ライブが無いウマ娘世界で、なんとかライブを根付かせたい転生者のお話 作:貯金缶
色々とあった冬が過ぎると、次に来るのは勿論のこと春である。うららかな春ではあるが、俺にとってはこの春の始まりはとても忙しかった。なぜなら、まずは冬の間に塞ぎこんでいたために、この荒れた部屋をなんとかしなければならない。
人間に限らず生物とは不思議なもので何か異常があると、奇妙で奇怪な行動を始めるのである。例えば、人に会いたくなくなったり、風呂に入りたくなくなったり、太陽を拒んだり、部屋が荒れ果てたり、ご飯の味がなくなったりするのだ。
そして、今の俺は部屋を掃除しなければならない。トイレだって二週間も掃除していない。汚いだろう。別に潔癖症ではないけれど気が狂いそうだ。早急に取り掛かるとする。うぉーっとトイレを掃除してから、俺の居住スペースの本体であるリビングを掃除していると、いつもの机の上に紙束があった。
机の上にある紙束を手に取り、パラパラと開きながら中身を流し読みする。いくつかはまだ読める内容だったが、メンタルがズタボロになっているとき特有の酷い内容がかなりあった。特にこの歌詞は酷い。俺の荒れていた状況から考えると、なんというか悲観的だし、元々の前世の歌ではそういう意味合いではなかったはずだ。俺は手に取った紙束をごみ袋の中に突っ込もうとしたその時、玄関のインターフォンが鳴った。
この時間に誰かが来るなんていう予定はなかった筈だったか、塞ぎこんでいて忘れていた通販の荷物でも届いたのだろうか?紙束を机の上に置いてから玄関へと向かい、ドアの覗き穴から来客を確認した。
いつもの綺麗なツインテールが目に入った。来客はファル子だった。ドアを開けてひょっこりと首だけを出す感じで、ニコニコ笑顔のファル子に話しかけた。
「確か今日のトレーニングは休みだった筈だけど、どうしたの?」
ファル子は両手を組んで、顔の前で手を左右に振りながら嬉しそうに答えた。
「なんだか特に用事は無いけど、近くを通ったから、ファル子来ちゃった☆」
尻尾も機嫌良く左右に振られていることから、調子は万全みたいだった。しかし、俺は今の自宅の惨状を思い出しながら、調子の良いファル子を向かい入れるのは、難しいと思った。
「えーと、今は家の掃除の途中だから、近くの喫茶店にでも行こうか?少し待っててね。すぐに準備するから」
そう言うと俺がドアを閉じようとした時、「しゃい」という可愛い掛け声でウマ娘特有の膂力でドアを閉じるのを防いだファル子から提案があるみたいだった。ぐっと力を込めて閉めてみる。ドアが閉まらない。そうか、人間がウマ娘に勝てる訳がないだろう。
ファル子は可愛い頭を俺のいる方のドアの隙間に潜らせると言った。うーむ。これでは閉めたくても閉められない。
「ファル子、お掃除得意だから、一緒に手伝うね。そのあと一緒にあそこの喫茶店に行こうね、トレーナーさん♪ あそこの喫茶店で面白いフェスがあるらしいから、お部屋の掃除もして体調とかなんとか万全にしていこうね。絶対だよ♪」
観念して俺はドアを開いた。
「あーっと、えーっと、ちょっとね。こういうのは一人でやりたい時もあるのだよ。ほらっ、大人の男には色々とあって、年頃の娘さんには見せられないものもあるから」
ファル子は朗らかな笑顔でVサインを俺に見せつつ答えた。
「だいじょーぶいぶい、ばっちしOK☆」
ここはファル子の意見を尊重し、一時的な転進をしよう。これは撤退ではない。俺は汚い部屋にファル子を迎い入れた。ファル子は勝手知ったるかのように、いつもミーティングをするリビングに向かって行った。
「ファル子、とりあえずここに掃除機があるから、これを使って床を掃除しておいて。俺はお風呂を掃除しているから。何かあったら呼んでくれ」
俺は自分の家なのにそそくさと足早に風呂場へ逃げ込んだ。自分の感覚でそれなりに風呂場を掃除した俺がリビングに戻ると、掃除を終えたのだろうファル子が今まで見たことが無いような笑顔でリビングの机の椅子に座っていた。俺の顔をじっと見つめて語り掛けた。
「トレーナーさん、例えばだけど夢で逢えたら誰に会いたいかな?」
「いきなりどうしたの?」
俺はファル子から問いかけられたそのフレーズを頭の中で反芻してから思い出した。そして、心臓がバクバクと激しく鼓動を始めたのを感じた。まさかそんなはずでは。いや、紙束を机の上に置いたままだった。ちらりと目線を動かす。紙束が机の上に無い!もしや!一途の望みを賭けて聞いてみる。こういう時は、知らない振りをしてポーカーフェイスでいくものだ!
「もしかして、見た?」
「どうだろうかな?ところで眠り続けたい位、夢の中で逢いたい人はだぁれ?」
完全にあの恥ずかしい内容を見られたようだ。顔が真っ赤になっただろう俺には、今すぐ布団に潜りたい欲求が心を支配した。どうしようかと頭を抱えて困惑している俺の頭の中にファル子への回答案が複数浮かんできた。
1:「フ…ファル子!」
2:「スマートファルコン!」
3:「勘弁してくれ。恥ずかしくて答えられないよ」
4:「アイエエエ! ファル子!? ファル子ナンデ!?」
4番を選んだら、きっとファルコンパンチが飛んできて、0%なのに100%を遥かに超えて場外に飛ばされるのだろう。頭を抱えた両手を外し考えた。すると、彼方から声が聞こえた。ああっ、天の声が聞こえてきた。「ネスなら場外から復帰できるぞ。PKサンダー!」
これは悪魔の声だ!ここは、もちろん3番だ!3番を選ぶぞ!
⇒3:「勘弁してくれ。恥ずかしくて答えられないよ」
俺が3番を選ぼうとしたその時、ファル子の瞳が俺を刺し殺すように輝いた。次元の彼方より選択が変わった。まるで未来が決まっているかのようだ。
⇒1:「フ…ファル子!」
ああっー。そんなー!あんまりだー!こっこれを目の前で言わなければならないのか!いや!聞きたいのならば聞かせてやる!俺の心の叫びを聞かせてやる!
⇒5:「フ…ファル子ー!いや、スマートファルコン!本当に恥ずかしいから一度しか言わないぞ!俺が夢で逢いたいのは、もちろんスマートファルコン、君だ!朝も昼も夜も君を忘れたことなんて無いんだ!ファル子と一緒にいくつもの朝を迎えて、夜をこえて、いつかきっとGⅠを取ろう!いや、クラシック3冠はもちろん、取れるGⅠは全て取ろう!俺達が一緒に立ち向かうレースの向こうに悲しみがあるのかもしれないけれども、俺を信じて欲しい。君の涙ではなく、君の笑顔が見たいんだ!それに、俺だけではなく、君だけではなく、俺と君の二人で一緒に生きとし生けるものが未来永劫語り続かれるような、地球だけではなく、銀河だけではなく、時空や次元を超えて栄光を掴むんだ!」
俺は喉を枯らせながら支離滅裂な俺の言葉を叫んだ。俺の声が大きすぎのだろうかファル子のツインテールと尻尾がピーンと立ち上がり、ファル子の顔が赤くなった。ファル子は、ちょんちょんと人差し指を付き合わせながら、恥ずかしそうに顔を背けつつ答えた。
「あのっ、ありがとう。トレーナーさん。出来れば今度は録画したいから、メイクデビューしたら、もう一回お願いします」
「ええっ!あっ、うん、もちろんだ!で、そろそろ掃除も終わったし、あそこの喫茶店にでも行かないか?」
俺は指先で頬を掻きながらファル子の願いを流されるように承諾した。ファル子はその返答を聞いた後、そっと紙束を自分の鞄に仕舞ってから立ち上がった。
「トレーナーさん。ちょっとファル子、お手洗いに行くから、あの、その、待ってて。お願い」
俺はファル子がお手洗いに向かう後ろ姿を見ながら、これまでの行動に恥ずかしくなり、いたたまれない気持ちで静かに待った。結局、あの紙束は流れるようにファル子の鞄の中に入り、そのまま持って帰るようだった。出来れば返して欲しかったが、無理そうだなという結論に至った。
幾分か時間が経ってファル子が戻ってきたので、さっそく近場の喫茶店へ一緒に向かった。喫茶店へ向かう道中、ファル子が自分の尻尾を俺の体にバシバシと叩きつけていたので、ちょっと痛かった。
目的地の喫茶店に着いた。喫茶店のいつもの店員さんにいつもの座席に導かれ、二人で向かい合うように座り、いつものようにメニューを開いた。全部いつものことなのに新鮮な気持ちだった。きっと吐きたいことを叫ぶことができたからだろうか。するりと、次の言葉が出てきた。
「ファル子、中央トレセン学園入学までの最後の一年が始まった。ここからは、かなりきつくなるだろうけど、きっとファル子を中央へ行かせてみせるよ」
「トレーナーさんも一緒だよ?」
「ああっ、もちろん!」
他のお話を読んでくれると嬉しいです。
もちろん感想とか評価とかください。
あと青臭いというか青春!的な小説とか映画とかドラマとかを探しています。
YouTube先生は答えてくれないのです。
先生、セミマゲドンは十分に見ましたので、別の映画をください。