四月に入って、ちょっとだけ忙しくなくなったので、こっそりと投稿。
これからもよろしくお願いします。
ユキの首をはねた後、彼女のために紅茶を入れて魔人ラ・サイゼルの城にて振る舞う。
なるほど、言葉尻だけ聴けば狂気の沙汰だ。
だがまあ、この使徒相手にはこんな対応で構わないだろうとバージルは半ば投げやりに思っていた。
「おいおい、グラグラ煮えてるじゃねーか。紅茶の入れ方も知らないとかどこのお坊ちゃまだ、てめぇ」
「生憎、味を気にする質ではなかったんでな。そも、首だけになって飲めるのか?」
「は? 飲めるわけねーだろ。常識で考えてくれませんかねぇ。ケケケケケ」
「だろうとは思っていたが、それは演技なのか本気なのか判別がつかんな」
「んー? 演技かもしれねーし、演技じゃないかも? まあユキちゃん的にはどっちでも?」
「そうか」
良いながら窓際のテーブルにユキの首を置き、その生首に相対するようにバージルもいすに腰掛ける。
すると、軽い足音を人ならざる気配を感じ取った。
この城……一軒家の主。ラ・サイゼルだろう。
「ただいまー。ユキー? いるー?」
「はいはいここにおりますぜーサイゼル様ー。ちいっとばかし衝撃的姿で客もいますけど?」
「客ー? 火炎書士か誰か?」
「火炎ちゃんなら良かったんですけどねー。いわゆる招かれざる客って奴ですよー」
「は? いや、だったらさっさとたたき出しなさいよ……?」
そう言いながら、ユキ言葉の元へとサイゼルはたどり着いた。
そこで見たのは、優雅にカップを薫らせるバージルと、首だけの姿となってその前に置かれている首だけとなったユキの姿だ。
サイゼルは自分自身で使徒の事をそんなにかわいがっていないと思っていた。
感性が常人とあまりにも異なっている彼女のことを可愛がるような酔狂では、自分ではないと。
だから、存外自分は酔狂だったのだと驚いた。
故に。
「氷雪吹雪」
何の躊躇いもなく魔法を放つ。
逃がすつもりのない範囲攻撃。
部屋一つを当然のように埋め尽くすその一撃は、絶対に回避を許さないという彼女の強い意志と殺意が垣間見える。
それをバージルはもろに受けた。
回避しようが無い、必中必殺の一撃は一瞬でバージルを凍結させた。
「……で? 何でアンタは首だけにされてるのよ?」
「この兄ちゃんにちょっかいかけたら返り討ちにされた、みたいな? んで首ちょんぱされて体粉々にされて愉快なオブジェ状態に。ケケケケ、ウケる」
「いや、全然ウケないんだけど……」
「まあまあ、そんな事よりもその兄ちゃんそんくらい強いんですよサイゼル様」
「は? まあ、使徒のアンタが後れを取るくらいだから、そりゃ強かったんでしょうけど。……何が言いたいわけ?」
「つまり、そいつ死んでねーっすよ?」
その言葉と同時に氷が砕ける音が響き、サイゼルの首筋に力がかかるのが分かった。
襟首を捕まれて投げ飛ばされそうになっている。
そう認識できた頃には、既にバージルの行動は完了しており、窓より家の外に向かって投げ飛ばされていた。
地面に叩き付けられる前に気づけたのは奇跡に近い。
空中でくるりと回り、翼をもって羽ばたいて滞空しながら自身の家の方を眺めてみれば、投げ出された窓では、バージルが態々ユキの頭を窓際に置いているのが見えた。
「ケケケケ。余裕だなテメェ」
「ふん。同僚になる者の力量把握はしておきたいだろうとの配慮のつもりだったが、余計な世話だったか?」
「ケケッ。ケケケケケケケケケ」
この状況下。
魔人という絶対強者に敵意を、あるいはそれを越えた殺意を向けられているというのに、普段の冷静なそぶりを崩さないバージルの在り方に、ユキはこいつの方こそよほど狂っていると笑い転げた。
ふわりと窓より音もなく着地するバージル。
そんな彼を強敵と見なしたか、魔人ラ・サイゼルは魔力を滾らせながら自身の得物。
魔力充足。
即座に射撃。
並のスノーレーザーの威力を上回る大魔法にも似たそれを、バージルは余裕を持って回避してみせる。
即着する魔法をかわす絶技。
その息飲む力量さえどうでも良いと切り捨てて、サイゼルは冷徹に思考を巡らせながら魔法の連射という手段をとった。
しかし、それでさえバージルにはかすりもしない。
されど、それで良いと、上から見下ろすサイゼルは射撃を続ける。
着弾した場所が凍り付き、バージルの周囲を埋めていく。
少しずつ足場を凍らせる事で、逃げ場をなくす彼女らしからぬ迂遠な一手はさりとて見ているユキをしてうならせる戦略だ。
本当にらしくない。
激情に身を任せて突撃するするかと思いきや、上空より一方的に撃ち続けその上で相手の退路を少しずつつぶして最後に。
「終わり」
詰めに放つのは最初に放った僅かに為を用いる高威力の一撃。
直撃すれば人間はおろか、同じ魔人であってもただでは済まないほどに威力を高めたその一撃。
それを逃げ場を失ったバージルに向けて放つ。
恐ろしいほどに冷徹かつ、完璧な回答だ。
少なくともこの戦術をとられては普通の人間では彼女に太刀打ちできる者はいないだろう。
人は空を飛べず、あらゆる遠距離攻撃は魔人であるサイゼルの前には無力なのだ。
無敵結界。
人と魔人、魔王を隔てる絶対的な神の法。
それをためらいなく駆使した戦い方は見ているユキをして戦慄させた。
「そう。それが一番強い」
故に。
サイゼルが魔力を溜める僅かな間隙。
その時につぶやかれたバージルの一言は、あまりにも余裕が過ぎて。
「だから、その手を取らせるために貴様を利用させて貰ったぞ、ユキ」
直撃する。
その一瞬前。
バージルがその剣を抜き放ち、円を描くように閻魔刀をくるりと回した。
軽く回されたように見えたその刃は、直撃するはずだった高出力のスノーレーザーを絡め取り。そして、そのまま打ち返す。
「「なっ!?」」
驚愕の声音は主従の多重奏で辺りに響く。
スノーレーザーは高出力であればあるほど威力が高くなる。
されど、それは同時に魔法に物理の要素を付与する事にも等しい。
スノーレーザーの高出力化とは即ちレーザーの極低温化である。
スノーレーザーの出力が高くなればなるほど、レーザーの温度は低温限界、絶対零度に近づいていく。
そうする事で、威力が上がり触れる者全てを凍らせる一撃へと変貌していくのだが、そこにこそ数少ないサイゼルの突破方法をバージルは見いだした。
絶対零度に近づけば近づくほど、あらゆる物を凍らせる魔の一撃に変わっていくのは確かだ。
だが同時にそれはレーザーが直進する大気に含まれた水分を、あるいは大気そのものを凍らせて物理的エネルギー、運動エネルギーを纏う事に等しい。そして運動エネルギーを纏った凍てついた物体は物理の範疇だ。
故に。
音速を超え亜光速に近しいスノーレーザーも運動エネルギーを発生させたがために若干その推進速度を落とす、同時に物理的干渉があるのであれば、そのまま跳ね返す事もまた物理的干渉で可能だと、バージルは考えたわけだ。
とはいえ、それは机上の空論だ。
いくら何でもレーザーを打ち返すなんて行為、出来るはずがない。
いくらバージルの力量が人知を越えた領域にあるとして、まず反応速度が追いついてこないはずだ。
それこそ、どこに着弾するかあらかじめ理解していなければ。
と、そこまで考えてユキはバージルの言葉を思い出した。
自分を利用させて貰ったと言う言葉それは、即ち。
彼女を利用してサイゼルを激昂させる事で、人間相手に本気の手段をとらせるために利用するという意味にほかならないという事を。
激高した彼女が有無を言わさずバージルを攻撃する事も、絶対に人間では手を出せないであろう領域に舞い上がる事も、そしてそこからとるであろう手段に至るまで完璧に計算され尽くしている。
その上で導き出された作戦だ。
いくら最強の手段をとったとて、彼女が一瞬で考えている作戦である以上その精度がバージルが用意していた物に劣るのは自明の理。
故に、目の前の結果は必然だったか。
墜ちる。
自身のスノーレーザーを跳ね返されて、翼に着弾した結果凍てついた翼をもっては空に有り続ける事かなわず。
それでも、着地時の衝撃に耐えてサイゼルはバージルをにらみつけた。
凍った翼は動かない。
墜ちた衝撃は彼女の全身を強くたたき、その身をふらふらにしている。
だが、それだけだ。
無敵結界は未だに健在。
魔力だってまだまだ残っている。
この程度で負けるつもりはない。
その意思を強くのせて視線を向けたバージルの姿は、されどその好機を逃す事無く詰めてきていた。
目の前に現れる。
そしてバージルは閻魔刀を振り抜いた。
ぐしゃりと何かが叩き付けられたような音が響く。
そして同時にバキンと何かが壊れたような甲高い音も。
瞬間、サイゼルに痛みが走る。
無敵結界を貫通してサイゼルの翼が砕かれた痛みだ。
信じがたい痛みに、あるいは人間にこんな痛みを与えられるとは思ってもいなかったが故の痛みに彼女は絶叫した。
何故、どうしてという感情が彼女の意識を満たす。
しかしその答えは与えられる事無く、再度振りかぶり振り抜かれた一撃は、凄まじい痛みと衝撃を伴って、彼女の頭部を強打し、今度こそ彼女の意識を虚空へと導いた。