政宗の館にて、バージルはしばし滞在する事になった。
その理由としては、政宗が折女がしでかした事の責を負うとバージルに伝えたからであり、バージルはスパルタ用武具についての心当たりについてを求めたが、やはりと言うべきか、ある種当然と言うべきかスパルタ用の武具についての心当たりは政宗にはなかった。
政宗は妖刀として生まれ落ちた大妖である。
そのためか、刀に関する知識、感覚は鋭いモノがあったが、生憎と小手具足、特に武具となり得るほどの強度と魔性を帯びたものに関してという問いには答えを持ち得ない。
その代替案として政宗がバージルに何か無いかと問われた際にバージルがしばしの滞在を願い出たのだ。
理由は二つある。
一つ目は奥州各地にあるダンジョン探索の拠点として使わせて欲しいという事。
もう一つは、目の前の男。即ち当代妖怪王相手の組み手が目的だ。
それについて政宗は二つ返事で了承とした。
折女の行った事に対する償いとしては破格の安さと言ってもいい内容であった事。そして何より
「折女を容易く打倒するその実力、この身で確かめてみたくないかと問われれば、否というのは嘘になる」
「ふ……。当代妖怪王の期待に応えられるかは知らんがな」
「謙遜を。純粋な力という意味では既に俺よりも上だろう?」
「さてな。レベルによる単純な暴力という意味ではそうかもしれん。しかして、種族としての違いがある。その違いがどこまで出るか。そこもまた問題だろう」
「などと言いつつも自信がある。そう顔に書いてあるが?」
政宗のからかうような言葉に対してバージルは答えない事で回答とした。
その自信のあり方は若さからのものか、それとも確固たる実力に裏打ちされたものなのか。
目の前の男を値踏みして、後者だと判じた政宗は戦いに胸躍らせた。
戦いが嫌いというわけではない。
殺し合いに発展する泥沼のそれを好むとは言わないが、政宗とて妖怪の類いだ。
そうある以上、闘争本能を満たす鮮烈な戦いには、憧れさえ抱く。
妖怪王として有る今、軽々しく戦う事が出来なくなったこの瞬間であってもそれは変わらない。
「しかし、胸躍る……か」
バージルと分かれて政宗は自身の心中で抱いた感情を吐き出すように呟いた。
その感情は随分と久しぶりに抱いた感情だったからかもしれない。
妖怪王ではなく、ただの妖怪として。あるいは、ただひとりの武人として、バージルと刃を交える事が純粋に楽しみだからこそ漏れた言葉。
折女は強い。
彼女を、まるで花を手折るように容易く打倒した男。
その実力を甘く見る事が出来るはずがない。
自身は妖怪王だという自負はある。されど、油断、慢心という言葉からほど遠い男。
それが独眼流政宗という男だった。
バージルもよくよく理解していた。
彼の館に逗留する事が決まって、自身が決して歓迎され得ぬ存在だという事を、バージルは分かっていた。自身が妖怪ではなく人間であると言うだけでも排斥されるに足る理由になるが、その上で政宗の妻のひとりを傷つけたとあれば、歓迎なぞ望むべくもない。
そう考えていたのだが。
「流石は妖怪王。統率まで完璧か」
「急に褒めだしてどうした? 何も出せぬが?」
夕餉の席。
二人向かい合うように食事を取っていたバージルがそうこぼすと、唐突な彼の発言に政宗は首を傾げて返した。
「なに、このような席からして貴様の心遣いがよく分かる。そう思ったまでの事」
「さて、何のことやら」
「ふん。先代にしたところで、貴様の他の妻達とて、あるいは妖怪達もこの状況を気に入りはすまい。が、当主手ずからの歓待とあらば、横やりを入れる事さえ無粋。それを理解できぬような慮外者は、貴様の部下にも妻にもいないらしいという事だ」
「ああ。愛すべき妻達と、自慢の部下達だ」
「さらりと答える。それもまた貴様のカリスマか」
「随分俺を褒め称える辺り、何か狙いがあるな。と言っても俺に求める事など一つか」
「察しもいい。と有れば隠すのは無意味か妖怪王」
夕餉の膳を空にしたバージルが政宗の一つ目をじっと見つめる。
それに応じるように、政宗もバージルへと視線を返した。
しばしの沈黙が周囲を支配する。
互いに闘気の類いを出し合ったりはしていない。されど、ただ見つめ合う静謐さが空気に伝播して、緊張感を帯びさせていた。
「いいだろう。……しかし、随分と急ぐ。ダンジョンの探索はいいのか?」
「居心地が良すぎるのも考え物という事だ。人と妖、今はまだ交わるべき時ではないだろう?」
「いずれはと信じているが」
「否定はしない。だがこの空気は毒だ。故に、早々に決めさせて貰おう」
「あい分かった。では、いつ執り行う?」
「今からでも……と言いたいところだが、この館を破壊するのは流石に俺も躊躇いがある。貴様は常在戦陣の心構えがなっているが、他の者にまでそれを求めるのは酷だろう?」
「心遣い、感謝する。……いや、これは心遣いではないか」
「無論、貴様と本気の戦いをするための、俺の都合だ」
言ってバージルは立ち上がった。
伝えるべき事は伝えた。
もう成すべき事は無い。そう言わんばかりに自分に与えられた屋敷の一角へと足早に去って行った。
その足取りが雄弁に告げる。
決戦は明日だという事を。
その事実に政宗は一人、震えをかみ殺した。
武者震いだ。だが、その震えを抱くのはまだ早いと。
そして、願いの日が昇る。
朝日と朝靄が見える中、鮮烈な闘気を放ちながら佇むのはバージルだ。
目を瞑り、自身に埋没するかの如く集中を深めている。
それに応じるように朝靄を切り裂いて、一人の妖怪がその場に姿を現した。
妖怪王。独眼流政宗。
自らの愛車に乗ることさえなく、ただ徒でゆっくりとバージルのもとへと歩いてくる。
そしてある程度の距離にまで近づいた時、不意に問いかけた。
「待たせたか?」
「さほど」
「そうか」
政宗がそう答えると同時、バージルがその剣を抜き放つ。
スティンガー。
並の戦士であれば気づく前に絶命しているであろう鋭さを誇るその一撃を、政宗は腰の妖刀を持って受け止めた。
火花が散る。
青白い火花はバージルの魔力が散った光だ。
だがそれを気にすることなく袈裟斬り、振り回すような二連撃。フィニッシュに強烈な突き。
しかし政宗はそのことごとくを剣で受けて、最後の一撃を鎧を掠めさせることでかわす。
反撃として、真横に刀を一閃。
それを回避するためにバージルは真上に逃げる。
戦いにおいて空中に逃げるのは本来愚の骨頂だ。一撃はそれでかわせたとして追撃を防ぐことはかなわないからだ。必然、それを理解している政宗は一閃を振るった軌跡の後に、真上に刀を突きあげる。
バージルの姿が掻き消えた。
トリックダウン。
空中より後方へ大きく距離を瞬間的にとる魔技だ。
納刀の態勢より放たれるのは次元斬・偽。
三度、抜くことさえ見せず放たれたそれを、一撃目は鎧をもって受け二撃目は前に飛び出ることで着弾点をずらすことで回避、三度目のそれはバージルが抜く瞬間に刀を差し込むことで止めて見せた。
剣劇が始まる。
それはどちらが押していると容易く理解できる類のそれではない。
合して数合で互いの力量を理解しあい、純粋な剣の力量はほぼ五分であることを認め合う。
だからこそ、政宗は妖怪としての能力を使うことを拒んだ。
だからこそバージルも幻影剣を使った奇襲策を捨て去った。
目の前のこの男は、自身の剣の力量をもって打倒してこそ意味があると、互いに通じ合ったからこそ。
火花が散りあう。
互いに汗を散らせあう。
バージルの斬撃は紙一重で回避された。
政宗の一撃は皮一枚で受け流された。
互いが互いのぎりぎりを攻め合っている。
組み手というよりも本番のそれに近い殺し合いは、されどその力量の近似によってまるで遊んでいるようにも見える。
事実。政宗が楽しんでいないといえば嘘になる。
事実。バージルがこの時間を楽しんでいないといえば嘘になる。
実力伯仲故に引き起こされる力量の上昇は、いわゆるミックスアップの類に近い。
閻魔刀の一撃を真っ向正面から受け止める。
引き起こされる火花が互いを一瞬だけ照らし出す。その表情は互いにとても楽しそうで……
「うわー、政宗様楽しそう」
見学に来ていた政宗の妻たちをして羨望の視線を送るほど。
彼女たちは政宗と共に長くいて、お町に至っては戦ったこともある。
だが、こうまで楽しそうに刀を振るう政宗は今まで見たことがなかった。
しかし、それは当然か。
彼は妖怪王の名を背負う大妖怪である。
である以上、彼の戦いには責務が付きまとう。
妖怪たちのすべてを背負っているという覚悟が彼に力を与える反面、重圧も与えていた。
この戦いは違う。
あくまで相手が望んだ、力量比べ。
本来なら負けても構わない。あるいは胸を貸す程度のつもりだった政宗だが、ここに至って負けてなるものかと渾身を振り絞る。
剣戟音が響き渡る。
高く遠くへどこまでも響き渡れと言わんばかりに。
その一撃のたびにバージルはさらなる技巧をもって反撃し、その一撃に対して政宗は自身でも信じがたい力量を発揮して受け流し反撃する。
そんな戦いが続く。続いて、続いて。
合すること既に千を越えた。
ただひたすらに力量を比べあうそれは、一日中ぶっ続けで続き、次の日になっても収まらず、果ては三日三晩ひたすらに打ち合いが続いて。
「ええ加減にせんかこの戯けどもっ!!」
ついにはお町が雷を物理的に落とすまで終わらなかった。
「なにをするお町」
そして雷をさらりとかわして文句を言った政宗は久方ぶりに妻たち全員から説教を食らうことになったのだった。
「得難い時だった」
つい呟いてしまったバージルも、もちろんその説教に巻き込まれたのは言うまでもない。
渋々と正座で説教を受けるその姿からは、先ほどまでの鬼気迫る戦いっぷりは伺い知れなかったが、二人とも反省した様子が見えず説教はかなりの時間続くのだった。