閻魔刀を手に入れたからと言って、バージルが奥州へ向かう必要がなくなったという訳ではない。
手紙、紹介状を書いて貰ったという義理を果たすためにも、あるいは未だ手に入っていないベオウルフの代わりとなる武具を求めるといった意味合いでも奥州に向かう意味はあった。
そのことを北条に告げてその館を辞して既に二日。
驚異的と言っても過言ではない速度でバージルは奥州へと到達しようとしていた。
気配が違う、敵意が違う。
なるほど妖怪の国。
それを理解して尚、悠々とバージルは踏みいると数体の妖怪がバージルの目の前を遮るように現れた。
事実、自分を遮っているのだろう。
全員が敵意をむき出しにしてバージルをにらみつけている。
無論その程度で怯む類いの男ではない。
懇切丁寧に説明すべきか、それとも説明を放り投げて剣を抜くべきか少しだけ迷う。
もとより相手は妖怪だ。滅ぼしたところですぐに蘇る。手加減してやる義理はない。無いのだが・・・・・・
「妖怪王に会いに来た。書状もある。通してもらえるか?」
「妖怪王様に?」
切り込む手段を執る事無く、バージルは懐より手紙を取り出して目の前の妖怪へと渡した。
信長より預かった書状だ。
それを嘗めるように確認すると、妖怪は丁寧に折りたたみバージルへと返してきた。
「王の下へと案内させていただく」
「そいつは都合がいい。嘘はないな?」
「王の恩人たる織田家よりの書状だ。それを無下に出来るほど、俺は偉くはない」
「そうか。その言葉信じるとしよう」
「ただし、かなりの距離がある。ついてこれるかどうかは保証しないぞ?」
「ふん。誰にものを言っている」
その言葉と同時に話していた妖怪の姿がかき消えた。
同時にバージルの姿もかき消える。
凄まじい俊足を飛ばしてかけだしたのを、バージルが追った形だ。
並の人間では、あるいは忍びの類いであっても追いつけないだろう俊足を飛ばして妖怪。天狗は森の中を駆け抜ける。
しかしバージルは悠然とその速度について行っていた。
幻影剣を用いたトリックアップ。
それを連打する事で瞬間移動じみた速力を維持している。
その速度に天狗の男は内心舌を巻いた。
ついてこられるはずがないと高をくくっていた訳だが、こうも容易くついてこられると、それはそれで天狗としてのプライドに触る。
そのプライドを守るためにさらに速度を上げようとした瞬間、幻影剣が真横の木に突き刺さり、そこへバージルが現れた。それに対して驚愕の視線を向ける天狗。その視線に応じるようにバージルはため息をついた。
「案内すると言いながら置いていこうとするな、たわけ」
「む・・・・・・これは、申し訳ない」
「気をつけて欲しいものだな」
気を取り直して、木の上を二人はかける。速度を上げても悠々とついてくるバージルに対して、天狗は彼が並の人間であるという認識を改めた。
しかし、この場所から妖怪王が居城としている場所までかなりある。
ついてこれるかと言わんばかりに天狗は僅かに速度を上げて、それにバージルも悠然と着いていった。
以降およそ二日、不眠不休で走り抜けた。天狗はちらりと横の人間を確認するが、疲れた様子を見せる事無く、黙々と天狗のあとをついてきている。
それを見て天狗は内心舌を巻く。
ここまでついてこれるとは、本当に人の類いか怪しくなってくるが、彼より感じる気配は人間のそれだった。そして何より。
「あそこか」
「ああ」
「ならば、案内はここまででいい」
「良いのか?」
「ふん、既に気づいて殺気を飛ばしてきているのがいる事か?」
「気がついているのであればなおさら、俺が説明をするが?」
「認められぬと言うのであれば、認めさせてやるのも一興だ」
そう言って、バージルは悠然と笑みを浮かべた。
強いものとの戦いを歓迎する修羅の笑み。
その笑みを見て、案内してきていた天狗は小さく冷や汗をこぼした。
この表情を浮かべる類いの存在を、長く生きている天狗である彼はよく知っている。
あの笑みは、修羅などと呼ばれる類いのものが浮かべる笑みだ。戦いを欲してやまぬ、人で有りながらどこか壊れた存在。
実力があるのはここまでの道案内で理解していたが、こんな類いの男だとは理解していなかった。
「あ、おい」
天狗が慌ててバージルに声をかける。
何も警戒心を見せない悠々とした態度で、当然のように屋敷の目の前に歩いて行ったからだ。
その姿に向かって黒い影が奔る。
影の放つ一撃は、間違いなくバージルの首を刈り取ろうとして。
「ふん、ずいぶんな挨拶だな。客人相手にこうまでするか?」
「あら、防がれちゃった。だからその質問に答えるけど、濃密な殺気を叩き付けてくるようなのを客人とは言わないとおねーさん思う訳よ」
ぎちぎちと苦無とバージルの背に負われたミラージュエッジがつばぜり合いをしている音が周囲に響く。
何をやっているんだあの客人は、と天狗は頭を抱えたが、そんな事は知った事ではないと言わんばかりに、バージルは当然のように回答した。
「殺気を飛ばされたからな、返礼だ」
「ああ、なるほど。だから私にだけだったんだねぇ」
「ああ。こちらは客人だ。受け取ったものには礼を返さねば、礼を失するというもの」
バージルの言葉に、襲撃者である折女は好戦的な笑みを浮かべた。
彼女に対しての答えとしては満点の回答だったらしい。
もし、政宗と結婚していなければ彼と結婚するのも悪くはないと考えてもおかしくない程度に。
音が響く。
ミラージュエッジをもってバージルが折女の苦無をはじき飛ばした音だ。はじき飛ばした勢いの儘に距離を取った折女に対して、バージルは即座にミラージュエッジを引抜き、そのままスティンガーで突っ込む。
その一撃を折女は容易く回避した。
真横に飛ぶように回避して、小手調べと言わんばかりに抜いた四本の手裏剣を投擲する。狙いは過たず、バージルの急所に向かって飛ぶが、バージルはその飛び道具を腰の閻魔刀で絡め取った。
「は?」
「返すぞ」
一瞬惚けた彼女に対してからめとった手裏剣を地面に並べ、そのまま一閃をもって打ち返す。
飛来した手裏剣は当然のように彼女の急所を狙ってきていたが、惚けたとはいえそれを回避できない折女でもなかった。
飛んで横に避ける。
バージルを見ればゆらりと納刀しているところで、その光景に背筋に奔るものを感じ取った折女は、避けた勢いそのままにその場に転がって、さらに距離を離す。
彼女がいた場所をバージルの次元斬もどきが嘗めていった。
跳ね飛ぶ様に起き上がる。
甘く見ていい相手ではないと認識を数段階引き上げて、自身の
「ラウンド」
言葉を発したバージルの方を見てみれば、彼は言葉と共にミラージュエッジを投擲するところだった。
回転しながら迫るその一撃を余裕を持って回避する。
しかしながら追尾性能があるようで、彼女の避けた先に向かってラウンドトリップが先回る。
それを見て仕方が無いと、全力でその場を離脱すれば、ラウンドトリップの速度はそれほど速くない、無傷でその技を切り抜けた。
「
同時に目の前にバージルが迫っていた。
足に無茶な負担がかかるのを承知で真上に飛ぶ。
疾走居合い。
バージルが得意とした技。
本来のそれであれば、おそらくはダメージを入れる事が出来ていたのだろうが、この技もまだまだ未完成。
自身の未熟さにいらだちを見せながら、疾走居合いの勢いを殺しながら振り返りつつゆっくり納刀する。
目が合った。
折女の呼吸は乱れている。
対してバージルは呼吸を乱されてすらいない。
その実力の違いに年若く有りながらもこれほどまで差が付けられれば、悔しさすら浮かばない。
せめて、一矢報いると折女が覚悟を決めた瞬間。
「何を勘違いしている」
納刀と同時に空中にいる彼女に向かって、次元斬が放たれた。
「くぅっ!?」
回避する。
くのいち技能による鉤縄を用いた空中移動を用いて。
それで1度目の次元斬はどうにかこうにか回避できた。
折女の予想外は、次元斬が連打できる類いのものである事だったか。
見るからに強力な威力を持ち、ほぼ瞬時に発生する上に飛来する軌道がほとんど見えない飛び道具など、性能として狂っている。
二度目の斬撃を受けて地面に転がった。
ダメージは大きい。
手足がばらばらになるかと思った。
だが耐えた。
しかし、残念ながら三度目の次元斬は流石に耐えきれない。
崩れ落ちる。
地面に血反吐を吐き散らしながら。
「トドメだ」
最後の一撃はミラージュエッジ。
凄まじい勢いで折女との間合いを詰めて・・・・・・
ギィン。
と、金属音が周囲に鳴り響いた。
甲冑纏う一つ目の妖怪。
その妖怪がバージルの一撃を受け止めて見せた音だ。
「とどめの一撃で間に合うとは、流石は妖怪王と言ったところか」
「天狗より事の次第は聞いた。此度の件、我らが不始末と知っているがなにとぞ刀を引いてもらえぬか?」
ぎりぎりと剣の腹に突き立てられたミラージュエッジと刀がぶつかり合う。力がこもり赤熱したそれを見ながら、バージルは不意にあっさりと剣を引いた。
「もとより、妖怪王と事を構えるつもりはない。トドメまで刺すつもりも実際はなかった」
「ありがたく」
あっさりと引いたバージルに政宗は頭を下げた。
そして折女を助け起こすと、バージルに問いかける。
「それで貴公は一体どのような用事で俺に会いに来られたのだ?」
「ふん。その前にそこの女の治療をしろ。死にはしないだろうが、その程度の時間を待てないほど狭量じゃない」
「これは、かたじけない。俺の家で、用件は聞こう」
そう言った政宗の提案にバージルはのって、彼の後に続いて彼の屋敷へと入っていった。
少し遅くなりました。
感想ありがとう御座います。
また次も一週間くらいのつもりですので、宜しくお願いします。