ライブが無いウマ娘世界で、なんとかライブを根付かせたい転生者のお話 作:貯金缶
梅の花が咲き始める早春になった頃、いつも練習している河川敷で川を見つつ、ギターを弾きながらファル子がやってくるのを待っていると、遠くからファル子の声が聞こえてきた。どうやら走っているみたいで声が段々と近くなっているのが分かった。
別に遅刻をしている訳でも無いのに、ファル子は随分と急いでいるみたいだったので立ち上がって後ろを振り返ると、ファル子が俺に向かって両手を広げて飛び込んできた。ファル子ミサイル着弾。受け止めたファル子と一緒にくるくると回って衝撃を逃した。その後、ファル子の凄まじい膂力で俺の体を抱きしめられた。ファル子式ベアハッグだ。
しかしながら、毎日飲んでいたロイヤルビタージュース擬きのおかげだろうか、俺は死んでいない。もちろん無事ではなく満身創痍みたいな感覚だった。
「うわ~ん。トレーナーさん。ファル子、トレーナーさんと離れたくない~。ファル子と一緒にお引越しして~」
「ぐ、ぐ、ぐ、ひとまず抱きしめるのを止めてくれないか。体がちぎれそうだ」
「あっ、ごめんなさい」
俺はなんとかアナコンダに締め付けられるような圧力から逃れることができた。だいたい予想がついているが、半分泣いているファル子の手を握り見つめるように問いただしてみる。
「ファル子の口ぶりからすると、親御さんの転勤が決まったみたいだな。場所はどこになるの?」
「○○県らしいの」
「この県からだと、結構遠いな。でも、中央トレセン学園には近くなるだろうから見学とかはしやすくなるんじゃないかな」
「でもでも、トレーナーさんはファル子の最初のファンなんだよ。一心同体なんだよ。離れたくなーい」
「流石に今すぐ引っ越しするのは難しいな。大人には色々とお金が付きまとうし、転職先も探さないといけない。うーん、大体半年くらいの時間をくれないか」
「トレーナーさん、半年待てばいいんだね?」
「半年で何とかしよう。待っててくれ、ファル子」
「ファル子、待ってる!」
嬉しそうにファル子は両手の人差し指を頬に当てながら、頭を左右に傾け、ツインテールを揺らした。今日のトレーニングなんか頭の中に入っていないようで、ファル子はさっさとスキップしながら家に帰った。やることもないので、最近作った歌でも唄って練習でもしよう。唄って分かったことがある。現状の俺には作詞作曲の能力が低いみたいだ。
それに、そもそも考えてみる。アイドルというものは、結局のところ、どうすればいいのだろう。アニメみたいにオープニングとエンディング、それとファル子を表現する歌が必要なのだろうか。今の俺には、はっきりと分からなかった。ただ、ファル子と話し合って考えてみよう。
幾日か過ぎて、俺は腕を組みつつ、うーむと悩みながら、今後の引っ越しプランを考えていた。明らかに金が足りない。借金でもすべきだろうか、それともかなり生活費を切り詰めた方がいいのか、俺は迷っていた。どちらにせよ、良い結果は産まないだろう。金をとるか、自身の健康をとるか、どちらが正しいのだろうか。いっその事、ロイヤルビタージュース擬きだけで生活してみるのもありかもしれない。
そんな風に悩んでいる俺の元にファル子から連絡通知がきた。スマホを取り出し、内容を確認する。
「トレーナーさん、ファル子がお願いしたら、お父さんが単身赴任してくれるって、これで引っ越しせずにこれからも問題無く一緒だね♪」
なんというか締まりがない感じだったが、まぁ終わりよければ全てよし。勤務先に退職願を出さずに済んでよかった。だが、ファル子が中央のトレセン学園に入学したとして、俺は遠くから見ているだけになるのだろうか、いや、俺が本当のトレーナーになれなくとも一緒に行こう。ファル子にオールインだ。今から準備をするべきだ。
桜が花開く頃になった。ファル子は学年を一つ上げ、新しい年度が始まった。俺とファル子は今後について、いつもの河川敷に座って話し合っていた。ちょっと眺めてみると、ファル子は一段とキラキラしていた。やっぱりファル子は可愛い。これがトレーナーなのだと再認識した。
「さてさて、ファル子と出会って一年が過ぎたけど、今年からは本格的なダンスも交えてトレーニングしよう」
「これから本格的なウマドルレッスンだね、トレーナーさん。けど、ダンスってどうやって練習すればいいんだろうかな?」
顎に人差し指をつけて頭を傾げているファル子を見て、俺は持ってきた鞄を開いて一冊の本を取り出し、ファル子に差し出して説明を始めた
「本屋でダンスレッスンの教科書を買ってきたから、これでも一緒に読みながらやってみよう。一通り読んでみたけど、アイドルっぽい感じだったよ。やってみれば、なぁになんとかなるはずだ。それにテレビでアイドルの踊りを真似すればいいとも思う。結局のところ、先ず隗より始めよということかな」
「分かったよ、トレーナーさん。一緒に頑張ろうね。ファル子、さっそく本を読んでみたいな☆」
「はい、どうぞ」
俺はファル子に本を差し出しているが、なかなかファル子が受け取らない。
「どうしたの?」
「トレーナーさん、一緒に読むんでしょ。本を開いてくれないと読めないよ。それにファル子はトレーナーさんの隣に行くね」
いそいそとファル子は俺の隣に座った。少し悩んでから俺は本を開いた。それと同時にファル子が俺の肩に頭を預けた。ファル子の甘い香りが俺の鼻を掠めた。なんだかドキドキする。
「そんな姿勢だと本見づらいと思うけど、大丈夫?」
「これでいいの、トレーナーさん」
二人でダンスの教科書を見ながら、今後について話し続けた。なんというか言葉にできないけれど、このまま楽しい時間が過ぎればいいなとも思っていた。
杜若の花が咲き始めるゴールデンウィークになった。俺の部屋で柏餅を食べながら、二人で作曲をしていた。ついでに、俺が探し出したという態で前世のミュージシャンとかアイドルの歌を借りて、ファル子が気に入るかどうか聞いてみた。
「いくつか面白そうな曲を探して見つけてみたけれど、どうかなファル子。ピンと感じる歌はあるかな?」
「これとこれとか面白そうかも♪ トレーナーさん、聞いたことが無い曲ばかりだけど、どこで見つけたの?」
「ちょっとネットの海を泳いでいたときにね。それはそうとして、これらの歌をファル子のレパートリーに加えよう。それと、トレセン学園に入学する前を目安として、ファル子が作詞をしてくれれば、作曲は俺がやろうと考えているからいいかな?どうだろう?」
「いいよ☆トレーナーさん。何かファル子らしい歌詞を考えてみるね」
幾時間か頭を使った作業をしていたので、頭を空っぽにするために晴れ渡る空の下でトレーニングを始めることにした。ファル子と一緒に河川敷へ向かう。人通りの少ないウマ娘用の走行レーンで、ファル子に軽く走ってもらって何本かタイムを計りつつ、今の状態をノートに記録して朧気ながら把握した。
ファル子のスピードは抜群だ。恐らく今の時点でもメイクデビューできそうだった。スタミナは同年代より少しだけ上位だろうか。パワーはダートを芝の上を飛ぶように走れるくらいの天性のものだと思う。
ファル子が走るであろう中央のトレセン学園の選抜レースとかでは、色んな中央のトレーナーからスカウトが来るんだろうなぁと俺はちょっと哀愁を感じた。
少々、汗をかいたファル子が俺に近づいて来て、トレーニング成果を聞いてきた。
「トレーナーさん、ファル子の調子はどうだったと思う?」
「トレーニングの成果はきっちりと表れていると思う。今年の運動会でも良い成績が残せると信じているよ。はい、スポーツドリンク。水分補給をしっかりしてね」
俺が手渡したスポーツドリンクを飲んで一息ついたファル子は、にっこりと微笑みながら、タオルで汗を拭きとっていた。その様子を眺めながら俺は今後のトレーニングプランの修正を頭の中で組み立てていた。
それに、今年の秋ごろからレース映像でも見ながら、有利になるコース取りとかレースでの駆け引きを一緒に考えていく頃だろう。
牡丹の花が枯れ始めるころ、俺はファル子と一緒にウマドルとして色々な経験を積むために手探り状態で色々としようと決めた。まず、アイドルといえば花っぽい要素があるだろうから、プリザーブドフラワーとかポプリを作ってみた。うーん、二人ともしっくり来る感じが無かったので、適当な季節の花を育てようということになった。
綺麗な花を育て上げることができれば充実感とか自己肯定感が高まりそうで、ファル子のメンタルにも良い影響を与えられると思う。とりあえず、買ってきた花の苗と植木鉢は、俺の部屋に置いて、定期的に主に俺が世話をすることになるだろうが、時々ファル子にも世話をしてもらえば、何かしらの影響があるだろうと考えていた。
俺が数日、花の世話をしていると、ふと閃いたというか忘れていた。そもそもフラワーパークとか植物園に行けば、大体解決するじゃん。まぁそれはそれとして、この花を枯らさないように世話をしよう。
そうして、ファル子との二年目の春が終わった。
ファル子が唄いそうな歌って、現実世界だとどんな曲なのだろうかが気になる。
幾つか候補はあるのですが、ファル子に似合う歌を探しています。
岡本真夜さんのTOMORROWとかかなぁ?
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他の作品も見ていただけると幸いです。
(特に「ドワーフが少女のために生活用品とか作る話」とかいかかでしょうか?)