あの日から、私はずっとあの方を追っています。
下劣で醜悪で臭くて気色の悪い不潔な筋肉の塊に掴みかかられ、大切な角を鷲掴みにされて、あまつさえ力ずくでへし折られそうになった時。
黒い風のように駆けつけたあの方が、私を間一髪で救ってくれました。
あたりに無差別に雷撃を散らしながら、必死の抵抗も意味なくされるがままだった私を救ってくださったのです。
あの唾棄すべき不快で無礼で粗忽な筋肉だるまの下品な顔面が、あのお方の紫苑の靭尾が強烈にはたかれて歪むあの瞬間は、胸がすく思いでした。
命拾いした私は、けれどすぐに状況がつかめませんでした。
ただ、あの醜くて野蛮で汚らしくて浅ましい醜悪な汚物と相対する紫苑の狼鳥が、私にはとても気高く映ったのです。
全身がボロボロの傷だらけで、体の部位のあちこちが欠損しながら、それでも、毅然と佇むあの姿が。
嗚呼。あれを貴いと呼ばずして、なんと言いましょう。
認めたくはないですが、あの低俗で見すぼらしい愚劣な野獣は強力です。
強い腕力があり、頑丈な体を持ち、高速を捉える目と俊敏に動く肉体を持っています。
それは、強者の器でした。
生き物には格というものがあります。
強い生き物は生まれた時から強きことが保証されています。
それは、逆もまた然り。
強い生き物が強ければ、同時に弱い生き物は弱いのです。
強さと弱さは相対的なものであり、つねに生き物には序列が決められています。
通常、これを覆すことはありえません。
──ですが、あの方は例外でした。
黒い汚物は、業腹ですがあのお方よりも格上です。これは確固たる事実でした。
私を救う形で先制こそ取りましたが、それは不意を打ったからこそ。
汚物畜生が反撃に転じたとき、あの方は深手を負い、やがて命を落とすでしょう。
私はそう確信し、事実そうなろうとしていました。
ボケナスゴリラが大地に腕を突き入れ、巨大な岩塊を引き抜いてあの方へと投擲しました。
剛腕から振るわれる岩塊は、高速であの方の元へと向かっていきました。
避けることも壊すことも、ましてや耐えることもできません。
咄嗟に私の雷で砕こうにも、あの下劣畜生に強い負荷を掛けられた直後でうまくコントロールが効きませんでした。
ですがあのお方は、私の予想程度は容易く超えてくれました。
放物線を描いて飛ぶ岩塊の下を、這うように滑空して潜り抜けたのです。
強靭な脚力で大地を蹴って超低空を飛び、デブカス変態ゴリラに肉薄したあのお方の戦いの、なんと苛烈なこと。
それより先は、互いの全てを出し合う意地のぶつかりあいでした。
拳で殴り、クチバシで貫き、掴みかかり、火炎を乱射し、互いに咆哮を上げていました。
これが理性的な生物どうしの戦いであったなら、勝負は一瞬でついていたでしょう。
揉み合いの中でドブカスの黒獣があのお方を顔を殴り、致命傷を与えていたからです。
クチバシの半分を粉砕し、もう半分がひび割れるほどの痛撃。
尋常の縄張り争いであれば、これが決着です。
最後にゲロシャブ低能チンピラゴリラが咆哮を上げることで、格付けが終わっていたはずです。
ですが、あのお方は。
──はい、はい。
ああ、あの気高き黒狼鳥は、決して"まとも"ではなかったのです。
私は心が震えるようでした。
殴り潰された顔面で、真紅の隻眼を輝かせてカスのゴリラをもう一度ぶっとばしたのです。
それが合図でした。
汚らしい牙獣も、あの時理解したのでしょう。
この戦いが、どちらかが死ぬまで終わらないことに。
──最後に勝ったのは、あのお方でした。
戦いは丸一晩続きました。
強かったのは、黒き獣のほうです。
弱かったのは、黒狼鳥のほうです。
ですが、勝ったのはあのお方でした。
勝敗を分けたのは、なんだったのでしょう。
覚悟でしょうか。意地でしょうか。戦意でしょうか。狂気でしょうか。
あの矜持が、振る舞いが狂気の産物なのだとしたら。
あの気高さと美しさがが狂気の産物なのだとしたら。
まともなことの、なんとくだらないことでしょう。
ですから、私もまともであることをやめようと思いました。
曲がりなりにも、私は『古きもの』の血族です。
今を生きる竜種とは、似て非なる一族。
故に、竜種と我々とは距離を置いて生きるものとされています。
ですが、それももうやめです。
今さら知ったことじゃありません。
狂気がこれほど貴いのなら、私がこのお方を支えないと。
この方は、まともに生きてはいけない。
この方は、戦うことしか知らないのだから。
私が支えよう。
そう決心しました。
でも、私を見るやいなや傷が開くのも構わずに突撃してくるのだけは、どうかよしてくださいませんか。
キリンさんは多分敬語だよね