今回は大きな戦いのない幕間に近い物語。
むしろ本番は次回からかな。
「いやちょっとぉ!?」
「うるさいぞ山田」
「いやいやいやいや、うるさくもしますとも先輩!? どういうつもりなんですかっ!?」
バージルの言葉にいち早く反応したのは現四天王のひとりであり、バージルの後輩でもある少女山田だった。
彼女の問いについてバージルは特に答える事もなく、さっさと踵を返してこの学園における自身の定位置、図書館へと足を向ける。
その様子に納得できないと言わんばかりの山田は彼について詰問のように問いかけた。
「何故? どうしてですか? あのままいけば、貴方がっ」
「そも、四天王の座位に興味は無い。既にそのことは伝えていたが?」
「とはいえ、態々得られる地位を放棄してまで、切り上げる必要なんて無いでしょうにっ!?」
「四天王の座位に興味が無いからこそ切り上げたのだ。そこにそれ以上の理屈はない。だから、貴様の事を見下したわけではないぞ? ナギ・ス・ラガール」
バージルはそう言うと、未だに不平不満を漏らしている山田を無視して、バージルに鋭い視線を送って来ていた少女に向けて声をかけた。
その言葉にナギは不機嫌さを見せる。
そして、それと同時に自身が不機嫌さを見せた事に対して、驚きの感覚を抱いた。
彼女の目的は父の目的を叶える事にある。
そしてそれだけしか抱いていない。四天王職にだって彼女自身はそれほど執着はない。それこそ、父が望まないのであれば、こんな試験に出てくる事はなかっただろう程度の関心しかない。
故に。
「私も、四天王試験に対して大きな興味は抱いていなかった」
言いながらナギは魔力を高めたまま、バージルと向き直る。
そんな彼女の様子を見て、バージルは良い傾向だと彼女に向かって構え直す。
「だが、何故だろう、貴様相手には胸が苛つく」
ふくれあがる魔力。
緩やかに、淀みなく紡がれる詠唱。
闇属性の破壊光線。
即ち黒色破壊光線。
その照準が明確な殺意をもって、バージルに向けられているという現状。
それを止める事は周囲の四天王はおろかガンジーにすら出来なかった。
全力で放たれるで有ろう黒色破壊光線の威力は知っているはずなのに、場の空気があるいはバージルが放つ圧倒的な存在感が、二人への干渉を拒んでいた。
「黒色破壊光線」
漆黒の魔弾が放たれる。
手加減など一切されていない、現存する魔法使い最高峰の威力を持った破壊光線。
それが、バージルに迫る。
不意に、柄から刀を抜き放つ音が聞こえた。
あまりにも自然に、あまりにも緩やかに、されど瞳に映る事さえ許さない高速をもって抜刀されたその一撃は、閻魔刀の魔力とバージルの力量が合わさって次元を割断する斬撃となってナギの放った黒色破壊光線とかみ合って見せて。
一瞬の拮抗さえ許さず、黒色破壊光線を切り伏せて見せた。
抜き放たれた剣がゆっくりと納刀されていく。
最後に僅かな金属音を立てて、自身の武器を腰に戻した後、バージルは問いかけた。
「満足したか? ナギ・ス・ラガール」
「なるほど、今はお前の方が強い。認めよう」
そう言いながらもその瞳に宿る光は剣呑な色を消す事無く、射貫くかのようにバージルに向けられている。
だが、その視線を当然のように無視して、バージルはナギの事さえも無視して、その場を立ち去ろうとする。
「だが、だが……だ。次は、いやいずれは必ず私が上に立つ。そのことを覚えていろ、バージルっ!!」
その言葉を聞いてバージルは歩みを少しだけ止めた。そして、彼女の方へと視線を向ける。その目には僅かな驚きの色が見えていた。そして彼女に対して問いかける。
「俺を越えたところで、お父様は喜ばないぞ?」
「この身の内より出でる感情に、お父様は関係ない。ただ、私がお前を打倒したい。それだけの事。そこに、何の不都合がある」
「……不都合はないが……」
驚いた。
その言葉を飲み込んで、されどナギにそれ以上の何かを返すでもなくバージルは歩みを再開させた。
その驚きは、この先の史実を知るが故のもの。
父の愛を求め、父に裏切られ、そして破滅の道をひた走るはずの少女にこんな感情があったというのは、間違いなく驚くべき事だ。
あるいはこの熱情を抱く姿こそ、彼女の本来の姿なのかもしれない。
父親に狂わされる事無く、まっすぐに育てば、魔法使いとしてのプライド高く、負けず嫌いな性格に育つはずだったのかもしれない。
「業か」
彼女本来の性質全てを塗りつぶし、魔法使いとしての在り方のみに価値を求めた彼女の父親。
それは確かに人の業の深さなのだろう。だが……
「それを、否定できる立場にもまた、無いか」
力を求め、力のみを求め続けている自分自身には特に。
自嘲するではないが、ふと、そんな事を思いつつもバージルは何時もの図書館に入り、小難しい魔法書を読み始めた。
暫くして
どうやら、後のごたごたの片付けをし終えたらしい山田が、図書室へと入ってきた。
バージルは入ってきた彼女に一瞥だけ送ると同時に、興味を失ったかのように再度読書へと戻る。
そんな彼の近くに山田はつかつかと近寄り、そしてバージルから本を取り上げようとして、その瞬間バージルに本をぱたりと閉じられてつかみ損ねた。
「……なんだ? 山田?」
「なんだ? では有りません!! どうして、どうしてですかっ! あのままいけば四天王になれたというのに」
「その問いには以前答えただろう。四天王の座位に興味が無いからだ」
「っ……」
バージルの言葉に山田はとても悲しそうな顔をした。
らしからぬ、悲痛な表情。
その表情を見せられて少しも心が痛まないと言えば嘘にはなる。されど
「……俺にはやる事がある。それを成し遂げるためには四天王の座位なんぞにかまけている暇はない」
「やる事。……では、それは一体何なんですか。一体何が貴方をそんなにも駆り立てるんですか?」
「力だ」
「は?」
「だから、力だよ山田」
そう言うとバージルは閉じていた書物を再び開き、読書を再開した。
その様子を見ながらも、山田の問いかけは止まらなかった。
「力。先輩はもう既に十分強いと思いますが?」
「足りない。まだまだだ」
「先輩ほどの力量を持ってまだまだ、なのですか?」
「ああ。当然だ。俺が理想とする在り方にはほど遠い」
「……四天王の地位にあれば力の追求、研究にプラスになる事もあると思いますが……」
「必要ない。四天王につけば余計なしがらみも出てくるだろう。そのしがらみは邪魔だ」
「しがらみ全てを邪魔だと切り捨てるその在り方はとても悲しいですよ先輩。その在り方は孤独です」
「自ら望んで高みを目指し、その果てに至った孤独は孤高と呼ぶべきだ。そこを間違えるな」
「言葉遊びには興味ないですよ、先輩。私が知りたいのはどうしてそう、一人きりになってまで力を求めるのか。多くの人の力を借りて、多くの人と共に手を取り合って生まれる力。その力の方が大きく強いのに」
「その力を手に入れるのは、俺の役目ではないからだ」
「え?」
「しゃべりすぎたな。もとより貴様に納得して貰いたいとは思っていない。ただ、俺の四天王就任はあきらめろ。力の有無で言うのであれば、あのナギとて、十分四天王にふさわしい力を示しただろうに」
「……彼女ではこの国を変える人材にはなり得ませんから」
「……」
山田の悲痛な声にバージルは押し黙った。
山田の言葉が的を射ている事を理解しているからだ。
だからといってバージルに四天王をする気はかけらも無い。
ゼス王国での目的は既に果たした。
三つ目の魔具を既に手に入れたからだ。
そんな彼がゼスにとどまる理由は薄い。
だけど、そのことを彼女にそのまま伝えるにはあまりにも酷だった。
何より、自分自身がこの国を離れるつもりである以上は特に。
「いずれこの国が変わるときも来る」
だからだろうか、彼女に予言のような、すがるための言葉を残そうと思ったのは。
「ふふ、それが一体何十年先になるのか、私は不安で仕方ないですけどね」
「いや、存外短い期間で変わらざるを得なくなる。その時に少しだけ力を貸してやろう」
その言葉に山田は小さく息をのんだ。
それはバージルが力を貸すなどと言う言葉を出した事による驚愕だった。
それに加えて、この国の変革を予見した事もそうだ。
悪習はびこるこの国が変わる事など、そうそう無いと四天王筆頭である山田をして思えない。だと言うのに。バージルの言葉にはどこか人を信じさせるモノがあった。
長いため息が山田より漏れた。
それは納得できない事を無理矢理に納得するための区切りとしてのため息だ。
それを聴いてさえ、バージルの心内に一切の躊躇いは生まれなかった。
それ山田は彼の表情を見て悟りながらも、そういう男だからこそ信が置けるのだとも思う。
地位や財に固執する事無く、ただその言葉のトオリに力のみを追い求めるその有りざまは、決して正しいとは思わないが、確かに人を引きつける魅力があった。
「それで? 先輩はこれからどうするんですか?」
「どうするとは?」
「とぼけなくても、先輩がこの学園に残るつもりがないってのは分かりきっています。無口ではありますけど、無表情というわけではありませんから、先輩は」
その言葉にバージルは僅かに眉根を寄せた。
わかりやすいつもりはなかったが、表情に出ると言われた以上、洞察力に優れたタイプを相手にするときは気をつけなければならないと、少しばかりずれた事を考えながらも、山田には伝えておくべきかと言葉を紡ぐ。
「魔軍領に入る」
「は?」
「魔軍領に入る」
「い、いや、聞こえなかったとかそう言うのではありません。いや、正気ですか?」
「人の領内で求められる力には限度がある。そして、俺の場合は限度が近い。これ以上を求めるのなら魔軍だろう?」
「それは……そうかもしれませんが……死にますよ?」
「死ぬならそれまでの事。だが、死ぬつもりはない。この魂の渇望。その果てにたどり着くまで、俺は決して死にはしない」
そう言いながらバージルは黙々と本を読み続ける。
残るページは少し。
それを読み終えれば、彼はきっとこの場所を離れるのだろう。
それを止める事は出来ない。
だから。
「はぁ……」
山田は大きなため息をついた。
そして、先輩へのせめてもの餞として一枚の書類を書き上げて、バージルに手渡すと図書館を立ち去る事にした。
送ったのはマジノライン通過の許可証だ。
四天王筆頭としてのサインを書いた正真正銘の本物。
そこにこめられた意図を、受け取ったバージルは理解して苦笑する。
「戻るつもりはないさ」
魔物と闘うための絶対防衛ライン。
その場所の通過許可とは即ち。
その場所を通ってでも構わないから無事に帰ってきて欲しいと願う、少女の小さな思いだった。