ライブが無いウマ娘世界で、なんとかライブを根付かせたい転生者のお話   作:貯金缶

21 / 25
帝王賞のスマートファルコンのお子さんは負けましたが、よく頑張りました。
あと、申し訳ありませんが、ニコニコの動画投稿をしたいので、次回の投稿が遅れます


メイクデビュー~勇気100%~

 トレーナーである俺とファル子は、新幹線に乗って阪神レース場まで移動をしていた。二人して、それぞれ選んだ駅弁を食べていたが、粘土を食べているように味がしない気がした。俺たちは、些か緊張しているらしい。いつもは美味しい柿の葉寿司が不味い。これは重症だ。ちらりと深川めしを食べているファル子を見てみる。標準的なウマ娘が食べる量よりも少ない。残った分は、俺のお昼ご飯とかになるだろうな。それよりもこれは、阪神レース場に着いてからの体調管理が重要となるだろう。まだメイクデビューには、現地での調整の為の1週間程の時間があるにせよ、気を引き締めて頑張らなければならない。

 

 新幹線を降り、電車を乗り継ぎ、駅からタクシーで阪神レース場の近くのホテルに到着した。俺自身はともかくとして、ファル子は緊張し続けて疲れているように思えた。今日は休みという事にして、何か食べに出かけよう。

 

「今からそんなのに緊張していたら、メイクデビュー当日まで持たないよ。とりあえずホテルにチェックインした後は、晩御飯でも食べに行こう。今晩、食べたいものでもある? お好み焼きとかが大阪の定番だけど、ファル子の好きなものでも食べて元気になろうな」

 

「何か味があるものがいい」

 

 その返答で、正直なところ、今のファル子は食欲がない事がありありと分かった。うーんと唸りながら、俺は言葉を口から出しながら、頭の整理を行ってみた。俺の言葉に対するファル子の様子を観察した。

 

「おーっと、これは手強いぞ。味がある食べ物かぁ~。スパイシーな食べ物? いやいやいや、ストレスがあるのなら、優しい味付けで滋養のあるものか? うーん。あまり悩んでも仕方が無い。カレーにしよう。それでいいね、ファル子?」

 

 俺が発したスパイシーの言葉で、少しだけファル子の尻尾が揺れたことが分かった俺は、近場のインド料理屋の座席のみの予約を取った。

 

 チェックインを終えて、ホテルの受付近くのソファーでファル子を待っていると、たぬきのような姿のファル子がやってきた。何か失敗したらしい。

 

「どうしたの? 何か変な事でもあったの?」

 

「ホテルのカードキーを部屋に置いたまま、オートロックなのに、ここに来ちゃった。エレベーターでロビーに降りている時に気づいて、ファル子は、もう駄目かも」

 

「フロントさん、すみませーん。カードキー、部屋に忘れました。私とこの子の二人分お願いします」

 


 

 ちょっとしたいざこざがあったが、俺とファル子は予約していたインド料理屋に辿り着き、その店の扉を開けた。ターメリックなどのスパイスの香りが充満する店に入ると、インド料理屋にありがちなよく分からないインドの曲が流れていた。謎の踊りの映像と曲を流しているテレビに表示されている曲名を見る限り、『Tunak Tunak Tun』という歌らしい。実にインド的だ。

 

 片言の日本語で案内されたテーブル席に二人して向き合うように座ると、店員からメニューを差し出された。メニューをファル子が見やすいように開くと、俺から見ると逆さまの唐辛子のマークが至る所に書かれていることを見るに、どれも辛いのだろうなという印象を受けた。

 

 目の前にいるファル子は、悩んでいるというよりも心あらずのような感じだった。とりあえず、俺は自分の分の注文として、バターチキンカレーを食べることにした。それに、まず間違いなく後悔するであろうが、ここはチーズナンにしよう。一口食べると、もういいかと思ってしまうだろうが、ファル子はきっとあっさりとしたやつを選ぶはずだ。これならシェアできる。

 

 ファル子は、どうやらカブリナン? とかいうナンにするようだった。カレーの方は、ほうれん草のサグカレーを選んだ。注文するメニューが決まったので、店員に注文内容を伝え、ついでにラッシーを二人分頼んだ。すぐさま、俺たちのテーブルにラッシーが届いた。ラッシーが注がれたコップから汗が出ている。もうすぐ季節は夏になるのがよく分かった。

 

 ファル子がラッシーを飲んで、萎れていた彼女の耳が少しだけ張り戻ったのを見て、俺は安心した。メイクデビューまでのこれから行うであろう方針をファル子に伝えた。

 

「ひとまずは、きちんとレースに望める位に調子を整えよう。まずは、そこからだろうな。それでいいよな」

 

 ファル子は、小さく頷いた。取り止めのない会話をしていると、注文していたカレーとナンが届いた。俺の方は、オーソドックスなカレーであったが、ファル子の前に置かれた品々を見ると、よくわからない感じであった。サグカレーとやらは、ほうれん草だからだろうか緑色だった。それはいいとして、問題はカブリナンだ。見た目では、何が入っているのか全く分からない。カブリとかいう食べ物が入っているのだろうか、ガブリと喰えという言葉遊びなのか、結局はよく分からないことだけは分かった。

 

 俺のカブリナンへの熱い視線に気づいたファル子が、俺にカブリナンの4つに切り分けられたうちの1つを差し出した。その代わりに同じように切り分けられたチーズナンの1つをファル子に差し出した。ファル子は、チーズナンよりもカブリナンの方が食べたかったようなので、カブリナンを手に取った。

 

 ファル子も初めてだったようで、ファル子と一緒に俺はそれぞれ手に持ったカブリナンにガブリと喰いついた。口に入れた瞬間、驚愕な甘さが脳髄を稲妻のように走りまわった。これは、デザートではないか! ファル子はその甘さに上機嫌になって、二きれ目を食べようとしていた。中身を見てみると、ナッツやドライフルーツ、それにココナッツが入っており、これは、チーズナンよりもカロリーが高いだろう。ウマ娘ではない俺にとっては、一口で十分な物だった。というか、酢豚にパイナップルとかのおかずにフルーツが入っていると調子が落ちる類のものだった。

 

 結局、俺のカブリナンをファル子に食べてもらって、積まれていくカブリナンの皿を眺めて、自分の財布を開いて覗いた。予想よりも少なく済むだろう。しかし、未だに口の中が甘い。バターチキンカレーといチーズナンの力を持ってしても、その甘さは消えなかったが、ファル子の調子はちょっとだけ良くなったから、今回の食事は成功だった。

 


 

 メイクデビューが差し迫るなか、練習の合間に気分転換で阪神レース場近くの武庫川の河川敷でファル子と一緒に唄ったり、俺の伴奏に合わせてファル子に唄って貰ったり、そして、今まさに俺の歌声を聞いてもらい終わったところだった。

 

「さっきの曲の名前もそうだけど、何処の国の歌なの?」

 

「前にトレーナー室で聴いていたイングランド北部のScarborough Fairの曲の由来というか元になったらしいThe Elfin Knightという歌だよ。文化的には、アイルランドとかスコットランドとかのケルト音楽だったかと思う。歌の内容は、男女を逆にしたかぐや姫みたいな感じかなぁ。今度、トレセン学園に凱旋したときにでも、他のアイルランドの曲を演奏したり、一緒に唄ったりしよう」

 

 その後は、俺はギターを背負いながら、武庫川に流れ込む仁川沿いを歩いて、ファル子と一緒にホテルへ戻った。ホテルのロビーでルームキーを受け取り、隣り合った部屋の前で「明日は頑張ろうね」と言ってファル子と別れると、部屋に入った。ベッドに仰向けに倒れこみ、天井を見つめながら、こう思った。

 

 そう、明日はメイクデビューだ。

 

 きっと大丈夫なはず。たぶん……。大丈夫だよな? ファル子。

 

 


 

 翌日になり、メイクデビューの日になった。俺はファル子がいる選手用の控室の扉を開けた。ファル子がこの世の終わりのような表情をして俯いて椅子に座っていた。明らかな絶不調だった。どうやら自分が走るわけでもないGⅠレースが開催されるレース場の異様な雰囲気、叫びながら応援する声が響き渡る状況に圧倒されているようだった。まぁ、これに関しては、クラシック3冠、特にダービーを目指す俺達にとっては、避けて通れない道である。しかしながら、ここは一曲唄ってみて、ファル子の調子を戻してみせよう。

 

 こういうときは、大きな声でオペラのように大げさな演技をしてみるのも一興だろう。

 

「はっはっはっ! ファル子君! 困っているようだね。大層緊張しているように見える。ではでは、小生が一曲演奏差し上げますので、元気になってね。トレーナー、いきまーす。曲名は、勇気100%です。ちゃんと聞いてよね♪ トレーナーとの約束だぞ♪」

 

 俺はパソコンのミュージックプレイヤーを起動させ、曲が流れ、唄い始めた。ファル子を見ていると、垂れ下がっていたウマ娘特有の耳が徐々に立ち上がり、尻尾も元気よく回り始めていた。効果は抜群だった。うむうむ、元気になってよかったが、本当に大丈夫だろうかと俺自身が不安になってしまった。まぁ、なるようにしかならない。つまりは、ケセラセラな心構えでいこう。

 

 調子がそれなりに戻ったファル子は、レースの準備を終えて、控室から出ていくところだった。その姿に向かって、俺はいつもの言葉をファル子に親指を立てながら放った。

 

「ファル子、キラキラで行こう!」

 

「うん、トレーナーさん。ファル子は、みんなをキラキラにしてキューンとしてくるね♪ 行ってきまーす☆キューン☆」

 

 とりあえずは、レースで勝負できるくらいの調子に戻ったようで安心した。俺もファル子の勇姿を見届けるために、観客席へと移動した。

 

 観客席に着いた俺の視線の先で、雨が降りしきるターフのゲートに可愛いリボンをつけたファル子が入っていく様子が見えた。傘を少しだけずらすと、俺の体に降り注いだのは、我慢できないレベルの雨だった。つまりは、不運なことにメイクデビューの今日はダートに近いような重バ場だった。

 

 ファンファーレが鳴り、恙なくゲートが開いた瞬間、ファル子はビューンと飛び出したというか、他のウマ娘達は初めての公式レース、それに練習などあまりしない重バ場の踏み心地に困惑しているようだった。そりゃそうだろう、普通は天気が良いときに練習はするものだ。

 

 上手にスタートダッシュに成功したファル子だった。そのままスイスイと阪神レース場の長い直線を走り抜け、第一コーナーへと差し掛かった。一番後ろにいるウマ娘からは、おおよそ8バ身位だろうか、想定していない状況ではあるが、とにかく順調だった。この阪神レース場の右の外回りは、一般的には差しや追い込みのウマ娘が勝つことがデータとして残っている。ファル子のスタミナは問題ないであろうが、少々後ろに佇んでいるウマ娘達が観客席から見ている俺には不気味だった。そして、これが所謂名家と呼ばれるトレーナー達の作戦の1つなのだと錯覚する位、静かなレース状況だった。

 

 ファル子が第一コーナーを通り過ぎ、第二コーナーを走っている。未だに後方のウマ娘は沈黙したかのようの、チャンスを伺っている。ファル子が最終直線にある上り坂を駆けのぼっている。後ろには誰も来なかった。ファル子の一人旅でメイクデビューは終わった。今日の天気のおかげで勝てたことは明白だった。ファル子が観客席にいた俺に近づいて言った。勝利の凱歌を唄いたいと。

 

 さまざまな検査を受けて、ファル子が控室に戻ってきた、ファル子はリボンを剥がし、水を絞った。それなりの水がリボンから滴り落ちた。これは、意外と重たかっただろう。リボンを仕舞い、約束されていたインタビューを無視して、河川敷に連れていくために、俺の手を引っ張っていった。勝利の凱旋の路上ライブをしよう。

 

 武庫川の近くの河川敷で、遠くから応援に来てくださったファンを含めて、いつものようなライブを行い、最後に新曲を披露した。

 

「みんなー! 今日のファル子のメイクデビューに来てくれて、ありがとう。今度は、そのお礼に新曲を唄います。聞いてください。my sweet heart』です!」

 

 

 ファル子の新曲はおおむね良かったように思える。ウマッターとかに上げてくれると嬉しいと思ったが、ファル子の専用のホームページを作って、ファル子の楽曲をダウンロードできるように決めた。

 

 こうして、無事にファル子はメイクデビューを成功させた。

 


 

「良かったですね、あのトレーナーとスマートファルコンは、無事にメイクデビューが出来たようです。ただし、同じレースに参加していたウマ娘やトレーナーからリボンは服飾規定に反するのではないかとの抗議もありました。いかがいたしましょう?」

 

 理事長は、葉巻の紫煙を輪っかのように吐いて答えた。

 

「問題ないだろう。リボンで早くなれるのであれば、今頃、名家の連中は既にやっているだろう。今更、特注の蹄鉄を使っている人達とは思えないね。とにかく却下だ。いや、リボンなどの装飾は認めよう。好きな装飾品をつければいいじゃないか。ウマ娘も女の子だよ。彼女たちの意見に尊重すれば、つけたいウマ娘はつけるだろう」

 

「それで、問題が無ければいいのですが、それでは、甥っ子の結婚式がありますので、お先に失礼します」

 

 理事長は、己の考えを肯定していると思っている日差しを浴びながら、思った。これはリボンだけでは終わらないのだろうから、何かしらの方便というか言い訳を考えておこう。理事長室の棚にあるウィスキーの瓶を取り出し、グラスに注ぎ、一気に飲み干した。

 

 理事長は、自分の考えが間違っていないという事だけは理解できた。小さいけれども、最初の改革は服装に関連するものだろうという事だけは確信した。きっと、名家などから抗議が来るんだろうなと思ったら、ちょっとだけ嫌な気分となった。

 

 さてさて、はてはて、スマートファルコンの彼らの動向が大層気になるが、今日は帰って寝よう。いい夢が見れそうだ。儂は間違ってなんぞいない。

 





お手すきの際に、まずは感想とお気に入り、高評価をお願いします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。