海月が街角で柊木さんを見かけたようです。
多かれ少なかれ、ひとは呪われて生きるものだ。自己を呪い、他者を呪い、他者に呪われ、果ては自分にまったく関係のない呪いに蝕まれることもざら。ほんの一握りの「祓える人間」以外は、その事実に気づくこともなく呪われたまま生きるのだ。とはいえ、あのレベルはなかなか見ねーなとぼんやりと窓の外を眺める。
クソうるせえ五条の
二階の席からは、道行く人の顔がよく見える。どいつもこいつも少なからず呪いの気配を纏っているのはまあ普通のことで、蠅頭を数匹くっつけているくらいなら珍しくもない。だが、これほど「愛」されているのは珍しい。
俺の身近で顔がいいと言えば五条なのだろうが、あれとは全く系統が違う。五条のような華やかさではなく、まさに「整っている」という言葉がしっくりくるような。黄金比に乗っ取って完璧なバランスの顔面作ったら多分こんな感じになるんだろう。数学的ともいえる顔の良さをもつ彼は、ラフな格好で信号待ちしているだけにも関わらず、周囲の視線を一身に集めている。が、集めているのはひとの視線だけではなかった。
「……祓って終わりって類いじゃねえなあれは」
頭に、肩に、背中に、腕に、脚に。取り巻くように、覆うように、しがみつくように、すがりつくように。黒く、赤く、おぞましい数多のそれは、察するに「愛」に紐付く「何か」。今すぐに危害を与える感じではなさそうだが、たぶんあれは呪術で祓えるものではない。一時散らすことは出来ても、原因を絶たない限り幾度となく現れる呪霊。そういうものは、ともすればただの「特級」よりも厄介だ。
しかし、いくら顔が良くてもさすがに多すぎないかと思ったところで、気づいた。彼を取り巻く呪霊、そのなかでもいちばん彼に近く、強く、呪力の強い妄執の塊。「眼」ばかりが目立つ呪霊のなかでも、その「眼」はひときわ目立ち、彼の耳元で何かを囁き続けているようだった。
おそらくはあれが「呪い」の核。彼を呪い、縛り、そして彼自身にもまた「呪い」を生ませているもの。
「……根が深そうだな」
ただでさえ目立つご面相、普通に生きるのにも苦労するだろうに、そこに大物の呪いつきときた。あのレベルなら本人の体調にも精神にも相当な支障が出ていてもおかしくないだろう。いったいどんな人生を送っているやら、と思ったところで信号が変わる。
人波が動き始め、彼もまた視線をあげて前を向いた。スマホをポケットに仕舞い、足を踏み出す。同時に、いくらかの呪いが振り落とされるように落ちて消えた。
「……へえ、」
さらに、何かに気づいた彼の表情に小さな笑みが乗る。するとまた、いくつかの「眼」が塵となった。
確かに呪霊は必ずしも祓わなければ消えないわけではない。呪霊が発生する「原因」、存在を成り立たせる「感情」にケリをつければ、理論上呪霊は存在し続けることは出来ない。が、それは決して言葉でいうほど簡単なものではなく。
過度な呪いを背負う人間にしては軽すぎる足取りに、感心に似た感情を得る。
「……しぶといな、人間」
横断歩道を渡った先で数人の男性と合流した彼は、笑みを浮かべたまま歩いて行く。いちばんの大物こそ消し去れていないものの、彼を取り巻く小さな呪いはかなり減っていた。なるほど、見えない人間はああやって「呪い」に打ち勝っていくらしい。
貴重なサンプルを見たなと珈琲に口を付けたところで、ようやく学生たちが山盛りのハンバーガーをトレイにのせて席に着いた。お待たせしました、と少し申し訳なさそうに言う伏黒に軽く手を振って応える。
「あれ、クラゲさんちょっと嬉しそーだね?」
何かいいことあったの、と意外と鋭い虎杖に尋ねられてまたちらりと窓の外に目を向けた。もう、彼らの姿は見えない。
「……何でもねーよ」
それだけ言って空になったカップをテーブルに置くと、へえ、と釘崎がちょっと面白そうな顔でジュースを手に取りストローに口を付ける。俺が見とれるほどの美人でも歩いていたのかとからかうように言われ、深く考えずに俺の口は動いていた。
「ああ、相当なイケメンだったな。俺としては五条より整ってたと思う」
同時にジュースを噴き出した三人が、ちょっと面白かった。
柊木さん、貴方憑かれてるのよ。