ライブが無いウマ娘世界で、なんとかライブを根付かせたい転生者のお話 作:貯金缶
メイクデビューを目指すスマートファルコンは困っていた。あれから、何度か模擬レースに参加し、その全てのレースに勝てたはいいが、勝てば勝つほど知らないトレーナーに囲まれ、自身のチームに引き抜きをしようとしてくるのだ。最初は丁寧に断っていたが、最近はウマ耳を引き絞り威嚇するように帰っていただいている。大体のトレーナーは、そこで諦めるのだが、何を勘違いしたのか自分こそスマートファルコンのトレーナーに相応しいとかのたまうのだ。スマートファルコンが信じているトレーナーを冒涜するがの如く、あのファル子のトレーナーには、スマートファルコンには相応しくないと言ってくるのだ。3年間一緒にいて、一緒にトレセン学園に来た私のトレーナーが相応しくないと言っているのだ。スマートファルコンの心境は、未確認生物であるUMAの後ろ足でトレーナーたちを蹴りたいほどであった。
そんな不機嫌なスマートファルコンが自身のトレーナーがいるはずであるトレーナー室の扉を開けた、そのとき、トレーナーの歌声が聞こえてきた。どうやら外国語、いや、恐らく英語の歌らしい。ギターを弾きながら歌っていたトレーナーが、ちらりとこちらを見たが、スマートファルコンがそのまま続けてといった視線を向けたのを理解し、そのまま歌い切った。
トレーナーの歌も聴けて、それに何時ものように開けた冷蔵庫にあった、はちみーも美味しい。スマートファルコンの調子が絶不調から平常になった。話の切っ掛け位の気持ちで聞いてみた。
「ねぇ、今の歌って、どこの国の歌なの? パセリとセージとローズマリーとタイムってことは、海外のハーブだよね」
「『Scarborough Fair』というイングランド北部のバラードの一種だよ。色んな人達が歌っている有名な歌だよ。もちろん、その地方ではね。結構、気に入っているんだよ、この歌。この歌が影響を受けた他のバラードも好きなんだ。ギターを練習しているときに、ネットで知ったんだ。初めて聴いたときの歌詞の意味は分からなかったけれど、外国語の歌っていうことだけで、舶来物が好きな日本人の俺としての琴線に触れる何かがあったらしい。なんとも、世界は広いな。それに、それにね、この歌の元になった歌も、とてもいい! 日本昔話のようなテイストで凄くいい! こういう歌ってとにかく良いよね。それでな……」
トレーナーさんは、いきなり早口で長話になるときにあるよねと思いつつ、おかわりのはちみーをもう一本冷蔵庫から取り出して、スマートファルコンはストローに口をつけた。うん、美味しい。時々暴走するトレーナーさんを横目に適当に部屋を弄っていると、クッキーの箱があった。おぉ、汝はデパ地下の洋菓子店のクッキーという焼き菓子ではないかと芝居のようにおおげさにお高そうなクッキーの箱を開けた。クッキーの箱から光が溢れ出したかのような印象をうける綺麗で美味しそうなラングドシャが箱の中に入っていた。一枚取り出して食べてみる。サクサクとした軽い食感が素晴らしい出来栄えだった。
スマートファルコンが箱の中のクッキーを半分程食べ終わった頃に、トレーナーの長話という独壇場が終わった。スマートファルコンが自身の話を聞いていなかったことに、ちょっとだけ哀愁を感じたトレーナーだったが、ギターを片づけて、今後についての大事な話を始めた。
「さて、長々となってしまったが、本題があるんだよ。ファル子。俺たちは入学してから忙しすぎて、今からやるべきことがあるのを忘れていたんだ」
「トレーナーさん、メイクデビューの準備はしっかりとしているよ?」
トレーナーは、人差し指を左右に振り、チッチッチといった感じで『分かっていないなぁファル子は』と思いつつ、ファル子の疑問に答えた。
「いやいや、俺たちはこの世で一番キラキラしているウマドルとそのトレーナーなのだけど、トレセン学園に来てから一度も路上ライブというかウマドルの活動をしていなかったんだ。大急ぎでネットで配信できる機材の準備とライブが出来そうな河川敷を見つけることができたから、さっそく路上ライブをしよう! レッツゴー! キラキラしようぜ! ファル子!」
トレーナーは色々な機材を詰め込んだリュックサックやキャリーバッグとかを部屋の隅から引っ張り出して、スマートファルコンの手を取り、河川敷に向かおうとしたが、ぐいっとスマートファルコンに逆に引っ張られ、そのまま椅子に座りなおした。
「トレーナーさん、ちょっとお話しようか。ファル子、ちょっとトレーナーさんをキラキラにしたい気分なの」
スマートファルコンの視線に怖気づいたトレーナーは、反射的に敬礼した。
「イエス! マム!」
スマートファルコンは、一時間程、自らのトレーナーをキラキラさせてから、前髪の毛先をくるくると回しつつ、今後の予定を聞いてみた。
「それでトレーナーさん、トレーニングの合間に河川敷で野良ライブをするとして、何の歌を唄う予定なのか、当然考えているんでしょ。ファル子、可愛い歌がいいなぁ♪」
「あぁ、もちろん! 俺たちの初めてのファンを憶えているか?」
「シャマルちゃんでしょ。あんなに小さかったのに、来年から中学生になるんだよね。ちょっと前に連絡が来てたよ。お受験頑張ってるってさ」
興奮しているトレーナーは、勢いよく椅子から立ち上がり、自ら考えた方針について、話し始めた。
「そう、その通り! あそこで成功した方法をこちらでも採用したいと思っている。つまりはだ、お歌のお姉さんから始めよう。ターゲットは、お子様だ。それにつられて、お子さんの親御さんから繋がって、まずは知名度を上げよう。そのために小さい子が好きそうなというか分かりやすそうで一緒に唄えそうな歌を見つけてきたぞ。はい、これが歌詞ね」
スマートファルコンは、トレーナーから手渡された紙を見つめて読んでみる。
「『おどるポンポコリン』ね、この歌の歌詞はちょっと変えた方がいいね。ニンジンが嫌いなウマ娘は殆どいないと思うよ」
「そこは作詞者の意見を尊重したいのだが……。どうして、そう思ったの?」
「そうかなぁ? まるで、別の世界の人が書いた歌詞みたいに感じた気がしたから」
トレーナーは手元にある頭の良い板、いわゆるスマホで検索してみた。スマホの検索結果を見てみると、『さくらも〇こ』がサジェストに出てこない。それに『ちび〇る子ちゃん』の名前すら無い。やべぇ、やっちまったなとトレーナーは後悔した。この世界のアニメとか文化についてもう少し学び直す必要があるようだった。それはともかくとして、歌詞を少しだけ変えることにして、なぁなぁにして歌詞の件については終わった。
トレーナーとスマートファルコンは何度か河川敷で路上ライブをしていたが、トレセン学園周辺では、あまり馴染みのない事であったらしく、奇妙な生き物を見るかのような対応されていた。しかしながら、ウマドルという花を咲かせるためには、土を耕し、種を蒔き、水と肥料を与え、なによりもレースというキラキラとした太陽の光が必要であった。
二人は、トレーナー室でお茶を飲みながら、今後のレース、まずはメイクデビューについて話し合っていた。
「はてはて、さてさて、ファル子君。喜びたまえ。我々の輝かしい歴史の始まりであるメイクデビューが決まったぞ。ぱちぱちぱち」
いつもかけていない眼鏡をクイっとかけなおしながら、トレーナーは隈が目立つ表情でスマートファルコンにそう伝えた。
「トレーナーさん。詳しい話はあとにして、凄く疲れているみたいだから、まずは寝たらどうかな?」
「明日は土曜日でお休みだから、だいじょーぶいぶい、ばっちしおっけ~。と言いたいけれど、勢いのままにやってから、すぐ寝ることにするよ。さて、本題のメイクデビューの日程だけれど、6月25日、3回阪神8日、阪神レース場の第5レース、芝1800m、右の外回りだ」
「確かその日って、えーっと、宝塚記念だ! 宝塚記念だよ! グランプリレースだよ! 出場するウマ娘のみんなが凄くキラキラしているレースだよ! ファル子もいつかキラキラしたいな~♪」
「そのファル子がキラキラするために、まずは身をもってGⅠレースの雰囲気を感じてみよう。それにだ、宝塚記念がある日の阪神レース場でメイクデビューしたウマ娘は、その後にジュニア級のGⅠに勝てる傾向がある。ある意味、ゲン担ぎみたいなものだけれど、やっておこうと思ってね。普通は一年目のトレーナーのこんな要望は通らないはずだけれど、不思議なことが起きたようで、なんだか出走登録が上手くいったよ。ウェーヘッヘッヘ、イーヒッヒッヒ」
明らかに疲れていたトレーナーは壊れたオルゴールのような声で笑っていた。
「分かったから、トレーナーさん、一緒にお家に帰るから、すぐに寝ようね」
スマートファルコンは、笑い続けるトレーナーを俵持ちで抱え上げ、トレセン学園近くのトレーナーの家へ向かった。その二人の歩いている道中の姿は、奇怪な生物のようだった。帰っている道中で、トレーナーはいつの間にか眠っていたので、勝手知るかのように合鍵でドアを開けたスマートファルコンは、布団にトレーナーを寝かしつかせた。家から出ていくときに、ついでに迷惑料代わりにキャンディーシュガースティックを何本か貰っておいた。もう仕方が無い人なんだからと思っているスマートファルコンは、トレーナーの家の鍵はしっかりと閉めて、トレセン学園に帰って行った。
葉巻を吹かした理事長が自身の椅子を尻で磨きながら、秘書にあのトレーナーの近況について聞いていた。
「あの、その何だっけ、そうそう、あの彼だよ。ウマドルの彼。6月末の宝塚記念の日のレースでメイクデビューするらしいじゃないか」
書類をトントンと机に軽く叩きつけて整理しながら、理事長の問いかけに秘書は答えた。
「理事長、ウマドルとやらはスマートファルコンの方ですよ。それにしても、良かったんですか? あのメイクデビューの日は、ベテランばかりが登録している日じゃないですか。彼らにはもう少し余裕を持たせてあげても良かったのでは?」
驚愕と書かれた扇子を広げて、自身を扇ぎながら鷹揚に理事長は、安直な考えを語った。
「儂には分かるぞ。儂の栄光への道筋が。これが最適だと感じているのだ。孫が言っていたあーるてぃーえーとか、たす、とかと同じなんだぞ。それに名家が集まる中で彼が勝ったとしたら、とても面白いことになるかと思うんじゃよ。あいつらは潰すとはいかないが、真綿のように絞り上げるし、菜種のように絞りとるつもりだよ。極論、資金だけ提供してくれれば、あとは好きにすればいい。観念した奴らから、きっと袖の下も沢山もらえるぞ」
「まぁ、そう上手くいけばいいですね。それでは、家族サービスがあるので、今日はお先に失礼します」
秘書は理事長室の部屋から出て行った。その後ろ姿を見ながら、理事長は紫煙を吐いてから、葉巻を灰皿でもみ消した。椅子から立ち上がり、窓から夕陽を眺めると、太陽の温かさが自身の考えを肯定しているかのような錯覚を受けた。その錯覚に理事長は破顔一笑した。
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それと、小説の内容とはあまり関係ありませんが、宝塚記念は悩んだ末、本命でジェラルディーナで、あとは何となくユニコーンライオンにしました。