不敵に笑うVの答えを聴いた途端、ルーシーは一瞬だけ顔を強張らせた。

 

 共にいるジュディも、思わず息を呑む。

 

 そんな中、Vは自分にカーネイジGUTSの回収を依頼したクライアントの名を、迷わず口にする。本来なら、依頼人の情報をむやみやたらと第三者に口外するのは傭兵としてNGなのだが、今回は特例――というより、どうしてもルーシーの耳に入れておきたかった。

 

 きっとこの名前も、彼女と無関係ではないはずだから。

 

 

 

「サーシャ――サーシャ・ヤコヴレワ。この名前に、聞き覚えない?」

 

 

 

 

 

 数分掛けて顛末を語ったVは、カーネイジGUTSをルーシーに手渡した。

 

 ずっしりとした重みが、小柄なルーシーの腕にズンとのしかかる。

 

 巨大な砂嵐が迫っている上に、さっきからパナムとミッチを待たせたままだ。

 

 あまり時間がないこともあり、Vが語った内容は簡潔にまとめたあっさりとしたものだった。しかしそれでも、話の意図は十分ルーシーに伝わっていた。

 

 ルーシーは両手に抱えたカーネイジGUTSを見つめながら、先に死んでいった2人の少女に思いを馳せる。

 

 同じチームの仲間として肩を並べていたレベッカは勿論、会ったこともなければ顔も知らないサーシャにも。

 

 

 

「その銃は依頼の報酬として、そのまま貰い受けたの。だからそいつでアダム・スマッシャーの頭を吹っ飛ばしてやった。昔、あの怪物に苦汁を甞めさせられたジョニーのためだけじゃない。あんたやデイビッド、それに……そのレベッカって子の無念も、全部ひっくるめてね」

 

 

 

 アラサカ・タワーを襲撃した際、アダム・スマッシャーと対峙した時のことを思い出しながら、Vはしたり顔で言った。

 

 パナムと連携した死闘の末に、戦闘不能にまで追い詰めたアダム・スマッシャーの眉間に、カーネイジGUTSの銃口を突きつけ、引き金を引いた時の余韻が、今もVの手には残っていた。

 

 

 

「相変わらずお人好しなんだから。でもまあ……悪い気はしないわ。ファルコの分も合わせて、礼を言っておく。彼もあんたには感謝してたから。おかげで清々したってね」

 

「そう。それは命を掛けた甲斐があったっていうか……冥利に尽きるわね」

 

 

 

 ルーシーの言葉に、Vは口元を綻ばせながら応えた。

 

 そして、

 

 

「じゃあ……渡したいものも渡せたし、いい加減準備を済ませないとね。これ以上待たせたら、そのうちパナムに噛みつかれそうだし」

 

 

 

 と、冗談を交えつつも出発の音頭を取る。

 

 これから始まるのは、危険が伴う長く険しい旅路だ。

 

 ナイトシティを離れ、州境を超え、様々な追っ手を振り切りながら、先行しているクランの仲間たちと合流。そして、彼らと共にまだ見ぬ土地を目指す。

 

 次にこうして、ジュディやルーシーと笑って顔を合わせられるのも、無事に新天地へ辿り着いた時になるだろう。

 

 

 

「後でまた会いましょ!」

 

 

 

 ルーシーとジュディに再会を約束したVは、2人と別れてパナムとミッチの元へと戻った。

 

 計画の最終チェックを兼ねた、簡単な打ち合わせを済ませると、いよいよ出発の時が訪れる。

 

 クランのメンバーたちがそれぞれの車に乗り込む中、Vはパナムと一緒にバシリスクのコックピットに腰を下ろす。

 

 荒野一帯に幾多も響き渡るのは、まるで群れを成す獣たちの雄叫びのよう。しかし実際は、どちらかと言えば出陣前の鬨の声か。

 

 空気や大地を震わせるほどの野太いエンジン音が、旅立ちを祝福するファンファーレのように高らかに轟く。

 

 準備を整えた数台のアルデカルドスの車が、次々と走りだしていく。

 

 Vとパナムを乗せたバシリスクも、起動と同時に浮遊を開始。駆動輪も履帯も持たない鋼の巨体が地面を離れると、ゆっくりと滑走を始める。

 

 すぐに安定したスピードに乗ったバシリスクは、砂塵を巻き上げながら先頭を走る車たちを追いかける。

 

 やがて目の前に立ち塞がるのは、あまりにも巨大な砂嵐。

 

 けれども自由を追い求めるノーマッドは、その先に希望が待っていると信じて疑わず、決して臆することなく突入した。

 

 

 

 

 

 コーポのドローンや州境警備隊の追跡から逃れるべく、あえて見通しの悪い砂嵐の中をひた走るアルデカルドスの一団は、その途中で追手の脅威を細分化するため、幾つかのグループに別れた。

 

 Vとパナムが駆るバシリスクが、古い密輸用トンネルの中を突き進んでいく中、アルデカルドスの古参メンバーである老人――キャシディ・ライターの車は東へと進行方向を変えていた。

 

 同じようにキャロルが運転する車は、新参者のジュディとルーシーを乗せて西回りに走り続けた。

 

 やがて砂嵐を抜けて視界が開けると、既に太陽は沈みきっていた。

 

 黄金色に照らされていた大地は、すっかり闇色に変わり果てている。

 

 後部座席に肩を並べて座っていたジュディとルーシーは、車窓から見える外の夜色にかつてないほどの静寂を感じていた。

 

 それはナイトシティではなかなか味わうことのできない、夜の静けさ。

 

 実際は出発してから鳴りっぱなしのエンジン音が、相も変わらず耳に響いているのだが、しかし今だけは、そんな耳障りな音さえも気にならないほどに、大自然の沈黙に浸ることができていた。

 

 ここには自己主張の強いホロの広告塔も、ギラついたネオンの灯りも、そして鬱陶しいコーポのロゴも存在しない。

 

 ルーシーは徐に窓を開けると、身を乗り出すように頭を外に出した。

 

 生温かい風に頬を撫でられ、銀色の髪が激しく揺れ動く。

 

 視界を遮る髪を掻き上げながら夜空を見上げるが、そこに見慣れた光の姿は無かった。

 

 方角や角度がそうさせるのか。

 

 それとも雲に隠れて見えないのか。

 

 ルーシーにとっては長年夢の象徴だった月は、彼女の前には現れなかった。

 

 代わりに頭上に瞬いていたのは、まるでプラネタリウムのような満点の星々だった。

 

 

 

「凄い光景ね……。BDに記録したら、いい作品が作れそう……」

 

「そうね。月も良いけど、これはこれで……」

 

 

 

 ジュディとルーシーの口から、感嘆の声が思わず漏れる。

 

 ルーシーは夜空を照らす綺羅星を見つめながら、かつてデイビッドに告げた自分の言葉をふと思い出す。

 

『月が無いから星が綺麗に見えるのよ』

 

 眼前に広がるそれは、あの時と同じ。

 

 デイビッドとバイクをタンデムして見に行った、美しい星月夜とまさに同じだった。月は隠れ、代わりに無数の星々が月と同じくらいに光り輝いている。

 

 もう、十分かもしれない。ルーシーは思った。

 

 月へ行くという、かつての夢は既に叶えた。

 

 恋人と一緒に行くことはできなかったし、心が満たされたかと訊かれれば、正直なところ首を傾げざるを得ないけれど、それでも人生に1つの区切りをつけられたのは確かだ。

 

 だからこれ以上、月に拘泥するのはやめようと、心に決めた。

 

 これからはデイビッドとの思い出を胸に、この星空の下で生きていく。

 

 新たな仲間、新たな友人と共に、新たな居場所で。

 

 それは決して自分の夢ではないかもしれない。

 

 ナイトシティを出るのも、ノーマッドとして生きるのも、それは全部、元はVやジュディの夢だ。

 

 しかしそれでも構わない。

 

 多くの人たちの夢を背負いながらも、なおも息絶えず、あの街で戦い抜いたVを見ていて思ったから。

 

 

 

 他人の夢に相乗りするのも、たまには悪くない。

 





※作者の素朴な疑問!

アニメ未視聴者のプレイヤーや劇中のV視点だと、カーネイジGUTSの在処って基本ノーヒントなんじゃ? どうやってVに見つけさせよ……。
   ↓
誰かに教えてもらえばいいんじゃない?
レベッカにゆかりのある人とかに!
   ↓
そんな人いたっけ?
ルーシーやファルコ以外みんな死んでるんだけど……。
   ↓
いたじゃん! 可愛いネットランナーがもうひとり!
   ↓
え? え~……あー……。
   ↓
アァー! イタネ! イタイタ!
サーシャっていうレベッカの大親友!!(不正なアクセスを検知)
   ↓  
じゃあサーシャにその役を担ってもらおう! 彼女も死んでるけど……。
ついでにレベッカとの友情話も作っちゃおう!!【ってことで、次回ここw!!】
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