【連邦標準暦2200年1月29日 リヴァティア星系第7惑星ヴィ・シムニ衛星軌道上 建設船カル・ドヴァ号艦橋】
凍てつく真空に剥き出しになった岩石が広がるこの不毛の星で、汎用星間建設船カル・ドヴァ号は将来の運用試験も兼ねた外惑星での資源開発を行っている。その第一号である、ヴィ・シムニ鉱石採掘ステーションの建設は折り返しを迎えていた。
恒星の光が届き辛い氷漬けの地、という過酷な作業環境への回答として『衛星軌道上からコンポーネントとモジュールを降下させて、現地では接続させるだけ』という大胆なアイデアは、今のところ成功を納めている。
ティオネスの建築学は
「よし、採掘機構の設置は終わったな。」
端末で報告を読み取った艦長は、机に置かれた合成樹脂製の無骨な容器を手に取りから蒸留水を喉に流し込む。
それを一瞥した副長は頷き、次の課題とも言うべき事柄を読み上げた。
「ティアノスからの搬入が済み次第、改修装甲から設置を始めます。それと稼働開始後の人員について、上から指示が来ています。」
「ちっ、今日は折角の記念日だからクルー全員で張り付いて例の“儀式”を見ようと思ったのに、全然終わらねえじゃねえか。」
天を仰いでぼやく艦長だったが、副長は意にも介さず平坦な調子で朗報を告げる。
「誰かさんがそう言うと思ったのか知りませんが、上の連中はご丁寧にも編成作業開始日を明後日に設定してくれてますよ。良かったですね。」
「本当か!」
「ええ、本当です。」
二人は破顔して堅く握手をする。
一気に残りの水を飲み干した艦長は、緊急艦内放送用の拡声器を手に取り叫んだ。
「作業中断!総員乗艦し、艦橋または艦内観測所において待機せよ!」
副長は割り込んで軌道修正をする。
「30分後に衛星軌道上を離脱し、星系外縁部へ出航する。ただし保守点検要員は居住仮設ユニットにてそのまま残留せよ。以上。」
副長は頭を抱えながらため息をつくが、艦長はティオネスには珍しい顎髭を撫でながら豪放に笑った。
【翌日 連邦標準時午前11:25 リヴァティア星系外縁部 調査船ジャル・バヴァーク号艦橋】
「『大出力エネルギーによって恒星重力圏から外れた星間空間のある一点の位相を歪ませて拡大し、それによって生じた“穴”の内部へと突入すれば、三次元空間である星間空間を四次元的に通行することができる。三次元の物理的距離に囚われず、また通常時間軸ともずれた
端末に書かれたマニュアルを読み返し、副長はそれを作った自らの年下の上司を見た。
「おいおい、確かに私が理論開発チームの一員とはいえ、買いかぶり過ぎだよ副長。」
「そうですか?少なくともこの技術は無限の可能性を我々にもたらす福音のように感じましたが……」
ヴィマスはしばし沈黙を置いて語りだした。
「星間空間のある一点、と言っても座標を自由に設定してハイパースペースへの“穴”を開けることはできない。そしてそういったの中で永続的に航路にできる“ハイパーレーン”の突入点はさらに限られている。経路は無限ではないんだ。実際、このリヴァティア星系にいる我々が航路として使えるレーンは3箇所しかない。」
「なるほど……我々の科学はまだまだということですか。」
「まあそれでも数ヶ所はあるというのが救いだ。この銀河に複数ある“腕”の間ですら、理論上レーンが存在し得ると考えられるのも大きい。」
一息で話し終わると、彼女は首から下げた開閉式ペンダントを開いて、中の写真を見ながらしばらく物思いにふけっていた。
「……いや、スケールの大きい話です。ところで、なにか個人的な面でも含む所がありそうでしたね。」
その言葉を聞いてヴィマスはペンダントを閉じる。
「ルヴィレせんせ…主任や何度迷惑をかけたか分からん。他の教授にも。私はたまたま運が良くてそこにいた学生だった、それだけだ。」
「まあ、艦長は控えめに言ってその、大雑把ですからね。」
あまり取り繕えていない婉曲表現が彼の口から出た。
「ハハ、こいつ言わせておけば……」
しばし談笑に花を咲かせていると、アナウンスが響いた。
『艦長、建設船カル・ドヴァ号より通信です。』
「読み上げろ。」
『はっ。
[我、貴艦の無事と成功を祈る。全ての星間航海の先駆けを努められたし。]
……以上です。』
「わざわざ見に来たのか、宇宙開発総局の連中は。この船がその目前で塵と化すかもしれないのに、物好きなことだ。」
「周辺探査が進めば彼らも外宇宙航行を始めることになるので、『その前にとにかく一目見ておきたい!』とかそういうことでしょう。」
「全く、実験動物になったつもりはないぞ。」
「では、哀れな小動物ではなく勇者であることを証明するとしますか。」
「ああ、その通りだ。」
ここで会話を切り上げ、ヴィマスは通信回路を開いた。
最も固唾を呑んで航海の始まりを見ているであろう場所―連邦大統領官邸に向けてである。
【同刻 連邦大統領官邸】
連邦議会大議事堂、ティアノス宇宙管制センターと3箇所が繋がった通信ネットワークに割り込んでくるものがあった。
「連邦標準時午前11:30。定刻です。」
「調査船ジャル・バヴァーク号より通信回路開きます。」
ホログラムにヴィマスらの姿が映る。距離のせいか画質は多少低下していた。
「いよいよですね。」
『はい、大統領。計画通り本日正午を以てデレス星系へのFTL航行を開始します。』
「これから始まる外宇宙探査ミッションは、船員の交代はあれど期限は無期限に設定されています。船長、貴女はおそらく二度とティアノスの大地を踏むことはないでしょう。」
『覚悟の上です。別に名残惜しむ物もありませんし。』
「分かりました。……この実験が成功しようとしまいと、その勇姿は歴史に刻まれるものです。我らティオネスは貴女方を忘れることは未来永劫ないでしょう。旅の無事を祈ります。」
『……感謝します。それではお元気で。通信終了。』
【ジャル・バヴァーク号 艦橋】
「見事に言い切りましたね。ちょっと無愛想で
は?」
「人気取りのパフォーマンスに付き合っていられるか。私はそういうのに興味がないんだ。」
「まあ確かにそういう貴女だからこんなミッションができるのかもしれませんね。」
「それに、これから行く場所は事前観測でかなりのことが分かってるからな。まだはしゃぐ時じゃない。異星探検は面白そうだが。」
副長は端末で情報を検索した。
「確か、第3惑星がティアノスよりサイズは小さいが大海のある居住可能惑星でしたっけ。」
「そうだ。こいつ以外にも色んな惑星探検ができることも楽しみにして、行くとしよう。」
「了解!」
そして船は動き出す。
「ハイパードライブの冷却終了。始動最終段階!」
「レーン突入点形成。ハイパースペース経路確立!」
「銀河標準方位南方、5時方向。針路、デレス星系。天球ジャイロ展開!」
「エネルギーデフレクター出力最大。主機異常なし!行けます!」
報告を聞き終わったヴィマスは静かに告げた。
「カウント開始。」
「カウント開始!30秒前!」
緊張し、震え気味の声が艦橋に響く。
船はハイパードライブの放つエネルギーとデフレクターの干渉で青い光に包まれて輝く。
現実空間と
そして声の反響は30回目を迎える。
「航行開始!ワープイン!」
「ワープイン!」
一際大きな光が船を包み、やがて完全に姿を消した。無論、現実空間からであるが。
完全な静寂が航海を見守る人々を覆う。一瞬が永劫に反転したかのような時間が流れた。
「ハイパースペース通過終了!ワープアウトします!10!9!8!……」
「身体固定!防護姿勢!」
「……2!1!ワープアウト!」
船が現実空間へと戻る。その衝撃で多少船が揺れた。
しかし、紛れもない成功であった。
その証は全員の肉眼にはっきりと写っていた。
「星が……赤い……!」
「あれが……デレス……」
そう、リヴァティアの白い光ではなく、真紅の光球―デレスの光が彼らを照らしていたである。
「艦長、成功ですね。」
「ああ、やったんだ。だがこれからが忙しいぞ。」
「とりあえず、この吉報を早くティアノスに伝えましょう。」
「任せる。」
副長は手早くFTL通信の準備を整え、回路を開いた。
もちろん、それを受け取った側が大歓声に包まれたことは言うまでもない。
「どうだった?」
「問題ありません、大はしゃぎですよ。それと理論通り、我々の経過時間と向こうの時間も一致しています。」
「それは良かった、受け取る側が3200年とかだったら洒落にならんぞ。」
「そうなってたら自殺してましたよ。」
ところが際どいジョーク混じりのやり取りは始まった直後に中断させられることになる。
「海だ!海が見えるぞ!」
「島の形がティアノスと全然違う……!」
「未知の海、未知の大地!すげえ!燃えてきた!」
そう、もう一つの強烈な経験―新たなる“海洋型”惑星―デレスⅢである。
未知が今、彼らの目前で青く輝いている。
「お前達、聞きたいことがある!好きな物は最初に食べたいか?」
ヴィマスは微笑みながらクルーに告げた。
「「「「「食べたいです!!!」」」」」
熱狂に包まれた返事が上がる。
「では、食べに行くぞ!」
「「「「「了解!」」」」」
「針路、デレスⅢ衛星軌道!通常航行開始!」
飢餓にあるような強烈な欲求を帯びて―知的好奇心という名の食料を探しに―青い炎が船に灯る。
〔外宇宙探査プロジェクト開始〕
〔調査対象第1号――デレス星系第3惑星〕
ハイパースペースの理論はかなりガバがあると思うので温かい心で見逃してくださるとありがたいです。