仲間外れは嫌だ、なんて思わない。だって君はそんなこと少しも思ってない。
一緒に戦いたい、も少し違う。だって僕の牙はもう君の敵をやっつけるだけの力をちゃんともっている。
僕はちゃんと大切にされていて、頼りにされていて、そこに不満なんて全然ない。
ただ、それでも。ひとつだけ、望んでいいのなら。
「──やっぱどこの地方の論文調べてもないか。掘れば掘るだけ論文が出てくるような人気の研究領域なのに」
お前は本当に人気者だよな、と撫でる手のひらはちょっと荒っぽいけれど、温かい。
コウセン、と呼ばれる建物の一室。窓のない狭い小部屋と、そこにぼんやり浮かび上がるモニターがたくさん。ここに籠もるようになって随分経つミツキは、すっかり目の下の隈と仲良しになってしまった。何とか寝る時間つくってやって、とミツキの妹のショウコに頼まれているのだけれど、ミツキはあまりにも頑固でなかなか休んではくれない。
ミツキはコウセンを卒業してから、世間で起きる「オカシナコト」を解決する仕事をしている。その合間をぬって「オカシナコト」の原因を調べたり統計を取ったりもしている、そうだ。「オカシナコト」にはゴーストタイプのポケモンが関わっていたりいなかったりするそうだけれど、正直僕はよくわかっていない。
なぜなら、ノーマルタイプの
ふと、黄色っぽいぼんやりしたものが視界をかすめた。よく見えなかったけれど、たぶん前の仕事でミツキに助けられてから憑いてきてしまったミミッキュだろう。実害がないなら別に構わないとミツキは気にしていないけれど、そうやってコウセンに集まってきたポケモンは多かった。
僕の頭を撫でる手の下に潜り込むようにミツキの傍により、デスクからミツキの膝へと下りる。ん、とミツキは当たり前のように受け止めてくれた。落ち着く場所を見つけて身体を伏せると、さっきまで僕を撫でていた手がそのまま僕の身体に添えられる。
ミツキの顔を見上げると、その視線は変わらずモニターのほうを向いていた。
「もともとイーブイの進化は炎、雷、水の三種類だけで、それも進化の石という外的刺激によるものだった。それがこの三十年くらいで懐き進化なんてものが発見されたどころか、草に氷に果てはフェアリーか。新しく発見されたタイプまで網羅してんだから、お前の種族の細胞はマジで適応力ありすぎだよ。そりゃ論文も山ほど書かれるわ」
「ぶい」
「というか懐き進化って名称がよくないよな。トレーナーとの絆とか言ってるけど、それで進化するなら野生のエーフィやブラッキーがいるのおかしいだろ。最初に確認された進化のタイミングがあまりにもドラマチックすぎたんだろな、きっと。知らんけど」
ぶつぶつと言いながらミツキの指が僕の顎をくすぐる。気持ちよくてつい、ぶい、ともう一度鳴けば、そうだよな、と勝手に応えたミツキは改めて僕の毛並みをすいていく。
「トリガーはおそらくイーブイ自身の生存本能、危機感──もっと強い言葉のほうが合うか。生存への執着、進化への衝動、窮地における覚醒──とにかく『強くなりたい』『ならなければ』と強く思うこと。それが『誰か』のためであれなんであれ、つまりは現状の否定。それをきっかけに外からのエネルギーを吸収し、細胞を適応させる。時間帯によってエーフィとブラッキーにわかれるのは、エネルギーの吸収先が太陽と月とでわかれるからだ」
フェアリーだけちょっと例外なんだろうけど、とミツキは言葉を続ける。口に出して思考を整理しているだけなので、僕は特に返事はしなかった。相槌を打たなくてもミツキの口は止まらない。
「フェアリーの場合にニンフィアに進化するのは、フェアリーの技を覚えた時点で細胞にその要素が組み込まれるからって仮説があった。まだ検証は済んでないらしいが、納得はできる。太陽よりも月よりも、自身にあったフェアリーのエネルギーを使ったほうが手っ取り早かったのかもな。イーブイ自身の意志もあるのかもしれんけど」
だから、とミツキはそこで言葉を止める。ぎしりと背もたれに寄りかかり、両腕ですくい上げるように僕を支えた。
「……不可能だとは思えねえんだよな、ゴーストタイプへの進化」
何年か前、ミツキは僕に尋ねた。イーブイの進化先が載っている本を開いて、進化したいか、希望があるならその通りにする、お前の好きなようにしたらいい、と。ミツキは本当にどうでもよさそうで、別にしたくなかったらそれでもいいぞ、としれっと言っていた。
ミツキは本当にそう思ってるんだと思う。僕はミツキにとって唯一の「手持ち」だけど、ミツキは僕に強くなることを求めない。バトルにはまるで興味がなさそうだし、ミツキの仕事についていくために少しだけ鍛えた程度だ(それでも弱いつもりはないけれど)。
僕が何に進化したいのか、最初は少しだけ迷った。ブースターなら仕事で雪山で遭難したときに温めてあげられただろうし、サンダースなら灯りひとつない洋館に閉じ込められたときに照らし出してあげられただろうし、シャワーズならミツキがプルリルに海底に引きずり込まれそうになったときだって助けてあげられただろう。
どの姿になったって、きっと僕はミツキの役に立つ。けど、別にイーブイのままでもちゃんと役に立ててるしなあ、と図鑑を前に首を捻った。
考え込む僕を見て、ミツキは片眉を上げ、ゆっくり悩んでいいよ、と少し意外そうに言って、いやまあ悩むか、と思い直したように続けた。
『お前は何にでもなれるわけだし』
その言葉を聞いたとき、ぴり、と全身の細胞が少しだけ震えたような気がした。そう、僕はイーブイ、ミツキが言うようにたくさんの可能性をもつ進化ポケモン。
鼻先で図鑑の端をつつくようにページをめくる。確かこの図鑑にはポケモンのタイプ一覧のページがあった。どうした、と声を掛けるミツキに構わず、鼻先と前足で目的のページを探し出した。
これ、と前足で叩くように指したのは、紫の中に白い幽霊のマークが浮かぶロゴ。
『ぶい!』
前例はない。でも、それは不可能と同義ではないと何度も聞いた。
お前なあ、と呆れた声が落ちたが、ミツキなら絶対に可能性が低いからと言って切り捨てることはしないと知っている。
次に続いた言葉は予想通り、前例ないのはともかく、とそんなことはどうでもいいばかりと言わんばかりの。
『何でわざわざゴーストタイプなんだよ。
それがいいんだ、と言えないことが少しだけもどかしかった。代わりにぶい、ともう一声鳴くと、わかったよ、と仕方なさそうにミツキは図鑑を閉じる。
『調べるのに時間かかるけど、そこは我慢しろよな』
その日からずっと、ミツキは仕事と研究の合間を縫ってイーブイについての論文を読みあさっている。遠い地方の研究資料まで取り寄せて、他のトレーナーにも話を聞いて。
またミツキの寝る時間が減ってしまうようで胸がチクリと痛んだけど、ミツキが「何でも」と言ったのだからその責任はとってもらおうと思う。構わないだろう、いつも後輩に「大人なら自分の言葉に責任を持て」と嫌味のように言っているのだから。
僕を抱える腕の温かさを感じながら、思う。
仲間外れだなんて思わない。一緒に戦いたい、とも少し違う。
ただ、きみが見ているものを見てみたい。
どんなに醜くとも、きみが目をそらさないと決めたものを、一緒に見つめ続けたい。
だからよろしく、と心の中で呟いて目を閉じる。今さらミツキの独り言程度で睡眠を邪魔されるほど、僕の神経は細くなかった。
きてくれないかな、ゴーストのブイズ。