ライブが無いウマ娘世界で、なんとかライブを根付かせたい転生者のお話   作:貯金缶

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まず、初めにトレセン学園に入学してからのお話には、BGMといいますか、歌のリンクを貼っています。リンク先は、YouTubeです。クリックしたら、音が鳴りますので、ご注意ください。


京王杯ジュニアステークスまで

 メイクデビューを勝利で納めたファル子と俺は、一晩ぐっすりとホテルで寝てから、トレセン学園へ戻る新幹線の車内で、新大阪駅で買った出来立ての豚まんを一緒に食べながら、今後について話し合っていた。

「ひとまずは、トレセン学園へ戻ってからの1週間は軽く練習するだけにして、あとは好きな事でもやる休暇にしよう。一仕事を終えて、とにかく家で休みたい気分だ。溶けたアイスのようにだらだらと過ごしたい、それに、新曲の準備もしておきたい。あぁ~、結局はやることが多すぎる。トレーナー業って凄いな。名家の人達は、やはり分業をしているのだろうかが気になる」

 

 もぐもぐと口いっぱいに頬張っていた豚まんを呑み込んだファル子は、隣に座っている俺に向かって、自身の希望を伝えた。

 

「トレーナーさん、路上ライブがしたいの。それもとびっきりのライブがしたい。だ・か・ら、次の新曲の準備をお願い♪ ファル子がキラキラして、歌を聞いているファンのみんなを輝かせるような歌が欲しいの」

 

「ラスベガスのキンキラキンのキンって感じ?」

 

「ファル子、トレーナーさんの言っていることが分からないけど、どういう意味?」

 

「大した意味は無いよ。ただの言葉遊びさ」

 

 ファル子の言葉によって、俺はモータルコンバットのフェイタリティになった気分になった。これが時代か、クレイジーキャッツは、ファル子の世代では、既に死んだのだ。古い言葉で言うならば、誠に遺憾に存じますっと。

 

 頭の中で頬をパンパンと叩いて、気を取り直した俺は、直近のレースについてのファル子の希望を教えてもらうことにした。

 

「今のところ、考えているのは、ジュニア級のGⅠレースを目標として、朝日杯フューチュリティステークスと阪神ジュベナイルフィリーズのどちらかに出場することを目標としたいけど、どっちがいい?あと、焦らずにその豚まんを食べ終わってから答えていいからね。それに、まだ本決まりじゃないから、フィーリングというか、語彙がいいとかで決めてみて」

 

 朝日杯フューチュリティステークスと阪神ジュベナイルフィリーズのどちらに出走するにしても、念のために優先出走権が得られるステップレースに出走する必要があるだろう。こういうときの新人トレーナーである自身の実績の無さに唇を噛んだ。頭を振って考えなおそう。いやいや、一気にGⅠに向かうよりも、ファル子にとって得難い経験があるはずだから、奇貨居くべしといった感じだろう。

 

「ファル子は、朝日杯フューチュリティステークスに出てみたいな」

 

 ファル子のその言葉に、タブレットが使いづらいと思っている俺は手元にある書類を捲り、目的としたレースを探し出した。このレースが俺たちの奇貨となるだろう。

 

「それなら、まずは、その朝日杯フューチュリティステークスのステップレースになる東京レース場の京王杯ジュニアステークスに出走しよう。重賞のGⅡレースになる。芝1400m左回りだな。ひとまずは、2着以内に入ることを目標としよう。そうすると、トレセン学園から近いから3日前位に現地入りすればいいかな。トレセン学園に戻ったら、出走登録だけでもしておこう」

 

「はーい!それと、トレーナーさんの新曲も聴きたくなったから、一緒に唄おうね!」

 

 忙しい俺のタスクに『新曲準備』が追加された瞬間だった。どうしよう、曲の残弾が少なくなってきたぞ。焚火を焚いて、その周囲を踊り回れば思いつくだろうか、

 

 そんな俺の不安と共に、俺たちは無事に事故もなくトレセン学園に戻ってきた。

 


 

 丑の刻になり、トレセン学園を含む周囲が深い闇に包まれている頃、ツヴァイのトレーナーは、自身のトレーナー室で、モニターに映るレースの映像を繰り返し見ながら、サトノの流れを組む自身の家伝の計算式にパラメータを追加して、シミュレーションを繰り返した。最終的に導き出された結果を何度見直しても、自身の手で計算した値と一致していた。ホワイトボードは、両面とも文字に埋め尽くされて真っ黒だった。あまりにも考えが纏まらず、椅子に落ちるように座りホワイトボードに書かれた計算式を見直しながら、うわ言のように呟いていた。これで10回は同じ計算をしたことになる。掻きむしった頭から毛が飛び散った。

 

「おかしい。やはり、おかしい。スタートダッシュが上手くいったとしても、俺たちの実力ならば、きっとスマートファルコンには追い付いて、俺達がメイクデビューに成功していたはずだ。だが、これ以上はどうにもならない。もっと情報が必要だ。他のトレーナー達は、服装にいちゃもんをつけていたが、そんな訳があるはずがない。きっと理由があるはずだ。きっと、そうなんだ…」

 

 その次の日の朝、死んだように眠るトレーナーを発見したツヴァイは、驚いたあまり、気が動転して、すぐさま救急車を呼んでしまった。しかしながら、この判断は正解だったようで、ツヴァイのトレーナーは検査入院のうえ、結果として過労による体調不良及び食事制限による栄養失調が判明した。その後、今の彼は、自分の担当ウマ娘による食事管理を受けている。

 


 

 トレセン学園の練習用のターフが見える観客先の手すりにもたれかかり、身を乗り出して佇んでいるツヴァイのトレーナーに、後ろからひっそりと近づいた壮年のトレーナーが、目の前の若いトレーナーを軽く小突いた。

 

「おう、若いの。何やら夢中になりすぎて、ぶっ倒れたらしいな。今じゃ、本来は栄養管理をしなければならない担当に胃袋を掴まれているそうじゃないか」

 

 押されて落ちそうになったツヴァイのトレーナーは、体制を整えてから、後ろを振り返り愛想笑いをしながら、答えた。

 

「もう、先輩、やめてくださいよ。俺だって後悔しているんですから。でも、どうやっても、計算が合わないんですよ。スマートファルコンは、あそこまで強いはずじゃないのに。あの、先輩、その、頭がおかしいと思いますけど、あのリボンでウマ娘が速くなることってあるんでしょうか?」

 

「それは無いと言い切れないのが真実だ。俺も色々な伝手を使って調べてみたが、少なくともリボンで速くなるウマ娘はいなかった。だが、あのレースに関わったトレーナーは皆なにかしらに気づいているみたいだな。その証拠に服装にいちゃもんをつけたトレーナーがいただろ?」

 

 両方の手の平を空に向けて、首を左右に振って、呆れたように先輩のトレーナーは問いかけた。

 

「はぁ、いましたね」

 

「あいつ、今じゃ、日本中のリボン屋?というか、そういう衣料品店で同じようなリボンを取り寄せて、自分の担当のウマ娘達につけて貰ってデータ取っているぞ」

 

 自身でも馬鹿に思っているのだろうか、先輩のトレーナーは首をすくめながら、目線を手元のタブレットに向けて見ていた。どうやら、あのリボンについてを調べているらしい。ツヴァイのトレーナーは、手すりから離れて、レース場の近くの椅子に座った。その座り心地は、自分の力が及ばないことにイラつくように冷たかった。その冷たさが、より、自分の担当を勝たせることが出来なかった焦燥感を煽った。

 

「俺が言うのもなんですが、そんなことをする必要があるんでしょうか?」

 

「そりゃあ、性格というか育成方針の違いってもんだな。スマートファルコンのトレーナーである頭がおかしいあいつは、自分の担当にレース後にライブをさせているし、リボンを調べているあいつは、とにかく勝つことが信条だ。あいつの言葉で言えば、『トレーナーは犬ともいへ、畜生ともいへ、勝つ事が本にて候』だな。当たり前だが、犯罪にならない程度だが」

 

「それが自分のウマ娘にとって、反則負けによる繰り上がりでの勝利で、気持ちのいい勝ち方ではなくともですか?」

 

「メイクデビューが出来ないウマ娘は、幾らでもいるぞ。ただ、トレーナーである自分が泥を被れば、自分の担当に栄光の一歩を与えることが出来るんだ。やる奴はやる。それが、自分の経歴や将来に関わるとしてもだ。あいつの家系を調べてみろ。面白いぞ。それにだ。俺たちにとっては、担当は一人のウマ娘だが、ウマ娘にとってはただ唯一のトレーナーだぞ。俺たちは」

 

その話を理解したようで納得していないツヴァイのトレーナーは、自分の胸を切り開き、その心臓に溶けた熱い鉛を注いだように決意を固めた。まだ、俺にはこの程度の気持ちしかできないことに、落胆した。『マンオブスティール』には、当分成れそうになかった。未だトレーナーの頂点は高い。

 

 


 

 トレセン学園に戻ってきたスマートファルコンと俺は、つかの間の休暇を楽しんでいた。他のトレーナーは、ひたすら練習に取り込んでいたが、まずは、ファル子の調子を整えることが先決だった。これまでのレースを振り返ると、トレーニングによるステータスの強化も重要だが、ファル子が伸び伸びと絶好調でレースに臨めることが勝利への近道だろうと、自分の感覚がそう言っていた。ファル子の調子を整える方法は、七つの海を支配するかのように歌を唄う事だ。

 

「ファル子、ここに3曲の新曲が書かれている紙がある。まずは、この中から一枚を取り出し、その新曲の練習をしよう。もちろん、これから目指す京王杯ジュニアステークスで勝利した後のライブで唄う曲だ。さぁ、この中から一枚の紙を選ぶんだ」

 

 ファル子の視線が左右に動き、にこやかな笑顔で一枚の紙を選んだ。その紙の中身を検めた。

 

『恋はア・ラ・モード』》?」

 

 「本来は五人で唄う歌だけど、他にウマドルを目指す同士というか仲間がいたら、一緒に唄えるように、予習として練習しよう。それと、歌を唄うときの衣装を、これから考えていきたいんだ。GⅠに間に合わせるためには、今から遅いだろうけど、やるべきことはやろう。衣装を作ってくれるお店は探しておくよ」

 

 そのときから、スマートファルコンと俺は、その後に所謂俗名で言うところの『勝負服』の作成に取り掛かり始めた。ただ、その先には、とてつもない困難が立ちはだかっていたのだった。

 


 

 トレセン学園の近くの河川敷でライブをしようとしたとき、なにやら群衆が出来ていた。もしかしたら、何かしらのお祭りというかバーベキューでもしているのだろうと勝手に思い込んでいたが、俺たちの姿を見つけると、歓声が上がった。

 

 どうやら、あの群衆の人達は、ファル子のメイクデビューで初めて行ったライブの観客の一部らしいことを知った。なんとも、気軽に集まってくれたものだ。感謝につきない。嬉しいことだった。

 

 ファル子が歌う前の軽いMCをやっている間、親切なファンの一人と一緒に機材の準備をした。親切な彼は、少々光を当てた刃物のように気が煌めていたが、的確な行動で大変助かった。

 

 ファル子が歌うときになると、彼はリボンをつけたウマ娘の隣で、俺たちのライブを聞くようだった。なかなかに珍しい人種だったので、頭の片隅にその印象が残った。その後を考えると、そういうことだったのかと気づいたのは、俺のトレーナーの未熟さを再認識する出来事であったのだと、当時の日記を読み返すと、そう書かれていた。

 

 ライブは、いつものように成功だった。それに、ウマ娘としてのファンも増えているようで、次のレースも頑張ってくださいとの応援もいただいた。機材の準備を手伝ってくれた彼も、「また、レース場でお会いしましょう」と驚く言葉を俺に伝えてきた。あの切腹に躊躇なさそうな人は、トレーナーだったんだと今更ながらに気づいた。

 

 近づいている彼の姿を見つけると、彼が問いかけてきた。

 

 「すまない。おかしな質問だろうが、スマートファルコンが付けているリボンは、どこで売っているのかな?」

 

「あれは、スマートファルコンのお母さんの手作りですよ」

 

「材質はなんだろうか?知っていれば、教えて欲しい」

 

「いやぁ、材質は分からないですね。スマートファルコンのお母さんが名付けるところ『ゆめいっぱい』っていう名前ですよ。」

 

 彼は、綺麗に頭を下げて、その場を自身の担当ウマ娘と一緒に去って行った。ここまでで分かることは、リボンに何か秘密があると信じているトレーナーがいることだけだった。でも、リボンで速くなる訳ないじゃない。あれは、ウマドルとして必要で、ファル子の実力なのだから。

 




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